開催日:2020年9月1日(火)17:00~18:30(入場開始16:50~)
会 場:オンライン会議ツールZoomにて開催(お申込者に視聴URLをお送りいたします)
参加費:無料
主 催:国際大学グローバル・コミュニケーション・センター
協 力:株式会社草思社
参 加:https://peatix.com/event/1574448/view

 

イベントハイライト

  • FSP-Dモデルで成功するには、長い目でビジネスを考える必要がある。Twitterは黒字化までに10年かかっている。短期の売上を取りに行ってしまう文化を変える。
  • フリーのビジネスでは、カニバリゼーションを恐れずフリー版でも機能を成立させることが、結果的に収益増につながる。
  • 多段階価格差別戦略は、一物一価の時に比べて7倍~8倍の売り上げを達成する。
  • FSP-Dモデルが主流になる中で、自社のサービスの役割を考える。一部導入や、巨大プラットフォーマーを利用する中で新たなFSP-Dモデルを構築することもあり得る。
  • テクノロジーのレバレッジを聞かせるようなCTOや、自分たちのビジネスとテクノロジーを掛け合わせる動きが日本は弱い。その解決には多様なチーム作りも重要。
  • 日本企業のDXは、自分たちのフローにシステムを合わせようとする。グローバル企業は、自社の業務フローをDXに合わせる。DXの際には、そもそも〇〇が必要だったか?など、本質的なところにアプローチしなければいけない。

動画

当日の模様を収めた収録動画をフルバージョンでご視聴いただけます。

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基調講演(講演者:山口真一)

◆ 情報社会で「勝つ」ビジネスモデル

昨今、世界中のあらゆる分野において既存ビジネスモデルが崩れつつありますが、日本はこの変化に取り残されてしまっているといわれます。実際に平成元年と令和元年の世界時価総額ランキングを比較すると、平成元年ではベスト10に7社いた日本企業が、令和元年にはベスト50に1社しかありません。更に2000年における製造業の生産性はOECDで1位だったものが、2017年には14位にまで下落しています。

このビジネスの破壊的変化がなぜ起こっているのか、その背景には2つのポイント「技術革新」と大きな「価値観の変化」があります。革新的技術は、これまでもビジネスを大きく変えてきました。また、インターネットが普及して情報社会が始まったことによって、これまでのモノの豊かさや富を築くことを重視した世の中から、感謝されること・心の豊かさや体験を重視した価値観となってきています。

この価値観が変化する大きな流れの中で「FSP-D(フリー+ソーシャル+価格差別×データ)モデル」のビジネスが覇権を握るようになってきています。これは、ただ新しいビジネスをFSP-Dモデルで構築するだけでなく、既存ビジネスもこのモデルで捉え直すことで、情報社会で中長期に成長できるサービスとなります。

 

◆ ネットワーク効果×フリー×データで質を上げずに稼ぐ

まずFSP-DモデルのS、Socialの中には、ネットワーク効果が含まれています。ネットワーク効果というのは、ユーザの数が増えれば増えるほど、ユーザ一人当たりの効用(満足感)が増加する効果です。ネットワーク効果が働くときは、消費者の効用の増加が製品の品質の向上とは関係なく起こるので、コストをかけずに価値を高めていくことが可能です。
但しこのネットワーク効果を働かせるためには「クリティカル・マス」という、爆発的にユーザが増えるポイントを超えるまでユーザを獲得することが欠かせません。そのためには初期ユーザが重要なのですが、それと基本無料・フリー戦略の相性がよく、この組み合わせが多く用いられています。

フリー戦略をとれるのは、一部のウェブサービスだけではありません。例えば、Practice Fusionは、無料クラウド型電子カルテで利用者を増やし、1億件を超える患者の電子カルテデータを保有するに至りました。病院間連携でネットワーク効果の働くこのサービスでは、敢えて高度なシステムを無料で提供することでシェアを伸ばし、医療ビッグデータの販売やデータ分析ソリューションの提供で収益をあげています。

また、フリーを導入することによる懸念点として、自社の有料サービスとのカニバリゼーション、つまり需要の共食いをしてしまう効果を考える方もいらっしゃるでしょう。しかし、このカニバリゼーションを恐れてフリー版で機能を制限するよりも、フリー版でも機能が成立することがサービスを普及させるうえで重要であることが研究から明らかになっています。

