イベントレポート


レポート概要

今回のワークショップでは、今年度の『マイデータ・マイライフ活動』の取りまとめとして、まずオープニングトークでこの1年を振り返った。次に正田さなえ氏(富士通株式会社)が今年8月に開催されたワークショップについて報告し、また今後のデータ利活用で目指すべき方向性について述べた。下野暁生氏(富士通株式会社)からは、「MyData 2019」の報告と解説を行った。伊藤直之氏(株式会社インテージ)はマイデータ・マイライフの視点から2019年重大ニュースと今後の展望を述べた。トークセッションでは大越いづみGLOCOMフェローがモデレーターとなり、高口鉄平GLOCOM客員研究員(静岡大学准教授)と庄司昌彦GLOCOM主幹研究員が登壇し、複雑化しているパーソナルデータ議論についての評価や、それぞれが考える今後の方向性について議論を行った。質疑応答では、参加者を交えてのフリーディスカッションを行い、議論を深めた。

 


◆ マイデータ・マイライフ活動/MyData 2019 in ヘルシンキ 報告

正田さなえ(富士通株式会社)

ユーザー不在の議論が進む

今年8月に電通と富士通で「マイデータ・マイライフ」という観点を提起するWSを行い、ヘルシンキで開催されたMy Data 2019のイベントでは日本人がデータを使うときにどういうことを感じているのか参加者と共有した。世界ではいろいろなやり方や課題があるが、日本のやり方として、それらのいいところ取りを行い、関わる人が皆幸せになることを「ALL Wins」という言葉で紹介した。政府も次の日本の成長戦略として「Data free flow with trust」と掲げており、個人情報保護法の改正も行い、国を挙げてデータ流通をさせていきたいという思いがある。しかし現状は、2013年にJR東日本がSuicaのデータを販売したことで炎上したり、リクナビの内定辞退データの提供で炎上したりと、うまくいっていない部分がある。これらの炎上は、法的に問題が指摘されただけではなく倫理面でも炎上したが、個人データを持っているユーザーサイドも主張することが必要だろう。自分のデータが使われていることを多くの日本人は知らず、スキャンダルが発生したときに企業のデータ活用の理由を知らないから不安になる。ユーザーサイドの理解不足と、漠然とした企業への不安感が原因といえる。一方で、企業はどう儲けるか等のビジネスの話がユーザー不在で行われていることから倫理的な問題になっているのではないか。

安心安全で透明性があることがデータ流通で必須

8月にデータポータビリティを体験するために、Googleカレンダーに登録したデータをペルソニウムに移し、テレビ番組の番組表の情報から自分の趣味にマッチしたもので埋めてもらうことで、自分にとって最適な予定をつくりだすというワークショップを行った。それに関連し、日本で「どのような条件であれば自分のデータを取り出して利用したいと思うか」というアンケートを取ったところ、自分にとって便利であるか、魅力的なサービスであるかを判断軸にしており、安心安全で透明性があれば、日本人はデータを外に出すというインサイトが得られている。日本のデータ流通や情報銀行の議論においては、サービスの利便性と安全の2つを満たすことが重要だ。あくまでも、サービスを受けるためにデータというツールがあり、貿易のようにお金に換える手段ではないという認識が、データビジネスが成功する要因の一つだと考える。ユーザーを置いてけぼりにして企業の利益を追求するのではなく、より良い生活や利益を最優先にすべきといえる。信頼性については、セキュアなテクノロジーを提供するのはもちろんだが、社会としてどういうセーフティネットを張るのかも重要だ。データを出せる人のみが利益を得られるのではなく、データエコノミーのそれぞれに信頼性がある必要がある。また、いろいろな人がつながり始めると、信頼できる企業であるかどうかを確かめるのが難しくなるのでゲートキーパーとなる人も必要だろう。サービスを利用開始するために、規約をたくさん読ませるのはユーザーフレンドリーではなく、技術を用いて圧倒的にわかりやすいUI/UXを提供することも考えるべきだ。情報銀行がカスタマーファーストでベンダーやアカデミアと共にエコシステムを回せるようなハブになれれば、社会に根付いていくのではないかと考える。

 

◆ 「MyData 2019 in ヘルシンキ」のポイント

下野暁生(富士通株式会社)

