2026年6月3日、シンポジウム『生成AIと日本2026 ― 実証データから読み解く現在地とその行方』が開催された。主催は国際大学GLOCOM。研究プロジェクト「Innovation Nippon」のオープンリサーチ・シンポジウムとして、基調講演①②、特別講演、パネルディスカッション①②を通じ、産・官・学・民の登壇者が、それぞれの調査と知見を報告した。本レポートは、各セッションの要点を登壇順に整理したものである。
開会挨拶 ― 政府の基本姿勢
恒藤 晃(内閣府科学技術・イノベーション推進事務局 審議官)
開会の挨拶に立った内閣府科学技術・イノベーション推進事務局 審議官の恒藤晃氏は、政府のAIに対する基本姿勢を説明した。生成AIは社会課題の解決と経済成長に大きく貢献すると期待される一方、サイバー攻撃や犯罪への悪用といったリスクも併存する。政府は開発・利用の促進とリスクへの対応を両立させる方針を掲げ、成長戦略の重点分野の一つとして「半導体・AI」を位置づけていると述べた。
人手不足が深刻化するなか、防災・医療・介護・教育・物流・建設土木・農林水産業まで、あらゆる分野でのAI活用が効率化と高度化の鍵になると指摘。近年は単なる業務の自動化を超え、経営戦略・組織設計・業務フロー、さらには組織文化までを再構築する「AX(AIトランスフォーメーション)」という言葉も使われ始めていると紹介した。
あわせて、クリエイターへ適切に収益を還元する仕組みづくりや、ディープフェイクによる偽情報・誹謗中傷への対応など、情報空間の変化がもたらす課題にも言及。これらは特定の主体だけでは解決できず、できるだけ多くの国民が考え、議論を重ねる必要があるとした。そのうえで、本シンポジウムが実証データにもとづき論点を多面的に整理する意義深い場であると述べ、活発な議論への期待を示した。
基調講演① 普及・格差・リテラシーの現在地
山口真一(国際大学GLOCOM 教授・主幹研究員)
基調講演①に登壇した国際大学GLOCOM教授の山口真一は、研究プロジェクト「Innovation Nippon」の最新調査をもとに、日本における生成AIの普及・格差・リテラシーについての現状と、それを踏まえた提言を報告した。冒頭、統計を見れば普及はかなり進んでおり、論点はもはや「使うか否か」ではなく、「どう使いこなし、社会にどう位置づけるか」へ移ったとの認識を示した。
経済の「前提」が書き換わる
山口はまず、企業の競争力を支えてきた三つの生産要素──土地・資本・労働──の意味が、AIによって書き換わりつつあると指摘した。土地は物理的な立地から「データと計算の基盤」を置く場所へ。資本は使うほど摩耗する設備から、使うほど精度が上がるデータへ。労働は定型作業の反復から、AIを使いこなして「価値を定義する」力へと、価値の源泉が移っているという。
例として、ファッションECのZalandoが試験的にAIアシスタントを導入したところ、お気に入り登録やカート追加、購入といった高価値行動が約4割増加したことを挙げた。また家具のIKEAではチャットボットが問い合わせの47%を解決し、不要になったコールセンター人員を再教育のうえ「リモート・インテリアデザインアドバイザー」へ配置転換して売上を伸ばしたと紹介。ここから「AI導入の本質は、人を減らすことではなく、人の役割を再定義することだ」と述べた。
利用率は国際的に最下位グループ
続いて日本の現在地を示した。仕事で生成AIを利用する人は24.2%で、2年前から大きく伸びたものの、国際比較では依然として最下位グループにあると報告した。一方で効果はすでに実証済みで、時間の節約や生産性・創造性の向上が確認されている。
格差はなぜ生まれ、リテラシーをどう底上げするか
格差は「能力差」ではなく「環境差」
山口は、普及が一様に進んでいない点を強調した。利用率は学歴で約2.3倍、企業規模で約2.4倍の差があり、地域によっても開きがある。山口はこれを、個人の能力差ではなく「環境の差」だと述べた。大企業や大都市圏は導入しやすく、中小企業や地方はそうではない。
