<対談>ポストe-Japan戦略に向けて
村井 純(慶應義塾大学環境情報学部教授)
公文俊平(GLOCOM所長)
e-Japan戦略が目指すIT社会
公文 私どもGLOCOMの立場は、日本そのものの再生を、地域の再生を手かがりにして成し遂げる必要があるということです。よく言われるような、東京や国は地域から富を吸い上げ、その犠牲の上にぬくぬく暮らしている、そちらにはお金や力がある、というイメージではなくて、むしろ、いま日本は国として疲弊し、沈没しかかっている。国に頼ることができなくなっている。こういう状況の下で何をするのかという問題意識があります。実際、1980年代後半の日本は、一人当たりGNPはアメリカを抜いて世界第1位になり、国際的な経済競争力でも文句なしの1位でした。ところが現在は、2年前の統計ですが、一人当たりGNPでは13位、国際競争力も最近では30位にまで下がってきた。経済の生産性も2000年で20位というような状況にあって、全体が沈下していることは明らかです。そのなかで日本は、おそらく近代の歴史上初めて戦略という言葉を積極的に使って、この状況から脱出するための国家戦略を考えた。村井さんはその戦略立案の中枢人物として、何を考えてやってこられ、はたしてそれが今どうなっているのか。これからどこへ行こうとしているのか。そういったところをざっくばらんにうかがいたいと思います。まず、e-Japan戦略についてお願いします。
村井 e-Japanのプランは、IT戦略会議から始まりました。このe-Japanの政策を担当しているのはIT戦略本部ですが、正しい名前は「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部」です。IT基本法、Information Technologyの基本法と略して言いますけれど、「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」という法律を作って、この枠組みを作っています。私はこのときの議論をとても大事だと考えています。「高度情報通信ネットワーク」とは何かと言えば、インターネットです。つまり、インターネット社会基本法なのです。中にこういうことが書いてあります。「日本の国民がデジタル技術を使って、知識や情報を自由に共有して交換できる国にしよう」。これを推進するために、重点領域を決めることや、IT戦略本部を作ることもそうですが、そのプロセスの一つとして、インプリメンテーションとしてできているのがe-Japanの政策です。そういう意味で、大事な原点はここにあるわけです。
つまり、デジタル情報を使って、われわれが自由に情報と知識を共有できるような国にしようというかけ声だと私は思っていまして、そうだとすると、自由とは何だということになります。これが非常に重要なところです。自由に知識を交換できて共有できる、これはものすごく大切なことで、たとえば、われわれの社会はこれから高齢化社会になります。そうなったときに、きちんとした社会を作っていかなくてはならない。介護につきっきりにならなければならない人がたくさん出てくるでしょう。その人たちがつきっきりにならないで、自分の仕事ができて、時間をどう圧縮できるかとか、そういうことを考えていくと、インターネット、デジタル情報が自由に使えるようになっていることがどんなに大切かということがわかってくると思います。まずはそこです。
これに関連して大事なことは、インターネットのテクノロジーというのは――私は昔からよく「すのこ」と表現するのですが――要するに踏み台みたいなものだということです。何か、われわれの生活の基盤の足もとを、ちょっと高くする。その上で踊るのも、走るのも、飛び上がるのも、動くのも人間の問題です。ただ、そこに乗ると、ちょっと高くなっているから、いままで届かなかったものに手が届くようになるかもしれない。これがテクノロジーとして人間を支えるということであって、あくまでも主人公は人だということです。すべては人間が、どれだけ自由に活動できるか、創造性を発揮できるか、ポイントはここだけだと思います。すると、そのためにどうするのかという話があり、その中で今日の「地域」という話も出て来るのだと思います。