9月25日から27日にヘルシンキで開催されたMyData 2019に参加した。個人を中心としたパーソナルデータの利活用の国際会議で、Mydata Globalとして40か国が参加していた。特徴としては、ビジネス、リーガル、テクノロジー、ソサエティがバランスよく入っており、今年はフィンランド元首相がキーノートスピーチを行った。
今回気になったキーワードとして「オートノミー(autonomy)」を挙げる。自治・自律・自主という意味だ。GAFAをはじめとする集中独占型サービスとマイデータ型のサービスを分ける言葉として良いものではないか。

「マイデータ・オペレータ」についてのセッションもたくさんあった。これは「データを使う人」を指しており、情報銀行と同じようなものを指している。彼らは「情報銀行は1社なのか複数社が共存反映するのか」、「直接的なマネタイズなのか送客などを行うのか」、「一部分の領域だけを扱うのか、人生のあらゆる面を扱うのか」の3軸で議論をしていた。また、日本の情報銀行を扱った「Japanese Information Bank」のセッションは好評だった。最終日のラップアップのセッションでも、米国のGAFA流、欧州のGDPR流に続く第3の道として日本の情報銀行モデルが注目されていた。情報銀行の受け止められ方は2つあり、「個人がデータを販売して対価をもらうモデルとしての認知」、「公的監査を受ける機関がマイデータを運用する、マイデータ・オペレータの形態としての認知」で、後者の認知の仕方をした人には、「日本を見習うべき」とお話しいただけた。「SDGs」について言及する発表者がおり、このキーワードもマイデータと相性がいいと感じている。

 

◆ マイデータ・マイライフ視点からの「2019年7大トピック」

伊藤直之(株式会社インテージ開発本部 エバンジェリスト)

1. “MyData”の世界的プレゼンスが向上

MyData JapanのFacebookグループで、2019年の下半期に投稿された500件程度から注目すべき7件のトピックについて紹介する。まず一つ目は、『“MyData”の世界的プレゼンスの向上』だ。World Economic ForumでのMyData Global設立と欧州委員会のNext Generation Internet Award受賞、国連のSDGs for Technologyへの参加と発信、内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室が5月に取りまとめた資料内でMyData Globalについて紹介いただくなど、徐々に認知が拡大していった。

2. 「情報銀行」認定開始とPDSサービスの勃興

2つ目は『「情報銀行」認定開始とPDSサービスの勃興』だ。今年、サービス開始前だが運用を開始できる状況として、日本IT団体連盟(以下、IT連)は三井住友信託銀行株式会社とフェリカポケットマーケティング株式会社に第一号のP認定をした。また、情報銀行の英訳はTPDMS(Trusted Personal Data Management Service)が使われるようになっている。なお、総務省は「Personal Data Trust Bank」を充てており、通称は「Information Bank」、「Data Bank」となっている。2019年は、情報銀行のサービスとしてアプリやサービスの実証実験やリリースが始まっており、来年も多数のサービスが出てくる見込みだ。

3. 個人情報、パーソナルデータの(経済的)価値に対する是非

3つ目は、『個人情報、パーソナルデータの(経済的)価値に対する是非』だ。2018年以降、マスメディアが金銭的メリットを強調した紹介をしているが、総務省やIT連は個人データを切り売りするような仕組みではなく、自分自身がそのデータによって便益を得られることであると、報道に対し指摘している。経済的価値の妥当性についても議論がある。LIFE UPプロモーションでは、家電メーカーなどが1万5千円の謝礼を個人に提供し、そのうち3分の2を経産省が補助することになっている。本来であればプラットフォームの開発費に補助金を充てるべきなのに、金銭的対価に補助をしてしまうと、実証実験で何を測りたいのかわからなくなってしまっている。また、デジタル・プラットフォーマー規制へのパブリックコメントに対しても、複数の業界団体から「個人情報等自体に経済的価値があるとは言えないのではないか」という意見が寄せられており、2020年もこのトピックに関する議論が続くと考えられる。