その構造的な背景として、IT人材の多くが事業会社の中ではなく外(ベンダー側)にいる日本特有の人材配置を挙げた。使いこなす力を持つ人が、最も活用を必要とする現場から遠いところに偏在している、という指摘である。実装を阻む要因として、山口は三つの壁を挙げた。終身雇用を前提とするメンバーシップ型雇用、失敗を許さない完璧主義(ゼロリスク信仰)、そしてシステムを外部ベンダーに委ねる依存体質である。これらが組み合わさることで、試して学ぶというAI活用の作法が根づきにくいとし、放置すれば環境による格差はさらに広がると警鐘を鳴らした。
「分からないまま使う」リテラシーの実態
もう一つの論点がリテラシーだ。生成AIに関する10問の知識テストの平均点は3.73点で、利用者でも半分以下にとどまり、普及率は上がっても知識はほとんど伸びていないと報告した。「使えているのに、分かってはいない」状態が広がっているという。
とりわけ学習データのバイアスや著作権に関する知識が薄く、誤情報やリスクに気づきにくい。さらに3人に1人は「特に学びたくない」と答えており、関心の低さも壁になっている。山口は、講座型の啓発だけでは届かず、日常の利用のなかに「気づきの仕掛け」を組み込む必要があると述べた。
そのうえで、AIが選択肢を量産し、人間が責任を持って最終判断を下す「Human in the Loop」の重要性を指摘。調査では、社会が政府・企業に最も強く求めているのも、プライバシーや情報漏洩への対策といった「リスク管理」だった。期待と不安の両方に応える設計が要るとした。
AIで浮いた時間を、より速く多くこなすためではなく、新たな価値創造へ。
AIに使われるのではなく、AIと共に進化する社会を目指したい。
── 山口真一(国際大学GLOCOM 教授・主幹研究員)山口は調査レポートで9つの提言を示し、これを三つの転換として整理した。低コストで使えるサービスも多く、設計次第でAIはむしろ社会の格差を縮めうるとし、イノベーションの促進とリスク対応を両立させながら、適切な活用を格差なく広げることが要だと締めくくった。
- SHIFT 01 普及率 → 格差是正へ
使える人を増やすだけでなく、環境による格差を是正する。基礎リテラシー教育と、日常で学べる仕組みを整える。- SHIFT 02 操作教育 → 運用ガバナンスへ
「使い方」から進み、責任・ルール・検証を併せて伝える。漠然とした不安に応える企業向けの支援を充実させる。- SHIFT 03 効率化 → 人間の高度化へ
浮いた時間を新たな価値創造へ向ける。AIに使われるのではなく、AIと共に進化する社会を目指す。
基調講演② 700社調査が映すメディア産業
日野 なおみ(ダイヤモンド・メディアラボ室 研究員)
基調講演②に登壇したダイヤモンド・メディアラボ室 研究員の日野なおみ氏は、ダイヤモンド社が立ち上げたメディアラボ室による国内メディア企業調査をもとに、生成AIがメディア産業にもたらす影響を報告した。山口が示した全体像を、メディアという具体的な現場に噛み砕くとどう見えるか、という観点である。
8割が導入、だが「全社的」は3割未満
調査は新聞・テレビ・ラジオ・出版・ネットメディアなど700社以上に依頼し、104社から有効回答を得た。日野氏はまず、回答企業の約8割が何らかの形で生成AIを導入済みである点を示し、「使うかどうかの議論ではなく、すでに現場では使われている」と述べた。
ただし内実には差がある。全社的に導入していると答えたのは28%にとどまり、導入企業の4割超は社内ガイドラインを持たないまま使い始めていた。日野氏は、普及は確実に進む一方で「会社としての体制づくりが追いついていない」と指摘。用途で最も多いのは議事録・要約など社内業務で、活用はまず文章まわりの効率化から浸透していると報告した。
