2019.02.18

OPINION PAPER_No.25(19-002)「人に寄り添う「働き方改革」を ―働き方改革はシステムの改革ではない―」

OPINION PAPER No.25(19-002)

人に寄り添う「働き方改革」を ―働き方改革はシステムの改革ではない―

山口真一(国際大学GLOCOM主任研究員/講師)

「働き方改革」という言葉を、近年頻繁に耳にするようになった。その背景には、IT技術が進化したことや、少子高齢化で労働力が不足していることだけでなく、人々の価値観の変化がある。

経済発展・産業社会(*i)が収束に向かいつつある中、先進国の多くの人にとって、マズローの欲求5段階における下位欲求(「生理的欲求」「安全の欲求」)は、生まれたときからある程度満たされているようになった。その結果、仕事を単なる生活のための労働ではなく、上位欲求、とりわけ「自己実現の欲求」や「承認欲求」を満たすものと捉える人が増えてきたといえる。そのような人たちは従来の枠に捕らわれず新しい働き方を求めており、企業は働き方改革なしには優秀な人材を確保できなくなる。

◆ システムの改革は真髄ではない

このような働き方改革で、専ら着目されるのがシステム(制度)の改革である。システムの改革については、主に以下4つが政府から提案されており、メディアもこれらについて取り上げることがほとんどである。

    1. 労働時間:残業の減少、勤務間インターバル制度導入、有給の積極的取得
    2. 多様で柔軟な働き方の実現:テレワークの導入、フレックスタイム制の導入・見直し
    3. 待遇差の改善:短時間・有期雇用労働者に関する正規雇用労働者との不合理な待遇の是正
    4. 高齢者・女性の就労促進:高齢者の再雇用、女性幹部の増加

しかし、このようなシステムの改革は重要なことではあるものの、あくまで手段の1つに過ぎない。特に、大手企業を中心にこれらの実現が目的化してきているが、本当にこれらを実現すれば、冒頭に書いたような社会や人々の変化に応え、今後中長期的に持続・発展していく企業となるのであろうか。

◆ 求められる「人に寄り添う」経営

その点について、一般社団法人ソーシャル・デザイン代表理事の長沼博之氏は、これからは「キャリアモデル時代」が到来するとし、それに合った経営が必要になると指摘している。キャリアモデル時代とは、人々が自律的貢献心・起業家精神を持ったうえで、自分に適した仕事を選択してキャリアを設計していく時代のことである。副業含めそれぞれの仕事がシナジーを発揮し、社会に価値を提供する(*ii)。

こうした時代において、経営側に真に重要となることは、「人」に寄り添い、その人が社会に対してどのような価値を提供したいのかを考え、モチベーションを高めることである。これにより、その組織により優秀な人材が集まるだけでなく、優秀な人材を育て、且つ彼らが外に流出するのを防ぐ効果もある。

思えば、産業革命以降、豊かさを追求して企業が成長していく中で、組織内の1人1人に目を向けることは少なくなっていった。皆が画一的に働き、大量生産で儲け、企業経営者の多くは組織全体の利益や株主のことを考えるようになった。そして、人々は生活のために仕方なく働き、自分の楽しさや幸福と仕事とは、切り離して考えるようになった。

しかし、人生の大半を占める仕事について、それは生活のために嫌々やって他の時間で楽しみを見出すという働き方が、個々人、そして社会にとって本当に幸せなのだろうか。昨今ようやくブラック企業問題等が大きくクローズアップされるようになり、社会全体としてもそういった問題に疑問を呈するようになってきていると感じる。このような時代だからこそ、「人に寄り添う」経営が求められるのである。

◆ 人に寄り添う経営は組織の創造性も高める

人に寄り添う経営の重要性については、ロバート・K・グリーンリーフ(元AT&Tマネジメント研究センター長)氏が、1970年頃から人を支えるリーダーシップ―サーバントリーダーシップ―について述べているように、数十年前から認識されていた(*iii)。

さらに近年では、人に寄り添い、従業員のモチベーションを高めることは、従業員の創造性をも高めることが分かってきている。例えば、アメリカでのR&D関連企業従業員165名を対象とした調査では、イノベーションを起こす要因として、従業員が仕事にやりがいを見いだせていることが、プラスの影響を与えていることが示されている(*iv)。また、内面からの興味や意欲を動機とするような内発的動機付けが創造性を高めるという研究も少なくない(*v)。

