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Center for Global Communications,International University of Japan

智場、GLOCOM Review、コラム…


 

思いこみをやっつけろ

山田肇
(GLOCOM副所長)

 世の中には、本当は正しくないのに、そうだろうと思い込まれていることがたくさんある。「通信は距離の壁を克服する」、「日本は全国紙の国である」、「テレビは国民にとって最大の娯楽だ」といった類のものから、「電子商取引は産業を変革する」といったものまで、数多くの思い込みがある。

 たとえば「テレビは国民にとって最大の娯楽だ」について考えよう。そう信じているから、企業は広告宣伝費を注いで民放の番組を提供する。民放は、高視聴率をスポンサーに訴える。たしかに、ゴールデンアワーに各局視聴率を合計すると、50%をらくらく超える。最大の娯楽であるかのようだ。

 それでは、本当に国民はテレビを「視聴して」いるのだろうか。NHK放送文化研究所の調べによると、テレビを見ることとテレビがついていることとの間には乖離があるという。たとえば深夜でも視聴率は記録されているが、直接、視聴者にアンケートを取ると、誰も見ていたとは答えないという。このように、ついてはいるが、見ているわけではないという時間がテレビには存在する。要するに、スイッチを入れっ放しにしていただけのことである。

 実は、テレビ局はすでにそのことに気づいている。だから、つけっ放しのまま、よそを向いている視聴者の視線をテレビに向かわせるように、大きな音を出したり、刺激的な場面を流したりし始めている。ニュースにさえ、「ジャン」という音が頭に入る。肉体派の運動番組は過激すぎてケガ人を出し、放送中止になった(困ったことに、その後、タイトルだけ変えて復活している)。そもそも視聴率を頼りにするとしても、その数字自体が±5%くらいの誤差を含んでいる。視聴率30%なら、20%よりも1.5倍の人が見ていたとは、統計的には決して言えないのである。

 テレビのことなどはマイナーかもしれない。しかし、「電子商取引は産業を変革する」となると問題は大きい。産業や科学技術の政策にまで影響を与えるからだ。

 人々が物を購入するのはなぜか。単にそのものが欲しいというだけなら、それを電子的に販売することができるようになるかもしれない。しかし、実際には、ショッピングの雰囲気を楽しみたい、販売員と会話をしたい、鮮度を確認したいなど、副次的な目的が数多く存在する。B to Bでも、単に価格で調達部品が選定されているわけではない。長期的な視点で、次世代商品の研究開発までを展望しながら、企業は取引先を決めていくのである。

 「ユビキュタスになれば、出先から冷蔵庫の中身がわかるようになるので便利だ」など、「電子商取引は産業を変革する」から派生した思い込みがある。あるいは、思い込みと知ったうえでの宣伝かもしれない。マヨネーズがあるか、ないかがわかれば、本当に便利だろうか。現状では「ある」と言われても半分も残っていないかもしれないが、それもわかるまで今後、技術を改良していく必要があるだろうか。こんなことのために、冷蔵庫を24時間ネットワークに接続して、ハッカーに襲われる危険はないのだろうか。

 われわれ学界に所属するものには、このような思い込みを思い込みと指摘する義務がある。王様は裸だとはっきり指摘することを、社会は学問に期待していると思う。新しい視点から事象を観察して、そこに潜む矛盾を発見し、これを改め、進歩させていくための提言をすることこそが、学者の役割だろう。

 昨年から私が考え続けていることはそのことである。無線LANなどの発展により周波数逼迫の時代を迎えたことに関連して、電波の共有という新しい考え方を学界の仲間と提唱しているのも、その一環である。

 今年も、このような指摘と提言を継続していきたいと考えている。

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