期待と成果が一致するのは「効率化」のみ
活用するサービスはテキスト生成が66%と突出する。一方、新規事業の創出への期待は22%、人材育成・組織変革は20%にとどまった。日野氏は「目の前の作業では恩恵を受けているが、それを付加価値に変える経営や事業の領域では、期待も成果もまだ乏しい」と述べた。
著作権の二重構造と、組織の課題
著作権をめぐる「二重構造」
課題として多く挙がったのは、品質・正確性(55%)と法的リスク(58%)だった。生成物の正確さに対する不安と、権利関係の不透明さが、活用の二大ハードルになっているという。
日野氏は、メディアにとって生成AIの法的リスクには二つの側面があると整理した。自社が他者の権利を侵害していないかという「作り手」としての懸念と、自社のコンテンツが学習や生成に無断で使われていないかという「権利者」としての懸念である。著作権を守る側でもあり、守ってほしい側でもある──この二重構造が、メディア企業の不安を複雑にしていると述べた。
この不安は利用の現場にも影を落とす。生成物の正確性を最終的に誰が担保するのか、権利処理は誰の責任か──役割が曖昧なまま使われている実態が、ガイドライン整備の遅れと重なっていると日野氏は指摘した。
先行と追随は、業界で割れる
全社的な導入の比率は業界で割れた。ネットメディアが88%と突出して先行し、新聞社・テレビ局が続く一方、ラジオ局や出版社では社員が個人の判断で使うケースが目立つ。同じメディア産業でも歩調はそろっていないと日野氏は述べた。
ルールは「守り」に偏る
ガイドラインを設けている企業も52%あるが、その中身は禁止事項など「守り」のルールが中心だと日野氏は指摘した。どの業務まで任せ、どう使えば成果が生まれるかという「攻め」の方針は、ほとんど示されていない。
実際、定めているルールの上位は「最終判断は人間が行う」「個人情報・機密情報を入力しない」「著作権侵害の確認」「ファクトチェックは人間が行う」。いずれも最低限の備えにとどまり、活用を伸ばす指針には至っていないという。
組織の規模が、体制の差に
誰が導入を決めるかにも、規模の差がはっきり表れた。従業員1000人以上の大企業ではITシステム部門が主導するとの回答が57%に上る一方、50人未満の企業では「特定の部署はない」が35%で最多だった。基調講演①で指摘された「環境の差」は、メディアの現場にも重なる。
それでも、生成AIを「機会」と前向きに捉えるメディア企業は48%を占めた。日野氏は、目の前の効率化の先にある経営・事業の領域へ踏み込めるかどうかが、各社の分かれ目になると述べた。
生成AIを単なる効率化ツールと見るのか、経営の中心に据えるのか。その位置づけを決める判断こそが、いま問われている。
── 日野 なおみ(ダイヤモンド・メディアラボ室 研究員)
POINT
普及は進んだ。次の問いは、効率化の先にある経営・事業の領域へメディアが踏み込めるかどうかにある。
特別講演 日本のAI戦略 ― 政策の最前線から
佐藤 貴幸(内閣府科学技術・イノベーション推進事務局 人工知能政策推進室 企画官)
特別講演に登壇した内閣府科学技術・イノベーション推進事務局 人工知能政策推進室 企画官の佐藤貴幸氏は、政府が進めるAI戦略の最新動向を報告した。冒頭、日本の利用率は他国に比べ低い一方、直近の伸び率では世界3位に入るという、相反して見える二つの数字を示した。
低い利用率、しかし高い伸び
総務省の調査では、日本の生成AI利用率は他国より依然低い水準にある。一方、実際の利用データにもとづく調査では、直近の伸び率で日本は世界3位に入ったと佐藤氏は報告した。低い水準と高い伸びという二つの数字を、現状認識の出発点として示した。
日本語LLMの性能向上
背景には日本語LLMの性能向上がある。難関大学の入試問題や医師資格試験を高い精度で解くなど、実務に耐えるユースケースが急速に広がっていると述べた。数字以上に、現場での手応えは増しているとした。
