インターネットは政治経済的な戦略概念となりつつある。米国クリントン政権の情報スーパーハイウェー構想、あるいは国家情報基盤(NII)構想に刺激され、欧州やアジア諸国は次々と情報基盤構想を打ち出した。そして米国ゴア副大統領の世界情報基盤(GII)構想は、情報通信ネットワークが経済発展と民主主義の促進につながるとしている。現実にはインターネットが自由に使えない国が多くあるとしても、情報通信ネットワークが21世紀の国家の繁栄の重要な一要素であると認識されるようになった。
しかし、グローバルな情報通信ネットワークと国家との関係が密接なつながりを持ったのは、インターネットが初めてではない。19世紀後半から電信ネットワークを作り上げた英国もまた、一つの情報国家であった。18世紀以降、大英帝国は、進んだ造船技術と海運力、海軍力によって世界の政治経済の覇権を握った。その覇権は19世紀半ばのビクトリア朝で最高潮を迎えるが、このころから植民地各地へ向けて、電信によるグローバルな情報通信ネットワークを英国は築き始めた。この電信ネットワークの構築は、大英帝国の国力と物流ネットワークに裏打ちされたものであり、逆にそれを補完する役割を果たした。
今日のインターネットが画期的なように、人馬や船に通信を依存していた19世紀の世界にとって、電信は画期的な情報通信技術であり、まさに19世紀の情報革命であった。この意味で、大英帝国は、電信ネットワーク基盤の上に立脚する、19世紀の情報国家だったのである。本稿では、情報通信ネットワークと国家の関係を考えるヒントとして、大英帝国による電信ネットワークの構築とその利用について検討したい。