さらに、重要な点は長い目でサービスを見るということで、皆様もよくご存じのTwitterは黒字化するまで10年かかっています。日本の大企業では新しいことを始めにくいような、「イノベーター(イノベーション)のジレンマ」が指摘されています。日本企業が成功していくためにはこれを変え、創造性を重視し、リスクをとって新しいことをするのに前向きな風土を醸成していく必要があるでしょう。

 

◆ 「多段階価格差別」で高利益を生み出す

次に収益化に必要なのは価格差別です。ただしここで取り上げるのは、映画館のような価格差別だけでなく、より価格差別の段階を細かくした多段階価格差別です。

モバイルゲーム産業がその典型例として挙げられます。モバイルゲームに物凄く熱中している人は数十万円を支払っていますが、少しはまっている人では数百円、0円の人もいるでしょう。これを可能にしているのは、デジタル財課金により価格差別の段階を無限大にした「多段階価格差別」です。

なぜこれが高収益を生み出すのかというと、多段階価格差別は需要曲線の内側全てを収益にし、消費者の支払い意思額を無駄なく回収することができることが理由としてあります。さらに、実際の需要曲線はべき乗側に従うことが多く、需要曲線を直線と仮定するよりもさらに収益は高くなります。例えば、あるモバイルゲームの事例では、多段階価格差別の収益を100%とした時、一律500円とした時の収益はわずか13%でした。

更にこのようなパターンでは上位1%の法則が成り立ち、あるモバイルゲームでは上位1%が収益の57%を占めていることがわかっています。但し、残りの99%も無駄な99%と思わず、すそ野を広げていくことが重要です。

このような多段階価格差別はモバイルゲームだけではなく、他のビジネスモデルでも使われています。例えば握手券付きCDは100枚買う人もいれば、複数枚買う人、無料でMVを楽しむ人もいます。これもコンテンツ単位で見ると多段階価格差別です。他にもLINEやメルカリもFSP-Dモデルで成長したことが知られており、一見すると全く異なるビジネスモデルを採用しているように見えるものも、多段階価格差別で考えると共通点があるといえます。

 

◆ 「ソーシャル」と若者の消費

ソーシャルの中にはネットワーク効果だけではなく、ソーシャルマーケティングの要素も含まれています。情報社会では消費者のソーシャル性が大きな経済効果を生んでいることが分かっています。例えば、人々の口コミは日本全国で1.5兆円もの消費押上げ効果があり、「発信するための消費(インスタ映え)」のために人々は年間7,700億円も追加で消費していることが判明しています。

この経済効果を利用しない手はありません。ソーシャルマーケティングを成功させるには3つの法則があり、①消費者の持つネットワークを活用する、②消費者に自発的な参加を促している、③キャンペーンの目的が明確になっているというものがあり、これらを抑えると成功するといえます。

ソーシャルマーケティングのメリットの1つに、「若者に訴求できる」というものがありますが、若者は消費をしないという否定的な意見もあります。しかし忘れてはならないことは、実際には若者は消費をする好きなものが変わっただけで、消費は行っていることです。また、シェアリング市場の拡大に伴い中古市場の商品が消費されているだけで、新品市場は縮小しているのではないかという意見もあると思います。しかしこちらも私が今年研究したところ、フリマアプリは新品市場を年間484億円も拡大するという研究結果が出ています。これは意外な結果ではありますが、お試し感覚やリスク軽減が起こったことでむしろ消費が活性化したといえ、総合するとソーシャルマーケティングで若者に訴求することは意味があるといえます。

 

◆ まとめ

ここまでフリー、ソーシャル、価格差別が大事だという話をしてきましたが、更にデータという点は最も大事なベースになります。フリーの面では、ターゲティング広告や無料ユーザが有料に移行するタイミングの分析が必要ですし、ソーシャルではビッグデータ分析が、価格差別でも品質の適切な差別化をデータから達成することができます。

このようなFSP-Dモデルを活用できる特徴としては、次の5つが挙げられます、①限界費用がゼロに近い、②ユーザ同士の交流要素がある、③プラットフォームサービスとなっている、④他社と差別化が可能、⑤熱心なユーザの出現が見込める。

