開催概要

テーマ:『社会的厚生を最大にするデータ利活用制度』
『情報銀行の限界とそれに代わるもの』
講師 :山口真一(国際大学GLOCOM主任研究員・講師)
田中辰雄(国際大学GLOCOM主幹研究員/慶應義塾大学経済学部教授)
日時 :2019年11月8日(金)18:00~20:00
場所 :国際大学グローバル・コミュニケーション・センター

レポート

概要

本研究会は、「第二の石油」とまで言われるほど重要視されているデータに関して、産学で意見交換を行い、データ利活用にまつわる諸課題を特定したうえで、その改善策を提示することを目的に2019年9月に設立されました。第2回となる本会では、山口真一氏(GLOCOM主任研究員・講師)の研究「社会的厚生を最大にするデータ利活用制度とイノベーション促進策」の内容をベースに、45分間の話題提供の後にディスカッションを行いました。講演ではデータ利活用に関する消費者の主観的な価値及び、データ利活用と企業風土の関係についての研究内容が紹介され、消費者の意向に沿ったデータ利活用のあり方や企業によるイノベーションを軸にディスカッションも盛り上がりました。また、第1回に引き続き田中辰雄氏(GLOCOM主幹研究員/慶應義塾大学経済学部教授)による「情報銀行の限界とそれに代わるもの」に関してのディスカッションも30分間行われ、企業及びユーザー需要性の観点を軸に白熱した議論が展開されました。

 

講演「社会的厚生を最大にするデータ利活用制度」

社会的厚生を最大化するデータ利活用制度とは何か

国内外で議論が活発になっているデータ利活用について、日本でもSociety5.0をはじめとしてデータを利活用できる環境を整備しようとする動きがある。議論の現状としては主に自由なデータ利活用と消費者を保護のバランスを念頭に他国の動向を観察している状況にある。一方で、消費者の利便性と不利益に着目してその意向と影響を実証的に論じているものが少ない。パーソナルデータの保護に関する法令的な議論が主体となってしまっている中で、経済学的な議論も必要であろう。しかし、現状の研究では消費者がデータを企業に渡すコストというようなマイナス面の研究が主となってしまっており、パーソナライズされたサービスに対する利便性を加味した総合的な研究はなされていない。

 

データ利活用に関する調査

消費者に対してアンケート調査及びヒアリング調査を行った結果。まずデータ利活用を認知している人は全体の75%と高水準であったが、認知経路(複数回答可)として規約と答えた人は18%に留まり、規約が読まれていないことも判明した。また、データ利活用に関して不安を感じる人は74%おり、この不安感はアジア圏でより強く感じられていることも明らかになっている。

以上を踏まえてCVM(仮想評価法)を用いて消費者がデータ利活用に関して主観的に感じている価値を分析した。はじめにデータ利活用に関して総合的に賛成か反対かの質問を行ったのち、サービス全体から受けられる利益の内でデータ利活用に関して感じている便益(不便益)の推計を行った。その結果、全てのサービスについて85%~97%の利用者の支払い意思額は0円であった。つまり、データ利活用について、お金を払ってまでそれをやめてほしいと思ったり、やって欲しいと思ったりする人は多くないということである。

また、サービス別に平均を取った結果から、主たる利用方法における個人情報のオープン性及び、サービス利用者の年齢が影響していることが仮説として考えられた。

 

日本全国で年間約300億円のマイナス評価

以上の仮説を検証するため支払い意思額決定要因のモデル分析を行った。その結果、10代、20代はデータ利活用に合計でプラス100億円の便益を感じている、即ちお金を払ってでもデータ利活用を行ってほしいと感じていることが推計され、一方で30代以降とりわけ40代以降は強くネガティブな反応を示しており、全世代の合計でマイナス400億円の不便益と感じていることが推計された。合計すると日本全国で年間マイナス300億円の不便益が感じられていることになる。

