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携帯メール(SMS)大国のフィリピン −後編−

霜島朗子(GLOCOM主任研究員)

 フィリピンでは、携帯電話によるショート・メッセージ・サービス(SMS:Short Message Service)が爆発的に普及し、利用数は世界第1位となった。なぜフィリピンは携帯メール(SMS)大国になったのか。2005年2月13日〜17日に行ったフィリピンの関連政府機関、電気通信事業者、ITジャーナリスト等からのヒアリング内容を踏まえて、フィリピンの携帯電話市場の動向、特に普及しているSMSについて考察する。 

■フィリピン最大の通信グループPLDT

 フィリピン長距離電話(PLDT)はフィリピン最大の通信事業者である。固定電話市場におけるPLDTのシェアは、子会社も含めて63%(2002年末時点)に及ぶ[i]。また、急速に拡大した携帯電話市場においても、100%子会社の携帯電話会社スマート・コミュニケーションズ(スマート)が第1位を占め、連結子会社で第3位のピリピノ・テレフォン(ピルテル)と合わせると、シェアは58%(2004年9月末時点)に上る[ii]

 PLDTが発表した2004年度の決算[iii]は、連結純利益が280億4,400万ペソとなり、前年実績の21億2,300万ペソを約13倍も上回り、フィリピン企業最大レベルの高収益を上げている。利益は携帯電話事業がけん引し、売り上げを12%伸ばした一方、経費は16%削減した。好調な業績を支えた子会社はスマートとピルテルで、携帯部門の連結サービス収入は670億ペソとなり、PLDT全体のサービス収入(1,152億ペソ)の58%を占めた。PLDTグループは、フィリピン最大の通信グループであり、子会社のスマートは収益トップ企業なのだ。

 スマートに続く携帯電話第2位の通信事業者は、シンガポール・テレコム(シングテル)とアヤラ財閥によるフィリピン最大のコングロマリット企業であるグローブ・テレコムである。グローブの携帯電話市場のシェアは約39%(2004年9月末時点)に上る[iv]。フィリピンの携帯電話市場は、最大手のスマートと第2位のグローブの2社独占状態となっている。 

■携帯値下げ競争の激化

 2003年に新規参入したばかりの携帯電話第4位のサンセルラーが、2004年10月にフィリピンで初めて携帯電話の料金定額制サービスを開始し、急速に加入者を増やしている。サンセルラーはゴコンウェイ系の固定電話事業者デジタル・テレコミュニケーションズ(デジテル)による携帯電話会社である。サンセルラーによるフィリピン初の定額サービス「24/7」は、一定の料金を支払えば無制限に携帯電話でSMSと通話が可能になるサービスである[v]。SMS・通話無制限タイプは定額月350ペソ(約700円)で、SMS無制限タイプは定額月150ペソ(約300円)で利用できる。この定額制サービスが好評で、サンセルラーは加入者数を2005年1月末時点で150万人にまで伸ばしている。

 サンセルラーによる新たな定額制サービスが発端となり、フィリピンでは携帯電話事業者間の料金値下げによる顧客獲得競争が激化している。2005年3月初旬にはグローブ、中旬にはスマートが相次いで定額制の携帯電話サービスを導入した。何より「低価格」であることを重視するフィリピン人消費者にとって、安い定額料金での「かけ放題」の魅力は大きいだろう。

 

表 1: フィリピンの3大通信事業グループ

 

PRDTグループ

アヤラ財閥

ゴコンウェイ財閥

主な株主

ファースト・パシフィック

NTTコミュニケーションズ

シンガポール・テレコ(シングテル)

アヤラ・コープ

ゴコンウェイ・コープ

固定事業

フィリピン長距離電話(PLDT)

インノーブ・コミュニケーションズ

デジタル・テレコミュニケーションズ

(デジテル)

携帯事業

スマート・テレコミュニケーションズ

ピリピノ・テレフォン(ピルテル)

グローブ・テレコム

サンセルラー

(出典:各社ホームページ等より作成)

 ■ 携帯メール(SMS)大国のフィリピン

 フィリピンでは携帯電話によるテキスト送信であるSMSの利用が非常に盛んである。コミュニケーションツールとしてはもちろん、電子商取引や送金サービス、モバイルバンキングや電子政府まで多岐にわたって利用されている。

 携帯最大手スマートの場合、2003年末時点で、年間約241億通、月間20億通ものSMSが利用されている[vi]。同時点のスマートの携帯加入者数が1,008万件なので、加入者数で月間SMS利用数を割ると、1加入者1ヶ月あたりのSMS利用数は約198通となる。つまり、携帯加入者は1日平均約7通のSMSを利用していることになる。

