第1回日本流データ利活用研究会

開催概要

テーマ:『情報銀行の限界とそれに代わるもの』
講師 :田中辰雄(国際大学GLOCOM主幹研究員/慶應義塾大学経済学部教授)
日時 :2019年9月27日(水)18:00~20:00
場所 :国際大学グローバル・コミュニケーション・センター

レポート

 

概要

本研究会は、「第二の石油」とまで言われるほど重要視されているデータに関して、産学で意見交換を行い、データ利活用にまつわる諸課題を特定したうえで、その改善策を提示することを目的に2019年9月に設立されました。第1回となる本会では、田中辰雄氏(GLOCOM主幹研究員/慶應義塾大学経済学部教授)の研究「情報銀行の限界とそれに代わるもの」の内容をベースに、1時間の話題提供の後、1時間のディスカッションを行いました。講演では情報銀行に代わる個人情報保護利活用のアイデアとして新たなモデルが紹介され、企業がデータ連携を行うインセンティブのある市場設計と個人情報保護のバランスを軸にディスカッションも盛り上がりました。

 

講演「情報銀行の限界とそれに代わるもの」

日本でデータ利活用を行う上での問題点

データ利活用における問題として、企業間の連携が進まずデータ自体はあるのに使えていない企業が多数あることが挙げられる。便益があるならば企業間連携をしたという意見は聞かれるが、消費者と利用規約を適切に締結する難しさや巨大プラットフォーマーとなり得る企業の存在が無いこともあり、現状ではハードルが高い。

また、企業の面だけでなく消費者個人のリテラシーにも問題は多く、履歴を取られないようにするための選択肢(例:Google Chromeのシークレットモード)は企業側が用意していたとしてもその選択肢すら認識していない人が多い。企業側からすれば情報を提供しないメニューは用意しているのに利用されないのであれば、これ以上何をすればいいのかわからないのは当然と言えば当然である。対処としては個人のリテラシー向上が最善策ではあるが一朝一夕で上がるようなものではなく非現実的である。

この結果、GAFAのような巨大プラットフォーマーにのみデータが集まり続けている。

 

情報銀行構想の失敗

情報銀行という発想の根源は、データが価値を生み出すならばデータを集める銀行を作ればいいというものだが、これは失敗すると予想される。理由は大きく4つあり、第一に、企業がデータを情報銀行に渡すメリットがなく、個人情報収集が抑々困難であること。第二に、個人情報の貸し出しで得られる金銭的便益があまりにも少なすぎること。第三に、第三者企業辺個人情報提供条件を事前に決定できないこと。第四に、銀行の運営コストとなるリスクや個人の要求する対価が巨大であることが挙げられる。

この原因はお金とデータの性質が大きく異なることにあり、お金は誰がいつ使おうと価値が不変で、被害があったとしても利用した金額の範囲に収まるが、データではこの前提が成り立たず被害が想像を遙かに超えるものになってしまう。

 

新たなモデルの提案

個人情報保護とデータ利活用の新しいモデルを考える上での前提は4つある。第一に、企業の現場からデータだけを引き剥がしても利用価値を判断できないため、データだけ集めるべきではないこと。第二に、個人との利用規約を包括的にすることは不可能なため、個別に許可を行う必要があること。第三に、便益は主として非金銭的なメリットになると考える必要があること。第四に、運営コストは可能な限り低くする必要があることが挙げられる。結局のところ問題は保護と利活用の取引費用が高いことに尽きると言え、データ利活用の面では「データ連携をしてほしい個人と企業のマッチングが難しい」、個人情報保護の面では「保護の度合いを自分で設定することが難しい」これが問題である。

これに対して田中氏は「個人情報の保護利活用集中管理機構(制度)」を提案している。その内容は、公的機関がアプリを個人に無料配布し、個人は利用しているアプリでのデータ利活用水準を5段階で設定する。企業はそれに基づき個人情報の利用度合いを変更するというものである。このメリットとして田中氏は5つ掲げている。第一に、集中処理・5段階の設定による取引の大幅な削減が期待できること。第二に、誰でも簡単に全てのアプリが1か所で設定できること。第三に、データ利用に関するメリットを感じている前向きなユーザーの割合がわかり、企業のビジネスに反映することができること。第四に、運営は住所氏名といったコアな個人情報を持たないのでシステムリスクが低いことが挙げられた。この連携の流れとしては、機構からの個人情報によりA社は自社ユーザーの内、連携利用に前向きかつB社の利用者がX万人いることを把握する。B社との連携利用に利益を見出せば、A社からB社に提案をしてサービス開発を行う。サービスが開発されたら機構に名寄せを依頼し、各アプリのIDを伝えてもらい連携利用サービスを通知・勧誘をする。そして同意が取得できたら連携利用を開始し、機構アプリ上で連携利用を可に設定してもらうというものである。

 

ディスカッション

――企業側、特に大企業がこの制度を利用するメリットは何でしょうか?
田中:大企業は積極的な反応を示さないと私は考えています。そこで、自社ユーザーのデータ利活用意向を把握できるメリットと共に、この制度に参加しないことによるデメリットを設定します。例えば、これに対応しない企業は「未対応」としてアプリ内で悪目立ちさせることで、評判を気にする大企業ならばこれを是としないだろうと考えています。
――2つ目のデメリットに関してはわかりました。1つ目のメリットに関しては自社で行ってしまうのではないでしょうか?例えばFacebookであれば、どうせコストがかかるならと自社で行う気がしてしまいます。
田中:Facebookレベルであれば確かにそうかもしれませんが、楽天等のECサイト規模ではまだできていません。これを外部の機構を用いてワンストップで行えばローコストで実現することができるので、これは十分メリットになると考えています。

