ウェビナー『デジタルガバメント実現に向けたマイナンバーカードの活用とレジリエンスの考え方』【公開コロキウム】

登壇者:安井秀行(株式会社アスコエパートナーズ代表取締役社長)
    國領二郎(慶應義塾大学総合政策学部教授)
    櫻井美穂子(モデレーター 国際大学GLOCOM主任研究員/准教授)
日時: 2020年6月15日(月)17:00~18:00
主催: 国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)
開催方式:Zoom ウェビナー

レポート概要

国民一人あたり10万円の特別定額給付金の支給にあたり、国からマイナンバーカードの活用が推奨された。しかし、マイナンバーカードを使って実際に申請を行う国民と、申請処理を行い実際の給付業務を担う自治体の双方に事前に情報が十分に行き届かず、様々な混乱が生じた。本ウェビナーでは、今回の混乱の原因を、①制度設計の課題(世帯主申請であったこと)、②情報システムの課題(オンライン申請窓口となるマイナポータルと自治体とのデータやりとりの仕組みが整っていなかった)、③マイナンバーカードそのものの課題(パスワード忘れの場合に来庁が必要)に整理した。そのうえで、JPKI(マイナンバーカードに搭載の公的個人認証)のシリアル番号を鍵とした情報連携の可能性や、パスワードを市役所以外(コンビニなど)でも再設定可能にする方策などについて議論した。

冒頭、安井氏から、特別定額給付金の支給とマイナンバー活用に関する課題と、そこから得られた学びや今後の展望について発表があった。

◆ トピック1:世帯主対象

今回、世帯主の情報が入っていないマイナンバーカードを利用することになった。世帯主を対象にするならば、マイナンバーカードは利用せず、初めから自治体郵送中心にすべきだったかもしれない。そもそも、国の事業なので、国が直接申請給付手続きをすれば、自治体の混乱はなかったのではないか。

◆ トピック2:電子申請機能関連

やむを得ずシステム面での準備時間がほとんどない中で、マイナポータル経由でマインバーカードを活用し申請することになったことで、いくつかの課題が発生した。具体的には、何度でも申請できてしまうとか、JPKIの良さを活かさず、申請者情報をカード券面事項(4情報)から引用せずに自由記載としたため、申請者と住基上の登録者との突合を行えず、なりすましが可能という事態にもなった。

◆ トピック3:マイナンバーカードの発行、パスワード等

パスワードを数回間違えるとロックがかかり、その場合は役所に来庁するしかなかった。そのため役所に人が押しかけて3密になってしまった。この機会にマイナンバーカードを発行しようと思って役所に行っても、手続きに時間を要した。

◆ トピック4:申請者と給付者の突合

今回は、そもそもマイナンバーで個人を認証する仕組みにはなっていなかった。そこで、JPKIのシリアル番号を活用した。当初はJPKIのシリアル番号と自治体がもっている住基システムの宛名番号をつなげる仕組みがなかったが、いくつかの自治体で既に運用されているコンビニ交付の仕組みを応用し、突合が可能となった。今回の給付を世帯主対象とした時点で、世帯主情報を持っている自治体が申請まで担当するべきだった。

◆ トピック5:給付用銀行口座の情報

給付用の銀行口座を新たに情報収集する必要があった。自治体は、児童手当や税金に関する口座情報を持っている場合もある。ただ、個人情報保護条例の問題や、審議会を開いて目的外利用を承認しなければならない課題があり、使えなかった。

◆ 課題からの学び

世帯主対象、電子申請の準備不足、マイナンバーカードのパスワードの問題は、今回の経験をもとに解決すればよい。パスワードの変更も電話やウェブでできるようにするということで解決できる。JPKIのシリアル番号については、最初は使ったことがない自治体がほとんどだった。その後シリアル番号と自治体の宛名番号を突合させる仕組みをつくった。

