主 催:国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)
後 援:総務省、Innovation Nippon
開催日:2020年10月20日(15:00-18:00) ※14:30開場
会 場:YouTubeにてライブ配信(https://youtu.be/L0Pl7hOneJM) ※登壇者のみイベント会場
参加費:無料
登壇者:
 第一部
    山口真一(国際大学GLOCOM 准教授)
    古田大輔(株式会社メディアコラボ 代表取締役/ジャーナリスト)
    楊井人文(ファクトチェック・イニシアティブ 事務局長/弁護士)
    中川北斗(総務省総合通信基盤局電気通信事業部 課長補佐)
 第二部
    佐々木裕一(東京経済大学コミュニケーション学部 教授)
    宍戸常寿(東京大学法学部 教授)
    藤谷健(朝日新聞社 編集担当補佐)
    山口真一(国際大学GLOCOM 准教授)
    渡辺智暁(国際大学GLOCOM 教授/研究部長)

レポート概要

国際大学GLOCOMは、日本におけるフェイクニュースの実態と有効な対策を調査したレポートを発表しました。また、発表イベントとして、オンラインシンポジウムを10月20日(火)に開催いたしました(後援:総務省・Innovation Nippon)。シンポジウムでは、総務省、マスメディア、ネットメディア、ファクトチェック団体、学者が、多様な視点でネット上のフェイクニュースや誹謗中傷について議論を交わしました。

報告書、成果物など

動画

第一部「フェイクニュースに強い社会の作り方」

基調講演「日本におけるフェイクニュースの実態と解決策」(講演者:山口真一)

頻発するフェイクニュース

フェイクニュースは2016年の米国大統領選挙を境に注目され始め、当時は選挙中の候補者に関する内容からローマ法王の発言まで、様々なニュースが拡散されました。その後も台湾総選挙で拡散されるなど、収束の見通しは立っていません。日本も例外ではなく、ファクトチェックをされたニュースに限定しても年間100件程度が確認されており、確認されていない範囲を考慮すれば、更に多くのニュースが拡散されていると考えられます。また昨今の新型コロナウイルスに関してのニュースも大量に拡散されている状況です。これらのフェイクニュースの影響としては分断の激化や政治への影響、ネットの価値そのものの棄損などが指摘されています。

こういった状況の中で日本でも主に海外の事例を参照しながら議論を進めていますが、海外でも現状の方向性としては「ユーザリテラシー向上」や「ファクトチェック」、「プラットフォーム事業者との連携」といった方針を打ち出しているに留まり、具体化に至っていません。加えて我々の調査では、日本でフェイクニュースという言葉を知っている人は64%、ファクトチェックは17%であり、そもそも未だ問題として認識すらされていない現状が明らかになっています。このような現状を踏まえて総務省の研究会は、そもそも認知度が低いフェイクニュースについて、日本での実態を明らかにする必要があり、持続可能なファクトチェック体制を考え、適切な対策を検討する必要があると指摘しています。

そこで我々は、日本におけるフェイクニュースの実態・社会的影響を定性的・定量的に明らかにすること、今後のフェイクニュース対策について政策的含意を導くことを目的とした研究を行いました。本研究では2つの柱を用意し、各年代の消費者へのアンケート調査分析に加え、有識者と生活者へのヒアリング調査を行いました。

フェイクニュース拡散行動の実態

今回調査に利用した事例に接触している人はそれぞれの事例に5~15%いることが判明し、どれか一つにでも接触した人は33.2%、つまり3人に1人が接触していることが判明しました。また、若い人ほど接触する割合が高いことも判明しています。接触した後にとった拡散行動としては、どの事例においても20~30%の人が拡散を行っており、拡散行動で最も多い経路はSNSではなく「友人・知人・家族に話す」でした。また、これらのフェイクニュースについて虚偽だと見抜けていない人は約75%おり、年代別の傾向はみられないことから様々な年代の人が気を付ける必要があると言えます。更に、接触者の中でこれを信じて拡散を行った人は43%おり、特に10代の接触者の半分以上は何らかのフェイクニュースを信じて拡散をしていることも判明しています。