 実際、フィリピンの首都マニラの街中では、あちこちで携帯電話をいじっている人を見かけた。警備員やドライバーは、仕事中でもSMSを送受信し、カップルは一緒にいても(別々の相手に)テキスト送信をしたりしている。SMS利用に関しては「いつでも、どこでも」といった感じで、TPOをわきまえて利用を控えるというモラルはないようである。

 なぜSMSはこんなにも利用されているのか。それは何と言っても「安い」からである。貧しい人々が多くを占めるフィリピン人消費者が重視するのは、何よりも「低料金」なことである。たとえば携帯最大手スマートの場合、SMSの利用料金は、テキスト送信で1通たったの1ペソ(約2円)である[vii]。それに対して通話料金は、1分間当たり6.5ペソ(約13円)と高い。また、固定電話は普及率が4.2%(2002年末時点)と低く[viii]、まだ利用できない人が多い。そのため、コストが高い携帯通話よりも、使えない固定電話よりも、安く便利に利用できるSMSに自然と流れていったのだ。また、フィリピン人は英語能力や端末操作のリテラシーが高いことや、親しい間柄では頻繁にコミュニケーションを取り合う習慣があることなども、SMSが広く人々に受け入れられた背景にあるだろう。

■利用者の9割以上を占めるプリペイド方式

 フィリピンの携帯電話はプリペイド方式が加入者の9割以上と圧倒的に多い。プリペイド方式とは、通信料金を前払いして携帯電話のICチップに蓄える方式である。契約件数に占めるプリペイドの割合は2003年末時点で、スマートが97.5%、グローブが92.3%となっている。携帯電話の利用者急増の要因には、この前払い(プリペイド)サービスの利便性の高さもある。2001年から2003年にかけてのスマートとグローブの方式別契約数の推移をみると、ポストペイド契約が23万件増加しているのに対し、プリペイド契約は933万件も増加している(表2・図1)。

 プリペイドカードは、コンビニや飲食店だけでなく無数の個人商店で販売されている。スマートの場合、300ペソ(約600円)、500ペソ(約1,000円)、1,000ペソ(約2,000円)の3種類があり、こまめに支払いできる価格設定である[ix]。最近はカード購入が不要で、データ通信によって携帯に直接利用料金をダウンロードできるローディング・サービスも普及している。たとえばスマートの「E-LOAD」などである。「E-LOAD」でダウンロードできる料金は、30ペソ(約60円、使用期限3日)、60ペソ(約120円、6日)、115ペソ(約230円、12日)、200ペソ(約400円、30日)の4種類があり、使用期限はあるもののカードを買う手間がかからず便利である。

 フィリピンではこのような手軽で便利なプリペイド方式が導入されたことによって、低所得者も携帯電話を利用できるようになり、急速に普及が進んだ。さらに最近では、若年層においても携帯電話が広がっており、ファーストフードなどの食品に使っていたお小遣いを携帯電話の利用(プリペイド)に使う傾向が強まっている。

 

2: スマートとグローブの方式別契約件数

 

ポストペイド

プリペイド

合計

2001年

70万件

867万件

937万件

2002年

70万件

1,270万件

1,340万件

2003年

93万件

1,800万件

1,893万件


 図 1: スマートとグローブの方式別契約件数の推移(出典: 両社の財務報告書に基づく)

 

■プリペイド方式のメリットとデメリット

 フィリピンでプリペイド方式が主流を占める理由について、携帯最大手のスマートの広報担当者Roman Isberto氏は、「支払い能力が低く利用料も少ないが、国民のほとんどを占める低所得者顧客向けで利益を伸ばすのに最適なため」と説明していた。日本の携帯電話で一般的な後払い方式(ポストペイド)は最低でも月額料金500ペソ(約1,000円)程度はかかってしまい[x]、フィリピン人の可処分所得(マニラ首都圏の最低賃金は1日約300ペソ=約600円[xi])を考慮するとかなり高価なのである。それに比べてプリペイド方式は低所得者層でも利用しやすい割安な料金設定となっており、手軽に利用できる。フィリピンの低所得者市場は広範で、高所得者や法人顧客だけでなく、こうした市場も開拓することで、さらに利益が拡大する可能性を秘めているのだ。さらに同氏は「料金の取りはぐれも少ない」とメリットを強調していた。日本と違い、個人の信用があまり高くないフィリピンにおいてプリペイド方式は合理的なスタイルだといえるだろう。

