2017.09.01

OPINION PAPER_No.15(17-006)「これからのITサービスには「内生的自己拘束性」が不可欠だ」

OPINION PAPER No.15(17-006)

これからのITサービスには「内生的自己拘束性」が不可欠だ

高木聡一郎(国際大学GLOCOM主幹研究員/准教授)

最近のITサービスには、法制度との関係が議論になるものが多い。ビットコインなどの仮想通貨を活用したサービスや、ライドシェア、民泊に代表されるシェアリング・エコノミーなども法的な問題が議論になることがある。

こうした新たなサービスと法律の関係は、そもそも現行の法体系が想定していなかったり、グレーゾーンであったりと様々なケースがある。もちろん、明らかにリスクが高い場合には法的な規制が必要な場面もあるかもしれない。しかし、法制度には常に「法の遅れ(Law Lag)」(水野、2017)という問題があり、法制度だけで完全に問題を解決できるわけではない。

そこで、本稿では、法に頼らずにイノベーションと公益性を両立させる方法として、「内生的自己拘束性」に着目して、その重要性を考えてみたい。

◆ 「内生的自己拘束性」の考え方

内生的自己拘束性とは、制度論、あるいは比較制度分析と呼ばれる分野で扱われる考え方である。

言うまでもなく、あらゆる組織やサービスは、異なる人々や組織の相互作用により構成されている。SNSであれば多様な利用者と広告主から成り立っており、クラウドソーシングであれば発注者と受託者、ライドシェアであればドライバーと乗客、といった具合である。

それぞれの組織やサービスが、どの程度うまく回るか、すなわち高いパフォーマンスを出せるかは、各主体がどのように行動するかに依存している。この考え方はあらゆるレベルのものに適用される。例えば資本主義と共産主義の経済パフォーマンス、シリコンバレーと東京におけるベンチャー企業の創出、A社とB社のSNSサービスなど、国家から地域、サービスまで、あらゆる組織やサービスのパフォーマンスはこうした主体の相互作用に左右される。この際の各主体の行動を規定するものが「制度」である。

制度とは、必ずしも「法律」だけではない。制定法や契約といったフォーマルなものもあれば、インフォーマルな規範や慣習、道徳もある(青木、2001)。こうした様々な制度の相互作用の中で、各主体が最適と思われる行動を取った結果、全体のパフォーマンスが上がるとともに、誰かに著しい不利益を生じるような行動が抑制されることが望ましい。

経済学では、こうした相互作用はゲーム理論に基づき分析することができる。ルールの構造と他者の行動を考慮したうえで、自らがどのような行動を取ることが最適なのかを分析し、各主体の行動の均衡状態を明らかにする手法である。

この際に、一度均衡が実現されれば、誰も行動を変える誘因を持たず、その状態が安定的な均衡として維持されることを「自己拘束性」と呼び、そうした状態が外生的な法律等ではなく、プレイヤー間の相互作用から生み出されることを「内生性」と呼ぶ(青木ほか、1996)。つまり、本稿でいう「内生的自己拘束性」とは、法律に依存せずとも、各自が最適と思われる行動を取った結果、好ましい状態が得られるようにするものである。

こうした内生的自己拘束性が重要なのは、単に法律等の制度を導入しただけでは、期待される行動が定着しない場合があるためである。期待される行動が定着するためには、「ゲームのルールが、実行化主体を含む経済主体たちの戦略的相互作用を通じて内生的に創出され、結果的にそれが自己拘束的(self-enforcing)となること」(青木、2001、p.4)が必要である。

このようなルールや制度をうまく生み出していくことができれば、法律(ハード・ロー)に頼らずに、サービスのパフォーマンスと公益性を両立することができると期待される。こうした考え方は、実は最近のITサービスには既に組み込まれつつある。以下にその事例を示したい。