そして、最も重要な点は情報社会でFSP-Dモデルが主流になる中で、自社のサービスをどう位置付け、どの役割を果たせるか考えることです。まずは一部を導入することや、巨大プラットフォーマーのコンテンツホルダーとなり、その中で新たなFSP-Dモデルを構築することも極めて重要な戦略であるといえます。

 

パネルディスカッション

◆ 基調講演について

クロサカ: 2点申し上げたいことがあります。まず1つ目は、長い目が必要ということです。事業開発にはものすごく長い時間がかかるということで、Googleのように20年選手になりつつある企業もあります。FSP-Dモデルは彼らが、自分たちが成長するうえでのドライバーとして位置付けているもので、細かいチャレンジが必要ということに加えて、やり続けるというところの難しさを感じました。2つ目は若者の消費というところで、以前はデパートの紙袋を何度も使いまわすくらいにブランドや価値を感じる人がいたのだろうな、これを持っていることを見てもらうってことに価値を感じる人がいたのだろうなと思います。FSP-Dモデルの手法自体は昔からあったものもあり、そこと今の違いは何があるのかというところに関心があります。

小泉: これまで様々なネットサービスの経営に携わってきましたが、経営している時の目線ではここまで体系的に考えてはいませんでした。しかし、このように体系化してまとめて頂けると、mixiやメルカリは勝つべくして勝ったのかなと思います。思ったところは2点ありまして、1つ目は時間がかかるという点です。メルカリを立ち上げた時もクリティカル・マスを超えるまでに1年8か月ほどかかり、それまでは手数料も取らずに売り上げがゼロで、資金調達は40億ほどしましたが20億以上赤字を垂れ流したと記憶しています。Winner takes allのところはありますので、今後成功する企業を作っていくためにも時間軸の捉え方が重要なのだろうなと思いました。2つ目は価格の決定権が顧客側にあるというところで、テクノロジーとは個人がエンパワーメントされるもので、かつては価格の決定権は企業にあり個人は下にあるという形でしたが、これが徐々に個人の方に決定権が移ってきているなと思います。この大きな変化を読み間違うと難しくなってくるのではないかなと思いました。

山口: 挙げて頂いたポイントの中でも、お二人とも長い目で見るというところを上げて頂いたことが印象的ですね。企業として接してもその企業にコンサルテーションをする立場として接しても注目するということは、この部分が最も重要であると同時に、できていない企業が多いのではないかなと感じました。

 

◆ 日本企業の競争力の低下について

渡辺: 日本企業の競争力の低下に対してFSP-Dモデルがソリューションの一つだという話でしたが、これについて皆様の意見はいかがですか?

小泉: 時間のところで言うと、成功している会社はスタートアップも大企業も、意思決定の胆力が求められる所が多いのではないかと思います。日本の大きな企業は説明責任が果たせない中で、短期の売上を取りに行ってしまうだとか、すぐにマネタイズをしてしまっているという動きが見られがちだと思います。経営陣として自分たちのビジネスモデルがどのような構造でどのようなアウトカムがあるのかを確りと説明できる必要があると考えています。
一方で、テクノロジーをどのように導入していくのかという点も大事だと考えていて、これに責任をもって実行していく人が経営陣の中にいないという点が問題だと考えています。テクノロジーのレバレッジを聞かせるようなCTOや、自分たちのビジネスとテクノロジーを掛け合わせる動きが日本は弱いのではないかと考えています。また、日本人はテクノロジーの能力が弱いので、しっかりとダイバーシティを持ったチーム作りをしていくことも大事だと思います。

クロサカ: 3つあると思います。1つはマーケティングの力が弱い所です。そもそも日本ではマーケティングということが勘違いされている所があると思っています。私はマーケティングとは「誰にどんな価値をどのように届けるかというところを体系化して言語化したもの」だと思っていて、これを企業が消費者目線で考えて実行できているのかというところに課題があると思っています。
2つ目は規模の経済に対する理解が弱いところだと思います。絶対的な規模を追い求め続けている点があると思いますが、これは地球の資源制約上不可能なところがあります。考えるべきは相対的な規模です。
最後にテクノロジーとの向かい合い方も必要だと思っていまして、テクノロジーを自分のビジネスの中に取り込むのではなくて、テクノロジーという言語で自分のビジネスを表現するというところが必要だと思っています。

