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連載コラム: ICT利用先進国 デンマーク: 「競争力」と「幸福」を創り出す社会
第3回

教育×ICT デンマークにおける学校の風景 (2)

2010年6月30日
猪狩 典子 (いがり・のりこ)
国際大学グローバルコミュニケーションセンター研究員

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カフェのような職員室―オープンな学校の風景とは

教育における国家戦略ではICT利用が大きく掲げられていたが、実際の教育現場ではどのようにICTが利用されているのだろうか。デンマークの学校教育おいては、ICTは決して特別なものではなく、子供たちの日々の学校生活に溶け込んでいた。

図書館

現地校長によれば、国民学校のICT利用で最も効果があるのは、学校、児童・生徒、保護者とのコミュニケーション分野であるという。ペアレント・イントラネットと呼ばれるシステムを活用し、双方向の情報伝達が行われている。具体的には、時間割、事務連絡、成績表の配布など学校側からの情報提供だけではなく、宿題の提出や保護者と教員との日常的な意見交換にも活用されている。このシステムは2004年に導入されたが、既に利用率は95%を超える。デンマーク全土に急速に広まった背景には、① 高いブロードバンド普及率、② 高いインターネット利用率、③ 少ない所得格差(パソコンの保有とネット接続が一般的)があるということだ。

オープンな図書館

1枚目の写真は、オープンな図書館(メディアセンター)である。校舎の中心にあり、各教室を結ぶハブ的な役割を果たしている。図書館とパソコンルームが統合され、誰でも自由に図書館システムやインターネットを利用できる。日々の学びと遊びを通じて、子供たちがICTと自然に触れ合うことができるよう、物理的な環境が用意されている。

ICTを利用した数学の授業

数学の授業

右の2枚目の写真は、数学の授業をしている風景である。一人一台のコンピュータを利用することで、① 個人のレベルに適した教材の提供、② 履歴の活用による復習の強化、③ 成長の実感による生徒のモチベーション向上、④ 誤答傾向の分析による教員の教授品質の向上など、ICT利用の効果が期待できる。デンマークでは児童・生徒と教員、双方の成長のために「教育品質そのもの」を向上させる手段としてのICT利用を目指している。

カフェのような職員室

職員室

右の3枚目の写真は、カフェのように飲み物が置かれたオープンな職員室である。基本的に校務のデジタル化が徹底されており、機密文書もないため児童・生徒がいつでも自由に出入りできる。よって、先生と生徒がコミュニケーションを深める場所としても利用されている。

簡易型壁掛け机

最後の写真は、生徒がグループワークを行うための、簡易型の壁掛け机である。校内にはこのようなしつらえが多く存在する。

壁掛け机

今回の調査全体を通じて、デンマークでは、意思決定のプロセスにおいて「組織間のコンセンサスを重視する社会風土を持つ」という話を繰り返し耳にした。現地学校の視察から、デンマークのコンセンサス社会を形成する起源は、このようなオープンな学校教育にあると思われた。

日本とは正反対のICT推進アプローチ

さて、今回の調査で明らかになった興味深い事実は、ICTの利用では世界のトップランナーであるはずのデンマークであっても、教育分野における課題の多くが日本と共通しているということである。デンマークにおける最大の課題は、教員のICTリテラシーの向上であり、授業でのICT利用がなかなか進まないのも、どうやら日本固有の問題ではないらしい。教員向けのさまざまな研修や教員養成大学を準備するなどして、対策に力を入れているのも日本と同じである。

ただし、デンマークと日本とでは、教育分野におけるICT利用のアプローチが全く異なる。デンマークは、ICTを保護者、児童・生徒、教員間のコミュニケーション分野から先に普及させ、現在は、すべての授業において教育水準を高めるためにICT利用に取り組んでいる。一方、日本は、ICTをインターネット、パソコン操作やソフトを利用する「スキル教科」として独立させる傾向が強く、各科目のなかでICTを有効活用するまでには至っていない。教育の情報化を専門にする豊福晋平は、「日本は、授業におけるICT利用という難しい課題に正面から取り組んだため、校務やコミュニケーションの情報化に本格的に着手するのが大幅に遅れた」と指摘する。

子どもと携帯の問題、掲示板への書き込みなどを通じたネットのいじめ、ネットの有害コンテンツ、詐欺などの犯罪行為に巻き込まれる危険性などが顕在化していることもデンマーク・日本に共通する課題である。これらの「教育とICT」に関する課題について、デンマークでは、SNSを通じて、解決に向けた活発な議論が行われている。学校の垣根を越えた情報共有、相互学習が共通のプラットフォームを通じて全国規模で行われていることは、注目に値する。日本はICTの負の側面をとらえて、ICT利用を制限する傾向がある。それに対してデンマークは、ICTが持つ可能性を最大限に活用しながら、それらの課題をいかに解決すればよいのか議論しながら打開策を模索しているといえる。このような違いが、両国のICT利用の格差に少なからず影響していると考えられる。■