フェイクニュースを信じて拡散する人の特徴

以上の調査データから、フェイクニュースを信じて拡散するという行動に関して、人々の性別や年齢といった属性、メディア利用時間、政治的傾向、内面傾向、リテラシーがどのように影響しているかを数学的なモデルで分析を行いました。

まず属性では、男性とネット歴が長い人ほど拡散しない傾向にありました。これは、ネットを利用していく中で嘘の情報も多いことを学んでいるという理由が考えられます。次にメディア利用時間では、メッセージアプリ・メルマガ利用をしている人ほど拡散する傾向にあり、SNSアプリよりもこの傾向が強まっていました。これは、メッセージアプリやメルマガで情報が流れてきた場合は、自分の知り合いや家族、信用してメルマガをとるような人からの情報になるので信じやすいという可能性が考えられます。加えて、これらは閉じた空間であるため、その情報を嘘だと指摘する情報が入りにくいという解釈もできます。次に政治的傾向については、保守かリベラルについては関係ないが、極端な人ほど拡散する傾向にありました。次に内面傾向では、自己評価が高い人ほど拡散する傾向にありました。最後にリテラシーについては、ユーザーが情報リテラシーを持つ場合のみ拡散しなくなる傾向があることが判明しました。情報リテラシーとは、「加工されたデータが何かわかる」、「筆者の意見が入っている情報を判別する、読解することができる」という力です。加えて、メディアの負の影響を周囲の人に注意している人ほど、フェイクニュースを信じて拡散しやすいことも分かっています。つまり、メディアに詳しく自信がある人も注意をする必要があるといえるでしょう。

フェイクニュースの社会的影響

ヒアリング調査の中で複数の社会的影響が指摘されました。例えば、情報全体の質が低下・価値の棄損が発生すること、事実認識の相違や蛸壺化によって対話が難しくなり社会の分断が進むこと、長期的なスパンで考え方そのものに影響を与える可能性があることなどが挙げられています。これらに共通して言えることは、フェイクニュースを発端とした社会的影響を打ち消すには、社会全体として多くのコストを払わなければならないということです。実際に「フェイクニュースは人の考えを変えるのか」という観点で行った調査の結果では、政治的なフェイクニュースを用意したうえでフェイクニュースを知る前後で支持が変わったかを調査したところ、フェイクニュースによって支持を下げる人が少なくないことが判明しました。また、元の支持が「やや支持する」など、弱い支持をしている人ほどフェイクニュースによって支持を下げやすいことも判明しており、人々の考えを変える力があると考えられます。

更に、今後日本でどのようなフェイクニュースが問題になりそうかについてヒアリングを行ったところ、憲法改正など政治的に大きく2分するような場合、人の感情を揺さぶる大災害や事件が起こった時、ディープフェイクの発展など様々なパターンが挙がりました。

考察・政策的含意

これらを踏まえた結論として、6つの政策的含意をまとめました。まず1つ目は民間の取り組みを重視すること、2つ目は効果的な教育・研修を幅広い年齢層へ行うこと、3つ目は情報リテラシーを向上させること、4つ目はファクトチェックを届ける施策の強化をすること、5つ目は政官民など多様なステークホルダー間連携を促進させること、最後にチャネルを限定しない多角的な対策を行うこと、これらが必要であると考えています。

その上で今後求められる具体的な活動としては、リテラシー教育・研修の更なる調査研究による費用対効果の検討、ファクトチェック等の対策の効果的な提供の仕方の検討、フェイクニュースの中長期的な社会的影響の分析、フェイクニュースに関するSNSとメディアの連動性の検討、産官学民のステークホルダーが集まる場の創設と具体的な対策の検討、これらが求められると考えています。