人が自由にデジタル情報をやり取りするといっても、5年前、10年前とは感覚が違う。この前アトランタに行ったら、あちこちに「高速インターネットT1」という看板があって、ホテルでは「このホテルはフリーT1が部屋にある」と言って自慢するわけです。「T1、1.5Mがタダだ」と。日本人とは感覚がだいぶ違う。日本だと1.5Mでジャブジャブという感覚はないですね。10Mとか100Mというと、なんとなくジャブジャブという感じがしますけれど、これもすぐ変わるでしょう。1Gないと不自由だと思うようになるかもしれない。インタフェースのスピードがどんどん変わっていきますから。それも含めて「自由」を作っておくと、人間の活動、エネルギー、創造性がきちんと伸びていくだろうと。そういう意味で、それを妨げるのは何だと考えてみると、法律だけでもざっと733ぐらいありました。そういう妨げになるものは一つひとつ解決して全部解消していこう。そういう話は国がやるべきことではないか。私にとって、e-Japanというのは、そういった視点で取り組んでいくものではないかと考えています。
「2005年までは…」というエクスキューズ
公文 インターネットの本質は知識や情報の自由なクリエーションや共有にあるのだというのは、まことに適切なご意見というか、まさにIT、高度情報通信ネットワーク社会とは、これまでの産業社会を超えるような社会を視野に入れた変化だという点ですね。これは、今度のe-Japan戦略の非常に歴史的に優れた点、適切な視点を持っているところだろうと思います。
ところで、それが本当に実現するのかですが、いま日本の法律の話をちらっとされましたが、その前にうかがっておきたいのですが、お話に出たアメリカは、かつてはインターネットの先進国ということになっていて、ところがいまや1.5Mで威張っている程度で、むしろインターネット反革命と言われるように、既存の映画会社などが著作権をきわめて厳しく押しつけようとしていますし、情報通信のシステム自体も、ハード的にもソフト的にも自由な交換を難しくするような方向を規制緩和と称してやろうとしているようにも見えるのですが、日本の場合はどうでしょうか。今後そういう方向に行くのでしょうか。それとも、それは心配ないというようにお考えですか。
村井 これもやはり個別の問題で、総合的に考えるのは大変難しいと思います。まず一つは、規制を強めることによっていろいろな利益をキープしようとする規制派と、反規制派というのはいつの世にも、どこの世界にも存在します。実はIT基本法というのはたいへん変わった法律で、基本法なのに3年経ったら見直すと書いてあります。私は2年にしていただきたいとお願いしたのですが、基本法で何年と年次を付けるのは聞いたことがないということで、それでも3年としていただいたのは大英断だと思います。もちろん、今日の議題でもありますが、e-Japanも2005年の前でも毎年見直そうとしているわけで、その意味でこのシンポジウムは大変貴重だと思います。いずれにせよ、その有期のときに緊急にやらなくてはいけないことを、少し他のことに目をつぶってでも達成させる。それが、デジタル情報をみんなが自由に使えるということだとしたら、それをどう進められるか、少なくとも2005年まではそれをやってみよう、みたいな意識はあると思います。したがって、さまざまなトレードオフが出てくると思います。
先ほど丸田さんが「キャッチアップ」と言われましたが、私の中にはキャッチアップ、つまり「日本が遅れている」という意識はなくて、「5年間の臨時措置だから他のことには目をつぶってよ。とにかく、デジタル情報を世界で一番自由に使える国にしたときに、われわれ日本人の力はどこまで出せるのか。本当にそれで元気になり、戦えるのか。すばらしい創造性を発揮できるのか。これにチャレンジしてみようよ」という意識がありました。したがって、規制の問題は考えなければならないことだけれど、できるだけ少なく、2005年まで待ってほしい。電波行政でも、無線LANで今度5G帯を開放するときに必要な資金をどう回収するかという議論をしていますけれど、私は同じ発言をします。「2005年まで待ってください。その間、無線LANは、ビジネスモデルも、どうやって生かせるかもわからないけれど、とにかく自由に使えるようにしてみましょうよ」。これが私の基本的な提案です、どこまで受け入れられるかわからないですけれども……。