今後については、様々な場面でシリアル番号を使う可能性が出てきた。マイナンバーは国の法律の縛りなどもあり使い勝手があまりよくないが、シリアル番号は使い勝手がよく、いろいろな可能性が広がっている。これは大きな収穫。給付用銀行口座については、今回給付の実績ができたので、今後もこれを使えばよいが、個人情報保護条例によって使えない。これをなんとか解決できないか。

今回の特別定額給付金の支給とマイナンバーカードの活用において、課題提起で終わらずに、次に活かすことが大切だ。また今回を機に国と自治体の連携の必要性を痛感した。支援金を支払いたい、マイナンバーカードを活用したいという国の思いはわかるが、世帯主情報を持っているのは自治体だ。官官連携、現場視点の設計が必要だろう。また、JPKIや銀行口座の活用には民間が関わるところもあるので、官民連携も考えていくべきだろう。

ディスカッション

櫻井:情報システムの観点から補足をしたい。レジリエントな社会をつくるために、大切な情報システムの考え方に「フルーガル」がある。フルーガルとは、最小限のリソースでクライアントのニーズにこたえる情報システムをつくることで、それには①汎用性(標準的でオープンなシステム、地域コミュニティや住民が日ごろ使いなれているツールを使うこと)、②遍在性(どこでもいつでも情報にアクセスすることが担保されること)、③唯一性(システム内のデータにユニークな識別子を与え認識すること)、④一貫性(システムやデータベース間のデータの相互接続性を担保すること)の条件が必要となる。この4つの条件が、今回の整理にも使えるのではないかと考えている。 「汎用性」「遍在性」については、今回も、スマホでも、いつでもどこでも申請ができた。「唯一性」というのは、どのようにエンティティを認識するかだが、今回は、全体として統一的な方法はとられなかった(マイナンバーは使わなかった)ものの、JPKIのシリアル番号で唯一性を担保した自治体があった。「一貫性」については、システムやデータベース間のデータの相互接続性を担保することだが、今回、申請内容を住民基本台帳の情報と突合させなければならず、実装されなかった。  また官民連携について、ノルウェーでは、一人ひとりに振られているマイナンバーに加えて、認証の方法として、銀行IDなど6種類のIDが用意されている。フルーガルな情報システムの条件の汎用性にあたるところだが、使い慣れているシステムを、いかに必要な時に使えるかが重要だ。これが将来のデジタルガバメントのあるべき姿だろう。

國領:今回一番残念だったのは、ワンスオンリーが実現していなかったことだ。世帯単位をやめて個人単位での申請にした場合、JPKIのシリアル番号のほうでほぼワンスオンリーは実現してしまうものなのか。

安井:ワンスオンリーが実現できていないことは痛感した。マイナンバーカードに4情報が格納されているにもかかわらず、申請者が入力する必要があり、マイナンバーカードの良さを活かせなかった。今後改善する必要がある。マイナンバーは税や社会保障関連で使われる。今回使われたのはマイナンバーカードなので、銀行口座情報を入手する必要があり、ネックとなった。銀行口座に関して、いままで持っている情報をワンスオンリーで使えるかどうかについては、自治体の個人情報保護条例に行き着く。今回給付金の支給に使われた口座情報が、個人情報保護条例の問題で次回は使えないことを解決する必要がある。シリアル番号は、自治体が、突合する仕組みや紐づける仕組みとして使っていけば、今後も活用できるだろう。

國領:メディアや一般国民の反応から、自治体がうまく対応できていないので、国が直接的に処理する仕組みの方がいいのではないかという考え方が見られる。もう一方で、実際は、自治体や自治体を支えているベンダーなどの現場が、なんとかつじつまを合わせて乗り切っているという、典型的な日本の状況がある。国と自治体はどう連携していけばいいのか。

安井:国か自治体かの二元論では解決しない問題だ。両方でやるのが一番よい。どちらかに権限を集中させるのではなく、レジリエンス、つまりどちらにも柔軟に対応できるというのが大事だ。そこをつなぐ仕組みが必要で、今回の場合はシリアル番号と突合する仕組みだった。そういう意味でマイナンバーは、目的外利用をしにくいが、シリアル番号は使いやすい。国と自治体がつながらないと、フルーガルにはならないと思う。レジリエントになるためにはフルーガルな仕組みを考える必要がある。