パネルディスカッション

国内外でのフェイクニュースを取り巻く環境

山口: 古田さんに質問です。フェイクニュースの国内外の状況ならびに、社会的影響としてどういったことが言われているのでしょうか。
古田: まず海外の話からしますと、フェイクニュースという言葉が注目されたのは2016年からで、それ以降の国際会議の様々な場でこれが話し合われて予算の桁も大きく上がっています。しかし、2018年のアメリカ中間選挙の時にはどれだけ改善したのかというと、むしろ酷くなったといわれています。政治家の人たちがフェイクニュースをお互いの攻撃の武器に使うようになってしまったためです。2020年現在は更にこれが酷くなっていて、大統領が率先してリツイートをするようになってしまっています。
 国内では、全体的に言うとそこまで酷くないと思います。但し、あまり酷くないとは言ってもゼロというわけではなく、FIJではフェイクニュースの可能性がある情報が1日に1万件程度ツールに引っかかっていて、これを人力でチェックしていくといくつもフェイクニュースが出てきます。アメリカのように権威ある人が発言するパターンも出てきてしまっているので、悪い方向に向かっていると考えられます。
山口: 海外では2020年に更に悪化している理由として、フェイクニュースを活用しているという話があったと思うのですが、それは2016年を参考にして使い始めたということでしょうか。
古田: 意図まで証明することは難しいですが、積極的にフェイクニュースを活用することが選挙戦術として間違っていない状況なので、これは課題だと考えられると思います。選挙制度を開発した人も陰謀論のようなものが活用されるなんて想定外だと思いますし、民主主義の中での選挙制度について考える時期に来ているのだと思います。

山口: 中川さんに質問です。日本でもフェイクニュースの対策を積極的に考えていく必要があると思うのですが、具体的に政府としてはどのようなことを行われているのでしょうか。
中川: 政府の検討会の中では3つの事例がフェイクニュースだといわれています。1つ目は災害発生時の流言飛語のようなデマ、2つ目は選挙政治関連のフェイクニュース、3つ目は健康関連の科学的言説です。特に今のコロナ禍で3つ目が増加してきていることが問題だと考えています。また、これらの社会的影響を持っているものに限らず、個人を攻撃するものもフェイクニュースだといえると思います。
 総務省でもフェイクニュースの実態を明らかにする必要があると考えており、フェイクニュースの流れについても明らかにした結果、山口さんと類似した調査結果が出ています。また、これまでも取り組んでまいりましたが、受け手のリテラシーが重要で、向上させるための取り組みとして学校教育の中や、課外授業でも通信事業者の方が出張授業するような形を引き続き行っています。もう一つ重要なこととしてはプラットフォーム事業者の捉え方だと考えており、SNSの特性がフェイクニュースの拡散にかかわっている中で、プラットフォーマーの立ち位置についても検討してきました。フェイクニュースについて強制的に削除する動きは言論規制や行き過ぎた削除になってしまうので難しいところはありますが、プラットフォーム事業者が独自に削除する取り組みや、逆に信頼のおける情報を促進する取り組みを促すようなこともやっていきたいと思います。行き過ぎた削除に関しては削除理由の透明性が必要だと思っていて、この透明性をキーワード・軸にプラットフォーム事業者のフォローアップを行っていきたいと思っています。
山口: 今おっしゃった中で法規制の難しさがあったと思うのですが、フェイクニュースについて法規制が必要だと思っている人が75%位いらっしゃいました。もちろんその考え方も世の中にあっていいと思うのですが、我々が今享受している表現の自由というのは薄氷の上に成り立っていることを認識する必要はあると思います。

山口: 楊井さんに質問です。FIJではどのような活動をされていて、その中でどのような課題を感じられていますか。
楊井: 活動を始めて3年になるわけですが、活動前と比べれば効果は少しずつ出てきたところはあると思います。ファクトチェックはフェイクニュースに比べて認知度が低いことが問題になっていますが、3年前は皆無だったことを考えれば、それよりは向上しているのだろうと思います。これはメディアの意識が変わってきたことを示しているのかなとも思いますし、IT企業だけに任せるのではなくてジャーナリズムの一翼としてこれは担う必要があるのだろうと思うようになったのだと思います。
 課題としては、メディアがファクトチェックに乗り出すことは重要で、特にインターネットではプラットフォーマーの活動がカギを握っていると思いますが、まだうまく連携がとれていない点です。但しこの新型コロナウイルスに関しては我々FIJの活動を載せて頂けていることもあり、その結果アクセス数が激増しました。今後もますますプラットフォーマーの協力は必要だと感じています。もう一点、コロナも含めて不安や敵対等の心理的なファクターに加えて、SNSのように脊髄反射的に行動が拡散できてしまうテクノロジーが連携していて、フェイクニュースが生まれてきていると思います。これらの脊髄反射的なものをどのように制御していくのかが必要だと思っていまして、最近のTwitterで始まった、リツイート直前に確認を要求している取り組みはよいと思っています。

