国際情報発信・東京フォーラム・レポート
携帯・無線技術の社会経済的影響:戦略と政策
宮尾尊弘(GLOCOM主幹研究員)
2002年の国際情報発信・東京フォーラムは、去る11月21日に国際交流基金国際会議場で行われ、9月26日にロサンゼルスで開催したフォーラム(詳細なレポートは『智場』2002年11月号参照)に続いて、「携帯・無線の社会経済的影響」というテーマを取り上げた。今回は海外から3名の専門家を招待して、グローバルおよびコミュニティの視点からの戦略と政策の課題に焦点を当てた。
当日は、150名収容の会場が補助椅子まですべて埋まる盛況ぶりで、熱気あふれる議論が展開された。グローバルな発信のために使用言語は英語であったが、日本語への同時通訳を行ったので、幅広い参加者にアピールできたと思われる。
さらに今回は、いくつかGLOCOMらしい新しい試みを行った。まず、会場に無線LANのアクセス・ポイントを付けて、会場内のパソコンからコメントを書けるようにして、それをプレゼン用とは別のスクリーン上の掲示板にアップして、さまざまなやり取りを行った。また、その内容を会議の進行上でも利用した。
また、会場の無線LANを外のインターネットにつないで、京都で無線LANをベースに地域活性化の活動を行っている「みあこネット」の関係者とつなぎ、リアルタイムで京都と会場との間で、デジカメの映像を送ったり、IP電話で話をした。
もちろん、フォーラムの内容はすべてビデオに収めて、主要なプレゼンはビデオ・オンデマンドにして、パワーポイントの資料と一緒に情報発信のウェブ上に掲載した。
公文所長の基調講演
フォーラムは、紿田英哉国際交流基金日米センター所長による開会の辞に続き、公文俊平GLOCOM所長が「Where Are We Up To(携帯・無線の世界はどこに向かうのか)」というタイトルで基調講演を行った。以下がその要旨である。
@米国における情報通信産業は悲惨な状態にある。特に電話産業は「全面的危機」に陥っている。この電話産業の崩壊は、おそらく一つの産業のメルトダウンとしては過去最大のものであろうといわれている。これに対して、日本の情報通信産業の状況はややましであるようにみえるが、明日にはそれは今日の米国の情報通信産業と同じ運命になる可能性が高い。
その理由は、第一に情報通信産業の苦境は循環的なものではなく、電話ネットワークの技術的基盤とそれに基づくビジネスモデルはすでに古くなっており、回復するのは不可能なことがある。また、現在の情報通信産業の問題は、インターネットの端末と端末を直接結びつけるデータネットワークが既存のネットワークの価値を引き下げていることから生じている。これまでのところ、顧客につながる「最後の1マイル」の部分での競争が弱かったことが、新しい技術の普及を妨げていたにすぎない。
A現在起こっているのは大きな局面の変化である。ITバブルが崩壊したとはいわれているが、実際にはインターネットの通信量は毎年倍増しており、米国ではブロードバンドが携帯電話よりも急速に伸びている。
しかし、デビッド・アイゼンバーグ氏やデビッド・ワインバーガー氏によれば、われわれは「ベスト・ネットワークの逆説」という問題に直面している。それは、「ベストなネットワークは金儲けに向かない」という逆説である。ベストなネットワークには、単に金儲けよりも重要な仕事があり、新しい通信サービスに対して最もオープンだからである。
したがって、ベストなネットワークの運営にとって重要なのは、費用をできるだけ削減して誰もが使いやすいようにすることである。その意味で、われわれは無線LANに期待できる。
B当面、私たちGLOCOMは、新しい運営モデルを創造することに全力を上げたい。それは、運営モデルであって必ずしもビジネスモデルであるとはかぎらない。その理由は、今日のように大きく技術革新が進む時代には、市場も政府も単独では答えを出すことができないからである。むしろ、新しい運営モデルは市場と政府の働きを補完するもので、地方自治体、企業、住民あるいはネティズンからなる共働モデルであることが望ましい。
たとえば日本のケースでは、兵庫県においてADSLサービスが市場だけでは提供されない地域が6〜7割もあるが、そこでは関西ブロードバンドという企業が、地方自治体や市民と協力して県全体にサービスを提供しようとしている。それでも及ばないところでは、無線LANを導入することも考えているようである。
C実際に、無線は将来への鍵を握っている。米国FCC(連邦通信委員会)のマイケル・パウエル議長によれば、「今の時代は、周波数への需要が主として無線技術の爆発的な発展から生じており、無線サービスが際限なく伸びていることから来ている」のである。
