2018.07.17

OPINION PAPER_No.21(18-004)「超スマート社会に向かう技術進化の二大潮流」

OPINION PAPER No.21(18-004)

超スマート社会に向かう技術進化の二大潮流

砂田薫(国際大学GLOCOM主幹研究員)

◆ はじめに――社会と技術の関係

情報社会論の先駆者である増田米二は、1985年の著作で、人類社会を根本的に変革してしまうような革新的技術群を「社会的技術」と呼び、社会と技術の関係という観点から人類の歴史を「狩猟社会」「農業社会」「工業社会」「情報社会」の4段階に分類した(*i)。それから30年余りを経た2016年、日本政府は第5期科学技術基本計画で「情報社会」の次の段階を「ソサエティ5.0」と名付け、「仮想空間と現実空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」と定義した。現在進行中のデジタル変革によって、社会に根本的な変化がもたらされ、情報社会から「超スマート社会(ソサエティ5.0)」へと移行するというシナリオである。

では、超スマート社会への移行を促す社会的技術とは何か。また、そこには不可逆的な技術進化の潮流が見出せるのだろうか。筆者は、第一に既存のさまざまな境界が融解し、第二に全体最適と個別最適が同時進行する、という2つの潮流に注目すべきであり、それらを促す技術が社会的技術になりうると考えている。

◆ 技術経済パラダイム論から見たデジタル変革

社会の変革を促す技術の進化について考えるとき、増田米二ほど長期の時間軸で見なくとも、歴史的視点からの分析は重要である。その例として、産業界ではガートナー社が1995年から発表している先進テクノロジーのハイプサイクルがよく知られている。

一方、アカデミックな研究では、ネオシュンペタリアン(新シュンペーター学派)が技術変化の規則性・連続性・不連続性に注目しつつ、「軌道」や「パラダイム」といった概念を用いて歴史的考察を蓄積してきた。その代表的な研究者であるクリストファー・フリーマンは、技術革新について、①連続的な改良をもたらす「漸進的革新(incremental innovation)」、②非連続的な変化をもたらす「根本的革新(Radical innovation)」、③その両者が結びつき関連する技術革新が引き起こされて経済の1部門あるいは複数部門に影響を及ぼす「新技術システム」、④長期間にわたって経済全域に影響を与え生産と分配の様式を変える「技術経済パラダイムの転換」の4つに分類した(*ii)。これに従えば、超スマート社会への移行とは明らかに技術経済パラダイムの転換を意味することになる。

しかし、技術経済パラダイムという概念を提唱したカルロタ・ペレスは、「産業革命」(1771年~)以降を、「蒸気・鉄道」(1829年~)、「鉄鋼・電気・重工業」(1875年~)、「石油・自動車・大量生産」(1908年~)、「情報通信」(1971年~)の5つの時代(技術経済パラダイム)に分類し、現在を情報通信パラダイムの後半にさしかかる時期と位置付けている。一つのパラダイムは50~60年続き、前半の20~30年は新たな技術基盤が急速に発展する「導入期」、後半の20~30年は着実に技術が発展し社会に浸透する「展開期」で、その変わり目に経済危機や不景気が起こる「転換期」があるとしている。転換期の長さは数年で終わる場合もあれば20年近くに及ぶこともある。ペレスは2017年8月のインタビューで、情報通信パラダイムの転換期は2000年に始まったが、そろそろ終わりを告げ展開期に入ると答えている(*iii)。

この理論に基づけば、情報通信パラダイムの導入期においてはコンピュータとインターネットによって特定分野に変化がもたらされ、リーマンショック等の危機に陥った転換期を経て、展開期に入るとIoT・AI・ロボットの本格普及によるデジタル変革であらゆる分野に変化が及び、そして最終的に超スマート社会が到来すると整理できるだろう。

たしかに導入期の大きな変化は、主に情報・コミュニケーション分野で起こった。音声・絵・文字・紙・印刷機・電話・写真・新聞・映画・ラジオ・テレビ・コンピュータ・インターネットなど、人類はコミュニケーション手段であるメディアを次から次へと発明してきたが、コンピュータの革新性は、デジタル化によるメディア融合、すなわち既存の異なるメディア間の境界を融解させた点にある。その結果、新しい製品・サービスが次々と生まれ、今日ではスマートフォンがその代表例となっている。

