「情報社会の政策形成過程」研究に向けて
庄司昌彦
(GLOCOM研究員)
Center for Global Communications,International University of Japan
「情報社会の政策形成過程」研究に向けて
庄司昌彦
(GLOCOM研究員)
バラ色のインターネット?
「A Rosy Internet(バラ色のインターネット)」。いま口にするにはちょっと恥ずかしい言葉だ。これは7年前の1996年に、私が大学の英語の授業で初めて書いた短いエッセイのタイトルである。当時はウィルスも個人情報流出もさほど話題にならず、インターネットの将来に期待ばかりが見えていた、牧歌的な時代であった。
私はインターネットに期待されることを「民主主義の促進に貢献する」、「『日本的』ビジネス様式を変える」、「文化的な影響力を強調する人もいる」という三つの観点から書き、情報の海に流されなければ世界はきっとバラ色になる、と書いた。
政策形成と情報プラットフォーム活動
このような文章を書いた後に私が関心を深めていったのは、法政策形成に市民参加を促進する方策についてである。GLOCOMでは山内康英教授らを中心に「情報技術を用いて第三者間に新しい結びつきを作り出す場を提供する活動」を「情報プラットフォーム活動」と呼び、政策形成過程や社会的な知識生産に適用する研究が行われている。私はこのような観点から進められた経済産業省の「情報経済フォーラム(2000〜)」や「デジタルニューディール(2001〜)」において、グループウェアを用いた議論の運営やシステム構築、およびその検証に参加してきた。
そして現在は、「情報社会の政策形成過程」研究を自分のメインテーマとし、取り組んでいる。そこで以下では、簡単に現状を整理したうえで、2003年の展望をご紹介したいと思う。
民主主義は進展したか?
冒頭に紹介したエッセイでは、インターネットの発展と普及により、@これまで人々がアクセスできなかった莫大な量の政府保有情報がオンライン上に流通するようになる、Aマスメディアが取り上げないような小さなニュースや専門的な情報に人々がアクセスできるようになり、そしてB活気のある議論に人々が参加するようになる、という3点から民主主義促進への期待を述べた。
この7年弱の間に、実際はどのように進んだであろうか。まず@については、情報公開法(1999年)等により政府情報の公開が進んだ。Aについては、インターネット上にはさまざまなローカル情報や専門情報があふれるようになるとともに検索サイトが発達し、有益な情報を容易に手に入れられるようになった。また、Bについては、市町村が設置する掲示板(藤沢市や札幌市などが有名)や、「2ちゃんねる」に代表される匿名掲示板での議論が盛り上がっている。予測されていたことは、確かにある程度は実現してきたといえよう。
政治化と言語化
私の研究における第一の関心は、政策形成過程の「スタート地点」である(政治化、issue化ともいう)。つまりある社会問題が、いつ、誰に、どのように選択されて政策形成過程に入っていくのか(issue化していくのか)、あるいは私たちはどうすれば問題と感じることをissue化し政策として実現できるのか、という点だ。
昨年(2002年)12月からGLOCOMで始まった「政策研究会」は、第一回目からこの関心に対して興味深い示唆を与えてくれた。政治issueを創出し、利害関係者による「政策連合」を形成していくプロセスを、signifier(言語)によってsignified(現象)を表出させる行為と構造的に同一であると捉えたのである*1。政治issueを作り出しさまざまな利害を連結させていく過程は、signifierを作りそこに新たな意味を連結させていく過程とも言い換えることができる。このような利害の連結を、私たちは「Alliance Race Model(ARM)*2」で理解していたのだ。signifierとその背景にある政治的連結に着目(言語ゲームと政治学の結合)した、この興味深い枠組みを、研究会では「政策決定分析における現実的構成主義」と呼ぶことにした。
歴史的局面と政策issue
以上のような研究会の成果(現実的構成主義の枠組みとARMモデル)に加え、私は以下のような仮説を持ち、情報社会における政策形成過程の研究を進めていきたいと考えている。
