OPINION PAPER No.42(26-005)
声の居場所はどう続くのか
――クィア・ポッドキャストにおける親密さと関係維持の労働
声を介してつながるメディア
ポッドキャストを聴く人が増えている。オトナルと朝日新聞社が毎年実施している国内調査では、月1回以上利用する人の割合は、2020年の14.2%から2023年の15.7%へ緩やかに上昇し、2024年には17.2%、2025年には18.2%となった。15~19歳では40.5%に達している。利用者の80.8%は、家事や通勤、運動などをしながら聴いている。ポッドキャストは、日常のさまざまな時間に入り込むメディアになりつつある(*1)。
もっとも、ポッドキャストの価値は利用率や再生数だけでは捉えられない。企業や著名人が制作・出演する番組がある一方で、個人や少人数が自分たちの経験や関心について語る小規模な番組も数多く存在する。大がかりな設備がなくても始められ、既存のマスメディアでは取り上げられにくい経験を、話し手自身の声で届けられることが、このメディアの特徴である。ポッドキャスト利用者を対象とする同調査では、自分の番組を持つ人の割合も、2023年12月の10.0%から、2025年12月には14.7%へ上昇している(*2)。聴く側と配信する側が重なりうることも、ポッドキャストの性格を示している。
本稿では、クィア・ポッドキャストに注目する。「クィア」は、もともと否定的に使われた言葉を当事者が引き受け直したもので、現在では、性的指向やジェンダーをめぐる既存の区分や規範に収まりきらない人々や経験を広く表す言葉として用いられている。クィア・ポッドキャストでは、性的指向やジェンダーをめぐる経験だけでなく、働き方や家族との関係、趣味など、日々の出来事も語られる。国内のクィア・ポッドキャストについて、番組数や聴取規模を網羅的に示す統計は、現時点では確認できない。有志による番組紹介や登録制の一覧はあるものの、全体像を捉えるものではない。
クィア・ポッドキャストで交わされる何気ない会話は、どのように聴き手に届き、ときに「居場所」と呼びうる関係を生み出すのだろうか。そして、その関係は何によって支えられているのだろうか。ここでいう「居場所」は、物理的な場所に限らず、声を介して他者とのつながりを感じ、自分の経験が孤立したものではないと受け止められる関係を含む。以下では、個別の番組を対象とした実証調査ではなく、ポッドキャスト研究や公共圏をめぐる先行研究を手がかりに、小さな音声メディアで何が起きているのかを整理しながら、この問いを考える。また、特定の番組名は挙げない。公開されている番組であっても、話し手が想定していない文脈で取り上げられる場合があり、それ自体が本稿の扱う問題の一部だからである。
声が生む距離の近さ
ポッドキャストでは、声の調子や間、笑い方など、文章だけでは伝わりにくい要素も届く。イヤホンで聴けば、声は身体のすぐ近くで響く。こうした特徴は、話し手を身近に感じさせることがある。本稿でいう「親密さ」とは、私生活の情報を詳しく知っていることだけを指すのではなく、声や会話に繰り返し触れることで、話し手や番組との心理的な距離が近いと感じられる関係を指す。こうした親密さは、ポッドキャスト研究において、このメディアを特徴づける性質として繰り返し論じられてきた(*3)。
テレビやラジオでも話し手への親しみは生まれるが、個人や少人数が会話を配信するポッドキャストでは、日常的な話題や話し方の癖、出演者同士の関係が、複数のエピソードを通じて共有される。小規模な番組では、話し手と聴き手が互いを知り、直接やり取りする場合もある。こうした声と応答の積み重ねが、番組を自分にとって身近な場と感じる一因になる。
ただし、このメディアは声だけのものではなくなりつつある。先述の国内調査では、利用者の76.2%が月1回以上、収録風景などの映像を伴うビデオポッドキャストを視聴しており、15~19歳では82.1%に達する。聴取に使われるプラットフォームの首位もYouTubeである(*4)。姿が見えることで、聴き手は話し手をさらに身近に感じることがある。一方、ビデオポッドキャストが広がるなかで、声だけで届けることは、配信者にとってこれまで以上に意識的な選択になりつつある。
トルコのクィア・ポッドキャストを分析した研究は、ポッドキャストが、主流メディアでは十分に表現されないクィアの経験を可視化し、当事者が自ら語るための媒体になりうると指摘している(*5)。社会的に語りにくかった経験が、専門家による解説やニュースの対象としてではなく、日常の言葉で語られることには意味がある。聴き手は、自分だけが抱いていると思っていた感覚を、ほかの人の声のなかに見つけることができる。
配信される声は、収録時の会話そのものではない。どの部分を残し、どこを削るのか。何をエピソードのタイトルにし、紹介文にどう書くのか。こうした選択によって、話し手の印象や、番組が誰に向けて開かれているかも変わる。声を通じた親密さは、収録、編集、配信を通して形づくられている。
