OPINION PAPER No.28(19-005)
人口減少×デジタル化
プロセス変革とグローバル化による事業創出
◆ 世界の人口増減のトレンド
国連によれば、2019年時点で77億人と推計される世界人口は、2030年には85億人に、2100年には110億人にまで増加するという(*i)。しかし、世界人口の増減率は、2010年代前半のおよそ2.6%をピークとして、2100年には1%以下にまで落ちていく(*ii)。つまり、世界全体として人口増加は続くけれども、その増加の幅は小さくなっていく。このトレンドは、世界のどの地域の人口増減率にもあてはまる。アジア、中央・南アメリカ、ヨーロッパ地域においては、2070年代に増減率が0%を切り、人口そのものがマイナスに転じる。
日本においては既に総人口の減少は始まっていて、2100年には、国連の予測によれば7500万人程度、国立社会保障・人口問題研究所の推計(出生中位推計)では6000万人を割り込み、現在の6割程度まで人口が減る。特に15~64歳の層が著しく減少する。
こうした人口減少は、一般的にはネガティブに捉えられることが多いが、ポジティブな面もあるだろう。本稿では、筆者のノルウェーでの生活体験をもとに、人口規模が日本の約25分の1であるノルウェーと日本の社会システムを比較しつつ、人口が少ないことにより顕在化する様々な現象と、デジタル社会だからこそ生まれる新しい事業機会について考えていきたい。2100年の日本を俯瞰することは難しいが、社会がどのような方向に向かっていくのかを考える上でのヒントとなれば幸いである。
◆ “窓口”概念の薄いノルウェー社会
ここからは、あくまで筆者の個人的雑感となるが、外から見た日本の社会について考察したい。筆者は3年間、北欧のノルウェーの大学で働いていた。現地で仕事をしていたので、ノルウェーの社会保障番号を取得し、ノルウェーで納税をし、あちらの社会システムに完全に入り込む形で生活をした。よく言われることではあるが、公的サービスについて、日本とかなり違うスタイルだったので、衝撃を受けた。
端的に言えば、日本ではプロセス全体に間接的なアクションが含まれることが多いのに対し、ノルウェーではプロセスそのものが直接的でシンプルである。筆者がノルウェー滞在中に、いわゆる役所の“窓口”に行ったのは、社会保障番号を申請するための1回だけだった(その後ビザの更新で警察に行く必要はあった)。社会保障番号の申請時はパスポートと本人確認が必要なため、窓口で職員と対面する必要がある。しかしそれ以降は、オンラインで手続きをするよう、職員に促された。引っ越しの際の住所変更もオンラインで、税金の還付も、ノルウェーを出国する際の手続きも全てオンラインで行った。
3年間という限定的な期間だったので、私自身が全ての行政サービスを網羅したわけではないが、いわゆる役所組織に、(物理的な)“窓口”の概念がない(あるいは薄い)、というのが印象的だった。私は現地の市役所の人たちと働いていたので、打ち合わせなどでよく市役所に行く機会があったのだが、そこでも日本でよくある光景の、窓口に行列する市民を見たことはなかったし、そもそも窓口がどこにあるのかすら分からなかった。勤務先だった大学のライブラリーに初めて行った時、日本では一般的にスタッフがバーコードを読み取って貸出・返却の管理をするプロセスが、すべて機械化されていて、人の介入がなかったことに衝撃を受けたことも覚えている。
日本に帰国してからは、転入届け、国民健康保険の申請、引っ越しの際の転出・転入届けと、およそ1週間の間に何度役所に足を運んだか分からない。ノルウェーに比べると“対面”重視であり、様々な機関が複雑に絡み合って諸手続きを構成しているためにプロセスが直線的ではないと感じた。
◆ 小さな人口が引き起こすプロセス変革
なぜこのような違いがあるのか、ノルウェーに住んでいる間に考えて、一つの解にたどり着いた。単純に、人が少ないのだ。ノルウェーの人口は500万人で、そのうち2割が移民と言われている。そのため、ノルウェーでは限られた労働力をいかに効率的に使うかに焦点があたる。それに対し、日本は、高度経済成長のパラダイムの中で事業拡大、人員拡大の路線を進み、1つのアクションで済むはずの仕事に対して、3つや4つもの間接的なアクション(外部委託や下請けなど)を生み出し、同時に雇用も生み出してきた。そのようにして日本の社会システムが形づくられていった。