たとえば高知県の南国市では、私の同僚である今井一雅氏(高知高専)が無線LANのネットワークを構築する試みを行っており、他にも多くの例が見られるようになっている。このように無線は大きな可能性をもっており、無線LANは現状を打開するような低コストのネットワークを提供して、技術革新を促すであろう。
無線LANには三つほどの応用分野があると思われる。第一は地方の遠隔地で、このままではディジタル・デバイドを生みそうな分野、第二は大都心で人口密度が高いマンションやオフィスの分野、そして第三は携帯無線で、アドホック・ネットワーク、固定アクセス・ポイントおよび携帯電話ネットワークをすべて結びつける分野などが考えられる。(オリジナル英文<http://www.glocom.org/debates/20021126_kumon_tf_key/>)
第1部 国際的および国家的動向と戦略
基調講演に続いて、第1部では「国際的および国家的動向と戦略」、第2部では「コミュニティ戦略と政策課題」というテーマで議論が展開された。まず、第1部での「国際的および国家的動向と戦略」については、以下のように進められた
@ジョナサン・アロンソン 南カリフォルニア大学教授「携帯・無線のグローバルなトレンドと戦略」
携帯・無線の分野での重要な問題は、無線が全体としてどう利用されているか、ビジネスを変革するのは無線の供給側の革新か、それとも需要の変化なのか、またどのような政策が必要かということである。いずれにせよ今の時点で予想できない利用が、この分野の将来を決めていく可能性が高い。
Aデビッド・アイゼンバーグ アイゼン・ドットコム社長
「くさびの先となる無線」
垂直統合型の電話会社のビジネスモデルは革新を生まないことが明らかで、すでに免許のいらない無線LANサービスが大きな変化をもたらしており、今後さらに予測できない利用を生み出すであろう。
B富田修二 NTTコム副社長「ブロードバンドとユビキタス:ホットスポット・ビジネスの成功」
無線LANサービスが急速に伸びているが、今後ビジネスとして成功させるためには、利用の範囲とコスト、使い勝手とセキュリティ、さらにIPv6の技術と価値創造といった点を視野に入れる必要がある。
Cフィリップ・サイデル 国際大学講師「コンテキストの重要性:携帯インターネットの利用者行動」
最近の調査結果によると、携帯インターネットの利用について、単に場所、時間、プライバシーといった要素ではなく、それらの要素に対する利用者の思い入れがビジネスにとって重要な決定要因であることが判明した。
これらのプレゼンテーションに続いて討論が行われたが、特に無線LANをビジネスの一環に組みこんで利用しようとする富田氏のアプローチに対して、あくまでも無線LANをネットワーク全体の構築の中核に考えるアイゼンバーグ氏の間で、興味深いやり取りがあった。
第2部 コミュニティ戦略と政策課題
D太田昌孝 東京工業大学講師・MIS取締役
「GENUINE:モバイル・インターネット・サービス」
通常の無線LANサービスは移動がきかないが、「モバイル・インターネット・サービス」は移動性を提供する。そのためにはエリアをカバーすることが大切で、現在「みあこネット」のようなコミュニティのパートナーと協力して、アクセス・ポイントを増やしつつある。
E山田肇 東洋大学教授「競争政策から見たモバイル・コミュニケーション市場」
無線LANが参入したことで、市場の競争が活発化しており、無線LANサービスは電話会社も利用できるし、また無料で提供することもできる。そのため規制の緩和や周波数政策の見直しが必要である。
Fティム・ポーザー ベイエリア・ワイアレス・ユーザーズ・グループ代表
コミュニティ無線ネットワークはいろいろな人を巻き込み、技術の先端的な利用を促進するが、現在は法律上の規制によって抑制されている。特に免許の不要な無線ネットワークの所有者が法的に認知されないことは大きな問題である。
G稲村公望 総務省政策統括官「ブロードバンドのポテンシャルを実現するインフラ、市場、サービス」
日本でのブロードバンドサービスの費用は米国の半分にまで下がっているが、その利用はまだ低い。その利用促進のためにはPRの目標を定めるなどの戦略が必要で、たとえば韓国や中国を巻き込んだブロードバンド・プログラムを展開するといった動きが重要である。
以上のようなプレゼンテーションをもとに討論が行われ、特に無線によるコミュニティ・ネットワーク構築のメリットと同時にコストの問題について質疑応答があった。また、日本の政府の規制策にも疑問が提出された。以上の問題に対して十分な答えは出なかったが、携帯・無線に関する重要な問題が提起されただけでも、フォーラムの目的は達せられたといえる。
英文レポートとビデオは以下を参照:
<http://www.glocom.org/special_topics/glocom_rep/200211_tf_sum/>