番組を介したつながりが、SNSやイベントなど、配信の外へ広がることもある。そこでは、話し手と聴き手が交流するほか、話し手同士や聴き手同士の関係が生まれる場合もある。身近な場所で同じような経験をもつ人と出会いにくい場合、離れた場所から届く声は、自分の経験が孤立したものではないと知る手がかりになる。
「誰でも聴ける」と「身近に感じられる」
インターネット上で公開されたポッドキャストは、配信先を知っていれば誰でも再生できる。だが、番組で語られる経験をどの程度身近に感じられるか、会話の前提や冗談をどの程度共有できるかは、人によって異なる。たとえばゲイ男性が語る番組では、ゲイ男性として生活するなかでの経験が、話し手と同じような経験をもつ一部の聴き手との距離を縮めることがある。同時に、番組を介したつながりは、こうした経験の共有だけから生まれるわけではない。日常の話題や好みへの共感を通じて、年齢や居住地域などの違いを越え、話し手や聴き手が結びつくこともある。
こうした、広く開かれている一方で、ある人には親密に感じられるという特徴は、「バザール」と「クラブ」という言葉を使うと捉えやすい。リチャード・ローティは、異なる価値観をもつ人々が行き交う開かれた空間を「バザール」に、価値や経験を共有する親密な場を「クラブ」になぞらえた。哲学者の朱喜哲は、この比喩を軸にローティの論稿を読み解いている(*6)。クィア・ポッドキャストは、広く公開されたバザールとしての性格を持ちながら、共通の経験をもつ人が安心して話し、聴くことができるクラブとしての性格も併せもつ。二つの性格のあいだを行き来するメディアと考えられる。
語られている経験に自分との共通点を見いだす人もいれば、会話の内輪性から距離を感じる人もいる。もっとも、距離を感じる人がいることは、その場の開かれ方が足りないことを直ちに意味するわけではない。誰に向けて語る場なのかが明確だからこそ、多数派の視線を前提としない語りが成り立つ。メディア研究では、周縁に置かれた人々が自分たちの言葉で語り、聴き合う場を「対抗的公共圏」として捉える議論がある(*7)。この議論では、公共的な語りの場を多数派に開かれた一つの空間に限らず、主流の場では語りにくい経験を共有し、解釈する場にも、公共的な役割を認める。そこで形づくられた言葉が、より広い社会に異なる見方を示すこともある。内輪性は、必ずしも公共性の欠如を意味せず、語りを成り立たせる条件になりうる。ポッドキャストの公共性も、広く公開されることと、特定の人々にとっての親密さとが重なり合うところに生まれる。
親密さを支える関係維持の労働
こうしたつながりは、配信の仕組みだけで生まれたり、保たれたりするものではない。一つのエピソードを公開するまでには、話題や日程の調整、収録と編集、タイトルや紹介文の作成といった作業がある。感想に目を通し、返事をすることもある。イベントを開く場合には、会場の確保や参加者への連絡も加わる。
複数人で番組を続け、聴き手とのやり取りを重ねるにつれて、人間関係にかかわる判断も増えていく。個人的な情報をどこまで公開するか、冗談が誰かを傷つけていないか、意見の違いや対立にどう対応するかなど、明確な正解のない問いを、制作にかかわる人々がその都度引き受けることになる。
メディア研究者のナンシー・ベイムは、表現者が聴き手との継続的な関係をつくり、保つための働きかけを「関係維持の労働(relational labor)」と呼んでいる(*8)。ベイムの定義では、こうして築かれる関係は収入を得ることと結びついている。本稿では、収入との結びつきを必須の条件とせず、聴き手への応答に加え、出演者・制作者間の意見調整や、自分や他者について何をどこまで公開するかという判断にも、この概念を広げて用いる。小規模な番組では、こうした働きかけが収入に結びつかないまま担われることがあるからである。ここでいう「労働」は賃労働に限らず、関係をつくり、保つために時間を使い、他者への気遣いを重ねる営みを指す。
小規模な番組では、出演者や制作者がこうした労働を無償で担っている。機材や配信サービスが利用しやすくなり、番組を始めるためのハードルは下がった。しかし、時間や費用だけでなく、対人関係に伴う感情面の負担を引き受けながら続けることは容易ではない。個人的な信頼によって成り立つ場では、一つの対立が番組やその周囲に生まれた関係を揺るがす場合もある。始めやすさと続けやすさのあいだには隔たりがある。
居場所が生む安心感と距離
共通の経験をもつ人々の会話は、ある人には安心や帰属感をもたらし、別の人には距離を感じさせる。誰に向けた場なのかがある程度限定されていることは、多数派の視線を気にせず話すための条件になる一方、場の内と外を分けることにもつながる。