仮説1. 社会の変化や歴史の局面ごとに、政策形成過程における主要issueは変化する。それに伴い、issueが政策形成プロセスに入る「入り方」など、政策形成プロセスも変化するのではないか。
国民国家を形成し、開発主義政策によって産業化を進める段階では、国際社会や世界市場との関係の中で、インフラ整備、資源調達、国民教育、軍事・外交政策、大企業や業界単位の産業振興や通商政策等を促進し、他方で犯罪の取締り、貧困対策、資源配分に関する対立のような障害や弊害への対応が主なissueであると考えられる。このとき、政策プロデューサーとでもいうべき役割を果たすのは中央省庁の官僚である。ほとんど彼らの手によってsignifierが作られ(あるいは輸入され)、限られた関係者の利害が連結されて政策が生み出される。国民との関係は統計的な把握が重要で、ボトムアップに湧き上がるようなissueは少なく、それらをissue化するための政策形成過程の必要性も小さい。
ポスト開発主義段階における政策形成過程
仮説1に基づくと、開発主義戦略による経済成長をある程度達成し、ポスト開発主義段階に入ると主要issueに変化が見られ、政策形成プロセスも変化することになる。それがどのようなものになるかについて、私は次のような仮説を持っている。
仮説2. ポスト開発主義の社会(情報社会)の主要issueは、より個別的で広い対象にかかわるものにシフトし、政策形成プロセスは開放的・分散的になる。
成熟した社会の主要なissueは、中小企業対象や「場の提供」型の産業振興政策、知的生産の条件整備(教育、環境、コミュニティ、ライフスタイル、ヘルスケア等)、事後的政策(消費者保護、紛争解決)である。これら新興のissueは個別的で広い対象にかかわるため、既存の利害関係者から生まれるsignifierでは十分に表出されない。
一方で、情報化によってsignifierの創出過程が変化している。インターネット上に多くの人が自己表現や議論を行うようになり、一般市民によるsignifierの生成、現象の表出が情報智場で爆発的に増えているのである。官僚や政治家、マスメディアといった限られた人々が行っていたsignifierの生成が社会全体に広がるこの現象は、情報社会に特有の現象といっても差し支えないだろう。Web Siteができる、記事になる、NPOができる等、signifierの普及にともなう現象にも着目したい。
そして今後は、盛んに創出されるsignifierと政策形成過程との連結を考えていく必要があると考えている。個別的で広範囲にかかわる新興のissueを取り入れるためには、政策形成過程はより開放的・分散的(分権的)でなくてはならない。また、signifierを政策形成過程に入れ、利害を接合しながらAlliance Raceを進めるプロデュース機能も重要となるだろう。
まとめと2003年の目標
現状ではネット社会と政治・行政は恐る恐る付き合っているように見え、単純に「バラ色の将来」が来たとはいえないと思う。インターネットによって民主主義が促進されているのかどうかはまだよくわからないが、さまざまな試みが行われ、経験を重ね、いろいろなことが見えてきたことは確かだ。
私の2003年の目標としては、「情報社会の政策形成過程」研究として、@現実的構成主義の理論のさらなる検討(知識マネジメント論等、既存理論との関係整理)、A現在進めている、開発主義段階における政策形成過程の実例の研究の遂行、Bデジタルニューディール等、自分がこれまで行ってきたオンラインコミュニティ運営の経験の理論化、CBBSやメイリングリストと電子申請などに捉われがちなe-democracyや電子政府の議論を、多様な媒体や関係軸で捉えなおしたい、といったことを考えている。
*1 必ずしも新たな言葉が生まれるとは限らない。すでにある言葉が、新たな意味を得てissue化することもある。また多くの場合、signifiedとsignifierの結びつきは恣意的で、何らかの「ズレ」が生じていると考えられる。
*2山内康英、前田充浩、澁川修一[2001]「情報政策とポスト開発主義:理論的考察」『GLOCOM Review』第65号、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター