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産業政策と特許制度

庄司昌彦(GLOCOM研究員)

知的財産に対する関心の高まり

 大学教授が保有する特許の民間移転や、会社員が発明した特許に対する報酬、あるいはビジネスモデル特許やバイオ特許の取得をめぐる争いにみられるように、知的財産権の保護や取扱いが話題となっている。日本政府は2002年2月に知的財産戦略会議を設置し、同12月には知的財産基本法を制定するなど、「知的財産立国」実現に向けたキャンペーンを展開している。

 このように今後は、特許権や著作権のような知的財産に関するゲームが、いままで以上に大きな関心事となっていくと考えられている。以下では、主にアメリカの特許制度を中心に、産業政策や近代化とのかかわりを述べる。

特許制度の確立と産業革命

 世界史上、現在のような特許制度の先駆は、近代化出現期のイギリスにある。16世紀前半頃、イギリス国王は大陸の毛織物生産技術を導入するために、フランドル地方から毛織職人を招き、排他的な既存の職能組合(ギルド)に対抗して生産販売を行う許諾実施権(Letters Patent)を与えた。エリザベス一世は1561年、大陸から優秀な技術者をさらに呼び寄せるためにこの権限を強化し、今日の特許権と同じ独占的実施権を白色石鹸の製造技術者に与えた。さらに1624年、イギリス議会は、発明者に一定期間の市場独占を与え、侵害者への賠償請求権を認める「専売条例(Statute of Monopolies)」を制定した。この制定法が近代特許法の原型といわれている。このようにイギリスは、海外からの技術導入を端緒として、発明のインセンティブを高め普及を促す制度を整え、産業革命を開始した。

 アメリカも同様で、ヨーロッパからの技術導入で工業化を開始した。そして憲法第1条で特許権に言及しているように、建国当初から産業政策としての特許権に強い関心をもち、1790年には世界で二番目の特許法を制定した。そして産業革命と保護関税によって経済発展の基礎を築いたのである。特に第16代大統領リンカーン*1は、強い特許権保護政策による工業化を進め、「第一次プロパテント時代(1865〜1930年)」を切り拓いた。この時期にはエジソンら発明家が活躍し、ロックフェラー、モルガン、デュポン、フォード、カーネギー、スタンダード石油トラスト等の大企業や財閥、企業連合等が現れた。

 日本でも産業革命期の1885年に専売特許条例(特許法)を制定した*2。国民にはなかなか利用されない制度であったが、主な目的は外国からの技術導入を促進することであった。その後、豊田佐吉の自動織機に代表される繊維工業の発達と、軍工廠や財閥系企業における重工業化の推進により、日本は急速に産業化を進めた。

 このように、産業革命期における特許制度の確立とプロパテント政策は、先進技術を国内に導入し内発的な技術発展を興す、「殖産興業」の有効な戦略として機能したといえよう。

再びプロパテント時代

 アメリカ経済が低迷していた1980年代前半、アメリカ政府は再び産業政策として、知的財産権保護の強化を打ち出した。これは現在まで継承されており、第二次プロパテント時代と呼ばれている。

 きっかけとなったのは、1985年に「産業競争力に関する大統領顧問委員会」がレーガン大統領に提出した「ヤングレポート」である。このレポートは、研究開発の促進や産業界への資金投入、輸出拡大を目指した通商政策の策定、ベンチャー企業の育成等を述べているが、特に工業所有権について次のように勧告している。

  1. 工業所有権の保護・強化に向け、特許法などアメリカ国内の制度改正を行う。
  2. 特許制度の運用は、均等論*3の幅広い適用や損害賠償額の見直しを含めて大幅に変更する。
  3. アメリカ以外の各国で工業所有権が確実に保護されるように、通商法301条を武器とした二国間交渉を行う。
  4. GATTなどの多国間交渉の場を通じ、知的財産権制度の確立および充実を働きかける。

 この勧告の実現により、アメリカ国内では特許訴訟が増加し、均等論や潜水艦特許等、アメリカ独特の論理によって外国企業が敗れ、多額の損害賠償金を支払うケースが相次いだ。

 通商法スーパー301条とスペシャル301条は、アメリカ製品の輸出拡大を目的とし、他国の「不公正貿易慣行」や「知的財産保護」について二国間交渉を行い、合意に達しなければ一方的に報復措置を発動するものである。クリントン政権がスペシャル301条の発動を武器に、二国間交渉を精力的に行ったのは記憶に新しい。

 また、1994年のGATTウルグアイラウンド交渉では、知的財産権の保護を強化し各国に広める以下のような合意(TRIPS協定)をとりつけた。

  1. 化学物質、医薬品、食料品など、いかなる発明も特許対象とする。
  2. 新規物質の製法特許侵害訴訟における被告製法の立証責任は被告が負う。
  3. 強制実施権の設定条件を明確化する。
  4. 発明地による差別の禁止。

