2019.10.23

OPINION PAPER_No.29(19-006)「「信頼」と「ローカル」がカギを握る新たなプラットフォーム時代」

OPINION PAPER No.29(19-006)

「信頼」と「ローカル」がカギを握る新たなプラットフォーム時代

山口真一(国際大学GLOCOM主任研究員/講師)

「プラットフォームの21世紀(*i)」といっても過言ではないほど、分野を問わず現代の我々の生活には、プラットフォームが浸透している。そのプラットフォームは、経済学的に以下2つの大きな特徴を有する。

まず、ネットワーク効果が働く。ネットワーク効果とは、ある財のユーザ数が増えることにより、ユーザ1人1人の効用が増加する効果を指す。次に、ユーザのデータを活用している。プラットフォーム企業は便利で安価なサービスを提供してユーザとの接点(タッチポイント)を増加させ、ユーザのデータを取得する。そのデータ分析結果を利用して、パーソナライズされたサービスを展開し、収益をあげている。

さて、これら2つの特徴は、プラットフォームに規模の経済が働くことを示している。そのため、プラットフォームは巨大化が進みやすく、また、ユーザも巨大であるがゆえに利便性が向上している。

このような状況で、よく日本で耳にするのが「第二のGoogleを作れないか」「どうすればGAFAに対抗できるか」などといった議論である。もちろんそれらがすぐに出来るならば実行すればよいが、現実的には厳しい。そもそも世界で通用する巨大プラットフォームとなっているのは米国企業がほとんどであり、欧州やその他の国も実現できていない。

GLOCOM客員研究員の楠正憲氏が指摘するように、GAFAは消費者にとって魅力的なサービスを開発し続け、目的をもって何年もかけて消費者との接点を作っていった結果、データを競争力に転化する戦略を成功させたのである(*ii)。

GAFAに対抗するのではなく、「GAFAに出来ていないことは何か」を考えて戦略を練っていく必要がある。本稿では、そのような日本企業がとるべきプラットフォーム戦略を検討する。

◆ これからの競争力の源泉は「信頼」

その戦略を考える際には、まず、プラットフォーム時代における競争力の源泉が何か知る必要がある。それは大きく分けて2つあり、1つは、言うまでもなく、機能的な「品質」である。消費者が使いたくなるような品質が高いサービスを提供することで、クリティカル・マス(*iii)を超えて多くのユーザを獲得し、タッチポイントを増やすことが出来る。

そしてもう1つは、「信頼」である。基本無料や低価格のものが多いプラットフォームサービスでは、データ利活用によるマネタイズや最適化が収益に大きな影響を与える。つまり、消費者が「データを提供してもよい」と思うことが極めて重要になる。

製造業が中心だった産業社会においては、製品の機能的な品質=信頼であり、物を使うということは、自分の何かを預けて行うものではなかった。しかしプラットフォーム時代には、サービス利用において、自分のデータという、ある種、自分自身・人格ともいえる極めてセンシティブなものを企業に預けることになる。そのため、そのサービスが魅力的かどうかとは別に、そのデータを適切に使ってくれるか、セキュリティは大丈夫かといったことが、サービス選択の上で重要になってくる。

先行研究では、事業者評価がプライバシー懸念に影響を与えており、評価が高くなればパーソナルデータの開示が促進されることが実証的に示されている(*iv)。これまではまだ利用者のデータ利活用に関するリテラシーも高くなく、それほど意識されてこなかったかもしれない。しかし近年、データ利活用に関する様々な問題が報じられているように、人々のリテラシーが高まっていけば、「信頼」が、サービスにおいてより重要視されるようになっていくだろう。

実際、リクナビが内定辞退率予測・販売をしていた件で、厚生労働省や労働局による調査対象となる旨が報じられたリクルートホールディングスの株価は、一時、5%超安の急落となった。

◆ 「信頼」と「ローカル」の密接な関係

この「信頼」を活かす方策の1つとして、「ローカル」というキーワードが挙げられる。人が情報を信頼するという過程において、情報発信者の専門性よりも、その人とどれだけ話した経験があるかが重要だという実証研究がある(*v)。このように、人は自分と接点がある人や組織に対しては厚い信頼を寄せるのである。つまり、同じローカル・コミュニティに属している人や組織は、お互いに高い信頼を持っているといえる。これは巨大プラットフォームを抱える外資系企業にもすぐには築けない信頼関係であり、この分野を狙うという戦略が1つ考えられる。