山口: お2人ともテクノロジーを挙げています。私もそこが重要な要素だと感じているのですが、何故そもそもテクノロジー×経営という動きが日本ではできていないのかというところをお伺いできないでしょうか。

 

◆ 日本の企業におけるテクノロジー導入の問題点

小泉: これは経営者のマインド一つで変わると思っています。日本で問題だと思っているところですが、判子をなくすといったような議論でも、じゃあこの稟議をデジタルで回すようにすればいいよねという本質的ではない話になってしまっている。そもそもその申請書面が必要であったのか?という本質的なところにアプローチしたうえでDXしていかないと、競争力は変化しない。グローバルな企業はDXをするときに自社の業務フローをDXに合わせていくというものだが、日本の企業は自分たちのフローにシステムを合わせていって結局使いづらくソースコードの汚いシステムになっていってしまう。私が必要だと思うのは、そもそもの業務フローを見直すというところと、システムに合わせて業務フローを変更していくという動きが必要だと思っています。

クロサカ: 非常に厳しい言い方ではありますが、自分たちの仕事として何をしているかはわかっていない人が多いのではないでしょうか。判子問題というところですが、判子を使う機能・必要性は何であったのかというところに突き詰めていかずに、判子は無くせ・デジタルにしろと言ってしまうから、よくわからないシステムが出来上がってしまう。まず、我々は何者で、何をしているのかというところを理解する必要があると思っています。

 

◆ 日本の政府として後押しするために必要な政策課題

小泉: 2つ考えている点はあります。1つ目は資本市場における業績予想や四半期開示をすることに関して懐疑的な見方を持っています。ちなみにメルカリは出していませんし、グローバルなアメリカ企業も出していません。業績予想を出すことによる資本市場に対するコミットメントが強すぎることによって、非常に短期的な目線になってしまいます。企業ガバナンスという意味で必要なことはわかるのですが、短期すぎるというバランスになっているのではないかと思います。2つ目はIT業界における人材の流動性が官民ともに低すぎることが問題だと思っています。

クロサカ: 2つあると思っています。1つ目はダイバーシティと依怙贔屓をもっとした方がいいということです。2つ目は、もっとみんな勉強をする必要があるし、勉強が足りないと思っています。勉強が足りない部分を小手先の技で何とかしようとしている所があるので、いびつな状態になってしまっている。FSP-Dモデルもその一つになってしまっているのではないかと思っていまして、例えばフリーミアムも奥深いものだと思っています。

渡辺: フリーミアム一つとっても、もっと情報がオープンに流通するように、議論が盛んになるようにというところでも政府の役割があるということでしょうか?

クロサカ: そうですね。政府の役割はリファレンスを示してエンドースしていくことだと思うので、寝ないで勉強してもっとアウトプットしていく必要があるし、それを議論していくことが必要だと思います。

 

◆ 視聴者質問 上位1%の法則は2:8のパレート法則やロングテール法則を置き換える概念なのか?

山口: 結論から申し上げますとどの法則も全部正解で、モノによって違うと思います。多段階価格差別においては上位1%の法則が効くわけですけれども、2:8の法則は一般財では今でも当てはまるものであると思います。また、定額制のフリーミアムのビジネスでは全体の5%が支えているともいわれます。結局、何を生かしているのかによって変わってくるもので、先端的なFSP-Dモデルにおいては上位1%の法則が効いてくるのだと思います。

小泉: その通りだと思います。自社のビジネスモデルに何がマッチしているのかを理解する必要があって、自分たちがどれを大事にしていくのかを見極めることが大事だと思っています。メルカリのビジネスモデルも競合他社がいる中で赤字を出しながらも投入していった結果勝てたが、これは他の企業では違う面もありました。経営者がこれを理解しているかが大事だと思います。

クロサカ: これは難しい問題だと思っています。ロングテールを消費者の何らかの選択行動だと考えれば、何らかの変異している要素があると思っています。例えば外部状況や時間軸などです。静学的に見れば確かにこのように分布があるといえるかもしれませんが、動学的にとらえればロングテールがどのような動きをしているか、状態によってどのように購買行動が変わってくるのかというところを見る必要があると思います。

 