ガバメントAIと国産モデル
政府自身も全府省庁18万人規模の大規模実証を進めている。当初はビッグテックのLLM中心だった環境を、NTT・ソフトバンク・NEC・富士通・Preferred Networksといった国産モデルの活用へと広げ、基盤はオープンソースとして公開し、自治体や民間が新たなサービスを生み出せるよう後押しすると説明した。
推進体制と、実証の活かし方
政策の推進体制も整えてきた。総理をトップとするAI戦略本部のもとにAI専門調査会を置き、研究者の知見も交えながら方針を練り上げ、制度・実装へ活かしていく仕組みである。
ソブリンAIと、「信頼できるAI」の発信
ソブリンAI、二つの軸
佐藤氏は、他国に過度に依存しないAIエコシステムをどう築くかを論じた。その鍵を、自国で重要技術を確保する「戦略的自律性」と、日本がいなければ世界の供給網が成り立たないという「不可欠性」の二つの軸に整理する。守りと攻めの両面から、日本の立ち位置を考える枠組みである。
各国の強みは異なるとし、そのなかで日本の強みは、産業・医療・物流・研究の現場に蓄積された「データ」にあると位置づけた。この資産をどう活かすかが、ソブリンAIの現実的な勝ち筋になるとした。
半導体・AIを筆頭に、制度改革も
成長戦略の重点17分野の筆頭には「半導体・AI」が据えられている。とりわけ注力すべき領域として、ロボティクスと結びつき現実世界で働く「フィジカルAI」と、業界の知識に特化した「バーティカルAI」を挙げた。汎用モデルの先に、日本が強みを持つ産業現場への実装があるという見立てである。
人づくり・人間力・データ戦略を柱に、現在はAI基本計画の改定が進む。とりわけ人づくりでは、AIを各現場で使いこなす「実装人材」の育成が、データ戦略では、ユースケースの蓄積を通じてデータの価値を競争力へとつなげる循環づくりが論点になっていると述べた。
セキュリティと国際連携
フロンティアAIの登場で、脆弱性への対応は人間が処理しきれない速さと規模になった。佐藤氏は、重要インフラを守る「プロジェクト・ヤタ-シールド」が動き出していること、AIセーフティ・インスティテュート(AISI)がOpenAIなど先進AI企業と安全性評価に関する覚書を結んでいること、日本におけるAIサミットの早期開催も表明していることを報告した。
日本の「信頼できるAI」を切り口に、ユースケースを発信し、ガバナンスも含めたリーダーシップを発揮したい。
── 佐藤 貴幸(内閣府科学技術・イノベーション推進事務局 人工知能政策推進室 企画官)佐藤氏は、進化するAIと向き合い、社会課題の解決に積極的にAIを適用するとともに、我が国が持つ現場の力をAIの実装能力へとするためにAIの技術進展に応じて機動的に対応していく重要性を訴えた。
各国の強みと、日本の勝ち筋
- UNITED STATES 計算資源
巨大な計算基盤と潤沢な資本を背景に、基盤モデルの開発を主導する。- CHINA 人材・スピード
厚い人材層と速い社会実装で、米国を追い上げ続ける。- JAPAN データ
産業・医療・物流・研究の現場に蓄積された、良質で多様なデータ。
POINT
バーティカルAI・フィジカルAIに重点的に取り組み、「AIトランスフォーメーション(AX)」を社会全体で推進し、各府省庁の取組の点検・見直しを促進する。AI実装人材などの質・量を確保し、現場での活用を起点としたデータ整備の好循環を創出していく。パネルディスカッション① 生成AIの社会実装と格差
モデレーター:渡辺智暁(国際大学GLOCOM 教授・主幹研究員・研究部長)
パネリスト:浅井宗裕(株式会社メルカリ AI&HR変革推進室長)
庄司昌彦(武蔵大学 社会学部 教授)
谷口野乃花(Polimill株式会社 代表取締役COO)
萩原凜太郎(経済産業省 産業構造課 課長補佐/PIVOT 未来テクノロジーチームリーダー)
