OPINION PAPER No.24(19-001)
AR/VRと学びの融合を先取りせよ
AR(Augmented Reality)/VR(Virtual Reality)技術はSF作品との関連性から語られる事が多い。古くはウィリアム・ギブソンの「ニューロマンサー」(1984)、アニメ作品では「攻殻機動隊」(1995)、「電脳コイル」(2007)などが知られている。
学校教育×ICTを研究する立場として「電脳コイル」は興味深い作品だ。電脳メガネを装着することで電脳世界の情報が現実世界に重ね合わされ(AR/VRの発展としてのMR: Mixed Realityと呼ばれる)、小学生の日常生活に溶け込み、ペットや遊び、コミュニケーションのツールとして馴染んでいる様子が描写される。メガネだけで仮想スクリーン・キーボードが何処でも扱えたり、電脳操作を思考直結で行えたりするというのは大人にとっても十分魅力的で、Google Glass(*i)の手痛い失敗を経てもなお、メガネ型デバイス開発への意気込みは一向に衰える事がないようだ(*ii)。
「電脳コイル」の子ども達は、時にきわどいハッキングテクニックまで競う一方で、学校の教室は昔ながらの一斉授業と紙と鉛筆なので、その対比には皮肉めいたものを感じるのだが、作中では描かれなかったAR/VRと学びは今どうなっているだろうか。
◆ 2022年の市場規模は15倍に
2014年3月、FacebookはVR開発メーカーOculus VRを20億ドルで買収したことが話題になった。IDC Japan(2018)によれば、2017年は140億USドルであった全世界AR/VR関連市場支出は、2018年には約1.9倍の270億USドルに、2022年には約15倍の2087億USドルになると予測しており、年間平均成長率は71.6%ときわめて高い(*iii)。ゴールドマン・サックスは、2025年までに教育系ARユーザーが1,500万人まで増加し、市場規模は7億USドルになると予測している(*iv)。XRDCの開発関係者対象アンケート調査「AR/VRイノベーションレポート2018」(*v)によると、注力しているコンテンツ種類は「ゲーム・エンタテイメント」(70.09%)の次に「研修・教育」(35.81%)が挙げられており、この領域への期待度は高い。
◆ 教育・研修・実戦に投入されるAR/VR
身近なARはスマートフォンの基本機能で形にできるので、アプリの形ですでに様々な形で浸透している。教育用ARとしては、東京書籍が教科書のページにかざすだけで動画、シミュレーション、CGなどのデジタルコンテンツを画面上に提供するスマホ用アプリ「教科書AR」を提供している(*vi)。
一方、VRはHMD(Head Mount Display)などのインタフェースを必要とするが、工場・建設現場の安全講習における危険体験、地震や火災などの不測事故対応、飛行機整備、外科医の手術練習など、実況下での教育・訓練が現実的でない領域はVRが向いているといわれ、すでに企業向けの教育・訓練サービスが事業化されている。
Microsoftは米陸軍とARヘッドセットHoloLens10万台を4億8千万USドルで納入する契約を締結し、致死性攻撃に対する防御力向上と攻撃能力向上を目的として実戦・訓練に本格投入するとした(*vii)。
医療分野では、VRで認知症を体験する「VR認知症プロジェクト」(*viii)、統合失調症の幻覚や幻聴などの症状を疑似体験できる「バーチャルハルシネーション」(*ix)などが疾患教育プログラムとして公開されている。
CGO Studios(*x)のHistorical VRは「歴史的瞬間をVRで正確に再現することで歴史教育を再考する」をミッションとした作品だ。映画プロデューサーJonah Hirschの支援を受けた作品「アンネ(ANNE)」は「アンネの日記」で知られるアムステルダムの隠し部屋や日記のシーンをVRで再現している。
GoogleのExpeditions(*xi)は、安価なGoogle Cardboardを用いてバーチャルトリップを教室で手軽に実現するもので、美術館・博物館の協力のもとアート作品の教育コンテンツのほか、教員の指導案をオープンにシェア・情報交換できる。
2017年3月、株式会社ドワンゴはMicrosoft HoloLensを用いた教育・セミナー・ライブイベント用1対多人数型の同期コンテンツ配信システム「DAHLES」を開発し、4月のN高等学校入学式で導入することを発表した。
◆ 限界超越と強烈な経験が与えるリスク
AR/VR開発を手がけるMESONの梶谷健人氏によると、AR/VRのインパクトは5つの限界超越(Online/Offline、知覚、距離、時間、規模)にあるという(*xii)。例えば、距離の超越はテレイグジステンス、時間の超越は過去体験、規模の超越は極小・極大環境の疑似体験として具体化される。
スタンフォード大学教授のジェレミー・ベイレンソン(*xiii)は、ヨルダンのペトラ遺跡の大神殿をVR化した「ARCHAVEシステム」について、文化的遺物や過去の膨大な収集データがVRによって可視化され、考古学者達がそれまで気付かなかったことをいくつも発見したと述べている。虚構のコンテンツをゼロから作るのではなく、過去データの蓄積を3次元の空間に配置するだけでも効果が得られるという好例である。
