2020.08.24

OPINION PAPER_No.32(20-003)「次世代に続く新たなパラダイムの創造を ~COVID-19を契機に考える未来~」

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OPINION PAPER No.32(20-003)

次世代に続く新たなパラダイムの創造を ~COVID-19を契機に考える未来~

青木志保子(国際大学GLOCOM主任研究員)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、世界中の人命、健康、生活、そして経済に多大な影響を及ぼし、そして歴史的な景気後退をもたらしている。
筆者は本件について、COVID-19という一つの現象とその対応策を考えるだけでなく、有史以前からの人類の道と今後の方向性を改めて問う機会である、と考えている。本稿ではその契機の一つとなるべく、人類の歴史とそこから見えてくる課題を振り返り、未来の方向性について検討することを試みる。

◆ ウイルスのネガティブ・ポジティブ両側

人類は太古の昔から、様々な自然災害と、そして疾病に直面してきた。疾病のうち、「病原微生物」が体内に侵入して症状がでるものを「感染症」という。病原微生物になりうるものには原虫、真菌、細菌、そしてウイルス、などがある(*i)。

病原体にもなるウイルスとはなにか。ウイルスはDNAまたはRNAどちらかだけを持ち、単独では自己増殖ができない(宿主を必要とする)ため、無生物(物質)として定義されている。病原体になる―ウイルスのネガティブな側面が表出する(宿主を何かのタイミングで変えることになりそこで病原体へと変化してしまう)のはほんの一握りだ。

むしろ、ウイルスは宿主に寄生しながら遺伝子の水平伝播(親子関係などの遺伝を垂直伝播という)を行うことで宿主との共進化を行ってきた(*ii)。有名な事例として哺乳類の胎盤形成(胎盤は子を宿す場であるが、父親の遺伝子は母親にとっては異物であるため攻撃してしまう。その攻撃を防いでいる)にはレトロウイルスが関与していることがわかっている(*iii)。ウイルスがいることで生命は進化してきており、そして天文学的な量のウイルスが存在しているといわれている。

◆ 農業革命で増えたとされる感染症

ウイルスが存在することによるネガティブな側面としての「感染症」であるが、多く発生するようになった転換期は、農業革命(紀元前6000年頃)とそれ以降の生活様式であるといわれている(*iv)。‘狩猟採集時代においてはたとえばネズミと接触することはほとんどなかったが、農耕民の定住地は大量の生ごみがでるため、げっ歯類にとっては申し分のない生息地である。’など、生産とゴミの排出、家畜といった生活様式の変容により、細菌やウイルスが家畜から人間へと宿主を変えることが容易になってしまったことが大きい。また、域内の人口密度が高くなりやすい(*v)ため、人間同士の感染も容易になる。

そして、各地で農業が行われ、その拡大とともに文明同士の交易が発生した。世界はネットワーク化され、資源や文化、技術が行き来するだけでなく、同じように微生物やウイルスも行き来することになった(*vi)。さらに、人間社会における農業の台頭は、豊かな自然を侵食し、生物多様性を失っていくプロセスでもあるが、生物多様性の損失が感染症の伝播を増加させることが明らかになっている(*vii)。人間の免疫の正常化においては、表土に存在する多様な微生物が重要であるともいわれている(*viii)。

このように、農業革命によって生み出された「定住化」、「交易ネットワーク化」、「(リソース確保のための)自然環境への侵出」により、感染症が発生しやすくなり、さらには疫病化(パンデミック)を起こしてしまうようになったわけである。

◆ COVID-19が我々に与える本質的な問い

感染症はこれまで人類が幾度も経験してきたものであったが、前述の構造がより先鋭化された現代、つまり都市化(過密化)・グローバル化の進展した社会においては、よりリスクと頻度の高い問題として感染症が存在しているといえよう。

その契機となった、農業革命そして農耕社会とはどのようなものなのか。食物を安定して生産管理できるようになった時代であり、技術の向上と安定、出生率の増加など様々な利点をもたらしている。

しかし感染症だけでなく、その他の負の側面もまた多いことが明らかになっている(*ix)。人口増によりさらに生産せねばならず、人々は休みなく働き続けることになった。また、摂取する食物が単調化するため、栄養不足(アンバランス)に陥り過労や栄養失調などにも対峙することになった。アメリカの生物学者のジャレド・ダイアモンドは‘農業は人類最大の過ち’(*x)と評し、イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは ‘ホモ・サピエンスがそれらを栽培化したのではなく、逆にホモ・サピエンスがそれらに家畜化されたのだ’(*xi)、と評した。

