2019.03.26

OPINION PAPER_No.27(19-004)「Society5.0時代の「災害×情報」のかたち」

OPINION PAPER No.27(19-004)

Society5.0時代の「災害×情報」のかたち

櫻井美穂子(国際大学GLOCOM主任研究員/准教授)

◆ 災害対応に新たな価値を付加する情報活用

Society4.0とされる情報社会では、分野横断的な連携が十分でなく、知識や情報の共有が限定的という問題意識があった。この反省を踏まえ、Society5.0では、原則としてすべての人とモノがつながり、知識や情報が共有され、新しい価値を生み出すことが期待されている(*i)。

この考え方―一歩進んだ情報共有―を災害対応にあてはめると、新しい災害対応の形が見えてくる。2014年から始まった内閣府主導による戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)では、「レジリエントな防災・減災機能の強化(第1期)」および「国家レジリエンス(防災・減災)の強化(第2期)」が研究課題として選定され、発災後の状況把握能力の向上に向けたリアルタイム情報の共有プラットフォーム(SIP4D)が研究・開発されている(*ii)。

東日本大震災以降、リアルタイム情報の可視化に向けた取り組みが加速してきたように思う。SIP4Dの主眼でもある、地図上に被災情報をプロットすることが、災害時の情報活用においてデフォルトになりつつある。集められた情報をいかに実際の災害救助に結び付けるのか――が現在の災害対応における課題となっている。

◆ リアルタイム情報活用のための官民連携

リアルタイム情報をいかに災害対応の最前線での意思決定に活用するかといった課題は、日本のみならず海外でも顕在化している。2015年のネパール地震では、OpenStreetMapの生みの親ともなったDigital Humanitarians(*iii)と呼ばれるボランティアコミュニティが、災害管理のためのさまざまなデジタルツールを開発した(*iv)。世界中から3,000人以上のボランティアが地図の作成に参画し、現地からは1,500のレポートが、その地域の被災状況と犠牲者数とともに投稿された。これらの情報は、初動の段階では、政府関連組織からは信頼に足るものとして認識されず、結果的に支援物資が必要な場所に届かなった。その後、デジタルボランティア達の活動が国際的なメディアに報道されたことで、アメリカ赤十字社やネパール政府の救援活動に活用されることになった。

リアルタイム情報は、せっかく集められても、実際の意思決定に活用されなければ価値を発揮しない。また、その活用のためには、民間・ボランティア・公的機関といった多様なステークホルダーの連携が重要となる。日本においては、官民連携の事例として神戸市とLINEの取り組みがある。LINEのチャットボットが、住民から寄せられた被災状況を分析して地図上で可視化するという実証実験が行われた(*v)。

◆ 発災前/後の情報連携の重要性

多様なステークホルダーの連携に加えて重要なのが、災害が起きる前の平時の段階に収集されたデータを、発災後のリアルタイム情報に組み合わせて活用することである。

災害マネジメントには4つのステージ「減災(Mitigation)」、「準備(preparedness)」、「対応(response)」、「復旧(recovery)」)(*vi)がある。先のリアルタイム情報の収集が「対応」フェーズで進化する一方、情報技術は「対応」以外のステージにおいても現場の情報収集・共有能力を高めている。

「減災」フェーズにおいては、ドローンやセンサーが建物や橋、道路といった主要インフラの老朽化をモニターする。これらの情報を蓄積することは脆弱性の特定につながる。また、河川の上昇を感知するモニタリングシステムも、様々開発されている。

「準備」フェーズでは、リビングラボ(Living Lab)形式で災害発生時の状況をシミュレーションしながら分析する体験型の訓練が登場している。情報活用の視点で見ると、「この場所でこんなことが起こった(例えば、津波がここまできた)」といった、過去の災害の教訓をレポジトリとしてまとめることは、地域住民の災害対応能力を向上させるうえで役に立つ。