 しかし、一方でプリペイド方式は課題も抱えている。それは、加入者1人当たりの平均利用料金(ARPU:Average Revenue per User)の伸び悩みである。2004年末時点のスマートのARPUは、ポストペイドが月間1,286ペソ(約2,572円)、プリペイドが355ペソ(約710円)となっており、プリペイドのARPUは、ポストペイドに比べてかなり低い。また、2003年末時点はポストペイドが1,331ペソ(約2,662円)、プリペイドが425ペソ(約850円)となっており、微減している(表3)。毎年、携帯電話は契約件数を伸ばしているが、プリペイド市場の成長に依存しているだけでは収益が頭打ちになる可能性が高く、今後はデータ通信などARPUを増やす努力を迫られることになるだろう。

 

表 3: スマート社のAPRUの推移

 

2004年

2003年

増減

プリペイド

355ペソ

425ペソ

70ペソ減(16%減)

ポストペイド

1,286ペソ

1,331ペソ

45ペソ減 (3%減)


(出典:PLDT社 financial results「Full Year Results 2004」)

 

■携帯電話による電子マネーサービスの普及

 2005年2月、携帯電話第2位のグローブは、世界最大の携帯電話会社の連合組織であるGSM(Global System for Mobile Communications)協会の最優秀賞(メッセージ・サービス部門)を、SMSを活用した電子マネーのサービス「Gキャッシュ」で獲得した。昨年は最大手のスマートがSMSを通じて通話時間を購入できる「スマート・ロード」で最優秀サービス賞(消費者部門)を受賞している[xii]。広く普及しているSMSを利用したフィリピン独自の携帯サービスは世界でも高く評価されているのだ。

「Gキャッシュ」[xiii]は、「グローブ・テレコム・ビジネスセンター」やセブンイレブンなどの協力店で携帯電話のICチップに入金すれば、SMSを利用してグローブの加入者間で金銭がやりとりできるサービスである。フィリピン人には「いつでもどこでも手軽にお金のやりとりができてとても便利」と好評である。最高で1万ペソ(約2万円)まで蓄えて利用できる。入金手数料は、1,000ペソ(約2,000円)以下で一律10ペソ(約20円)となっている。同様の手続きでGキャッシュを現金に戻すこともできる。そのほか商品代金の支払いにも利用可能だ。現在、Gキャッシュで支払いが可能な提携企業は、フィリピンに広く普及しているファーストフード店のジョリビーやバーガーキングなど約30社、約3,000店舗で利用できる。

 一方、最大手のスマートも「スマート・パダラ」[xiv]という携帯電話による海外からの送金サービスを提供を始め、利用が広がりつつある。このサービスもSMSを利用しており、フィリピンにいる受取人の携帯電話に海外から電子マネーを送金することができる。送金手数料は送金額の1%である。電子マネーを送られた人は、「スマート・ワイヤレス・センター」やマクドナルドなどの協力店で現金に戻したり、提携銀行のATMでお金を引き出すことができる。手数料は一回2.5ペソ(約5円)と安い。海外で送金できる場所は香港やニューヨーク、横浜など限られてはいるが、物理的な輸送を行わずに瞬時に送金することができ、銀行口座から引き落とす必要もなく便利だと好評である。 

■電子マネー普及の要因

 フィリピンで携帯電話による電子マネーサービスが普及した背景には、低収入で銀行口座やクレジットカードを持てない人が多いということが挙げられるだろう。そのような人も携帯電話を使って安全で手軽に送金やキャッシュレス決済ができるようになったのだ。

 また、フィリピンは海外労働者(OFW:Overseas Filipino Workers)が多く、現在800万人を上回ると言われ、日本、米国、サウジアラビア、香港、台湾等で多くのOFWが就労している。彼らはGNPの7%以上に相当する金額を本国に送金しており、フィリピンの貴重な外貨獲得源となっている[xv]。携帯電話を使って手軽に本国に送金できるサービスは、出稼ぎ労働者が多いフィリピン人の需要に適っているといえる。

 フィリピンでは低所得者層にも携帯電話が急速に普及しており、特に割安なSMSが活発に利用されている。電子マネーサービスは広く普及しているSMSの手軽さをうまく活用しており、それが多くのフィリピン人に活用されるようになった勝因であろう。

■今後の課題はSMS依存からの脱出

 電子マネーサービス以外にもSMSはさまざまなサービスのプラットフォームになっている。着信音や待ち受け画像をはじめ、芸能人のメッセージを受信するサービスなどエンターテインメント系コンテンツの人気が高い。また、ニュースなどの情報サービスも人気がある。フィリピンの情報化は、携帯電話、とりわけSMSに特化して独自の進化を遂げつつあるといえるだろう。