そういう意味で、いまのご質問の規制のある方向に進むのかどうかということですが、私はいろんな意見があるのは当たり前だと思います。ただ、2005年まではちゃんと見ようよと。ある意味、先頭を切っている部分もあるわけですから、それをしっかり見極める。ビジネスが立ち上がるには時間がかかるし、少なくともその先を見越して心配して規制をかけるのはやめよう。2005年のターゲットというのは、そういう枠組みとしても使えると思います。
公文 なるほど。それは面白いポイントですね。皮肉な言い方をしますと、ある種の問題の先送りをやっている。つまり、コンテンツの著作権の縛りをどうするのかとか、たとえばP2Pのようなシステムが出てきて勝手にファイル交換を始めるかもしれない。ジャブジャブ自由に使えるようになると、いろんな試みが起こってくるだろうけれど、それを心配して、いまからどうしなければいけないというようなことを、あわてて言ってもしかたがない、ということですね。とにかく、できるようになるまで、まずはやってと……。
村井 そうですね。無法地帯でいいということではないのですが、考え方として、トレードオフがあったら、とにかく新しいことが始まる方向に行ってみましょうと。まぁ有期ですから、2005年になったらきちんと見直すという約束のもとで、わりあい自由度が広がるという意思決定もあると思います。このあたりは考え方として、とても大事なところではないかと思います。
公文 いまのお話の中で、もう一つ、非常に印象的なのは、今回のe-Japan戦略の策定、発動のプロセスの中で、本当に毎年見直すということが、はじめてなされるようになったということですね。橋本内閣時代に作られた前身の推進本部では、最初に決めるのに確か2年ぐらいかかって、「すぐに見直す必要がある」と言ったら、「ここまでの合意を作るのに大変だった。見直すなんて、とてもじゃないが考えられない」というのが、当時の常識でしたね。
村井 その議論は今回もありました。「朝令暮改じゃないか、それは」って。私は「朝令暮改が美徳じゃないですか」と言っちゃいましたが……(笑)。
地域から生まれる性能のいい小型のシステム
公文 それは大いに結構なことなので、ぜひ見直しながらやっていただきたいと思います。次の質問ですが、今日の主題である「地域から」という話です。いま地域も、いろいろな所ががんばっていて、自治体が、あるいはトップダウンで、あるいは下の方からと、いろいろな形で高度情報通信のインフラを作ろうとしている、全国に広がっているわけではありませんが。一体、そういうことが、本当に地域の力でできるものなのだろうか。いったん作ったものを活用するという話が先ほどありましたが、そういうことを国の支援なしで、自分たちの力でやっていけるのかという点についてはどうお考えでしょうか。
村井 これは大変重要な点で、公文先生がいろいろお考えになっていること以上に、多分、私が言えることはないと思います。ただ、先ほどのポジションプレゼンテーションをうかがっていても、私は「地域」といったときに、もう少し整理して分けた考え方ができないかと思っているところがあります。なぜかというと、私のメトリックでは、先ほどから言っているように人間が重要です。人間の判断であるとか、小さいグループというのがとても大事です。小さい力、小さいグループとか小さいシステム、これが寄り集まってできるのが自律分散システムで、大きなものを動かすのに、大きなシステムを作らなくてもいいというのが自律分散システムの本質的なアドバンテージなわけです。システム的なエンジニアリングから言っても、非常に性能のいい小さいシステムがたくさんできることが、インターネットのコンセプトです。自律分散協調システムの、スケールに対する強さ、変化に対する強さ、新しい問題に対する解決の可能性、これを目指して、多少のリダンダンシーは許したうえで、きちんと協調の定義を、全体で薄くミニマムにすることによって性能を上げていく。これが自律分散協調システムです。したがって、高性能の小型システムがたくさんあることがとても大事です。これはどうやって作れるかというと、さっきご紹介があったいくつかの例もそうだと思うのですが、地域での活動というのは、性能のいい小型のシステムで新しい問題を解決する、こういったシステムを作りやすい環境なわけです。大きいトラディショナルな組織というのは、そういう問題を解決するためには長い時間がかかりますから。地域の大変重要なポイントはそこにあります。