今求められるリテラシー教育

山口: 情報社会においてこのようなフェイクニュースの問題がある中で、今何が必要で何が足りていないか。そして海外の興味深い事例があればご紹介いただきたいです。
古田: リテラシー教育とはフェイクニュースやファクトチェックに限らず総合的に必要だと思っています。名前は関係なく、変なものに騙されないワクチンを打っておく必要はもちろんあるでしょう。海外の事例としてはインターネットを通じたゲームを体験させることによって変な情報を体験させるものが学校教育でも提供されていて、このようなものが日本でも必要だと考えています。シミュレーションゲームのようなもので、単に何かを読ませるよりはこのように取り組ませることでモチベーションを上げるような仕組みは必要だと思っています。
中川: 私もゲーミフィケーションは必要だと思っていて、私自身も失敗しながらインターネットについて学んできた経緯もありますし、一方的な講義では真に心に響かないとは思います。一方で、クリティカルシンキングなどは生きる上で必要なものだと思っていて、どのようにして学校教育で教えていけばいいのかというところが難しいと思っています。いわゆるデジタルリテラシーは今も行っているところではありますが、情報リテラシーは年齢に関係ないもので、社会全体として皆が力をつけていくためにはどうしたらいいのか、学校現場以外でどのように身に着けていったらいいのかという点は答えが出ないものでもありますが、難しいものだと思っています。
古田: 私はWeb上で提供することがいいのかなと思っています。誰でもアクセスが簡単にできるので、学校ではそれをみんなで使えばいいですし、大人も不安になったらそれを使えばいいと思っています。
中川: 私も調査を行ったときに、学び方としてゲーミフィケーションのイメージが皆さんにないのではないかという印象を持っていて、楽しく学べるということを伝えていくことが必要なのかなと思います。逆にテレビが人気になっていて、アンケート調査では、日本人は受動的にテレビで学びたいという結果になったことはお伝えしておきたいと思います。
楊井: 日本でよくないと思う点は、学校教育だけでなくSNSの流行も含めて、情報を一方的に投げつけている点だと思います。リテラシー教育は双方向である必要があると思うので、教育現場の底から改善していかなければならないのではないかなと思います。
山口: 私も振り返ってみると、日本の学校ではディスカッションというものがほとんどなく、これを盛り込んでいく必要があると思っています。

フェイクニュースに打ち勝つ社会のために

山口: 求められているステークホルダー連携についてお話を伺えればと思います。
楊井: ファクトチェックは基本的な事実かどうかを確認する地道な作業で、これなくしてフェイクニュースへの対応はもちろんできませんが、プラットフォーマーなどとの連携も不可欠です。フェイクニュースに打ち勝つといってはいるのですが、これはウイルスと比較するといいかと思っています。つまり、ウイルスは完全に撲滅することはできませんが、フェイクニュースも人類の言論の自由の中では自然に生まれてくる、似たようなものだと思っていて、これを完全に消し去るという発想はしない方がいいと思っています。そうではなく、フェイクニュースが力を持たなくなり、健全な議論を積み重ねていくことができるような社会が必要だと思っています。その中でプラットフォーマーの力が重要だとは思っていまして、フェイクニュースは流れていながらも、より真実の情報の方が重要視されるような仕組みを作っていくことが大事だと思っています。

山口: 政府として今後考えられている施策についてお聞かせください。
中川: 削除という点が論点になると思っています。情報は、違法・他人の権利を傷つけるものと、間違った情報の2つに分かれていて、前者はもちろん削除ということが解決策として可能だと思います。しかし、後者に関しては社会として皆が本当に望んでいるのかと考えたうえで慎重に対応していく必要があると思っています。うまくファクトチェック記事を見せられるようにすることや、リツイート前に確認させるような仕組みで、プラットフォーマーの消費者に対するエンパワーメントによって対策していくことが必要だと思っています。
 ここで政府が何をするのかという点ではあるのですが、透明性というキーワードをもとにプラットフォーマーの努力を国民に伝えていくことが必要だと思っています。また、SNS事業者は寡占になってしまうことが問題だと思っていて、プラットフォーマーが嫌だと思ったら離れることができる、つまりユーザーが複数のSNSから選択をできるというような状況が、競争という観点からも必要だろうと思っています。この中で役所が何をすることができるという点は、引き続き考えていく必要があると思っています。