◆ 事例1:シェアリング・エコノミー

シェアリング・エコノミーは、遊休資源の有効活用を目的として、空いた部屋、空いた車、空いた時間(労働力)などを活用しようとする取り組みである。

企業が従業員を通して提供するサービスではなく、個人間で取引を行うため、ある程度のばらつきは想定されるものの、一定のクオリティを担保できるかどうかが、サービスの成否を左右する。例えばライドシェアリングにおいて参加者が機会主義的行動(ドライバーが遠回りする、到着後に乗客が支払わない等)を取る場合、サービス自体の信頼が失われるだろう。

そこで、機会主義的行動を抑制する二つの仕組み(制度)が組み込まれている。一つがレビュー機能による評判と信頼の可視化である。機会主義的行動を取れば、他者から低い評価を与えられ、次回から取引ができなくなるかもしれない。もう一つが、決済機能の外部化である。料金に関する交渉や決済処理をプラットフォーム側で行うことで、料金に伴う機会主義的行動が抑制される。

ライドシェアは、こうした制度的工夫により、プレイヤーが誠実な行動をとるように誘引されることで成立している。

◆ 事例2:ビットコイン

ビットコインに代表されるブロックチェーンも、こうした内生的自己拘束性が革新性の源となっている。中央管理者がおらず、不特定多数の参加者で台帳管理を行う際、問題となるのは参加者が集まるか、誠実に台帳作成を行うか、そして改ざん等の混乱を生じさせる行動を取らないか、といったことである。

これに対して、ブロック作成者が他の参加者からの承認を得ることで、新規コインという形で報酬を与えられるという仕組みによって、参加のインセンティブを発生させている。また、過去から現在までのデータを連結したり、ブロックの作成時にProof of Workと呼ばれる処理を課したりすることで、改ざんのモチベーションを下げることにも成功している。

しかし、これらの内生的自己拘束性の設計は、台帳管理に関するものだけであり、ビットコインのソフトウェアそのもののバージョンアップについては何ら組み込まれていなかった。そのため、ビットコイン全体としての機能改善に関する合意形成が進まず、結果的に最近のビットコインの分裂という事態を招いている。内生的自己拘束性が上手く設計できていなかったことで生じた問題であるとも言える。

◆ 実効性とスピードがメリット

このように、内生的自己拘束性をうまく設計すれば、法規制に頼らずとも望ましい行動を促すとともに、リスクを低減することができる。しかも、「法の遅れ」を待つ必要もない。また、内生的自己拘束性によらず法規制のみで行った場合、法的な抜け穴を探すなど脱法的な行為が行われる可能性もある。より早く、実効的な制度を実現できるのが内生的自己拘束性のメリットである。

その一方、内生的自己拘束性で全てを実現できるわけではない。2017年4月に施行された改正資金決済法(通称仮想通貨法)によって仮想通貨の取引が活発化したと言われるように、法によってイノベーションが推進される場合もある。また、内生的自己拘束性だけでは解決できない問題、例えばそのサービスの範囲外にあるステークホルダーへの影響が考えられる場合などには、法によって外生的に制度を作る必要もあるだろう。但しこの場合も、例えば仮想通貨そのものの規制ではなく、資金決済法、出資法、刑法など既存の法で法益が実現される場合もあることにも留意が必要である。

ITの利用が、単なる業務の「情報化」から、より上位の社会の仕組みや、プレイヤー間の「関係の組み替え」にまで影響を与えるようになっている。これからのITサービスを検討する際には、まずサービス内の「制度」によってプレイヤーのインセンティブを設計し、イノベーションと公益性の両立を図ることが必要ではないだろうか。

参考文献:
・青木昌彦(2001)『比較制度分析に向けて』、NTT出版
・青木昌彦、関口格、堀宣昭(1996)「伝統的経済学と比較制度分析」、青木昌彦/奥野正寛編著『経済システムの比較制度分析』、東京大学出版会

・水野祐(2017)『法のデザイン 創造性とイノベーションは法によって加速する』、フィルムアート社

2017年9月発行

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