◆ あらゆる分野と業種で境界が融解

情報通信パラダイムの展開期を迎えつつある今日、IoTによって境界融解という変化はあらゆる分野と業種で進行しつつある。社会インフラにおいては、①情報・コミュニケーション、②動力・エネルギー、③移動・輸送、④生命・生物、の4分野でデジタル化が進み、インフラの統合と再定義が始まっている(*iv)。動力・エネルギーでは電力インフラのスマート化が進み、移動・輸送においてもコネクテッドカー、自動走行車、ドローン、MaaS(Mobility as a Service:サービスとしてのモビリティ)をめぐる開発競争が激しさを増している。生命・生物分野におけるデジタル化と他分野との結合も急速に進みつつある。

境界をめぐる変化は異なる分野・業種の間だけで起こっているのではない。仮想空間と現実空間の境界では、AR(拡張現実)/VR(仮想現実)/MR(複合現実)といった技術や、現実世界と同じものを仮想空間で再現するデジタルツインのような技術概念が登場している。また、人間と機械の境界においては、生体認証、会話型AIインタフェース、ブレイン・マシン・インタフェースなど、新たなユーザーインタフェースの開発が進んでいる。それだけでなく、生命と非生命の境界においてさえ、合成生物学や分子ロボティクスの研究開発が活発になっている。これらは必ずしも境界を完全に融解させるとまでは言えないにしても、境界に関する既存の概念や感覚をゆさぶる技術と位置付けることができる。

◆ 全体最適と個別最適の同時進行

境界の融解が情報通信パラダイムの導入期で始まり、展開期で全面化していくのに対し、展開期に向けて現れた新潮流として全体最適と個別最適の同時進行がある。従来の最適化は、企業組織や行政機関ごとの部分最適が重視され、全体最適か部分最適かという二律背反で捉えられがちだった。だが、今後はそうではなく、産業や社会全体の最適化が進んでいく一方で、同時に、個人を対象としたパーソナライゼーションが高度化して個別最適も実現していく。

シェアリングエコノミーの台頭はその表れといえよう。社会的に見れば遊休資源を無駄なく再配分する全体最適であり、同時に、個人の細かなニーズに対応し個人間取引を可能にする個別最適でもある。APIエコノミーもまた、個別ニーズに対応しつつ、全体最適によって資源と時間を節約するというベクトルに沿って成長した。

こうした新しい最適化を支える技術概念や技術群には、ビッグデータ解析、プラットフォーム、API、ブロックチェーン、3Dプリンター、ユーザーインタフェースなどが含まれる。また、コンピュータ開発においても変化が表れている。ムーアの法則が限界に達したことを背景に、量子コンピュータへの期待が高まると同時に、個別領域に特化したアーキテクチャー(DSA:ドメイン・スペシフィック・アーキテクチャー)が注目され、エネルギー効率の高い専用プロセッサー開発が進められている。パーソナライゼーション技術、個別専用的なコンピューティング技術の重要性が高まる一方で、独立した複数のシステム間の連携をとるSystem of systemsのように全体最適を指向する技術概念が重視されている。

以上見てきたように、「境界の融解」と「全体最適と個別最適の同時進行」という二大潮流のもとで技術が進化し、社会のデジタル変革は不可逆的に進んでいくだろう。だとすれば、仮想空間と現実空間の区別や、組織や業界の区別といった既存の境界意識から脱却して、個人と社会の両方に利益を生みだす技術の利用を考えることが重要な課題となる。

これまでは、主に仮想空間において、コンピュータとインターネットの画期的な利用方法を考え普及させたIT企業が、結果として、膨大なデータを保有する巨大プラットフォーマーへと成長を遂げた。情報通信パラダイムの展開期に入ると、仮想空間と現実空間の両方で、IoT・AI・ロボット等も含めたITを、個人と社会のためにいかに利用するかが問われるようになる。ただ、画期的な技術利用やデータ活用を可能にするアルゴリズムとそれで実現する新サービスの創出がイノベーションにつながる点は従来と変わらないだろう。

*i 増田米二(1985)『原典情報社会―機会開発者の時代へ』、TBSブリタニカ
*ii  Freeman, Christopher(1992)The Economics of Hope ,Pinter Publishers, p76-81.杉本伸(2012)「技術革新と社会的技術選択過程―ネオ・シュムペタリアンの議論から得られる示唆―」http://www.unotheory.org/files/No8/newsletter_2-8-4.pdf
*iii https://www.strategy-business.com/article/Are-We-on-the-Verge-of-a-New-Golden-Age?gko=f0fed
*iv http://www.glocom.ac.jp/opinionpaper/op16

2018年7月発行

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