山口: フェイクニュースに対してのメディアの立場のお考えをお聞かせください。
古田: メディアというのは情報を検証するプロであり、発信するプロです。メディアが行うべきことはまずはファクトチェックだと思っています。かつては情報量が少なかったのでそれを正確に伝えることが必要ですが、今は情報があふれているからこそ間違った情報についてフラグを立ててあげることが大事だと思います。
 ただBuzzFeedのファクトチェックの取り組みを始めた時に批判を受けたのは「ファクトチェックだけでフェイクニュースに対抗できると思っているのか」という内容です。これに対して私はやるべきことが5つあると思っていて、まずファクトチェックをすることで人々にフェイクニュースの存在を気付かせることだと思っています。次にプラットフォーマーにテクノロジーで共有方法を考慮してほしい、3つ目はリテラシーの向上、4つ目はフェイクニュースによる経済的利益を得ている人たちにお金を流してしまっている広告発信者が気を付ける、5つ目は全ての人たちが発信者のメディアリテラシーを学ぶことだと思っています。この5つのステップをやらないならば国が規制するしかなくなってしまいます。
 しかし、私が恐ろしいと思うのは、国に規制を求める人が圧倒的に多いことです。海外の強権的な政権を見てきた私からすれば、そのようなことをしなくても済むような社会を作っていく必要があると思います。
山口: 逆にこの5つのステップを実践できている国はありますか。
古田: 難しい質問ですが、様々な国が努力してはいると思います。ただ、日本で足りないところを挙げるとすれば、他国に比べてファクトチェックの量が圧倒的に少ないと思うので、これをメディア側が量の面で増やしていく必要があると思います。

山口: 今後メディアや様々なプラットフォーマーがファクトチェックしていく未来として思い描いているものはありますか。
楊井: ファクトチェックは日本で取り組みが始まった段階ですけれども、様々なバックグラウンドを持った人がファクトチェックに参加する必要があると思っています。なぜかというと、ファクトチェックを一部の人だけでやっている、何らかの政党性をもって行っていると思われてしまうと、ファクトチェックそのものへの反発が出てきてしまう面があるからです。実際にそのような例も出てきています。事実が何かをめぐってもファクトチェッカーの間で別れることもあります。
 大事なことは何が真実かよりも、真実が何かとみんなが考えること、そのうえで議論を重ねていくということが大事だと思います。日本はまだ深刻な状態とまで入っていないと思いますが、今から総合的な取り組みを広げていく必要があると思います。また、なかなかこのような取り組みはビジネスモデルとして難しいところもありますので、言論の自由が当たり前の社会の中において弊害的な負の側面を少なくとも緩和するものなので、何らかの公的に支える仕組みがあった方がよいのではないかと思います。

第二部「情報社会における言論環境の未来」

パネルディスカッション

ネットの誹謗中傷・極端さのメカニズム、人々のあるべき姿 (話題提供:山口)

ネットの誹謗中傷の話は日本でも大きくクローズアップされるようになりましたが、その大きなきっかけとなった話として、テレビで放送された内容を機に出演者が誹謗中傷に遭い自殺してしまったというものがあります。ではそもそもなぜ誹謗中傷がネット上にあふれやすいのかという話ができればと思っています。

具体的にはネット環境に関する3つのポイントについてお話しできればと思っています。1つ目は非対面のコミュニケーションでは攻撃的なメッセージを発しやすくなり、あまり考えずに発信してしまうパターンもあるということです。2つ目はインターネット上では基本的に発信したいことを能動的に発信した情報であふれていて、極端で強い意見を持っている人ほど大量に書き込みをしてしまうことです。結果的に攻撃的で極端なメッセージが多く見えてしまっています。最後に、そのような投稿をしている人は全体のユーザーから見るとごく少数で、ごく少数の中の更に少数の人がネット上の誹謗中傷を書き込んでいるということです。