◆ 視聴者質問 B2B市場や情報コンテンツ系でない領域でFSP-Dモデルはどれほど有効なのか

クロサカ: B2Cと違って、単純にフリーミアムモデルのようなものを適用していくということではないと思っています。特に、B2Bの世界で昔からある言葉で、「損して得取れ」という言葉があります。つまり、何かアクティビティをあらかじめ投入しておくことで、どこかで回収のポイントを探るなどといったことです。これは昔からありますが、一方で数多に失敗があるのも事実です。この打率を高めるのがB2BにおいてFSP-Dモデルで考えることの意義かもしれません。

山口: B2Bサービスについて、書籍の中では、無料で使えるBowNowというマーケットオートメーションツールを紹介しています。また、事例を見ていて今後重要だなと思うのが、データ分析からソリューションをどう提供し、そこにどう価格付けをするのかということです。フリーとソーシャルで巨大化し、ビッグデータを活用して提供するサービスに上手く価格差別をする、これが今後のB2BでのFSP-Dモデルの活かし方かと思います。

 

執筆:大島英隆(国際大学GLOCOMリサーチアシスタント)

 

Q&A

以下、いただいたご質問の中でイベント中にお答えできなかったものについて、可能な限り回答します。同一人物から複数のご質問をいただいている場合は、1つを取り上げて回答いたしました。多くのご質問をいただきありがとうございました。
回答:山口真一(国際大学GLOCOM 准教授・主任研究員)

 

Q. 「フリー」はネットワーク効果を狙ってユーザーを増やすためのコストは低いとのことですが、全体の仕組みとしてはシステムの立ち上げや有能な人材を揃えなければならないほど、イニシャルコストが非常に高いのではないでしょうか。その初期コストを払うのが難しい「既存ビジネス」は「新しいビジネス」に移行するにはどのような手立てがあるでしょうか?
――まず、講演中にフリーが究極の参入コスト減と表現したのは、消費者にとっての参入コスト減を指しています(そのためユーザが参加しやすく、クリティカル・マスを越えやすい)。イニシャルコストについては、確かに情報財を始めとし、近年における様々なサービスにおいて「初期費用が高く、限界費用が安い」という特徴があります。そのような中でご質問の回答としていえるのが、スライド15並びにパネルディスカッションで語られた「長い目で見る」ということです。パネルディスカッションでは、サービス立ち上げ初期に数十億円単位の赤字を出していた事例も挙げられています。座して死んでいくのか、中長期目線でコストとリスクを許容するのかということだと思います。私としては、創造性を重視し、ある程度リスクをとれる組織風土でないと、今後シュリンクしていくだけだと考えています。

Q. 多段階価格差別は第一種価格差別とこれまで呼ばれてきたものと同じでしょうか?
――基本的には同じものです。ただし、第一種価格差別は一般的な用語でなく、字面からだと概念が分かりづらいこと(「多段階」の方がイメージに近い)、例えばモバイルゲームの課金システムは厳密には完全な第一種価格差別とはなっていない(厳密には同じ財ではない、数百円単位の課金システム)ことなどから、本書では多段階価格差別と新たな用語で定義しています。

Q. 多段階価格差別戦略は、使った分だけ支払う従量制課金と同じ概念でしょうか?それとも、別物と考えた方が良いですか?
――全く違うわけではありませんが、別物と言えます。例えばインターネットの使用容量や電話の利用時間によって料金が課金されていく場合、企業側もそれ相応のコストを負担しています。これは単純に「多くのものを提供しているから多くの料金が課せられている」状態でして、究極的にはコーラを10本買う人と1本しか買わない人で支払う金額が異なるのに近いかと思います。

Q. 山口先生の本日の講演もやはりFSP-Dモデルを基に計画され、爆発的な書籍売上につなげるという意図はお持ちなのでしょうか?その場合、講演に当たって工夫された点はございますか?
――そこまで大それたことは考えていませんが、持論として、書籍などはある程度中身を紹介した方が、売り上げが増加すると考えています。そもそもこのようなビジネス書を表紙買いするということは考えにくいので、書籍のコンテンツをある程度公開した方が購買意欲を高めます。敢えて気を付けた点を申し上げると、講演でもお話しした「実際には、「フリー版でも機能が成立する」ことが重要」という点は意識しています。もちろん講演でお話しできていない内容は多くありますが、書籍があるからといって内容を薄くするのではなく、講演だけでも十分に楽しんでいただけるようにしました。