クィアな人々がつくるメディアの内部にも、ジェンダー、外見、年齢、居住地域などをめぐる社会の力関係が持ち込まれる。ある経験を共有していることが、ほかの違いを見えにくくする場合もある。そのため、共通の経験をもつ人々のあいだでも、同じ会話が安心感をもたらすとは限らない。親密さが深まるほど、内輪の基準や暗黙のルールが外から見えにくくなる可能性もある。
この意味で、居場所をつくることと境界をつくることは切り離せない。ここで問われるのは、境界の有無だけではなく、その境界が誰に安心をもたらし、誰とのあいだに距離を生んでいるのかという点である。クィア・ポッドキャストは、特定の共同体に所属しなくても声を通じてつながれる場であると同時に、親密な場がもつ複雑さを映し出す媒体でもある。
再生数では見えない価値
ポッドキャストの社会的な価値を再生数だけで捉えると、小さな番組が果たしている役割は見えにくい。一つの声が、孤立していた人に届くことがある。番組をきっかけに、居住地域や世代を越えた関係が生まれることもある。過去の配信は、その時期に人々が何を経験し、どのような言葉で語っていたかを伝える記録にもなる。ただし、記録としての価値を認めることと、その声の無期限の保存や、元の文脈から切り離した再利用を正当化することは別である。声を残す意義とともに、保存・再利用の条件や、話し手に生じうる負担を考える必要がある。それらを考えないまま記録だけを積み上げれば、話し手が引き受けたリスクを顧みず、その語りを後から他人が消費することになりかねない。
小規模な番組には、再生数や聴き手を増やすこと自体を目的とせず、限られた範囲で声を届けることに価値を置くものもある。その規模の小ささが、率直さや安心感を支える場合もある。一方で、番組の継続を少人数の無償の営みに依存すれば、負担の集中や人間関係の変化によって活動は不安定になりやすい。
ポッドキャストを、配信されたコンテンツだけでなく、その周囲に生まれる関係と、それを支える営みまで含めて捉えることで、再生数だけでは捉えられない価値と脆さが見えてくる。声の居場所を持続させるには、配信を続けるだけでなく、関係を支える負担を分かち合い、残された声の扱いに話し手の意思を反映させることも必要である。
見つけずに支える
この点を踏まえると、小さなメディアを支えることは、番組を見つけて広く紹介し、規模を大きくすることと同じではない。可視化によって、それまで保たれていた語りやすさが損なわれ、新たな負担が生じる場合もある。ここでいう「見つけずに支える」とは、支援する側が個々の番組や配信者を把握・一覧化することを前提とせず、配信者や制作者が必要に応じて利用できる制度や配信基盤を整えることである。
まず、番組を紹介し、引用し、切り抜いて共有する側にできることがある。公開されていることを、文脈を問わない転載や切り抜きへの同意とみなさないことである。過去回を改めて紹介したり、発言の一部を別の場所へ運んだりする際には、元の文脈や配信者が示している利用条件を確認し、必要に応じてその意向を確かめる。届く範囲が広がることが、常に話し手の利益になるとは限らないからである。
配信プラットフォームには、話し手が公開を続けるか、範囲を変えるか、終了するかを選べる仕組みが求められる。エピソードごとの公開範囲の設定や削除に加え、サービスの終了や移行に際して音源とタイトル・紹介文などの情報を持ち出せることも、その一つである。ビデオポッドキャストを前提とする推薦や機能の設計が進んだ場合にも、声だけで届ける番組が不利にならないことが望ましい。こうした仕組みは、関係維持の労働を担ってきた人が、配信音源や情報の扱いを最後まで自ら選ぶための基盤になる。
政策面では、こうした声を介したつながりを、孤独・孤立をめぐる施策に接続して考えることができる。現在、孤独・孤立対策推進法のもと、地方公共団体には孤独・孤立対策地域協議会を設ける努力義務が課されている(*9)。国の官民連携プラットフォームも、NPOなどの支援組織間の連携や官民連携を促進している(*10)。また、孤独・孤立対策重点計画では、公園や公民館、図書館などの地域資源を活用した居場所づくりが重視されている(*11)。
こうした物理的な場の整備に加え、特定の場所に集まらず、匿名のまま声を介して成り立つつながりにも目を向けたい。支援活動を目的として始まったわけではない番組も、聴き手にとって居場所になりうるからである。居場所づくりを支える施策を設計する際には、こうしたつながりを支える担い手も、希望すれば相談や研修などを利用できる入口を用意する。そのような支え方であれば、居場所を成り立たせる親密さに配慮しながら、その継続を後押しできるのではないか。