 WTOでは、加盟国にこの協定の履行を義務づけている。これにより、28の先進国(9億人)でしか導入されていなかった特許制度が、2000年には約150カ国(50億人)に拡大した。2006年にはさらに48カ国(6億人)が履行することになる。これで世界中の国々が、特許制度という地球規模で行われる智のゲームの舞台となった。

 このように、プロパテント政策を達成した国は、国内産業育成にさらに力を注ぐ*4とともに、自国製品を売り込む門戸開放政策を採る。産業革命の後に、先進(帝国主義)国間で市場の獲得をめぐる争いが行われたのと同様である。

知的財産権と反独占政策

 技術的に先行する企業や国にとって、基本特許は富の源泉である。しかし、基本特許に広すぎる排他的権利が与えられていると、後発企業や途上国にとっては、改良技術が先行特許に抵触するおそれが高まり、新規参入の妨げとなる。その結果、先進国や先行企業の独占状態が継続し、技術の発達や消費生活に損失が生じる。

 知的財産権を保護する政策に対しては、反独占政策(シャーマン法、クレイトン法、連邦取引委員会法)が牽制してきたことを見落としてはいけない。二つのプロパテント時代に挟まれた時期は、世界大戦を契機に工業技術が大幅に発展した一方で、不公正なパテント・プールやマルティプル・ライセンスに対する反独占政策も強化された。

 パテント・プールとは、複数の特許権者が関連する特許権を特定の一社か第三者機関に集中させたうえで、プールされた特許について実施許諾を受ける協定で、その地位を利用して業界を支配し取引制限や独占化を図ったときに問題となる。

 マルティプル・ライセンスは、一人の特許権者が多数のライセンシーに対して販売価格制限つきの実施許諾をすることで、取引制限が問題となる。

 反独占政策は1950年代から積極的に運用され、1980年代までアメリカ政府は基本的に知的財産権保護に反対してきた。ところが、先に述べたように、1980年代に入るとプロパテントへと政策を180度転換した。反トラスト法の運用においても知的財産権の保護を尊重する方針を示し、現在に至っている。

矛盾する目的の妥協点を見出す

 特許制度は産業化とともに生まれ、産業政策と密接に関連しながら産業化を支えてきた。すなわち、富のゲームを行うための制度として機能してきた。他方、特許制度の目的はそれだけではなく、有益で保護に値する発明が、独占されず一定の条件の下で円滑に普及するように促す、という役割も見出されてきた*5。

 知的財産権をめぐる智のゲームは今後もしばらく続くだろう。そのようななかでの政策的議論には、プロパテントや反独占に偏ることなく、「インセンティブ保護」と「円滑な普及」という二つの目的の説得的な妥協点を探りバランスを保つことが重要となる、と考えられる。

[参考文献]

1)上山明博『プロパテント・ウォーズ 国際特許紛争の舞台裏』文芸春秋

2)有賀貞、大下尚一編『新版 概説アメリカ史 ニューワールドの夢と現実』有斐閣

3)村上政博『アメリカ法ベーシックス アメリカ独占禁止法 第2版』弘文堂

*1 リンカーン自身、「浅瀬を航行するための船の構造」で特許(米国特許第6469号)を取得している。また、「特許法は、発明者に一定期間、独占権を保証することによって、天才の火に利益という油を注いだのである」という言葉を残している。

*2 特許制度を日本に初めて紹介したのは福沢諭吉である。また、初代の専売特許所長(特許庁長官)は高橋是清である。

*3 「均等論」とは、アメリカだけが採用し潜水艦特許問題等の原因となっている説で、上山は「均等論という特許法の新たな解釈によって、技術後進国が技術導入を促すための制度から、技術大国が特許の利権を拡大し行使するための制度へと、特許法の役割は大きな質的変貌を遂げた」と評している。

*4 1930年代の不況期には、米国政府がカルテル結成を奨励したこともあった。また、ニューディール政策に限らず、アメリカは軍需産業を通じて国家主導の産業政策を採ってきた。これについては広瀬隆『アメリカの巨大軍需産業』(集英社)が詳しい。

*5 技術標準を作成する標準化活動における特許取扱いルールが参考になる。特許権は保有者にとっては戦略的な武器であるが、同時に多くの人に使用を保証する必要がある。このためITU等の標準化機関は、技術標準に含まれる特許について、「無償」または「合理的な条件で非差別的」に使用許諾をするようにルールを定めており、商業的に莫大な利益をあげようとする行為を禁じている。

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