4. 海外のデジタルマーケティングにおける新潮流と同意の有効性と説明責任

4つ目は『海外のデジタルマーケティングにおける新潮流と同意の有効性と説明責任』だ。サービス企業が出した条件に従わないとサービスが利用できないため、内容をよく理解せずに同意ボタンを押してしまうのが「形式的(形骸的)な同意」だが、マイデータが目指す方向として、個人の権利が達成できるよう実効的な同意を可能にしていくというものだ。デジタルマーケティング領域では、ユーザーが理解納得して同意したことを証明することを「認証済みの同意」とする仕組みにできないかという話がある。OpenIDファウンデーション、MyData Japanの崎村夏彦氏は「選択と同意を一緒にしてはいけない。ユーザーが選択したからといって明示的な同意とは言えない。契約が有効であるためには事実性と互恵性の両方が必要で、サービス側とユーザーの両方がWin-Winの条件の契約でないと同意とみなせないのではないか」と話している。「ゼロパーティデータ」という言葉も登場した。ファーストパーティデータは企業がユーザーから直接提供を受けたデータで、サードパーティデータは社外から購入したデータをいう。それらに対し、ゼロパーティデータは対価のために提供してもらったデータのことをいう。(「誕生日データを提供するとロイヤリティプログラムとしてバースデーギフトをあげる」など)日本人はデータを提供しなくてはいけないサービスを使いたくないが、それらを知らぬ間に使っていると総務省のレポートに出ており、情報銀行がこれを解決するツールになるのではないかと期待されている。また、同意をしていても、どういうデータを提供しているかはわからないので、透明性を担保するツールとして、ドコモはパーソナルデータダッシュボードを提供している。来年以降このような機能をいろいろな企業が出していくのではないかと考えている。

5. トロントのSidewalk Labs問題とマイデータ・オペレータと日本のスマートシティ

5つ目は『トロントのSidewalk Labs問題とマイデータ・オペレータと日本のスマートシティ』だ。MyData 2019 Conferenceの1日目にスマートシティにマイデータモデルをどう組み込んでいくかという内容が議論されていた。いろいろなところでマイデータの考え方が実装されたスマートシティが出てきている。しかし、Googleのトロントのスマートシティはマイデータモデルであるのかと疑問視されている。Googleという大きな一つの企業がスマートシティに入ることは、パノプティコンやディストピアになるのではないかと批判されている。GoogleはGoogleがデータを保有するのではなく、第三者となるデータ信託機関に預け、データは匿名化され、個人を特定しないと表明しているが、炎上は続いている。プラットフォームモデルをスマートシティに適用しているところが問題だと考える。その一方で、マイデータ・オペレータモデルがスマートシティに適用できると考えている人は多く、PDS、PIMS、Information Bankなどがスマートシティに実装できると考えている。複数のオペレータがスマートシティにとって重要で、特に重要なのが、何も変わることなくオペレータを変更できるアカウントポータビリティだ。なお、スマートシティの都市OSへの情報銀行実装の実証実験が日本でも始まっている。こちらはプラットフォームモデルにはならないと思うが、一つの都市に一つの情報銀行が成立してすべての情報を握るというわけではなく、一つの都市OSにいろいろな情報銀行が入り、引っ越しても同じデータが引き継げるのがスマートシティにとって重要で、これをマイデータ的に考える必要がある。

6. 情報銀行は第3のアプローチになりえるのか

6つ目は『情報銀行は第3のアプローチになりえるのか』だ。IT連の恩賀一氏の考えでは、米中は特定の企業が集中して情報を集めているアグリゲーターモデルとしてまとめられ、また、ヨーロッパがマイデータモデルであり、日本モデルはそれらのいいところ取りをしたサードウェイと言えるのではないかという。今後はヨーロッパとしてはPDS、日本は情報銀行、アメリカでは情報信託受託者という考え方が出てきており、日本の情報銀行は自社の利益が出るために運用している一方、米国は情報信託受託者であるため、顧客利益最大化のために動かなくてはならず、今後の動向に注視したい。

7. MyData in Japan

7つ目は『MyData in Japan』だ。一般社団法人MyDatajapanが今年6月5日に設立され、来年はMyData Asia 2020が2020年6月29,30日に一橋講堂で開催される。また、関連団体とのイベント共催も進めており、一般社団法人スマートシティ・インスティテュートが6月29日にスマートシティをテーマにマイデータを取り入れたカンファレンスを企画中だ。

 