また、回帰分析によるとデータ利活用にネガティブになる要素の一例は、年齢・世帯年収・学歴。逆にポジティブになる要素の一例はネットリテラシー指標・他メディアの利用時間であった。とりわけ大きな影響を与えているのは年齢であった。

ここから得られる政策的含意は、これからのデータ社会を担う若者がポジティブな評価をしていることを考慮して制度設計をしなければならないということであり、自身の価値観に沿ったレベル選択を行えるようなオプションを用意する等、人々が適切なサービスを選択できる環境を整備する必要があるだろう。

 

「協調」と「創造」を重視する企業風土とデータ利活用の効果

企業でのデータ活用が進まない要因として知識不足や人材不足が一般的に指摘されているが、組織風土がデータ活用を阻害する要因にあると考えて調査を行った。データ活用の状況を調査した結果、自社データの活用すら36%の企業しか行えておらず、他社データに至っては19%に留まる、そして半数以上の企業は自社データの活用を検討すらしていないことがわかった。

このデータ活用の度合いと組織風土の関連性について、組織風土を「統制」「競合」「協調」「創造」の4要素で評価するOCAI指標を用いて分析した結果、日本企業において自社のデータ活用が行われているのは「統制」的な企業、次点で「競合」のポイントが高い企業であった。一方で、他社のデータ活用を行っているのは「協調」「創造」的な企業であった。さらに興味深いことに、データ活用による効果があったと考えている企業の分析をすると、自社・他社共に、「協調」「創造」を重視している組織風土の企業でそのような傾向が見られた。
以上より、「統制」的な企業では自社のデータ活用は進む一方で、そこから効果を得るには、日本企業に足らなかった「協調」や「創造」的な組織風土であることが示された。

 

ディスカッション「社会的厚生を最大化するデータ利活用制度」

――ネットリテラシーと言った時の定義として法制度に関する問題として語られるためには、データ利活用についてどんな看過しがたい問題が起こるかについて知っているかどうかが必要になると思います。本研究中のネットリテラシー指標は、データ利活用に特化した者ではないかと思います。なので、今回の調査でデータ利活用に対して単純に不安というだけで法制度に何らかの提言をすることはできるのかという点は疑問です。
山口:ご指摘の点はまさにその通りだと思います。実は、データ利活用についてのリテラシーも大枠で聞いています。それぞれのサービスがデータ収集をしていることを知っていますか?という質問を投げかけて回答を得た結果、平均50%程度の認知でした。ただ今回の調査は、具体的なリスクや便益について知らないことを前提としたうえでの主観的評価がマイナス300億円というものが結果です。なので、これがそのまま法律の提言になるとは思っていません。今後も様々な調査を積み重ねる必要があると思います。

――300億円のマイナスということはわかりましたが、そもそも個人情報を集めないとターゲティング広告が打てないのでビジネスとして成り立たなくなってしまうのではないでしょうか。
山口:それはおっしゃる通りで、例えば(データ活用をしないで)ターゲティングしないことによって損失が出る分は課金させるプランを用意することも一つの解決策なのではないかと思います。
――逆により精密なターゲティングで400億の損失をなくすってところまでターゲティングの精度を上げる方がビジネスになる可能性もありますよね。
――でもそれは人によってマイナスの捉え方が違うのではないでしょうか、自分に関して知りたい場合と知りたくない場合のそれぞれがあると思います。
田中:だからこそ、それを個人が変更できることが必要なのだと思います。

――この調査に関して、お子さんがいるかどうかは検討されましたか?自分自身のことはコントロールできても、子供のことは急にナーバスになるというのもあると思います。
山口:それは検討していませんでした。おっしゃる通りですね、ありがとうございます。

 

ディスカッション「情報銀行の限界とそれに代わるもの」

田中:前回お伝えの仕方を誤っていたので訂正を行うのですが、データ利活用の集中管理機構に関して「一定以上の規模を持つプラットフォーム企業の参加は義務」と考えて設計を行いました。これを踏まえて再度ディスカッションをできればと思います。