基調講演で示された「格差」は現場でどう現れるのか。国際大学GLOCOM教授 渡辺智暁は、論点1として「格差はどこに現れ、何が壁になっているか」を投げかけた。利用率は企業規模・学歴・男女・都市と地方・年齢で差が出ており、その実態をどう捉えるかが議論の出発点となった。
経済産業省の萩原凜太郎氏は、格差を二層で捉えた。一つは大企業と中小企業の間に広がる「活用の格差」。デジタルによる経営変革は過去30年言われ続けながら失敗を重ねてきたとし、企業組織のあり方そのものには政府の手が届きにくい「ガバメントリーチ」の限界があると述べた。
もう一つはAI自身が生み出す格差だ。学習データのバイアスが人種・性別・宗教などの社会的偏見を増幅するリスクに加え、支配的な基盤モデルを米国の一部ビッグテックが握り、中国が追う「Winner takes all」の構図を挙げた。萩原氏はこれを「コンテクストの支配」と呼び、市場と価値観の両面で閉じてしまう危うさを指摘した。
武蔵大学の庄司昌彦氏は、デジタルデバイドを通信インフラ・端末・リテラシー・つながり(仲間)の4観点で捉える視点を示した。iPhone登場時に妻から「黒くて可愛くない」と言われた逸話を引き、技術は思わぬ入り口から普及すると述べたうえで、「問いの立て方の格差」を指摘。国産LLMや業界特化に光が当たる一方、本来恩恵を受けられるはずの高齢者・障害者・地方や、生活に身近な領域が置き去りにされているとした。
Polimillの谷口野乃花氏は、全国約850自治体に導入される生成AI「QommonsAI」を提供する立場から、庁内(職員間)・自治体間の格差が住民サービスの格差につながると整理した。さらに、海外製プラットフォームにデータが蓄積されていくことも一つの格差だと指摘。要因は予算・組織構造・個人の意識の三つで、とりわけ「DXはAI以前から言われ続け、なかなか変われてこなかった」とし、意識の壁の根深さを語った。
壁を、どう越えるか
メルカリの浅井宗裕氏は、変革の実践を紹介した。同社はCAIO(最高AI責任者)がCHROを兼任してHR制度ごとAIネイティブ化を進めている。社長は「多少スピードや業績が落ちても怒らないから、とにかく使え」と号令をかける一方、弁護士やセキュリティの専門家を集めて「何が怖いのか」を徹底的に言語化し、「これさえ守れば、あとは自由」というガードレールを最初に引いたという。
AIという発展途上の技術を取り扱う「怖さ」の正体を一つずつ言語化する。フルアクセルを踏むためのガードレールを設ける。
── 浅井宗裕(メルカリ AI&HR変革推進室長)底上げのしかたも具体的だった。Slackで成功事例に皆で「いいね」を送り合い、最も使いこなした社員を表彰する。事例の中身は「これなら自分にもできるかも」と思えるものばかりで、作った人に話を聞く行列ができ、そこから連鎖が生まれる。生成AIは自然言語でやり取りできるため非エンジニアにも横展開しやすいという。ただし「底上げだけではバリューにならない、突き抜けが大事」とも述べ、世界的にAIでテコが効くと見立てられている領域として、ソフトウェア開発とカスタマーサポートを紹介した。
モデレーターの渡辺は、研究文献ではAIがボトム層を底上げして熟練との差を縮めるとの報告が多い一方、トップ層がさらに突き抜ける例があるとの庄司氏の発言に触れつつ、現場から得られる実感や業界による違いなどについて問いかけた。浅井氏は「底上げは均一化でもある」とし、突出をどう生むかが本質だと応じた。
庄司氏は、不安で使えない「レイトマジョリティ」こそ最優先の課題だと述べた。マイナンバーの経験を引き、ガードレールに加えシートベルトやエアバッグ、保険を重ねるように安心の仕掛けを用意すべきだとし、課題先進国を名乗るなら介護のような難所にこそ注力すべきだと訴えた。ビッグテック主導の「フューチャーメーカー」だけでなく、市民が主役の「シビックテック」「エブリデイメーカー」の世界を描きたいとした。授業でAIのフル活用を認めたところ、全体のレベルが上がり、突き抜けた学生は韓国語文献まで使いこなしたという実体験も紹介した。