◆ トークセッション「日本における<マイデータ>の可能性と課題」

高口鉄平(静岡大学学術院情報学領域准教授/国際大学GLOCOM客員研究員)
庄司昌彦(国際大学GLOCOM主幹研究員/武蔵大学社会学部教授)
大越いづみ(株式会社電通/国際大学GLOCOMフェロー) ファシリテーター

――今年はマイデータ周りが大きく動いた。「個人中心のはずのマイデータの理想と現実」についてまずは意見を頂戴したい。
高口:最近、いよいよ情報銀行が始まったと思い始めている。はっきりさせておかないといけないのは2点で、一つは個人情報における経済的価値の有無をはっきり認識、共有すべきだ。もう一つは、我々自身の個人情報を我々自身がコントロールできるのか否かで、情報銀行などで重要になってくる。自身の認識では、経済的価値は間違いなく「ある」と考えており、経団連の「ない」というパブコメに対しては残念だ。石油が精製して初めて価値を持つように、分析して初めて価値になるのは当たり前だ。コントロールできるか否かについては、個人だけではコントロールできないと思う。コントロールの能力がない中で、どうマイデータの形を作っていくかが重要だ。

庄司:経済ゲームの中で翻弄されるのは嫌だと感じる消費者は多いだろう。したがって相手が多少儲けても構わないがとにかく信頼できる相手と取引したいと考える人が多いのではないか。一方ですでに生活の中でいろいろなアプリを使っている。言うなればデータに支えられて生きており、マイデータはほぼマイライフといえる。

大越:生活の中で様々なデータが蓄積できる状態になることにアプリは貢献した。ただ、自分のデータをもっと活用したいと思っても、アプリ間でデータ互換性がなく、不便さを感じる人は多いはず。データ活用のためのサービスが未整備にも関わらず、上位の概念で議論だけが行われている状況をそろそろ変えたい。

――日本で情報銀行という仕組みができつつあるが、日本におけるマイデータの可能性と課題は何か。
高口:今、日本独自の仕組みとして情報銀行がある。不安はあるが、マイデータとしては可能性を感じる。何の助けも借りずに、規約を理解して同意するなど個人には無理で、情報銀行が出てきて情報銀行に任せる余地が出てくる。意思決定の負担を軽減する仕組みとして可能性は感じる。人は現金ではなくサービスに対して情報を出すようで、情報銀行なら対価の形を多様化できそうだと感じている。情報銀行はマイデータのサポーターになりそうだと考えている。一方で、不安としては、情報銀行がたくさん出てきた時に、情報銀行が何らかの悪さをした時点でこの制度は終わると考えられることだ。失った信用はなかなか取り戻せないので、リクナビはタイミング的には最悪だった。

庄司:慶應義塾大学の國領二郎先生は、eコマースのプラットフォームが出てきたときに、売りたい人のためのエージェントなのか、買いたい人のためのエージェントなのかが議論となっており、結局、動機が強い側がより多く金を出すため、売りたいものを世界で売ってくれるプラットフォームの方が強くなったと話していた。この話からも、情報銀行の向こう側でデータを使いたい企業がお金を払って自分のデータを取っていくモデルではリクナビと同じ構図にならないか不安だ。むしろ、利用者からもお金をとる情報銀行になってほしい。言うなれば「情報金庫」で、お金を出すからちゃんとマイデータを預かって、いい情報があればシェアしてほしい。また、パーソナルデータに価値・尊厳があるからこそ、なるべくパーソナルデータを使わずに高度なサービスを提供する環境を作るべきだと思う。自分の健康情報を丸裸になるまで分析した上で「これを食え」と言われると腑に落ちないが、ラーメンを食べようという自分の意思決定に対して、周囲の環境を丸裸にしてこの地域にあるラーメン屋の人気、空いている場所などをあらゆる情報から提示して最大限補助をしてくれるサービスなら使いたいと思える。個人データが必要なところを絞って活用すべきでないかと思う。

 

◆ ディスカッション

パネルディスカッションの後、来場者を交えたディスカッションが行われた。来場者からは、「自分が今日何をするかを決定するための情報源として匿名化されたデータを活用したい」「介護事業者に対しては、名の知られた大企業より、小さい事業者の方がかえって信頼されるという面もある」など、多様な感想が寄せられた。

執筆:永井公成(国際大学GLOCOMリサーチアシスタント)

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