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連載コラム: ICT利用先進国 デンマーク: 「競争力」と「幸福」を創り出す社会
第3回

教育×ICT デンマークにおける学校の風景 (1)

2010年6月30日
猪狩 典子 (いがり・のりこ)
国際大学グローバルコミュニケーションセンター研究員
フォルケスコーレ

ICT利用先進国デンマークは、教育分野においても世界的に高い評価を得ている。WEF(世界経済フォーラム)ICT競争力ランキングでは、デンマークの早期かつ継続的な教育分野への投資が着目されており、学校のインターネットアクセス、教育システムの品質、国家全体の教育費など、教育に関る多くの項目が世界トップレベルにランキングされている。

シリーズ第3回目は、デンマーク政府(教育省)と公立学校(フォルケスコーレ)の視察をもとに、デンマークの教育分野におけるICT利用を概観する。デンマークの教育、国家戦略、推進体制、ICT利用推進のアプローチについて、順に紹介しよう。

教育が無料、かつ大学入試のない教育環境

デンマークの教育において、日本と大きく異なる点を2つ押さえておきたい。

1つは、義務教育、高等教育を含めて、基本的な教育費は原則無料である点だ。小・中学校はもちろん、高校・大学・大学院も費用がかからないため、社会人になっても容易に大学に戻ることができる。デンマークにおける教育は「国家を支える国民を育成するための国家的事業」であり、教育の成果は「個人の能力を伸ばすことのみならず、デンマーク社会全体を豊かにする」という考え方が社会に広く浸透している。実際、デンマーク政府は教育分野に多額の税金を投資しており、GDPに対する教育費の割合は7.4%で世界第2位(OECD調査2009、日本は4.9%で第22位)、25歳以上の大学入学者の割合は、OECD諸国の平均値20.6%を大幅に上回り、世界トップレベルの約30%に達している(日本は2.7%[1])。

2つ目として、大学受験がない国という特徴がある。デンマークでは、高校までの成績やボランティアなどで社会貢献のポイントを積み上げ、自分の入りたい大学と学部を選考する。よって、日本のような一発勝負の入試対策のための「暗記型、○×教育」は重視されていない。むしろ、情報は無限にあるという前提条件のもと、自らが情報を収集し、分析し、判断するための能力開発が重視されている。このため、一人の先生の講義を生徒全員で聴講するスクール形式よりも、グループワークを活用した授業が積極的に行われている。子供たちは、日常的なグループワークにより、一つの課題に対して皆が協力しながら成果を出すというコンセンサスのプロセスを学ぶことができる。

このように、教育が無料、かつ大学入試のない教育環境は、全ての国民に対して高等教育の機会均等を実現し、デンマーク国民が平均的に高い教育レベルを維持することに貢献しているといえるだろう。実際、デンマークに投資する多くの外資企業は、法人税や解雇規制などが優遇されたビジネス環境だけでなく、デンマーク国民の高い教育レベルを重視しているという。

[1] 河本敏浩『名ばかりの大学生 日本型教育制度の終焉』光文社新書, 2009, p. 175, 図13による。

学校の営み、すべてにICTを取り入れる挑戦

では、デンマークの教育分野において、ICTはどのように活用されているのだろうか。デンマークの教育省は、「グローバル化のなかで、競争に勝ち抜くための教育システム構築」を目指し、ICT利用を軸にした国家戦略を立案している。

国家戦略の内容は大きく3つに分けられる。1つは、ICT教育である。すべての教育現場にブロードバンドアクセスを提供し、ICTを利用することを目指す。具体的には、すべての文書を電子化し、すべての学校と保護者、児童・生徒とのコミュニケーションをデジタル化することを目標にしている。2つ目は、事務のICTによる効率化である。ICT利用による学校側の事務能力の向上や、入学願書のデジタル申請、学校の校務と教育データのデジタル化による一元化などを目指している。3つ目は、ICT利用による教育そのものの品質向上である。すべての教科において授業にICTを取り入れることを目標とし、児童・生徒と教員、双方の教育レベル向上を目指している。

これらの方針に基づき、教育分野のICT利用の推進を担うのは、教育省とその配下にあるUNI-C(Danish IT Centre for Education and Research)という組織だ。UNI-Cは国の組織でありながら、民間からの参加を得た運営委員会を持つのが特徴であり、今後の国家教育方針や、どのように先進的なサービスを提供すべきかなど、教育省の方向性を定める重要な議論が行われている。委員メンバーには、大学や高校などの現場職員や、ICTに従事している職員、またICT業界などが広く参加しているという。つまり、草の根と民間の知恵を入れ、さまざまな観点から知識ベース社会における教育の在り方が模索されている。前回のコラムで紹介した電子政府を推進する組織(デジタルタスクフォース)と同様に、ここでも、関係者間のコンセンサスがもっとも重視されている。

子供たちに人気の教育ポータル「EMU」

次に、UNI-Cが運営する教育ポータル、「EMU」(educational portal: エミュー)を紹介しよう。「飛べない鳥」がキャラクターに採用され、子どもたちの人気を集めているという。

「EMU」は主に、① 教育にかかわる関係者すべてのコミュニケーション・サイトと、② 教育コンテンツ・データベースという二つの機能を持つ。たとえば、「子どもと携帯」といったテーマごとに、授業のためのヒントや教材が得られ、関係者が意見交換することも可能である。また、データベースには過去25年間分の新聞記事、ブリタニカ・オンラインなどの百科事典など、教育にかかわる多種多様なコンテンツが一元的に閲覧できる。運営費は国が負担し、各学校には無料で提供されている。

教育ポータ EMU
教育ポータル EMU

一見、日本にもありそうなSNSであるが、「EMU」の事例は、教える側と教えられる側が双方で同じSNS(Social Networking Service)を利用し、お互いのコミュニケーションを促進している点が興味深い。さらに、発展途上ではあるが、デンマーク内だけでなく他のEU諸国と連携し、多種多様な問題に対するノウハウの共有を目指しているという。

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