2018.02.09

OPINION PAPER_No.18(18-001)「若者の対ICT意識改善は携帯電話規制の見直しから」

OPINION PAPER No.18(18-001)

若者の対ICT意識改善は携帯電話規制の見直しから

豊福晋平(国際大学GLOCOM主幹研究員/准教授)

◆ ICTスキル養成は社会的セーフティ・ネットのひとつ

「パラサイト・シングル」「格差社会」など話題を呼ぶ概念を次々と生み出してきた山田昌弘教授(中央大学)は、1995年以降のニューエコノミーの進展は職の二極化(非正規雇用率の高まり)とライフコースの予測不可能性による戦後典型家族の衰退と経済格差を進め、「若者に冷たい社会」をもたらしていると指摘する。若者向けの福祉政策が不十分なまま、十分な就労が行えず、家族がつくれない人々が老境にさしかかる将来の見通しは厳しいものがある。

情報環境と人々の関わりを考察する立場からみると、山田氏の論考に関してICTに対する意識やスキル格差が就労・経済格差につながる、いわゆる経済的デジタルデバイドを想起する。世界的には、ICTスキル育成は公教育が担う社会的セーフティ・ネットのひとつと考えられ、21世紀型スキル(ATC21s)やキーコンピテンシー(OECD)と呼ばれる新しい学習観にもICTスキルが含まれている。

我が国でも1980年代以降、情報活用能力が定義され、学校教育に情報教育や情報機器活用教育が組み込まれて今に至るが、問題はそれらが十分機能し、若年層に対してスキルや意識面にプラスの影響を与えているか否かという点だ。

◆ 深刻な若者のパソコン離れ

橋元良明教授(東京大学)(*i)によると、1995年以降5年おきに実施している情報行動調査で、近年は10~20代でモバイル端末を通じたインターネットの利用時間が大きく増えており、用途はSNSが圧倒的に多い。これに伴い10代はパソコン離れが著しい。スマホのみで大概の事が済ませてしまえるので、わざわざパソコンを使う必要がなくなっているという。

事実、内閣府調査(2017)(*ii)によればスマートフォン利用率は47.2%(高校生に限ると94.8%)なのに対し、タブレット20.9%、ノートパソコン17.3%、デスクトップパソコン7.2%などの数値はあまり高くない。

同様の結果はLINE調査(2017)(*iii)にも見られる。日常的なインターネット利用環境は「スマホのみ」が最多で「スマホとPC」併用者を上回っており、若年層ほどメインデバイスとしてのスマホ利用率が高い。10代では「スマホのみ」が7割に達するが、PC利用率はわずか25%にとどまっている。

これらは調査結果に限らず、日頃から大学生を相手に講義をする我々の間でもよく話題にのぼる話で、不慣れなキーボードタイピングの代わりにスマホのフリック入力でレポート書きまで済ませてしまう学生が最近増えてきている。

PCに依拠する古いインタフェース(キーボード)はいずれなくなって、フリック入力や音声入力でも構わないではないか、という意見もある一方、高度な知的生産にはマルチタスク・マルチウィンドウやキーボードはなお必要だという主張もあり、容易に結論は見いだせない。

◆ 対ICT態度は国際的にもネガティブ

このように我が国の10代がスマホ中心の生活になれば、利用頻度の高さから、ICTに対する利用動機づけや価値づけもまた、他国より高いことが期待される。2016年12月に結果が公開されたOECD PISA2015のICT活用調査(*iv)においても、その傾向が確認できるか分析してみた。

ICTに対する意識の項目としては、それぞれ【ICT興味関心】【ICT能力認識】【ICT利用自立性】【ICT社会的相互作用】として設計され、十分な尺度の信頼性が確保されている。これら4項目群は48国/地域のデータが登録されている。

例えば、ICT興味関心の項目は次のような問いが含まれ、(1強く反対、2反対、3賛成、4強く賛成)の4択で回答する。

  •  ・インターネットで社会的つながりを持つことはとても有益だ
  •  ・デジタル機器を使うのが好きだ
  •  ・興味ある情報を入手するにはインターネットは素晴らしい情報源だ
  •  ・新しいデジタル機器やアプリを発見するのはワクワクする
  •  ・インターネットの接続がないと気分が悪い
  •  ・デジタル機器を使っていると時間を忘れてしまう

 

これら4項目群の個別回答を合計・標準点化した各国平均を図 1に示す。
日本はいずれも平均(0)よりも著しく低い。つまり、日本の15歳は世界的にみても、ICTに対する興味関心は低く、ICT操作能力もなく、他人に頼らないと活用出来ないと認識しており、ICTに関して他人とやりとりするのは嫌なことだと思っている。

日本の平均的15歳は日常生活でスマホを使いこなしているにも関わらず、これらICTに対する意識にはまったくプラスに作用していないということだ。

 

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図1 対ICT態度4尺度の各国平均(日本は黒線)

 

◆ スマホ利用と対ICT意識乖離の理由

では、なぜこのようなスマホ利用と対ICT意識の乖離が起こるのだろうか。推測に過ぎないが、学校機関に最も大きなインパクトを与えたと考えられるのが、2009年文部科学省(*v)から出された通知である。

携帯電話は「学校における教育活動に直接必要のない物」とみなされ、小中学校への携帯電話の持込み禁止、授業中利用抑制、情報化の影の部分への対応(情報モラル)、ネット上のいじめに対する取組などを全国に指示し、実質、学校教育からデジタルコミュニケーションを締め出した。

情報化の影の部分(ネットいじめ、インターネット上の違法・有害情報)を強調したことで、生活指導・生徒指導のための抑圧的指導が勝るようになり、いじめなど社会課題の一部がオンラインにも表出している状況に対して、情報機器や特定アプリ利用の側面だけが槍玉のように批判されるようになった。

俯瞰的にみれば、学校教育のICT利用は携帯電話所有・持ち込み規制とともに停滞し、タブレット端末への置き換えが進んだことで、短時間の情報消費的なオペレーションが増え、キーボード等を用いた知的生産に関わる学習活動自体が抑制されるようになった。このように、本来公教育として担わねばならないはずのICTスキルの育成を抑圧し、学校から排除した影響は小さくなかったと考えざるを得ない。

近年は、生徒が個人で所有する機材を高校の授業で活用出来るよう方針転換した自治体(*vi)も現れ、今後の動向が注目されている。社会政策とリンクしたセーフティ・ネットとして、学校教育の携帯電話規制とICT活用のあり方を転換すべき時期にさしかかっていると言えるだろう。

参考文献:
*i 日本経済新聞(2016年3月13日)「若者のパソコン離れ、「新たなデジタルデバイドに」橋元良明・東京大学大学院情報学環教授に聞く」
*ii 内閣府(2017)「平成28年度青少年のインターネット利用環境実態調査結果」
*iii LINE(2017)「調査報告 インターネットの利用環境 定点調査(2017年上期)」https://linecorp.com/ja/pr/news/ja/2017/1819
*iv OECD(経済協力開発機構)が実施するPISAは義務教育修了段階にあたる15才を対象とした国際学習到達度調査として知られ、ICT活用調査は学力の背景を検討するオプションとして実施される
*v 文部科学省(2009)「学校における携帯電話の取扱い等について(通知)」
*vi 日本経済新聞(2018年1月4日)「都立高、個人スマホを授業で活用へ18年度から」

2018年2月発行

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