OPINION PAPER No.9(16-009)
小集団による足元からの「IT×民主主義」を進めよう
◆ 「IT×民主主義」の進化とミレニアル世代
2016年の米国大統領選は、予備選段階では泡沫とも評されていたトランプ氏の当選で決着した。その要因については様々な分析がなされているが、積極的なソーシャルメディア活用で話題を供給し、マスメディアがそれを積極的に拾い拡散するという「空中戦」の成功があったのは間違いない(*i)。ここ数回の米国大統領選では、携帯電話、ソーシャルメディア、動画、生中継、ビッグデータ分析、小口献金、アプリ等、テクノロジーの新たな利用が開拓されてきた(*ii)。ITの発達やそれによる様々なサービスの低価格化、ソーシャルネットワークの発達は、資金力や従来型の組織力を持たない人々にも大きな社会的影響を生み出す可能性を与え、民主主義の進化にも結びつく。大富豪とはいえ、政治的な実績がないトランプ氏が、大手メディアやエスタブリッシュメントが取り合わなかった持論を表明し、徐々に支持を拡大していった背景には、(内容の是非はともかく)テクノロジーによるレバレッジ効果があったのは間違いない。
横江(*iii)は、オバマ大統領が誕生した2008年の大統領選以降、米国は大変化の時期を迎えており、そのカギは人種や性別、宗教などの様々なマイノリティが顕在化した多様性社会であると述べている。これまで米国のエリートはWASP(白人、アングロサクソン、プロテスタント)の人々とされてきたが、様々なマイノリティの社会進出や、人口構成の変化が進むことで従来の価値観が揺らいでおり、その変化を体現しているのが1980年以降に生まれたミレニアル世代であるという。彼らの間ではソーシャルメディアを通じたコミュニケーションが日常化しており、人的なつながり・社会性を大事にする。またそのつながりの中で協力しあって様々な問題解決をする。内向きであるが多様性や平等を尊重し、社会政策や経済政策にも寛容である。社会貢献への意識も強い。
今回の大統領選挙の投票先を年齢別で見ると、40歳未満ではクリントン氏がトランプ氏を上回っている(*iv)ため、トランプ氏の当選にミレニアル世代の価値観が直接表れているとはいいがたい。むしろ、多様性社会を体現してきたオバマ大統領時代への反動が表れているのかもしれない。
しかし、トランプ時代が足元の現実的な課題に向き合う「内向き」な時代となるならば、ミレニアル世代との接点はあると思われる。そこで本稿では、ミレニアル世代を中心とする近年の社会運動を参照し、「IT×民主主義」の今後を展望したい。
◆ 小集団による社会運動とIT
近年の社会運動において、ミレニアル世代の価値観や行動原理が現れていると思われる代表例は、2011年の「オキュパイ運動」である。経済格差に抗議をする人々が、金融界の象徴であるウォール街に集結し座り込みなどを行う「オキュパイ・ウォール・ストリート(ウォール街を占拠せよ)」デモを呼びかけたことに始まり、ウォール街の公園では人々の占拠が2ヶ月も続いた。集まったのは、米国の経済格差や、2008年のリーマン・ショックの際に公的救済を受けた金融機関が役員への高額報酬を復活させている一方で、失業者は減らず、一般消費者(象徴的に「99%の人々」と表現された)の債務は救済されていないこと等に不満を感じる人々であった。
運動の急拡大と継続を支えたのは、ソーシャルメディアによる動員である。そして、デモは複数の米国主要都市から欧州やアジアなどへも広がり、世界的な運動に発展した。
ソーシャルメディアで仲間を募り拡大したオキュパイ運動は、ITとの親和性が高い。彼らはウェブサイトを立ち上げ、連絡を取り合い、様々なオンラインサービスを駆使した。会議の仕方、キャンプの方法、インターネットの活用法、法的課題や警察への対応方法等のノウハウはオンラインで公開され、様々な言語に翻訳されてシェアされた。ポスターなどの素材も、クリエイティブ・コモンズライセンス付きでシェアされた。
◆ シビック・テック