 一方、広く利用されているSMSのほかに、動画像などが添付送信できるマルチメディア・メッセージ・サービス(MMSMultimedia Message Service)などもサービス提供されている。しかし、2004年度のMMS普及率は携帯利用者全体のわずか1.9%にとどまっている。普及が進まない要因としては、まず利用料金が高いことがあげられる。最大手のスマートの場合、MMSの送信に1回当たり5ペソ(約10円)を課金しており、1ペソ(約2円)で送信できるSMSと比較すると割高なのである[xvi]。さらに、事業者間の接続や端末価格の高さなども障害になっている。現状では、新たなデータ通信の可能性を訴求してはいるものの、キラー・アプリケーションが不明確であり、いまだに非音声収入をSMSに依存しているところが大きいのだ。

 また、最近ではサンセルラーなどの競争事業者の新規参入や料金定額制の導入などによって価格競争が激化しており、トラヒックに依存していた従来のビジネスモデルを変革する新たな収益モデルも見出さなくてはならなくなっている。

 急成長を遂げ、フィリピンの情報通信業界の稼ぎ頭となっている携帯電話市場だが、今後も継続的に成長を続けていくには、現在のSMSへの依存状態から脱出し、新たな収益を得られるビジネスモデルを見つける必要に迫れているといえるだろう。


[i]NTC(National Telecommunications Commission:国家通信委員会)「Annual Report2002」参照
<http://www.ntc.gov.ph/consumer_info/Annual/Annual2002.pdf>

[ii] NNAアジア経済情報「通信PLDT快走、9月で通年目標達成[IT]」(2004年11月8日)参照
<http://telecom21.nikkei.co.jp/nt21/ngw/NNA001/cgi-bin/gw/gw_asia_search_dsp.cgi?service=0010&id=20041108php009A>

[iii] PLDT社 financial results「Full Year Results 2004」参照
<http://www.pldt.com.ph/ir/form6k/FY2004_MDA_Final.pdf>

[iv] NNAアジア経済情報「通信PLDT快走、9月で通年目標達成[IT]」(2004年11月8日)参照
<http://telecom21.nikkei.co.jp/nt21/ngw/NNA001/cgi-bin/gw/gw_asia_search_dsp.cgi?service=0010&id=20041108php009A>

[v] サンセルラー社「Sun 24/7 Call & Text Unlimited」料金表
<http://www.suncellular.com.ph/sunshop/24by7faqs.html>

[vi] PLDT社「Annual Report 2003」 参照

[vii] スマート社「Prepaid Cards」料金表
<http://www.smart.com.ph/SMART/Catalog/Prepaid+Cards/>

[viii]NTC(National Telecommunications Commission:国家通信委員会) Annua Report2002参照<http://www.ntc.gov.ph/consumer_info/Annual/Annual2002.pdf>

[ix] スマート社「Prepaid Cards」サービスガイド
<http://www.smart.com.ph/SMART/Catalog/Prepaid+Cards/>

[x] スマート社「Smart Gold」料金表
<http://www.smart.com.ph/SMART/Products/Smart+Gold/SG_Plans.htm>

[xi] National Wage and Productivity Commission, Department of Labor and Employment(労働雇用省)「CURRENT DAILY MINIMUM WAGE RATES National Capital Region a/ Per Wage Order No. NCR-10 b/ (Effective 10 July 2004)(マニラ首都圏の最低賃金)」
<http://www.nwpc.dole.gov.ph/pages/ncr/cmwr_table.html>

[xii] NNAアジア経済情報「携帯グローブ、GSM協会優秀賞に輝く[IT]」(2005年2月18日)参照
<http://telecom21.nikkei.co.jp/nt21/ngw/NNA001/cgi-bin/gw/gw_asia_search_dsp.cgi?service=0010&id=20050218php004A>

[xiii] グローブ社「G-Cash」サービスガイド
<http://www.myglobe.com.ph/gcash/index.asp>

[xiv] スマート社「Smart Padala」サービスガイド
<http://www.smart.com.ph/SMART/Value+Added+Services/Smart+Money/Frequently+Asked+Questions+for+SMART+Padala.htm>

[xv] 「外務省ホームページ(日本語)−各国インデックス(フィリピン共和国)−最近のフィリピン情勢と日・フィリピン関係−」参照
<http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/philippines/kankei.html>

[xvi] スマート社「Smart MMS」料金表
<http://www.smart.com.ph/SMART/Value+Added+Services/MMS/>

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