そこで、気をつけなければならないことがあります。「地域」と言ったとき、たとえば東京とか三重とか岡山というような地理的な概念でとらえることがあります。それから行政的に、国政と地方行政みたいなとらえ方もあると思います。国という単位は、インターネットから見ると非常に小さな、昔の単位で、これに対してグローバルなスペースをどう対応づけて、ある役割を果たしてもらうのかというような位置づけにあるかと思いますが……。そうだとすると、分散システムというのはコミットメント、ポリシング&ペナルティである。つまり、とりあえず何かどんどんやれと、何かの約束事はあるかもしれない。その約束事を守っているかどうか調べましょうと、これがポリシングですよね。調べたら、それでたいていはうまく動くから、ペナルティはいらないかもしれない。だけど最後にペナルティが必要だとしたら、いまの社会だとやはり、国の仕組みと法制度によるところがあります。そこの機能を果たしているというのは、たぶんインターネット上のグローバルガバナンスの中での国政の役割だと思います。地方と国と言ったとき、そのルールつまり法律は、足を引っ張っていないだろうかというのが、一番の関心事になると思います。それに対して、地方というのは、ちょっと性格が違うと思う。だから、国と地方の行政論での話があると同時に機能的な面で、都市には人口とか文化とか刺激――これが私にはプライオリティが一番高いですけれど――があって、地方にはそういうものが薄いということがある。このあたりが新しい創造性とか、文化を創っていくには重要ではないかと思います。地域はとても大事で、それは性能のいい小型のシステムがあるからです。そして、それを本当に生み出すための刺激のようなものが地域には重要だと思う。
先ほどの基調のプレゼンテーションの中で、東京中心の問題点がいくつか議論されていましたが、その中のいくつかは混ざっていたような気がします。つまり、東京にあるから悪いのではなくて、何かの刺激のメカニズムを持っている都市としての東京と、霞が関のある行政面での東京と、それから地理的な意味での東京と、それぞれ違うと思う。そのあたりに気をつける必要はありますが、小型で性能のいい仕組みが地域の活動の中でたくさん出てくるだろう、これは本質だと思います。
公文 確かにポリシングとかペナルティとか、もっと言えばガバナンスといったような問題については、ただ自分たちだけでやれば済むとはいかない面があって、国のレベルで、もっと言えば国際的なレベル、グローバルなレベルでも考えなければいけない。ICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)は、その問題に取り組んでいるということもありますね。それは見逃してはならないポイントだし、それからおっしゃったように、東京のような所でこそできる面白いことがある。それはそれで、つぶしてしまうのはもったいないことです。
村井 刺激があればいいのであって、東京である必要は全然ない。
「授業」を使ってアジアにインターネットを繋ぐ
公文 しかし、東京もひっくるめて、いま非常に苦しい状況に陥ろうとしているのではないかという心配もあるのですが……。ところで、先ほど舞台袖で村井さんがおっしゃっていた他の国の話を少し紹介していただきたいのですが。
村井 私はいま授業を、アジアの各国と共用しています。インターネットを広げていくときに、コンテンツの知的所有権の問題がありまして、ブロードバンドのキラーコンテンツ、自由に流せてすごく魅力のあるコンテンツといっても、著作権がらみでうまく使えないものが多い。しようがないので、私の実験の中では自前の、私がいいと言えば使える自分の授業をコンテンツとして、ブロードバンドネットワークの発展の素材みたいに使っているわけです。「丸裸で行け」みたいなやり方ですが、とにかくそれだけが一番自由に使えますので。