また、2011年には、米国の非営利団体コード・フォー・アメリカも本格的な活動を開始した。この団体は、有志のITエンジニアを地方自治体に派遣し、行政効率化や市民参画などに取り組ませるフェローシップ・プログラムから始まり、有志のITエンジニアが集い地域の社会課題解決をITで進める「シビック・テック」という社会運動の牽引役となっている。シビック・テックは、欧州、アフリカ、日本などにも広がり、世界各地で「Code for ○○(地名)」という社会課題解決を志向するITエンジニア集団が盛んに活動している。
オキュパイ運動を牽引した人々もシビック・テックに取り組む人々も中核は比較的若い世代であり、ソーシャルメディアを通じた協力関係に基づいて小さな集団を作り、様々なオンラインサービスを活用したり自ら作ったりしながら社会課題の解決や社会貢献に取り組む点が共通している。一般に、小さな集団は大きな組織に比べ、ヒト・モノ・カネのリソースで劣り、自らのアイデアを形にすることが難しい。しかし、彼らはソーシャルメディア等を駆使し、文書作成、カレンダー、ストレージ、ID連携、決済、グループウェアなどのサービスも、ほとんど無料に近い価格で利用している。さらに、安価なブロードバンドサービスやクラウド基盤、オープンソースソフトウェア等を活用し、コンテンツや知恵も無料で自由に共有し活用している(*v)。
オキュパイ運動やシビック・テックを担うミレニアル世代のネットユーザーは、今回の大統領選では民主党のサンダース候補を支持した層に近いと思われる。しかし、エリート主義ではなく、経済格差の中で弱い人々の側に立つ点などはトランプ氏の支持層とも近く、親和性はある。大統領選挙では候補者のソーシャルメディア上の派手な空中戦が注目されたが、平時にはこうした小集団による地道な地域活動が「IT×民主主義」を進めるのではないだろうか。
◆ 日本で変化はあるのか
人口の年齢構成が異なる日本でも、米国同様の変化は起きている。転機は、東日本大震災である。震災後の復興支援活動や地方創生の担い手として、各地でシビック・テック活動が草の根的に生まれ、広がっている。代表的な存在であるコード・フォー・ジャパンが「ともに考え、ともにつくる」を合言葉にしているように、日本のシビック・テック活動もソーシャルメディアを通じたコミュニケーションを基本とし、人的なつながり・社会性を大事にする点や、協力しあって様々な問題解決を志向する行動様式など、米国のミレニアル世代との共通点が多い。
では、シビック・テックに代表されるミレニアル世代の行動は、日米の社会を変える力になるだろうか。シビック・テックの活動は、まだまだ一部の地域で起きていることに過ぎず、行政組織等の従来型の文化とまだ十分に噛み合っていない面も多々ある。しかし、それは協働の経験を積み重ねることで解消していくだろう。おそらく重要なカギは、私たちが人種や国籍、宗教、性別等について対立をあおるようなソーシャルメディア上の政治的言論に乗らず、助けを必要とする人がいる眼前の社会課題の解決に向けて、協力して取り組んでいけるかどうかにかかっている。敵と味方で社会を二分せず、仲間とともに多様な小集団を各所に作り、ITを駆使して手を動かしていけるかどうかが重要である。小集団による足元からの「IT×民主主義」を進めよう。
*i Innovation Nipponセミナー(2016年10月24日開催)における清原聖子氏の議論を参照。
*ii 庄司昌彦(2007. 10)「政策形成・選挙と情報技術を使いこなす人々(1)(国際大学グローコム–情報社会学シリーズ)」『情報通信ジャーナル』25(10), p.34-37.
*iii 横江公美(2016)『崩壊するアメリカ』,ビジネス社.
*iv CNNによる出口調査を参照。http://edition.cnn.com/election/results/exit-polls/national/president
*v 庄司昌彦(2012)「ソーシャルメディアを活用する小集団の活動と社会変革」、『智場』vol.117,p104-112.
2016年12月発行