Q. FSP-Dモデルは、情報財以外の物を扱う業種、例えば農業や製造業とは無関係なのでしょうか。今日はあまりお話がありませんでしたが、特にD、あるいはSも関係しているような気もしますが。
――時間の都合上割愛しましたが、書籍の中では正に農業や製造業におけるFSP-Dモデル、とりわけデータ利活用について紹介しています。農業ではスマート農業と呼ばれるようなIT×農業が進んできており、私の以前の研究では農業におけるIT活用は生産性を32.5%も向上させていました。また、製造業でもIndustry 4.0に見られるような、データ利活用を前提としたプラットフォーム構想など、FSP-Dモデルを活用出来る場面は多くあるかと思います。結局、物を作って売っていたこれまでの産業を、「どう捉えなおすか」という時期に来ており、その捉えなおし方にFSP-Dモデルがあると考えています。

Q. 特に日本で5年赤字を耐え忍ぶことはSIerには極めて困難に思いますが、やりようがありますでしょうか?
――危機感を抱き、未来への投資をしなければいけないというマインドを、経営者はもちろん従業員全員が持つことかと思います。特定の業種に限らず、数年間赤字を耐え忍ぶというのは、痛みを伴います。本来、既存ビジネスで安定した収入を得ている大企業であれば、予算に余裕がありますし、人材も豊富にいますので、ベンチャー企業よりも赤字覚悟で新しいことを始めるには有利なはずです。その「安定した収入」が、この情報社会でもいつまでも続くと考えるのではなく、会社全体として創造性を評価し(人事的にも)、市場が小さくても・リスクがあっても新しいことを止めないような、そのような環境に変えていくのが重要と考えます。

Q. ゲームのビジネスと、音楽コンテンツビジネス、映画などの動画コンテンツビジネスでは、需要曲線がかなり違っているので、ごく一部の課金ユーザーからビジネスを支えるだけの売上を得るのは難しいように思いますが、いかがでしょうか。
――確かに、それぞれ需要曲線は異なりますが、実はべき乗則に従うという共通点は変わらないと考えています。音楽であれば、確かにただ「曲」にだけ目を向ければ、精々バンドリングしてサブスクリプションにするのが限界かもしれません。しかしながら、講演でも取り上げた握手券付きCDのように、少しビジネスモデルを変えるだけで、熱心なごく一部のユーザから売り上げをあげることが出来ます。また、一部のファンは(良いか悪いかは置いておいて)転売されたライブチケットを10万円でも購入します。動画コンテンツも同様で、映画のネット配信は数百円でレンタルできるものも多い一方で、25分ほどしかないアニメのブルーレイは、1話3,000円くらいすることもざらにあります。重要なのは、これまでのサービス提供方法に疑問を持ち、べき乗則に従う需要曲線からいかに効率よく収益を上げるか、ビジネスを抜本から考え直すことかと思います。

Q. 長い目で見るという観点で、フリーで拡大していく上で置くべきKPIはユーザー数であり新規獲得数やチャーンレートあたりが重要だと思いますが、これまでの事例で他に重要な要素はありましたでしょうか。
――ユーザのエンゲージメントに関わるような「利用時間、利用頻度」は使われることが多いかと思います。また、フリーでの価格差別という面では、課金疲れに気を付ける必要があります。私が以前モバイルゲームについて研究したところによると、ARPPUが約11,500円を超えると課金疲れが起こり、ユーザ離れが起きて中長期的には収益低下につながることが分かっています。KPIの設定では、その期の数字だけを入れるのではなく、中長期のモデルを考える必要があると考えています。

Q. 長い目で見るための「胆力」を生み出すもとになるのは、何でしょうか?
――上記で書いたように、組織風土そのものだと思います。人事評価で創造性を評価する、リスクをとれるような雰囲気とするなど、様々あります。また、私が以前研究したところによると、心理的安全性が確保されていると創造性が高まるという結果も出ています。新しいことを始めようとしている人を否定しない、それをむしろ生かそうと皆で支える、そのうえで「NG」と判定する基準を考えておく、といったことが重要かと思います。

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