大学の授業というのはいろいろ意味があって、遠隔教育(distance education)の学会では、私は「教育はインターネットを使って発展するんだ」みたいなことを言っていますが、インターネットの学会だと「ブロードバンドコンテンツの素材を誰も出してくれないから、しようがないから自分の授業を出しました」と言っています。いずれにせよ、そういうところで相乗効果が出てきました。アジアで授業をやっていると、良い人材、良い学生がいるんです。また、ラオスやミャンマーなど、インターネットがいままで繋がっていなかったような国でも、「遠隔教育」を突破口にしてインターネットが繋がっていったという経緯もあります。いろんな理由ができますし、そういう人たちが出てきますと、なんとかうまくその世界を先に作りたいなと思って、現在は衛星を使って授業をアジア13カ国に流しているのですけれど、その人たちとの絆をもう少し太くするために、10Gの光ファイバをアジアに持っていって、IXを持っていって繋ごうと、いま画策をしている最中です。それをどこに設置するかという話があって、私はバンコクとクアラルンプールがいいと思っているのですが、そこの土地のIT大臣とか行政の方にうかがうと、ベンチャーを育成するのに適した郊外の都市があるから、そこを使ってくださいという話をされる。私はそれは基本的にお断りしています。ダウンタウンの一番危なそうな、刺激のある所にIXを置かせてもらう。するとそのまわりに、ソフトウェアを作ったりするベンチャーが出てくる。ソフトウェアというのが命です。大企業なら工場を作って、アジアの安い労働力を使って生産性を上げて、ということができますが、やはりベンチャーが活躍するのは、あまり設備が要らないようなソフトウェアの産業ですから、そういうのをアコモデイトするためにダウンタウンの場所をくださいと、私は言っているわけです。
それで、今日の話を聞いていて、じゃあ私は大都市に固執しているのかというとそうじゃない。さっき言ったような都市機能、刺激のある部分がどこにあるかということ、新しいソフトウェアのベンチャーや、若い人たちが新しい創造的な力を発揮するときに、やはりそういう場所が必要なのかなと思います。これは各地域にも、そういうエキサイティングな場所があるわけです。そういう刺激、エネルギーというものの集約点というのが、とても大事なのではないかと思っています。
無線LANとIP電話でふくらむ夢
公文 この話は、村井さん、あるいは村井チームが、日本の中というより、それこそグローバルにいろいろな国のいろいろな地域に出かけていって、面白そうな刺激のある場所を発見して、そこでいろいろな試みをやってみようということだろうと思います。しかもそのためのインフラのかなりの部分は、実はどこかにある。貸していただくと安くできるとか、機材について寄付をお願いするにしても、金額的には非常に安くて済むということですね。これまでの道路づくりとか発電所とかのインフラの話とは違う。そういう意味で、うまく工夫をすれば経済的にジャンプスタートを切って、「高度情報通信ネットワーク社会」を作る方向に跳び上がっていくことができるという可能性を示しているのではないかと思います。
そこで、話題を変えますが、この1年そこそこの間で、情報通信の世界で技術的に非常に注目を集めているのは、日本ではもちろんADSLが爆発的に普及していますが、それに加えて無線LANとIP電話、この二つではないかと思います。村井さんは、かねがね無線によるインターネットの可能性を強調しておられ、大変卓見だったと思うのですが、さて、いまから1年ほど前にハーバード大学ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン、"The Innovator's Dilemma" という本を書いた人ですが、彼が情報通信の世界でこれからの重要な、破壊的な技術、次を引っ張っていく技術は何かという予測をしていて、その中で、無線LANかIP電話かを比較の対象にして、どちらかというとIP電話の方に軍配を上げている。無線LANは不確実性が高い、はっきりしないという話でした。ただ、このレポートにはCiscoからお金が出ていて、IP電話の基本的な機材を生産しているクライアントの気に入られるようなバイアスがかかっていないかという批判もあるわけですが……(笑)。この二つについて、日本ではどう見ておられますか。