農耕社会がもたらした功罪でもあり最も大きな点は、「食べ物を安定供給し管理するために単純化させる。そして資産としてコントロールし拡大し続ける。」という考え方と構造、つまり「モノカルチャーと拡大」というパラダイムをスタートした点であると筆者は考える。さらにこのパラダイムが迎えるリスクは感染症だけではない。「気候変動」もその一つである。気候変動は外部リソースの確保(化石燃料の発掘)と自然環境への侵出(森林伐採)、つまり「人類が地球の炭素循環を無視して消費し続けた」結果である。

言い換えると、「感染症」も「気候変動(近代の地球温暖化)」も農業革命以降長く続いてきたパラダイムの負の側面が、異なる形で表れたもの、といえるだろう。よって、より本質的な問いは、「コロナウイルス(疫病)にどう対峙するか」ではなく、「モノカルチャー×拡大という構造からどのように新しいものへと換えていくか」、ではないだろうか。

◆ 次世代へ続く新たなパラダイムへ

未来へシフトする考え方はどのようなものがあり、そしてどう進化していけばよいだろうか。これまで述べてきたような歴史的な認識はさらなる議論が必要であるし、また、これまでの進化が、すべて良い結果をもたらしているとは限らないこともある。

それらを前提としたうえで、筆者の意見としては、地球が一つの全体性を持った生命体であるという大きな視座に立つことがまずもって重要になると考える。そのうえで「多様性の回復」と「静脈の創造」がキーになると考えている(図参照)。

「多様性の回復」とは一つには生命そのものの種類である。その相互作用をもってそれぞれの免疫を正常化する。そのためには表土の回復が必要となるだろう。また、人間もある程度、土地と密な関係のあるライフスタイルへと移行する必要があるため、必然的に暮らしは分散化していく。すでに地産地消、パーマカルチャー、共生農法など様々な取り組みが行われているが、共通するのは、「均一化」ではなく「個別化」ということである。「面倒くささ」を取り戻しに行く作業だ。

二つ目が「静脈の創造」である。農業革命から始まったモノカルチャー×拡大では、生産や燃焼といった酸化ベクトル、つまり動脈づくりがより多様に発展してきたといえよう。しかし、それに見合う(釣り合う)形での静脈の機能、つまり分解や還元といったシステムはあまり重要視されておらず、不十分であったと考えられる。よって、そのまま負荷として外在化させるか(二酸化炭素、海洋プラスチック)、社会の発展で公に頼り切りになるか(下水、ごみ処理等)など、様々な問題が起きているといえる。サーキュラーエコノミーのように、負荷を外在化させずに、多様化する暮らしをどのようにするか、‘循環的な構造を持った地域・国際社会’というグランドデザインも必要となっていくだろう。

図 これから必要とされるパラダイム

◆ 最後に:個人のOS変化と日本の可能性

パラダイムとはある時代に共通する物の見方であるが、それを変えるには社会というハードウェアが整備されるだけでなく、個々人の思考=OSを深く書き換えることが大切であると筆者は感じている。

「(命を)いただきます」という挨拶、八百万の神を持つ日本とその文化は、「多様性」と「静脈」を古くより潜在的に重要視していたともいえよう。COVID-19を学びの契機とし、世界に通用する次世代型のパラダイムと社会が、日本から新たにスタートするのではないだろうか、そう期待している。

*i https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/42/6/42_6_397/_pdf
*ii 武村政春(2017)『生物はウイルスが進化させた 巨大ウイルスが語る新たな生命像』、ブルーバックス
*iii Mi S. et al. (2000) Nature 403, 785-789.
*iv デイヴィッド・クリスチャン他(2017)『ビッグヒストリー大図鑑:宇宙と人類 138億年の物語』、河出書房新社
*v 木下太志(2014)「人類史からみた環境と人口と家族」https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscfh/28/0/28_47/_pdf
*vi Ⅳと同様
*vii Keesing, F. et al. (2010) Nature 468, 647-652.
*viii 舩橋 真俊(2020)Syneco blog「表土とウイルス」https://synecoculture.org/blog/?p=2640
*ix Ⅳと同様
*x ジャレド・ダイアモンド(2000)『銃・病原菌・鉄 1万3000年にわたる人類史の謎』、草思社
*xi ユヴァル・ノア・ハラリ(2016)『サピエンス全史』、河出書房新社

2020年8月発行

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