2017.07.14

OPINION PAPER_No.14(17-005)「VR(仮想現実)×AI(人工知能)が「超認知」を構成する」

OPINION PAPER No.14(17-005)

VR(仮想現実)×AI(人工知能)が「超認知」を構成する

中西崇文(国際大学GLOCOM主任研究員/准教授)

雑誌「WIRED」の創刊編集長であるケヴィン・ケリーは、必ず来る未来として「インタラクション」と「コグニファイ(認知化の意味。ケリーの造語。)」という2方向を示している。「インタラクション」にひも付けられる技術としてVR(仮想現実)、「コグニファイ」にひも付けられる技術としてAI(人工知能)を挙げている(*i)。奇しくも同時期にブームを迎えているVRとAIは、今後どのように交わり、その交わりは我々人間にどのような進化をもたらすだろうか。筆者は、「インタラクション」と「コグニファイ」は、現在の我々人間の身体的な能力によってでは認知できない現実を感じ取る「超認知」を構成すると考える。その「超認知」によって、我々がこれまで取らなかった行動や意思決定を行うことにより、様々なことが効率化されていくと考える。

本稿では、実現されうる「超認知」を探るため、そもそも人間の認知が曖昧であることを示し、VR及びAIによって人間の認知を拡張する可能性を述べる。さらにVR×AIによる超認知の構成について示す。

◆ 人間は自ら騙され続けている

我々人間は、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚などの感覚からどのように現実世界を認知しているだろうか。ここで問題になるのは、情報量とその処理能力である。例えば、視覚を考えれば、連続的な映像をずっと保持して細部まで記憶をしているように感じられる。計算機などで実装したとすればフリーズしてしまうかもしれないほどのことを、我々人間はフリーズすることなく、連続的で多様な光をとおして現実世界を捉えている。

人間の脳は、現実をフリーズせずに認識し続けるために、あえて騙されているという(*ii)。実際に騙されていることを実感する現象として、「錯視」がある。錯視が起こるように我々人間ができているというのがポイントだ。人間は、現実世界を知覚したまま認知しているのではなく、あえて騙されて、「主観的に世界を作り出す」ことをしている。

実は、現実世界という「無限定空間」をいち早く捉えるために「主観的に世界を作りだす」ことで「全体俯瞰」を可能としている。「全体俯瞰」とは、「全体」に関する「仮説」を作りだすことである。これによって我々は、「部分」しか見えていなくても、「全体」の中での位置付けを把握することができるのである。この仕掛けによって人間は、実はある部分しか見ていないにもかかわらず、全体を把握しているかのように認知することができる。

このことから、人間が現実世界を認知する際、直接知覚した世界を現実世界として認知しているわけではなく、脳でつくられた主観的な世界を現実世界と騙されて認識しているのだということがわかる。我々が現実世界と思って認知しているもの自体が「バーチャル」なのだ。

◆ VRでよりポジティブな認知を

VRは脳を騙す技術であるという記述が散見される(記事例(*iii))。「脳を騙す」というフレーズから、なんとなく怖いと感じたり、ホンモノを見せないことに関して何か影響があるのではないかと勘ぐったりするなど、VR技術に対して、負の印象を持つ者も少なくない。

しかしながら、前述のとおり、人間に今備わっている感覚器及び認知機構自体、現実世界を忠実に認知しているわけではない。錯覚などで自分自身を騙し、「主観的に世界を作りだす」ことによって「無限定空間」である現実を簡単に「全体俯瞰」するのは、人間が生きるために必要かつ重要な術である。人間が現実世界と思って認知しているもの自体が「バーチャル」なのであるから、この「バーチャル」の世界をより幸福に、効率よく、ポジティブに生活することができるように変えることができるならば、バーチャルをバーチャルで書き換えればよい。人間の騙されるメカニズムを使って辻褄を合わせることは、必ずしも現実を歪めることではないはずだ。

人間の認知は行動の後にやってくるという研究結果(*iv)もある。この研究に沿えば、行動をしてから認知される、自分の状況を把握してはじめて認知されると考えても良い。