村井 まず、いま公文先生が安くできるとおっしゃっていて、私、ちょっと危ないなと思って聞いていたのですが、10Gの機械というとWDM(Wavelength Division Multiplex)で何億円かするわけで、価格としては高い。それを安く手に入れるというのは、ディールに近いような、ちょっとずるいようなことをやりながら、あるいはドネイションをお願いしながら進めていくようなところがあるわけです。よく考えてみると、1980年代に日本で最初にJUNETというネットワークを作ったときも、それからIPで動くネットワークを最初に作るときも、かなりトリッキーなことをやりました。平成元年の1月7日にワシントンに行って、このときはX25の上にIPを通して、それが日米のIP接続の最初のときでした。これもかなりトリッキーで、X25でデータベースのアクセス端末を用意して、「データベースのアクセスの隙間にIPを通しますから、ちょっと繋がせて実験させてください。電子メールのネットワークです」と言いながらやったようなところがあります。それから、その前のJUNETのときも、電話線の内線から0発信で呼べるようなものでこっそりネットワークを作っていくと通信料がかからないとか、要するに裏ワザみたいなものを使いながら何とか作っていったような経緯があります。いま私がアジアでやろうとしている、東南アジアの全くネットワークがないような所に10Gbpsで繋ごうみたいな、これもかなりゲリラ的なことで、ゲリラの話をこんなところで大声でしゃべっていていいのかと……。昔はこっそりできたから誰も止めませんでしたけど、こういうところで話すとバチッと止められちゃうかもしれない(笑)。そういうところがありながら、結局、最後はそれが何かの形でオーソライズされるようなところがある。
話を戻しますと、2.4GHzの無線LANですが、私は日本の状況は結構いいと思います。ご存じのように電子レンジとぶつかり合いはあるわけですけれど、面白いことに、電子レンジとぶつかったら、無線LANはエラーを起こすけれど、電子レンジはエラーを起こさないんです。むしろ、無線LANが近くにあると電子レンジはエネルギーが増えてうれしいぐらいの話ですから、2.4GHzという、こんなにいい組合せはないですね。それが使えるとなると、いろいろな夢がふくらんできて非常に楽しみになる。私、朝、早めに家を出ますと、目的地に早く着いてしまうことがあるのですが、そうすると何をやっているかというと、虎ノ門、霞が関あたりのビルをこそこそ動いてですね、するとどこかで必ずワイヤレスLANが繋がります。そこで仕事するとインターネットはタダですから、泥棒です、インターネット泥棒。これでしばらく仕事してから、アポイントメントの所に行くなんてやってます。セキュリティの問題を言いはじめると、なんとかしなきゃというのはよくわかりますが、だから止めろという話ではないですね。このモデルからヒントを得て、インターネットでフィルアップする空間というのができるということは、ものすごいインパクトだと思う。私は、窒息しない国土を作りたいぐらいの思いを持っていまして、インターネットがなかったら窒息する、という遊びをするわけですよ。インターネットが繋がっていない所、2.4Gの臭いがしない所へ行ったら、みんな息を止めるんです。どのくらいのやつが生きていられるか、と。こう考えるとこの世の中、繋がっていい所になるかなと思うのですが、それぐらいの楽しみがあって、これはエキサイティングですね。
一方、IPフォンというのは、いままでの電話のイメージを広げていく、私たちの言葉で言うと「キャロット」みたいなものだと思います。キャロットというのは、つまり、うまくインターネット使えよとか、エンドツーエンドのアドレスが重要だよねとかいったときに、いままでのフォーマットを自由に使えるようにすると、「これで自由にしゃべれるようになるよね」、「あっ、タダの電話」という、すごくみんなを「ほぉー」とひっぱるような――タダの電話というと、IP電話でお金儲けしようとしている人がいますから、怒られてしまいますけれど――そういうようなインパクトは出てくると思います。そこから何が出てくるか。IPフォンの次は何だといったら、テレビ電話みたいなものとか、臨場感あふれる3次元コミュニケーションとか、パーソナルコミュニケーションの未来形みたいなもののきっかけになるとすれば、とても楽しいなと思います。それまで、IPフォンと言っている間、みんながいままでの電話のイメージを持っているうちは、キャロットという位置づけだと思います。
