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連載コラム: ICT利用先進国 デンマーク: 「競争力」と「幸福」を創り出す社会
第2回

デンマークの電子政府が成功する3つの理由 (1)

2010年6月23日
猪狩 典子 (いがり・のりこ)
国際大学グローバルコミュニケーションセンター研究員

日本の電子政府は、どうすれば推進できるのか。この難問は、日本にとって長年の政策課題である。振り返れば、2001年のe-Japan戦略から既に10年という時を費やし、議論されてきたことになる。しかし2010年現在、縦割り行政の弊害は改善されることもなく、国民が使いやすく、日常生活で利便性を感じる電子政府は存在していないように思われる。それどころか国民の利用率低迷を背景に、財政難による電子申請システムの一部廃止、地方における電子自治体システムの運用費削減など、電子政府推進に逆行する動きさえある。

2010年5月に発表された民主党政権誕生後初のIT戦略では、重点戦略3つのうち「電子政府」が第1番目に掲げられている。今度こそ、実現に向けた政府の真のリーダシップが問われている。

一方、デンマークは国民にとって理想的な電子政府を実現する国として、世界から注目を集めている。既にコラム第1回で述べたように、デンマークでは経済危機と高齢化という国家的危機感を背景に、社会的課題を解決するための手段としてICT利用が促進されている。そこでもっとも重視されているのが「電子政府」である。1994年から現在に至るまで「電子政府戦略2007-2010」を含めた7つのICT国家戦略を立案し、より良い社会を創り出す手段としての電子政府構築-行政のデジタル化を着実に実行している。

なぜ、デンマークは電子政府を推進することができるのか。結論を先に言うならば、その理由は3つある:

  • ① 利用者目線のサービス
  • ② 社会的基盤としてのICT利用(国民ID、電子署名)
  • ③ 強力な推進体制

連載第2回目では、デンマークにおける電子政府の具体的事例を眺めながら、これら3つの成功要因について考察していく。

1. 利用者目線のサービス: 市民ポータル「Borger.dk」

まず、デンマークの電子政府が成功した理由として、利用者の利便性を追求した電子行政サービスが挙げられる。「利用者目線のサービス」の代表として、一元窓口ポータルサイト「Borger.dk」の存在がある。国連の電子政府調査(2008年)、OECDの電子政府サービスランキング(2009年)において高い評価を得ており、世界が目指す電子政府サービスの先進事例と言える。

市民ポータル Borger.dk
市民ポータル Borger.dk
(出典: デンマーク政府ホームページより筆者作成)

例えば、日本で引っ越しの手続きを考えてみよう。日本では、住民票を移すために現在の市町村にて転出手続きを行い、引越し先で転入手続きが必要となる。転出手続きは郵送でも可能であるが、申請書類に身分証明書のコピーを同封し、切手を貼り郵送するなど、書類(紙)をベースとした面倒な手間が発生する。一方デンマークでは、この「Borger.dk」を用いて10分程度で手続きが完了するという。市民ポータルの背後には、国、地方の別々のシステムがバックオフィス的に連携しており、国民に対する「ワンストップサービス」の提供を可能にしている。「Borger.dk」がもたらす「効率性」が、電子政府を実現する、つまり関係者の間の手続きがすべてデジタルで完了することの大きなメリットである。日本とデンマークの行政と国民、双方含めた社会的コストの差は歴然としている。

このように魅力的に見える市民ポータルだが、一足飛びに理想形に到達したわけではない。OECDレポート"Rethinking e-Government Services"(2009)によれば、「Borger.dk」は大きく2つの段階を経て発展してきた。第1期は、2006年から2008年は行政と市民を結ぶ基幹サービスと位置づけられ、「市民の情報ガイド」的役割を目指した。法律や市民の権利、義務など、住宅、子ども、年金、家計、健康情報など、あらゆる行政に関わる情報を国民が探しやすいように工夫された。第2期は、2008年からスタートし、一層の先進性を目指してカスタマイズ機能を追加した。具体的には、「My Home」や「My Children」など一人ひとりのニーズに合わせたテーマ設定が可能となった。現在も、デジタルタスクフォース主導により、一層のサービスレベル改良に向けた継続的な投資とその効果検証が行われている[1]

[1] 政府主導のWebベースのソリューションには、市民ポータル以外にも、企業向けポータル「Virk.dk」や医療ポータル「Sundhed.dk」など用途に応じたワンストップサービスが存在し、社会的の効率化と利便性の向上に貢献している。

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