庄司昌彦GLOCOM主幹研究員は、地域に密着して地域経済を実際に動かしている「地方豪族」による地域プラットフォーム創設に注目している。「地方豪族」企業は、その地域において多角的に事業を展開していて、信頼も厚い。例えばある鉄道会社では、鉄道・バスの運行状況や混雑状況、駅ビルでの販売データ、ポイントカードで得た個人の購買履歴などを保有している。そのため、地元のオープンデータとこれらのデータを連携させることによって、交通事業の高度化、観光産業の活性化が可能と指摘している(*vi)。

また、ある分野が得意な企業が、地元企業と組んでサービスを展開する事例もある。例えば、MaaS(*vii)事業を手掛けるWILLER社は、JR北海道や地元バス会社と協力し、複数の交通手段を使って北海道を周遊するサービスを2018年に提供した。そのような実証実験を踏まえ、2019年8月には、旅程プランニング・交通機関予約・決済を1つのアプリで行える観光MaaSアプリを提供するに至っている。

ローカルというとすぐに日本単位での地方を想像して「小さい話」と思いがちだが、グローバル単位で見たら、日本やアジアもローカルであることを忘れてはいけない。LINEの砂金信一郎氏は、LINEは日本というローカルに根差した企業であり、その延長線上で日本人の感覚、文化、考え方に近いアジア圏を攻めていると言う。規約などを工夫して信頼のおけるコミュニケーションツールとなり、収集したデータはスタンプのレコメンドや広告表示に使われている(*viii)。先述のWILLER社も、地方発のMaaSではあるが、将来は「アジアのMaaS」を目指すと述べている。

◆ ビジネスモデルの転換を

さて、このような信頼を活かしてプラットフォームビジネスを展開するには、日本において信頼のある分野、強い分野でプラットフォームを展開するのが良い。

日本で強みのある分野とは何か。よく言われるものの1つに製造業(ものづくり)がある。そしてものづくりも、ただ物を作るだけでなく、プラットフォームサービスを展開する時代になってきている。例えばトヨタはMaaSへの参入を発表しており、「モビリティ・カンパニー」になると明言している。トヨタとソフトバンクで立ち上げたMONETは、地域で信頼されている数多くの自動車ディーラーを拠点とし、地域に密着して移動を活性化させるモビリティ・ネットワークを構想している。

他にも、健康保険データの揃っている医療や、BtoBのメンテナンス・顧客データなど、日本が強い分野は様々指摘されている。また、地方には今後活用できそうなデータやネットワークが大量に存在する。

今後は、「信頼」と「ローカル」を意識しつつ、既存ビジネスから新たなプラットフォームサービスにビジネスモデルをシフトしていくことが、あらゆる産業に求められていくだろう。

*i 公文俊平(2015)「プラットフォーム化の21世紀と新文明への兆し」『NIRA研究報告書』 http://www.nira.or.jp/pdf/1503report.pdf
*ii 楠正憲(2019)「GAFA脅威論の死角と蹉跌」、note. https://note.mu/masanork/n/nc2c027839477
*iii 製品・サービスの普及過程において、普及率が爆発的に促進される分岐点のこと。
*iv Metzger, M. J. (2006). Effects of site, vendor, and consumer characteristics on web site trust and disclosure. Communication Research, 33(3), 155-179.
*v Bottger, P. C. (1984). Expertise and air time as bases of actual and perceived influence in problem-solving groups. Journal of Applied Psychology, 69(2), 214.
*vi 庄司昌彦(2018)「官民データ活用に向けた「地方豪族企業」の考察」『2018年社会情報学会(SSI)学会大会論文集』,p.41-44.
*vii MaaSとは、色々な交通手段によるモビリティ(移動)を1つのサービスととらえ、シームレスにつなぐ新たな概念のことを指す(国土交通省)
*viii MML編集部(2019)「LINE砂金信一郎氏が語る、ユーザーを感動させるためのデータドリブンなマーケティング戦略」、ModuleApps. https://moduleapps.com/mobile-marketing/16271rpt/

2019年10月発行

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