インフラを支えるメカニズムのデザイン
公文 さっきお金の話をして、あまり安いのは危険だと言われたのですが、私が考えていたのは、たとえば空港を作るというと、兆円のオーダーでかかるわけですよね。道路を引こうとすると、1 km当たり何十億円というオーダーでかかるわけです。そういうものに比べると、情報通信システムは数十億円あると相当なことができる。そういう意味で相対的に安いということだけで、その数十億円を私のポケットから出せる、という意味ではない。そのために、どうやって力を合わせていくかということですけれど、少なくとも高度に産業化された国で、かなりの人々が自分のポケットからある程度負担をする覚悟をすれば、この程度のシステムならば、自分たちにはとても持てないというものではないだろう。京都の「みあこネット」の人たちも、そういったことでいろいろがんばっておられるのではないかと思います。むしろ逆に問題は、無線LAN、IP電話もそうですけれど、こういうシステムが事実上タダに近い値段で供給されるのはいいけれど、じゃあ、全体としてはそれなりにかかっているコストを、どうやってカバーするのか。自前でやるから、全部自分たちのポケットで負担しますというのであれば、話は別ですけれど、ビジネスでやろうとしたときに、どうやって収益を上げるということになるのか。これは、大きな矛盾(the Paradox of the Best Network)と言われているように、ユーザーにとって、それこそ窒息しないような、一番使いやすいシステムが欲しいのだけれど、それをビジネスとして提供するモデルがどうもない。いまはあると思われているかもしれないけれど、なかなかうまくいかない。無線LANでもそういうような例が、日本でもすでに出ています。これは、村井さんにうかがうことではないかもしれませんが……。
村井 はい、私が答えを出せることではないですね。でも、これは信念みたいなもので、本当に申し訳ないのですが……。ざっくりした予想として、流通しているビットの量がものすごく伸びていきます。これをキャリーしていることの重要性もどんどん伸びてきて、この恩恵を受ける産業やわれわれの活動は、これがなければ窒息すると言いましたが、ますます依存性が高くなっていきます。そうすると、これを維持して発展させるメカニズムを、きちんとデザインしなければいけないわけです。おっしゃっているのはそこだと思います。このデザインがまだできていないと。でも、いまできていないということと、そういうデザインができないということとは別だと思います。みんなが使って、みんなが依存しているインフラを支えるメカニズムが、絶対にできないわけがない。これは一つの信念です。じゃあ、それは何だというと、いま新しいことがいろいろ動いていますから、それごとにきちんと考えていかなくてはいけない。つまり、走りながらデザインをしていくような問題だろうと思います。そのなかで非常にマクロに見たとき、これをわれわれが支えられないわけはないだろうし、支えるメカニズムは必ず作らなければならないわけですから、「これはきちんとできる」と、まずは思っているわけです。それをどうやってやるのかといえば、一歩一歩、一つひとつ、デザインをしていくのだろうと思います。
今日はe-Japanの話題から始まりましたが、e-Japanが始まったときに、「ADSLでもなんでもいいですけど、すべての人が各家庭で10M〜100Mbpsが2,000円か3,000円ぐらいで手に入るぐらいに、2005年までにしたい」ということを議論しました。これは「ほぼ絶対、無理。世の中ひっくり返る。ものすごい失業者が出て大変な恐慌が起こって、そんなこと絶対不可能」というようなことを言われました。数字の目標設定をしたのは良くないという議論もたくさんうかがうのですが、私たちも正直言ってそこまでは行かないだろう、でも、説得するための目標だから――政策というのは皆さんのように関心のある方を説得する話だけではありませんから――理念があって、そこに行くための一歩をどうやって作るか、政策をどう作るかという話だろうと。