ここで述べてきた支え方は、公開された情報は文脈を問わず広く流通させてよいという考え方に、再考を求めるものである。だが、流通そのものを否定するわけではない。公開しなければ、その声を必要とする人に届く機会も限られる。一方で、公表した以上どのような視線も引き受けるべきだと求めれば、語りの場を続けることが難しくなる。バザールとして開かれながらクラブとしての親密さを保つには、公開後も、声が届く範囲や扱われ方を調整できる余地が必要である。声の居場所を支えるのは、どこまで、どのように声を届けるかについて、話し手が選択に関わり続けられることである。
注釈
*1) 株式会社オトナル・株式会社朝日新聞社『PODCAST REPORT IN JAPAN 第6回ポッドキャスト国内利用実態調査』2026年2月、7–8頁ほか、https://otonal.co.jp/podcast-report-in-japan06(2026年9月14日閲覧)。調査は2025年12月5~6日に実施。全体調査は15~69歳の男女10,000人を対象とし、そのうち月1回以上ポッドキャストを聴く800人を対象にユーザー調査を実施した。ユーザー調査については、人口構成比に準じたウェイトバック集計を行っている。
*2) 同上、16頁。2023年12月調査の10.0%については、株式会社オトナル・株式会社朝日新聞社『PODCAST REPORT IN JAPAN 第4回ポッドキャスト国内利用実態調査』2024年3月、15頁。
*3) Alyn Euritt, Podcasting as an Intimate Medium, Routledge, 2023; Martin Spinelli and Lance Dann, Podcasting: The Audio Media Revolution, Bloomsbury Academic, 2019.
*4) 株式会社オトナル・株式会社朝日新聞社『PODCAST REPORT IN JAPAN 第6回ポッドキャスト国内利用実態調査』前掲、22、24頁。
*5) Fırat Tufan and Bilge Şenyüz, “Queer Podcasting as a Medium of Visibility in Türkiye’s Media Ecosystem: A Content Analysis on Episodes,” International Journal of Communication, Vol. 17, 2023, pp. 5736–5759, https://ijoc.org/index.php/ijoc/article/view/20951(2026年9月14日閲覧)。同論文は、コロナ禍以降のトルコで10話以上を配信している6番組の全エピソードを対象とした内容分析である。
*6) 朱喜哲編著『バザールとクラブ(nyx diffusion line, 004)』よはく舎、2023年。
*7) Photini Vrikki and Sarita Malik, “Voicing Lived-Experience and Anti-Racism: Podcasting as a Space at the Margins for Subaltern Counterpublics,” Popular Communication, Vol. 17, No. 4, 2019, pp. 273–287, https://doi.org/10.1080/15405702.2019.1622116(2026年9月14日閲覧)。
*8) Nancy K. Baym, “Connect With Your Audience! The Relational Labor of Connection,” The Communication Review, Vol. 18, No. 1, 2015, pp. 14–22, https://doi.org/10.1080/10714421.2015.996401(2026年9月14日閲覧)。「関係維持の労働」の定義はp.16を参照。
*9)孤独・孤立対策推進法(令和5年法律第45号)第15条第1項。2023年6月7日公布、2024年4月1日施行。https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/21120230607045.htm(2026年9月14日閲覧)。
*10) 内閣府「国の孤独・孤立対策官民連携プラットフォーム」2022年2月設置。 https://www.cao.go.jp/kodoku_koritsu/torikumi/platform/index.html (2026年9月14日閲覧)。
*11) 孤独・孤立対策推進本部『孤独・孤立対策に関する施策の推進を図るための重点計画』2024年6月11日、2026年7月10日一部改定、本文編19、21頁。https://www.cao.go.jp/kodoku_koritsu/torikumi/jutenkeikaku/pdf/jutenkeikaku_honbun.pdf(2026年9月14日閲覧)。
2026年9月発行