しかしながら、高度経済成長モデルは人口の減少トレンドとともに変革を迫られている。労働市場においては人手不足が顕在化し始めている。それに伴い、ロボティクスやAIの導入などによって業務を効率化しようというインセンティブが働いている。日本における人口減少は、業務プロセスの変革を牽引する要因、言葉を変えれば新しい事業機会となりえるのだ。
◆ デジタル化が地域のグローバル化を促進
デジタル化の促進は社会システムに大きな影響を与える。総務省の情報通信白書(令和元年版)では、「デジタル化により変化する関係性、新たな関係性の構築」として、次の5つのパラダイムシフトを掲げている(p.171)。
上記で挙げられている新たな関係性の中には、シェアリングエコノミーのように、既に社会に大きなインパクトをもたらしているものもある。シェアリングエコノミーも、視点を変えれば従来我々が行ってきた売買プロセスの変革と捉えることが可能だ。販売者という間接的なプロセスを排除することで、「買って所有する」だけではなく、「一時的な保有権を得る(シェア)」という概念が登場した。
地方から東京、ではなく、直接世界へ、というのも、新しいトレンドだろう。DHLがまとめたグローバルコネクション指標2018(*iv)によると、日本は調査対象169カ国中42位であった(*v)。前後にはスロバキア、リトアニアが並ぶ。上位は、オランダ、シンガポール、スイス、ベルギー、アラブ首長国連邦が占めた。ノルウェーは11位となっている。人口が大きな国ほど、自国内の市場が大きいため、内向的になりやすい。逆に自国内の市場が小さな国ほど、外とのつながりがなければ生き残れないため、英語教育に力を入れるなど、グローバル化を進めていく。
ここでの「国」は、日本の中における「地域」に置き換えて考えることが可能である。情報技術を活用することで、外の世界とつながりやすくなり、そこにいる個人が域外の個人と取引できるようになる。ここには、必ずしも大組織が存在する必要はない。つまり、人口減少は、業務プロセスの変革に加えて、日本のグローバル化を、これまでの局部的なものから国全体へと推し進める要因となる。
岐阜県にある人口約2,200人の東白川村は、村内の基幹産業である材木加工・住宅建築の強みを生かして、誰もが住宅設計を行えるシミュレーションシステムを開発した(*vi)。町役場職員が建築士や工務店をマッチングする仕組みを加えたところ、村外からの注文につながり、売上高40億円のビジネスに成長した。この事例も、グローバル展開が可能だろう。
以上、人口減少が誘発する新たな事業機会として、業務プロセスの変革とグローバル化を挙げた。ある一定のスキルを持ったビジネスの担い手が必要とはなるが、人口の少ない地域の方が、変革のスピードが速く、成果が表れやすいだろう。人口減少をネガティブに捉えるだけではなく、デジタルの波に乗り、ポジティブに新しい機会をものにしていきたい。
*i United Nations, World Population Prospects 2019
*ii 総務省統計局『世界の統計2019』p.20より
*iii 総務省『令和元年情報通信白書』p.171の図表2-3-6-1(デジタル経済の中での地方のチャンス)を一部改変。
*iv 国際貿易の実績、人や情報の行き来に基づきDHLが算出したグローバル化の国別比較。
*v https://www.dpdhl.com/en/media-relations/specials/global-connectedness-index.html
*vi 総務省「ICT地域活性化事例100選」に選ばれている。 http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/top/local_support/ict/jirei/2017_060.html
2019年9月発行