さっきのIPフォンもそういう性格の役割もあると思う。いずれにせよ、経済モデルとして成立するかという話はありました。大変な痛みを伴った企業もあると思うし、非常に多くの人の努力も、無理もあったでしょうが、少なくともユーザーにとってかなり自由度が上がるという、描いていたピクチュアに達成したというか、ある程度決着がつきつつあると先ほど丸田さんがおっしゃっていて、私はそこまで楽観視していませんが、いずれにせよ、かなりエスタブリッシュメントがあったのかなと思います。
その方向へ向かっていったとき、デザインというのは、一個一個その中での経済モデルを作っていき、多少無理があったり、不安定な部分があったりするかもしれないけれど、進化していくのではないかと――無責任な言い方だと怒られるかもしれないですけれど――私はそう思います。
技術の向かう方向を語る責任
公文 そういうように進化していってくれればいいと思うのですが、そのためには、考えなければならない問題がまだたくさん残っているように思います。つい数日前に、今年のCOMDEXの状況を報告したレポートを読んで感銘を受けたのですが、今年のアメリカのコンピュータ業界において、一つの大きな合意が成立した。それは、現在企業が使っている情報システムは、あまりにも複雑すぎる。したがって思い切って単純なものにして、オープンにして、つまり一つのベンダーが、一つのシステムとしてのソリューションを提供するというのではなくて、どのべンダーの機器を買ってきても自由に、ユーザーとして企業の側が自分の情報システムを設計して使う、こういうやり方でインターネットデータセンターなどもはじめてうまくいく。こういうことでやりましょうという話になったのだそうです。しかしこれに対して、通信業界の方はそこまでいっていないというか、どちらかというと逆の方向に来ていて、いまは非常に苦しいから、そのために顧客を囲い込み垂直統合して、ネットワークをオープンにするのではなくて、むしろクローズする権利を認めさせて、そこでなんとか生き延びたい、といったような動きもあるように見えます。
幸い、日本はそうでないと言っていいのか、それとも、もしかすると日本もその方向に追っかけて走るようになるのかは、私には興味があるというか心配なところであるわけですが、ではそのなかで、地域の情報化を推し進めていくときに、そういったことを見ながら考えていかなくてはならない問題は残るだろう。これについては、何かあれば後のパネルのときに発言していただければと思います。
村井 そうですね。私もフロアから発言させていただきたいと思います。ここにいらっしゃるみなさんは、この分野のエキスパート、それに近い方たちだと思いますが、テクノロジーがこれだけどんどん進んでいきますと、技術に対するきちんとした理解というのは、とても大事だと思います。いま無線に対してもいろいろ誤解があると思いますし、インターネットのアーキテクチャそのものに対する理解も広がってきたように思いますが、新しい技術がどんどん出てまいります。
やはり技術に対する正しい理解と、この場のような、いわばポリシーウォッチャーのような仕組み――今日の会議はまさにそうだと思うのですが――この二つが一緒になっていくということ、これはアメリカでも大変問題になっています。テクノロジーエキスパートのスピークアップする責任とか、説明責任とかがものすごく重要なことになってくると思います。新しい技術を正しく理解して、その方向性をチェックしながら前に進むこと、「前に進む前に足を引っ張っちゃいかん」、これが私の一番言いたいことです。そのためには、先ほど申し上げたように、小さな単位の性能の良いグループ、性能の良いチャレンジ、これがとても頼もしい原動力だと思います。地域の活動というのは、そこに一番近い、戦略的にとても大事なところではないかと思います。
公文 一つの結論を出していただいたようで、ありがとうございます。本当にそれでいけるのかというのは、この後のパネルの議論にゆだねたいと思います。どうもみなさん、ご静聴ありがとうございました。
村井 どうも、ありがとうございました。