――この制度に関して、事業者側から見た場合にモデル上利用できないと困るビジネスでは成り立たなくなってしまうのではないでしょうか?
田中:それについては案がございます。企業側として絶対に譲れないところは黒丸にして選択不可にしてしまえば、ビジネスモデル上の問題は排除できるかと思います。
――なるほど。ただ、全部黒丸にする企業がいた場合にはこの制度の意味がなくなってしまいますね。
田中:それはおっしゃる通りです。企業が評判を気にして譲歩する動きが必要でしょう。

――情報銀行、対GAFAを念頭に置いて考えると今回のような議論になるかと思うのですが、別の議論の立て方もあるかと思います。今人々は膨大なアプリに膨大な個人情報を預けていて、ユーザー側にデータは確かに蓄積されています。ただ、この時に人々の理解を得る為に必要なのは「情報銀行やりますか?」ではなく、「このアプリとこのアプリを連携してこんなサービスができたら便利ですか?」という質問だと思っています。
田中:おっしゃる通りだと思いますし、私はそう考えてこの提案を作りました。企業側がその提案をする発想を持つようになればいいと思っています。

――この機構は個人情報を持たないとしていますが、結局各社のアプリ利用状況の情報は保持するわけですよね?
田中:そうです。ただ、住所や氏名といった直接的に個人を特定できるようなコアな情報は持ちません。
――他のアプリの利用状況自体も立派な個人情報です。この5段階の文言では企業が特定のアプリ内で活動した情報を連携してもいいということだと思うのですが、この集中管理機構アプリ自体が持っているアプリの利用状況を提供することは問題があるのではないでしょうか?
――そもそもこれは他のアプリでどれを選択したかが別の業者に流れるわけですか?
田中:他の企業との連携を不可にしている限りは流れません。
――戻りますが、これは自社の中でのデータ利用をしていいと思っている人が、他の企業への連携も可にするということですか?
田中:そうです。おっしゃる通りです。

――この機構を発想する以前に、そもそもFacebookやGoogleのようにユーザーをたくさん集めるキラーアプリを作ることが大事ではないのでしょうか?
田中:確かにそれは王道です。ですが、医療や公共交通・食料品のような伝統的な分野で収集されたデータに関する利活用が課題になっています。
――その分野を取り扱うような伝統的な企業は個人情報を持ちたがらないと思います。また、今の大企業に関して言えばグループ内での経済圏を作って、GAFAが1社で行ったようなことを経済圏の中で行うことで信用してもらうという動きが主流ではないでしょうか?
田中:楽天グループ圏やYahoo!グループ圏といったものができればよいのですが、果たして現実的でしょうか?
――今は規制が変わって以前と比べればかなりできるようになっています。例えば音楽サービスも従来では外国のベンダーを使っていましたが、最近は国内でも可能になっています。これまでの岩盤的な制度だけ持ったまま個人情報を流通させようと考えるから変な方向に走ってしまうので、まずはデータを集められるようなアプリを開発し、その過程で障害になる規制を撤廃していくことが必要だと思います。
田中:それができれば一番いいですが、できるでしょうか?
――国内サービスに限ればまだまだ可能だと思います。例えばSONYはPS Networkを用いて復活を果たしました。いずれにせよ、問題の核心はアプリでその阻害要因に規制があるので、昔からあるおかしな岩盤規制を何とかしていく必要があると思います。

 

執筆:大島英隆(国際大学GLOCOMリサーチアシスタント)

 

国際大学GLOCOM「日本流データ利活用研究会」概要

近年における高度情報化社会の進展に伴い、データは「第二の石油」とまでいわれるほど重要視されている分野であり、企業・政府双方の関心が高いものとなっております。また、世界的にも個人情報の問題と絡めて主たる議論のテーマにあり、米欧中が三者三葉のデータ戦略をとる中、日本企業がどのような戦略をとるかは、極めて重要な問いとなっています。その一方で、日本企業のデータ利活用は遅れていると指摘されます。

そこで国際大学GLOCOMでは、2019年9月に「日本流データ利活用研究会」を立ち上げました。本研究会では、産学で意見交換を行い、データ利活用に纏わる諸課題を特定したうえで、その改善策を提示することを目的としています。本研究会の実施内容、及び得られた研究成果は、随時ウェブサイト上で公開してまいります。

研究会構成

●主査

田中辰雄(慶應義塾大学経済学部 教授/国際大学GLOCOM 主幹研究員)

●メンバー

生貝直人(東洋大学経済学部総合政策学科 准教授)
大林勇人(Code for YOKOHAMA 主幹研究員)
川本明(慶應義塾大学経済学部 特任教授)
菊地映輝(国際大学GLOCOM 研究員)
クロサカタツヤ(株式会社企 代表取締役)
実積寿也(中央大学総合政策学部 教授)
庄司昌彦(武蔵大学社会学部 教授)
西村陽一(朝日新聞 常務取締役・東京本社代表)
浜屋敏(株式会社富士通総研 研究主幹)
前川徹(東京通信大学情報マネジメント学部 教授)
森亮二(弁護士)
渡辺智暁(慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任准教授)

●事務局

山口真一(国際大学GLOCOM 主任研究員・講師)
大島英隆(国際大学GLOCOM リサーチアシスタント)

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