ベイレンソンによると、VRは2次元映像では得られないような強烈な体験と印象をもたらすため、人の心理や行動に大きな影響を与える、と可能性を指摘する一方、プロパガンダや情報操作に利用される危険性についても述べ、脳に与え得る4つのリスクとして「暴力行動モデリング」「現実逃避」「過度の利用」「注意力の低下」を挙げた。たしかに、最近はVRで再現された断頭台経験が強烈過ぎるという記事が話題になったばかりであり、ネガティブな影響に対する懸念は議論を呼ぶことになりそうだ(*xiv)。
◆ コンテンツ競争力かCGMか
AR/VRの各国政策としては、①すでに市場が顕在化しているエンタメ分野のコンテンツで国際競争力を高めようとするフランス・韓国、②自然な市場顕在化が難しい社会福祉分野での利活用促進を目指すアメリカ・シンガポールの2つの方向性が指摘されている(*xv)。一方、我が国の政策としてはまだ確たるものが示されている訳ではない。
現状のAR/VRは高価すぎる機材や開発コストが障壁となって、コンテンツ制作側とユーザー側とのギャップが大きい(一方向的な情報提供・情報消費になりやすい)。消費的なコンテンツはコストをかければ立派なものが作れるが、飽きられるのも早く持続的な活用普及には結び付きにくい(かつてのマルチメディアCD-ROMがそうであったように)。
教育に携わる身から考えると、AR/VRをもっとユーザー側に引き寄せたい。日本の強みをユーザーの「学び」に紐付いた知的好奇心と創造意欲(知的生産)を積極的に取り込んだCGM(Consumer Generated Media)的展開に見いだせないだろうか。
例えば、ARの先駆として注目されたセカイカメラ(2009)は、スマートフォンの撮影画面にユーザーが自由にエアタグを付加して共有するものであった。
xRと建築のコミュニティxRArchi(*xvi)は、VRChatとゲームエンジンのUnityを使った「VR建築コンテスト」を開催している。
小学生に絶大な人気を誇るゲームMinecraftはAR/VRではないが、3D空間に自由にブロックを配置して建築や街づくりが出来るところに特徴があり、最近はプログラミング教育への応用もなされている。
こうしたユーザー参加型の仕掛けは、開発と消費を二分するような枠組みを乗り越えるだろう。先述した「電脳コイル」の電脳メガネに可塑的なプラットフォームが搭載され、AR/VRと創造的な学びが結び付くような、そんなわくわくを期待したい。
*i 「Google Glassの販売中止から見えるグーグルの成熟度」(2015)、 https://tech.nikkeibp.co.jp/it/pc/atcl/NPC/15/262978/012000005
*ii 「『電脳コイル』の世界は実現可能か?日本発、メガネ型ウェアラブル端末の“いま”に迫る」(2018)、https://logmi.jp/business/articles/275816
*iii IDC Japan株式会社(2018)「2022年での世界AR/VR関連市場予測を発表」、 https://www.idcjapan.co.jp/Press/Current/20180619Apr.html
*iv https://www.goldmansachs.com/insights/pages/technology-driving-innovation-folder/virtual-and-augmented-reality/report.pdf
*v MoguraVR(2018/8/3)「データで見るVR/AR市場 収益見通しは改善傾向」, https://www.moguravr.com/xrdc-ar-vr-innovation-report/
*vi https://ten.tokyo-shoseki.co.jp/text/hs/math/book001/level5/index.htm
*vii MoguraVR(2018/12/3)「米陸軍、HoloLens10万台を導入予定 実戦と訓練両方での使用へ」、https://www.moguravr.com/us-army-hololens/
*viii 株式会社シルバーウッド(2018)「VR認知症プロジェクト」、 https://peraichi.com/landing_pages/view/vrninchisho
*ix 日本経済新聞(2017/1/25)「VR、適用分野広がる 認知症の症状も体感」、 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO12063570U7A120C1X1D000/
*x http://cgostudios.com/
*xi https://edu.google.com/intl/ja/expeditions/
*xii https://note.mu/kajiken0630/n/n0e43ab1bac6a
*xiii 『VRは脳をどう変えるか? 仮想現実の心理学』(2018)、文藝春秋、https://amzn.to/2RsIoMG
*xiv MoguraVR(2018/10/28)「VRで断頭台に…刃が落とされた瞬間ユーザーに起きた“異変」、 https://www.moguravr.com/vr-guillotine/
*xv 総務省・三菱総合研究所(2018/3)「VR/ARを活用するサービス・コンテンツの活性化に関する調査研究」、http://www.soumu.go.jp/main_content/000558657.pdf
*xvi https://www.xrarchi.org/
2019年1月発行