櫻井:最小限共通にもつべき仕組みは国でしっかり決める。今回であれば認証の仕組み。何の番号をもとにその人を判断するかというところと、データをどう連携させるかというデータモデルのところは、やはり統一的な考え方にのっとって、かつフルーガルな考え方で運用したほうがいい。ノルウェーの認証サービスでは、6種類の中から自分が使いやすいものを選べる。同様のことを実現するためには、いろいろなサービスにおいて、オンラインで申請して認証を受けてサービスを受けることが前提になっていないといけない。いろいろなオプションを提示するというのは、レジリエンスの考え方に沿っている。

櫻井:今回の取り組みを一過性のものに終わらせないものにするためには、どういう考え方を鍵にしていけばいいのか。JPKIのシリアル番号を使う場合、そこに口座番号も紐づけていくだけですべてが解決する話なのか、何かお考えがあるか。

安井:マイナンバーには今までの経緯上、様々な障壁ができてしまっていて、柔軟性という面で使い勝手が必ずしもよくないので、今後はシリアル番号などを使う仕組みを作る必要がある。一方で、銀行口座は国か自治体か民間かの誰かが集めなければならない。国のマイナポータルで銀行口座を登録する仕組みにして、マイナンバーに紐づけるのではなく、シリアル番号に紐づけるという方式も考えられる。あるいは、自治体で登録する。ここで重要となるのは個人情報保護条例。今回給付に使った口座については、住民の同意があれば使ってよいという指針を国が出すことがとても重要だ。

國領:シリアル番号の利用に関連して、一つは個人情報保護条例で、シリアル番号を使うことが制限されている自治体とそうでない自治体があるという認識でいいか。JPKIの有効期限が5年ということで、それはセキュリティ的にはかえっていいという説もある。一方で紐づけをやり直さなければならないということなのではないか。

安井:マイナンバーはマイナンバー法で利用目的が決められている。シリアル番号は、公的個人認証の法律はあるが、使い方に関する縛りはあまりないと理解している。一方、自治体が保有する給付口座については、個人情報保護条例で整理して、縛りのないシリアル番号と紐づけることは可能ではないか。シリアル番号については、公的個人認証なので5年の期限があるが、問題なく活用している自治体もある。

櫻井:より良いデジタルガバメントのために何をしていけばいいのか。どのような形で議論がなされていくと将来いい方向に向かうのか。

安井:日本がこれからも自然災害や新型コロナなどの感染症に襲われることは間違いない。人口減少の中、自治体職員も減っていく。デジタルの力を使い、デジタルガバメント、デジタル・トランスフォーメーションの実現は必須だ。国民への周知はもちろん、自治体、国の職員の負担も軽減して、民間も参入できる仕組みをつくることが非常に大事だ。
そのために重要なことは、国民がリスクとリターンをきちんと理解することに尽きる。利便性を考えたら、ある程度の情報開示はしなければならない。突き詰めると、特別定額給付金とマイナンバーカードの最大の課題は、我々国民にあるような気がしている。給付は欲しいが個人情報は出したくないではなく、給付が欲しいから、ここまでは出していいというような議論が、国民から出てくることが必要なのではいか。

國領:今回のことについては、細かい仕組みの部分と大きな設計思想を両方考える必要がある。大きな考え方を方針としてあらかじめ持っていなければならない。そのうえで、その時々の政治判断は当然あるべきだ。今回、低所得者の方に給付する方針が、急に全国民に給付となり、現場では相当柔軟な動き方を要求された。現場の仕組みと国の仕組みを、いざという時にすり合わせられるような日常的な体制が必要なのではないか。
予行演習のようなことを行う努力をしていきながら、非常事態の時に迅速に対応できるようにしておく。そのためにもフルーガルな仕組みを考える必要がある。各部品はシンプルにできていて、いろいろな組み合わせができるような体制と、いざというときにピントがずれない仕組みづくりができる体制、この両方を考えていかなければならない。

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