――これはいっそ、弱小プラットフォームのインフラをサポートするシステムとして打ち出した方がいいのではないでしょうか?
田中:恐らくそれでは大企業は乗ってこないと思います。なので、義務化したい。

――これだけ厳しいことをしてしまうと、Facebookのような巨大プラットフォームが日本から退出してしまって、最終的に日本の収入としてマイナスになってしまうのではないでしょうか。
――例えばインドやインドネシアと組んでこれを行うのはどうでしょうか?GDPRが大企業にも認められているのは、欧州のマーケットが大きくて退出するわけにはいかないからだと思います。日本だけでこの機構を作ってしまってはGDPRほどの効果は生み出さないと思います。
田中:ありがとうございます。それは中小企業が台頭するサポートになるので一考の余地があると思います。

――これは可能不可能という話ではなく、ユーザー需要性の観点からも難しいと思います。まず、これは5段階というのを売りにしていますが、5段階では設定に不十分だと思います。データ利活用に関してはインプット⇒プロセス⇒アウトプットの3段階でそれぞれをユーザーが制御する必要があると思います。
田中:それを言ってしまっては永久に不可能だと思いませんか?チェックボックスを増やすことはできますが、するとわけがわからなくなってしまう。その為の5段階設定として簡易化して提案しています。勿論選択肢の内容は柔軟に考える必要があると思いますが。
――例えば自分では設定する労力は払いたくない人がいたとしても、第三者が提供してこれをレコメンドしてくれるような仕組みにすればいいのではないでしょうか?
――私は懐疑的なスタンスですが、フィルタリングサービスに使う分にはいいと思います。
田中:皆様がおっしゃることは尤もですが、まずはこれを大雑把にでも動かすことで体験的にメリットデメリットを学習できることは、ユーザーにとって大きなメリットがあるのではないでしょうか。

 

執筆:大島英隆(国際大学GLOCOMリサーチアシスタント)

 

国際大学GLOCOM「日本流データ利活用研究会」概要

近年における高度情報化社会の進展に伴い、データは「第二の石油」とまでいわれるほど重要視されている分野であり、企業・政府双方の関心が高いものとなっております。また、世界的にも個人情報の問題と絡めて主たる議論のテーマにあり、米欧中が三者三葉のデータ戦略をとる中、日本企業がどのような戦略をとるかは、極めて重要な問いとなっています。その一方で、日本企業のデータ利活用は遅れていると指摘されます。

そこで国際大学GLOCOMでは、2019年9月に「日本流データ利活用研究会」を立ち上げました。本研究会では、産学で意見交換を行い、データ利活用に纏わる諸課題を特定したうえで、その改善策を提示することを目的としています。本研究会の実施内容、及び得られた研究成果は、随時ウェブサイト上で公開してまいります。

研究会構成

●主査

田中辰雄(慶應義塾大学経済学部 教授/国際大学GLOCOM 主幹研究員)

●メンバー

生貝直人(東洋大学経済学部総合政策学科 准教授)
大林勇人(Code for YOKOHAMA 主幹研究員)
川本明(慶應義塾大学経済学部 特任教授)
菊地映輝(国際大学GLOCOM 研究員)
クロサカタツヤ(株式会社企 代表取締役)
実積寿也(中央大学総合政策学部 教授)
庄司昌彦(武蔵大学社会学部 教授)
西村陽一(朝日新聞 常務取締役・東京本社代表)
浜屋敏(株式会社富士通総研 研究主幹)
前川徹(東京通信大学情報マネジメント学部 教授)
森亮二(弁護士)
渡辺智暁(慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任准教授)

●事務局

山口真一(国際大学GLOCOM 主任研究員・講師)
大島英隆(国際大学GLOCOM リサーチアシスタント)

 

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