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Center for Global Communications,International University of Japan

智場、GLOCOM Review、コラム…


 

インテリジェンス・コミュニティ
─外交における情報─

土屋大洋
(GLOCOM主任研究員)

 一昨年の後半から昨年の前半は米国で過ごした。その間は日本に関する情報が断続的になり、最初の数ヵ月はウェブでニュースを見ていてさほど違和感がなかったが、後半になってくるとニュースの文脈がぜんぜんわからなくなってきた。

 帰国数ヵ月前からは、朝の1時間だけ、日本の民放局のニュースのダイジェスト版が見られるようになった。しかし、それでもニュースの行間がよくわからない。マキコやらムネオやら、ウェブ・ストリーミングで国会中継を見たりしたが、何を騒いでいるのか意味不明である。時々日本からやってくる友人・知人に解説してもらってようやく合点がいくという始末であった。

 外国の情報を政府レベルで集め、分析するのがインテリジェンス・コミュニティの人たちである。情報体制や諜報機関と訳されることがあるが、日本人にとってはあまりなじみのない存在である。しかし、米国のCIA(中央情報機関)やFBI(連邦捜査局)と言えばピンと来る人も多いだろう。

 そう、スパイの活躍する世界である。スパイというと、どうもうさんくさいというのが日本人の考え方のような気がするが、米国ではそうでもないらしい。

 最近ワシントンD.C. で話題なのが国際スパイ博物館<http://www.spymuseum.org>である。FBIの一風変わったビルから2ブロックほど北側にある。週末は大混雑だそうだが、私が行った平日はそれほど混んでいなかった。入り口でチケット(11ドル)を買うと、エレベーターに乗せられる。エレベーターの中では照明が明滅し、「あなたは常に監視されている」と警告のアナウンスが流れ、遊園地のアトラクションのようなノリである。

 展示物には実際に使われた資料もたくさんあるが、スパイとはどういうものかを理解させるために工夫を凝らした展示も多い。突然大きな音で007のテーマ音楽を流すスパイ仕様の自動車はご愛敬だ。日本の忍者の人形も置いてある。

 米国人の中ではよく知られている事実だが、米国における最初の国家的スパイ活動は初代大統領ジョージ・ワシントンによるものだ。独立戦争に際してワシントンが敵軍の情報を得るために情報活動を指示した手紙が残されている。建国の歴史とスパイの活動が密接な関係を持っていたことになる。

 冷戦という情報戦争を戦った米ソにとっては、スパイは不可欠な存在だった。敵のスパイは憎むべき存在だが、自国のために活動したエージェントは英雄である。ハリウッドの映画スターやスポーツ選手がインテリジェンス活動に協力していた事実もスパイ博物館では明かされている。

 興味深かったのは、「アイビー・ベル作戦(Operation Ivy Bells)」の解説である。海底ケーブルの敷設ルートというのは、だいたいはわかるが、詳しいことはセキュリティ上秘密にされている。しかし、あえてオホーツク海に沈んだソ連の海底ケーブルから通信を傍受しようと米軍が試みたのがアイビー・ベル作戦である。

 ソ連は基地と基地の間の連絡のために、直径5インチ(約12.7センチ)の海底ケーブルをオホーツク海に沈めていた。米国の潜水艦ハラバット(Halibut)は、ケーブルが沈めてあると思われる海域に行き、水深400フィート(約122メートル)の極寒の海底で作業員にケーブルを探させた。

 電話線や海底ケーブルに使われていた銅線は、電気信号に変換された音声やデータを流している。その際、銅線は微弱な電磁波を発してしまう。これを捕捉することができれば、銅線を流れているメッセージを復元することが可能である。ハラバットの作業員は、見つけたソ連の海底ケーブルに電磁波を捕捉して記録する装置を取り付けた。記録装置が一杯になる頃に交換し、回収した記録装置を分析して通信内容をつかむのである。

 アイビー・ベル作戦は1981年に突然終わりを迎える。ソ連の戦艦と引き揚げ船が現場に集まっていることを米国の衛星がとらえた。慌てて米国の別の潜水艦が装置を回収に向かったが、ソ連が持ち去った後であった。NSAの職員が情報を3万5千ドルでソ連に売ったのである。ソ連が見つけた米国の装置は、モスクワのKGB博物館に展示されているそうである。

 ここまでしてインテリジェンス・コミュニティが情報収集に励むのは、そうした指令があり、情報に対するニーズがあるからに他ならない。インテリジェンス・コミュニティは、米国では国家安全保障法によって規定された13の政府機関で構成されており、情報の面から国家の安全保障、外交政策を支援している。

 インテリジェンス・コミュニティの世界でもっとも重要なルールは、情報を欲しがるカスタマーのために情報を集めるということである。国家の情報機関のエージェントであれば、政府首脳が意思決定のために必要な情報を集めるということである。エージェントは自分勝手に情報を集めるのではない。「ソ連の書記長の健康状態が知りたい」というカスタマーの要望があってはじめて書記長の小便を採取したり、愛人を仕立てたりするのである。映画007でも、ジェームズ・ボンドはイギリス情報部の「M」に呼び出され、ミッションを告げられてから動き出すのがパターンである。エージェントが勝手に動き出し、自己目的のために情報収集を始めたら収集がつかない。

 常に問題になるのが、情報活動と工作活動の境目である。情報を集めるだけの作業からはみ出して、相手を攪乱する活動や破壊活動、武器の横流し、ときには暗殺にまで手を出してしまう。しかし、エージェントたちは勝手に活動するように訓練されていない。あくまで指令に従って行う。ジェームズ・ボンドは殺しのライセンスを持っていてやりたい放題やっているが、これは本来のエージェントの姿ではない。

 他方、日本はスパイ天国ともいわれる。現在、日本は強力なインテリジェンス・コミュニティを持っていない。各省庁に分散される形で関係部局が存在するが、予算も人員も限られている。必然的にスパイ防止のためのカウンター・インテリジェンスもおろそかである。

 情報活動は、本来は戦争を起こすためにするものではない。安全と生存を保持するため、戦争を回避するために行われる活動である。仮に自衛権の行使が必要であったとしても武力の発動なくして争いに勝つことができれば、そのほうがはるかに得策であろう。政治指導者たちが重大な決定を正確な情報に基づいて行えるようにすることが、インテリジェンス・コミュニティの使命である。

 米国では対米同時多発テロを受けてインテリジェンス・コミュニティの改革が検討され、国土安全保障省の創設が検討されている。日本でも北朝鮮による拉致問題から情報機関、工作機関への注目が高まっている。しかし、日本はこの分野の研究をこれまで怠ってきた。元内閣情報調査室の大森義夫氏や北岡元氏らが現場の声を発信しているが、学者たちはこの問題に触れずじまいだった気がする。

 インテリジェンス・コミュニティの研究をスパイの研究と考えるのはもうやめるべきだろう。これだけ情報革命の効能が広く認められるようになったのだから、それを外交にも適用すべきである。外国を観察し、情勢を分析するというのはかなり難しい作業である。遠く離れたところからモニターするだけではどうしても足りない情報もある。インターネットのような新しい技術を取り入れながら、諸外国の動向を冷静に、組織的に見つめることが、不穏と不安の時代の外交に必要である。相手が何を考え、何を求めているかを見極め、外交における「サプライズ」をできるだけ避けることが自らを守ることにもなる。この点について、今年は少し考えていきたいと思っている。

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