谷口氏は、AIを使った若手職員とベテラン職員の政策立案を比較した実証を紹介。総合評価では若手が上回ったが、唯一「実現可能性」ではベテランが上回ったという。長年の経験に裏打ちされた現実感覚はAIでも簡単には埋められないとし、「ベテランこそAIを使いこなすべきだ」と述べた。
萩原氏は、議論を俯瞰して「ネガティブ・ケイパビリティ(分からないことを断定しない力)」の重要性を挙げた。ハンナ・アーレントを引いて「歴史を作るのは平均値ではなく例外値だ」と述べ、突出した個=奇跡をいかに増やすかを政策の問いに据えたいとした。そして何でも取り込む「八百万(やおよろず)」的な雑食性こそ多様なAIが並び立つ社会の土壌になるとし、米中とは異なるコンテクストを発信する日本発のソブリンAIへの期待を語った。
POINT
格差を埋める鍵は、技術そのものより「組織の覚悟」と「問いの立て方」にある。怖さを言語化してガードレールを引き、ベテランの知見とAIを掛け合わせる──現場からの示唆は具体的だった。
パネルディスカッション② 生成AIは情報環境をどう変えるのか
モデレーター:山口真一(国際大学GLOCOM 教授・主幹研究員)
パネリスト:相川 航(総務省 情報流通行政局 情報流通振興課 情報流通適正化推進室長)
越前 功(国立情報学研究所 情報社会相関研究系 研究主幹・教授)
柴山吉報(阿部・井窪・片山法律事務所 パートナー弁護士)
日野なおみ(ダイヤモンド・メディアラボ室 研究員)
フェイク、著作権、情報の信頼性──生成AIが情報環境にもたらす影響を、国際大学GLOCOM教授 山口真一の進行で、技術・法律・政策・メディアの専門家が論じた。
国立情報学研究所の越前功氏は、慶應義塾大学の安宅和人教授が提唱している調査・整理・作成といった中間工程がAIで圧縮される「コの字型社会」を示した。ポジティブな面として、人間はより本質的な「ディレクションとディシジョン」に集中できるようになる。だが、その判断や検証を人間が本当に担えるのかには危うさがあると指摘した。
越前氏は世代別のリスクを挙げた。経験豊富なシニア・中堅層は、自らの経験や価値観に合う情報を無批判に信じ込み、善意でフェイクを拡散しかねない。一方の若年層は最初からAIに依存し、真偽を見抜く力そのものが育ちにくい。どちらも、ツールがあっても使いこなせなければ誤情報を広げうるとした。
さらに越前氏は「認知への浸潤」を警告した。生成AIが悩み相談の相手やコンパニオンとして社会インフラ化するなか、親密さにつけ込み金銭や思考誘導へ導く「AIロマンス詐欺」のような新たな脅威が現実味を帯びている。親密な他者としてのAIは、JSTのCRDSでも重要論点として研究が進むホットなテーマだと紹介した。
モデレーターの山口は、人間力向上支援ワーキンググループでの議論に触れ、「人類の思考能力のピークは、いまかもしれない」と問いを示した。ただし悲観はしないという。自動車によって移動力が高まる一方で筋力は衰えたように、人とAIの協働によって総体としての力はむしろ高まる、との見方を示した。
弁護士の柴山吉報氏は、企業における情報の扱いが根本から変わったと指摘した。秘密情報や個人情報を「人が頑張って入力しない」時代から、AIが自律的に情報を取りに行く時代へ。守りの主役は、人のコントロールから「ガバナンス体制」へ移りつつあると述べた。
守るべきは、著作権か「事実」か
メディアの立場から日野氏も、効率化の裏でビジネスモデルが揺らぐ現実を指摘した。検索のAI要約で記事への流入が細る「ゼロクリック」が進めば、米国でいう「ニュース砂漠」が日本でも起こりかねない。信頼を取り戻す道は、生成AIを「ブラックボックスにしない」こと──制作の過程を透明に示すことだと述べた。