つまり、人間が作る主観的な世界をよりポジティブな印象にすれば、自分自信の精神衛生も改善され、創造的生産性を向上できる可能性がある。

これらについては、実際に文献(*v)における研究がなされている。さらに、これらの研究成果を応用して、SmartFaceと呼ばれる、相手の顔を常時笑っているように見せかけるテレカンファレンスシステムが構築されており、ブレインストーミングにおいては通常より多くのアイデアが出ることが示されている。

これは、現実世界を認知する際に、人間が勝手に作りだした主観的な世界をよりポジティブな世界に辻褄を合わせることでメリットを創出する例である。人間の認知の性質を利用して、ポジティブな認知を作りだす新たな機能とみることができる。

◆ AIは人間の見逃しを認知させる

人間は、細部にわたるすべてを感じていると思い込んでいるが、実は部分しか感知しておらず、人間が勝手に作りだす主観的な世界によって全体俯瞰を実現しているに過ぎないことはこれまで示したとおりである。我々の認知は、全体を把握しているようで、ある一部分しか認識していないのだ。それを補う方法として、ビッグデータ、AIがある。克明にデータで記述され保持できるのであれば、AIによって人間が思いつかないような気づきを与えるかもしれない。そのような意味では、AIは、人間の見逃しを認知させる機構として成立しうるだろう。

例えば、囲碁においてAlphaGoは、人間に対して圧倒的な強さをみせ、すでに新たな手を人間に示すまでになっている。これは、機械が人間に働きかけることによる認知、創造、意思決定の新たな形になり始めているとみることもできる。もしくは、現実世界に潜むインサイトを我々人間自身だけでなく、機械が発見し続けてくれる新たな認知機構と考えることもできる。この認知から生まれる、創造、意思決定は、新たな人間の行動に結びつき、ここから派生する社会変革は、これまでに経験しなかった人間の進化を決定づけている。

これは、人間が認知できない現実世界のある部分を拡張し、認知させ、気づかせてくれる新たな機能とみることができる。

◆ VR×AIは人間の認知を拡張する超認知だ

これまで、人間が創造してきた道具や機械は、人間自身の身体性の拡張や代替として機能してきた(*vi)。それに対し、VR×AIは、人間に対して、「認知の拡張」として機能する新たな系であると考えることができる。

現実世界を人間が認知するメカニズムに鑑みるに、我々は、直接感知したものを現実世界と認知するのではなく、「主観的に世界を作り出す」ことによって認知する。人間自身が作りだす主観的でバーチャルな世界を現実世界として置き換えているのならば、その世界を拡張できれば、人間はよりポジティブに、豊かな生活を送り、進化を決定づけることができるだろう。VRはバーチャルな世界を少し書き換えることで、AIはバーチャルな世界に新たな認知を与えることで、主観的な世界を拡張させる。この認知の拡張を「超認知」と呼ぶこととする。

超認知による人間の認知機構の拡張で、人間の行動や生産性はよりよく進化する。人間は、元来、脳が持つ錯覚の認知機構により、現実世界をバーチャルに拡張してきた。その拡張をVR×AIはさらに超認知として進化させていくだろう。

*i ケヴィン・ケリー著、服部桂翻訳(2016)『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』、NHK出版
*ii 松田雄馬(2017)『人工知能の哲学』、東海大学出版会
*iii 「脳をだます「VR技術」は怖いものなのか? 偽モノの定義が変わる!VRが作る新秩序」、http://toyokeizai.net/articles/-/128686
*iv デイヴィッド・イーグルマン著、大田直子翻訳(2012)『意識は傍観者である: 脳の知られざる営み』、早川書房
*v S. Yoshida, T. Tanikawa, S. Sakurai, M. Hirose, and T. Narumi, (2013). “Manipulation of an emotional experience by real-time deformed facial feedback,” In Proceedings of the 4th Augmented Human International Conference (AH ’13). ACM, New York, NY, USA, pp.35-42.
*vi 中西崇文(2017)『シンギュラリティは怖くない:ちょっと落ちついて人工知能について考えよう』、草思社

2017年7月発行

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