そのような結果は、筆者らが株式会社イトーキと共同で執り行ったプロジェクトにおける、計量経済学的分析(*vi)でも示された。分析によると、仕事を楽しいと感じているかどうか(楽しさ指標/1~5ポイント)は、その人の創造性に大きな影響を与えていた。具体的には、楽しさ指標が1ポイント増えると創造性が8点増加する(100点満点)。つまり、全く楽しくない人と非常に楽しい人では、創造性が32点も異なる。創造性の平均点が66点であったことを踏まえると、大きな差があることが分かる。

さらに、Edmondson(1999)(*vii)を参照して作成した心理的安全性指標(1~7ポイント)(*viii)も非常に大きな影響を与えており、心理的安全性指標が1ポイント増えると創造性が8.6点増加する結果となった。つまり、心理的安全性が最低と感じている人は、最高と感じている人に比べて創造性が51.6点も低いということである。人に寄り添う経営をし、従業員のモチベーションを高めたり、安心感を与えたりすることが、組織全体の創造性を高めるといえる。

◆ 人に寄り添う経営「3つのやり方」

では、具体的にどうすれば「人に寄り添う」となるのか。ここでいう「寄り添う」とは、楽で楽しいことだけやらせるということではなく、その人全体のキャリアや役割を考えながら適切な仕事の割り振りや教育をしていくことである。「個人個人を自分と同じ人間と考え、自分がされて嬉しいことを心掛ける組織運営」を基本理念に、以下3つに注力する。

1つ目は、人事評価である。上司は厳しすぎる評価をせず前向きな評価を主たるものとし(*ix)、寛大で公平な報酬分配を行い、人種・性別・年齢といった属性による差別をせず、その人の役割を見定めた適切な評価軸を考える。

2つ目は、人材活用方法である。第一に、適材適所の人材配置によって、能力を発揮できるようにする。働き方改革というと、皆が皆、自律的になることを想定しがちだが、実際には従うことで力を発揮する人もおり、千差万別である。そのような多様な従業員を観察し、個々に適切な役割を持たせる。第二に、従業員1人1人の人生に寄り添い、キャリアを一緒に考えていく。先述の長沼氏は、これからは定年がなくなり、人生100年時代がくると指摘している(*x)。そのような時代には、従業員と共に個人の人生・キャリアを考えていく経営が求められる。

3つ目に、組織の体制もカギとなる。「役職上の上下関係はあるが、組織内の誰にでもオープン(風通しが良い)」であると、仕事の楽しさ指標(モチベーション)が増加し、間接的に創造性を高めることが、先述した筆者らの研究から分かっている。一方で、同研究において実際に最も多かったのは伝統的なヒエラルキー構造の組織であった。より組織のオープン性を高めていくことが、経営者には求められる。

以上のように、急速に減少する労働力を所与の条件として、数多の課題を解決し、よりよい社会・新しい豊かさを実現するためには、「人に寄り添う」働き方改革が欠かせない。そしてそれは、企業にとっても大いにプラスとなる。分かりやすいシステム改革だけにとらわれず、今一度、「組織とは人である」という観点に立ち、働き方改革を推進していく必要があるだろう。

*i 公文俊平、田中辰雄、山口真一(2015)「産業化の変遷と課題」『プラットフォーム化の21世紀と新文明への兆し』, p55-64.
*ii Social Design News(2018)「2020年のキャリア思考『キャリアモデル』とそのマネジメントを考える」、http://social-design-net.com/archives/33817/
*iii Greenleaf, R. K. (1997). The servant as leader. University of Notre Dame Press.
*iv Dewett, T. (2007). Linking intrinsic motivation, risk taking, and employee creativity in an R&D environment. R&D Management, 37(3), 197-208.
*v Shalley, C. E., Zhou, J., & Oldham, G. R. (2004). The Effects of Personal and Contextual Characteristics on Creativity: Where Should We Go from Here?. Journal of Management, 30(6), 933-958.
*vi 経営者、基礎・技術研究等6つの職種の中で、プロジェクト単位で仕事をしたことのある人を対象とした800名のアンケート調査データについて、モデル分析した。
*vii Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative science quarterly, 44(2), 350-383.
*viii 心理的安全性とは、メンバー1人1人が、不安や恐れを感じないで気兼ねなく発言や質問ができ、本来の自分をさらけだせるような雰囲気のことを指す。人に寄り添った経営では、心理的安全性は高まると考えられる。
*ix George, J. M., & Zhou, J. (2001). When openness to experience and conscientiousness are related to creative behavior: an interactional approach. Journal of Applied Psychology, 86(3), 513.
*x 長沼博之(2017)『100年働く仕事の哲学』、ソシム.

2019年2月発行

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