こういった平時に収集される情報をバラバラに管理するのではなく、災害後のリアルタイム情報と結びつけることで、Society5.0時代の新しい情報の価値を生み出すことができるのではないか。具体的には、平時に収集したインフラの老朽化情報や、2013年の災害対策基本法の改正により作成が義務付けられた避難行動要支援者名簿(避難時に支援を要する人の名簿)の住民がどこに住んでいるのかといった情報、さらには平時からハザードマップとして公開されている脆弱地域情報をリアルタイムの被災状況情報と組み合わせることで、より精緻な避難誘導が可能となる。さらに、災害対応が一段落した後の復興計画を立てるうえでも有益な情報となる。

上記は一例であるが、Society5.0時代の「災害×情報」議論においては、災害マネジメントの各ステージ、特に“発災前”に収集している情報を、いざ災害が発生した後に、いかに活用し、現場の意思決定に結び付けていくかを考慮することが重要である(図)。

 

図 Society5.0時代の「災害×情報」

 

◆ Society5.0の「災害×情報」に向けた課題

リアルタイム情報の利活用には、課題もある。災害時における自治体のSNSの利用実態は、2014年に672団体だったが2017年には941団体にまで増えている(*vii)。そのうち、情報収集にSNSを活用しているのは22団体と非常に少ない(それ以外の自治体は情報発信のみに利用)。前述のネパール地震の例では、リアルタイム情報は災害救助の最前線にいる組織に使われないと価値が半減することを物語っていた。現場では、リアルタイム情報を分析する人手が不足しているため、今後は情報収集・分析にあたるAIの積極的な活用が期待される。

また、災害時の情報利活用を考えるうえで官民連携と同じくらい重要なのが民民連携である。例えば、カップヌードルでおなじみの日清食品では、東日本大震災の教訓を踏まえて、BCP(事業継続計画)に紐づく意思決定の手順を見直した(*viii)。災害発生後に、優先順位の高い商品の出荷を続けることを第一目的として、そのために必要な情報を特定した。具体的には、インフラの被害状況、復旧見込み、交通移動による地域の危険性等を想定した情報である。インフラの復旧見込みや交通移動による地域の危険性について、各事業者が平時から持っている情報(過去のインフラ復旧にかかった日数データなど)を共有可能な形で蓄積していくことが、有事の際の意思決定に寄与する情報となる。

このように、災害時の情報利活用においては、災害対応業務の遂行、もしくは重要業務継続のために必要な情報の特定が鍵となる。主要なステークホルダーとの連携を平時から構築して、必要な時に必要な情報を入手できる環境を整備することが重要となる。そのうえで、平時バラバラに管理されている情報と発災後のリアルタイム情報の連携により可能となる新しい災害対応を議論していきたい。

あらゆる情報がつながる時代だからこそ、情報の取捨選択が必要である。災害マネジメントの各フェーズを越えた情報の利活用戦略が、一歩進んだ災害対応を実現するのではないだろうか。

*i https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html
*ii https://www.jst.go.jp/sip/k08.html
*iii Meier, P.(2015) Digital humanitarians: how big data is changing the face of humanitarian response, Boca Raton, FL, USA: CRC Press.
*iv Sakurai, M. and D. Thapa(2017) Building resilience through effective disaster management: An information ecology perspective. International Journal of Information Systems for Crisis Response and Management, 2017. 9(1): p. 11-26.
*v 神戸新聞(2018年12月17日付)「AIが災害被害状況をLINEで問いかけ情報収集 神戸市が実証実験」
*vi McLoughlin, D(1985) A framework for integrated emergency management. Public Administration Review, 1985. 45(Special): p. 165-172.
*vii 内閣官房IT総合戦略室、平成29年11月「災害対応におけるSNS活用に関する自治体web調査」
*viii リスク対策.com(2018年12月4日付)「災害時でもカップヌードルを供給し続ける 日清食品ホールディングス 教科書通りのBCPを見直し、意思決定を明確化」

2019年3月発行

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