弁護士の柴山氏は、議論の主戦場が移ると見る。いまは生成AI検索サービス等をめぐる訴訟などもあり著作権が議論の主戦場だが、論点が「事実の保護」へ移っていくと述べた。記事作成の部分は、生成AIによる代替可能性も否定できないからである。
では、何を守るのか。柴山氏は、メディアの価値の核心を「事実を取ってくる営み」に見る。現場に足を運んで話を聞き、多くの事実の中から国民の知る権利に資するものを倫理的な視点で選び、報じる。その過程こそ生成AIには代替できない核心的価値ではないか、と問いかけた。守るべきは表現ではなく「事実」だという。
ただし線引きは難しい。新聞の見出しが法的保護に値するかが争われた判例にも触れつつ、事実は誰もが知れてこそ価値があり、本来誰かが独占してよいものではなく保護は限定的にならざるを得ないと述べた。どこでバランスを取るかを、今後しっかり議論すべき論点に挙げた。
論点は、著作権から「事実の保護」へと移っていく。守るべきは表現ではなく、取材で得た事実そのものだ。ただし、事実は誰も独占できない。
── 柴山吉報(阿部・井窪・片山法律事務所 弁護士)総務省の相川航氏は、偽情報か否かの判断は難しく特効薬はないと率直に述べた。情報流通プラットフォーム対処法のような制度に加え、利用者のリテラシーと、AIラベルのような事業者の工夫を「どう接合するか」が政策の要だとした。先の衆院選では候補者の加工画像が目立ったといい、災害時・選挙時の情報空間のレジリエンスを課題に挙げた。
越前氏が最後に示したのは逆説的な処方箋だった。すべてをAIに委ねるのではなく、「非効率な検証プロセス」をあえて意図的に設計し直す。リアルな摩擦や失敗を経験する場を社会システムとして残し、アルゴリズムで完結しない「閉じない世界」の価値を取り戻すことが、中長期的には必要だとした。
情報環境を守る ―三つの視点
- 技術 | 越前 功 検証を残す
中間工程を自動化しつつ、あえて非効率な検証の場を社会に設計し直す。- 法 | 柴山吉報 事実を守る
論点は著作権から「事実の保護」へ。取材で得た事実の価値を守る。- 政策 | 相川 航 接合する
制度・リテラシー・事業者の工夫を接合し、災害・選挙時の耐性を高める。
結びに
山口はこの時代を「withフェイク2.0」と呼んだ。フェイクとともにあることを前提に、その影響をいかに最小化し、利便性をいかに最大限に享受するか。問いは、まだ閉じない。
閉会挨拶 次のステップへ ― 三つの気づき
松山良一(国際大学GLOCOM 所長)
閉会の挨拶に立った国際大学GLOCOM所長の松山良一は、この日の議論から得た三つの気づきを述べた。昨年は「まず使ってみよう」が中心だったが、今年はもう次のステップ──生成AIを「どう使いこなし、社会にどう位置づけるか」という具体的な局面に入ったとの認識を示した。
「使う」から「使いこなす」へ
台湾のオードリー・タン氏との対話を紹介。知識を入れ分析・評価する“リテラシー”はAIが飛躍的に進むからどんどん使えばよい。一方、それを受けて決断し行動する“コンピテンス”は人間が担う。アイデア出しはAIに任せ、決断と実現を人が引き受ける──それが一つの「使いこなし」だと述べた。
使いこなしを、一部のものにしない
使いこなしを、一部の企業や一部の人のものにしてはならない──これがこの日の問題提起だったと振り返った。普及の格差、リテラシーの格差、そして信頼の格差。これらをどう埋めるかが、日本社会にとって重要な課題であると改めて認識したと語った。
生成AIを活用した日本発の、新しいサービスを
2004年にニューヨークでGoogleのIPOに立ち会った経験に触れ、当時は数ある検索エンジンの一つにすぎなかったと語った。その後ビッグテックが台頭し、日本はいま巨額の“デジタル赤字”を抱える。足りなかったのは、インターネットをどのように活用するかの想像力と実現力ではないか。生成AIの時代こそ、新しいサービスを日本発で生み出したいと呼びかけ、締めくくった。