渡辺: メディアに携わられている藤谷さんはどのようなお考えですか。
藤谷: 私はサイレントマジョリティーを大切にする必要があると思っています。私がソーシャルメディアを担当していたエディターの頃、ソーシャルメディアでの批判に対する社内の反応は、極端に無視していい人と丁寧に対応すべきだという人がいました。それに対して私は、どれだけその批判が広がっているのかを見るべきだと考えていました。本当に少数の人たちが明示的にやっているのか、それとも本当に我々に非があるのか、それならば訂正してサイレントマジョリティーの人々の信頼を得るべきなのか、これを考えるべきだということです。また先ほどの山口さんのお話にもあったように、自分が正しいと信じて発信・拡散をしている事例というのも実際にありました。

渡辺: ネットの誹謗中傷の広がるメカニズムは、メディアのビジネスモデルとも対になっているという話がありましたが、やはりメディアのビジネスモデルと言論環境づくりは切っても切れない関係にあるのでしょうか。
佐々木: 非常にそう思っています。私はタイムラインを危惧しているところでして、広告収益で成り立つためには高頻度でアクセスすることを習慣化してほしいという思惑があるので、そこにいることが楽しいという環境を作る必要があります。ですから、一か所でそこに情報が集まって楽しい場所を作るというのは理にかなっており、実際にビジネスモデルを作るうえで収益も出るころとは強い関係があると思います。
 また、ネットでは極端な意見表明が多く、少ない人数の人がそのような書き込みをしていることを知るということが大事だと思っていて、それを知ることで仮に極端な意見が自分のタイムラインに存在していたとしても、それを極端な意見だと想像することができるようになります。ツイートの件数とアカウントの数は違いますし、複数アカウントを持っていることもあるので、アカウントの件数と実人数は違います。しかしこれを知らなければ人々の心理がコントロールされてしまう部分があると思うので、自分のタイムライン上に存在するものに対して、山口さんの言う通り、誹謗中傷と意識しないままに拡散行動に寄与してしまう場合もあると思っています。
渡辺: 何か炎上している、批判が盛り上がっていると考えられるときでも、ごく一部のラウドマイノリティが言説を生み出しているに過ぎないという場合があるということですね。

渡辺: 一方でメディアの方や政府も深い悩みを抱えているように感じます。ただ、それを規制することは問題だとは思いますが、どれくらい真剣に受け止めていくべきなのでしょうか?
宍戸: まず、インターネット上の誹謗中傷の問題はものによって様々あるというところが重要です。なぜかある日突然攻撃を受ける、学校の裏サイトのような狭い世界で誹謗中傷を受けるということは前からあったわけです。それがSNSという広く開かれた場所だと世界中から批判を受けているように感じてしまう。これには対応が必要だと思います。一方で、誹謗中傷と括られる例のなかで、政治家や企業への正当な批判に対する応酬というパターンもあります。これを規制してしまうと自由な言論への規制になってしまうので問題です。一律な規制ではなく事業者による創意工夫のある取り組みが重要になってくると思われます。SNSの法人が集まっている一般財団法人では、現在法務省と協力して、自分が気づかないで人を傷つけてしまうことがないようにすること、他方で自分に誹謗中傷が来ているように感じても実はそんなことはないということを知らせていく普及キャンペーンを実施しています。

豊かな情報社会のための政策的対処 (話題提供:宍戸)

自由な情報流通が拡大していくことによって民主主義や消費者としての行動の可能性が拡大していく。自由な情報流通を維持していくことは近年の社会構造の根幹にあることだと思います。そうであればこそ、表現あるいは情報の発信者に対する規制というのは、政府の検閲にならないように気を付けなければならないし、情報を媒介する事業者への規制も情報の流通をゆがめる劇薬になり得るため気を付けなければならない、これが現在まで取られてきた施策だと思います。現在の情報環境で誹謗中傷やフェイクニュースの問題への対応については慎重である必要がありますが、問題の進展は非常に速いです。そこで、政府の規制より有効な対応が何かできないのかというフォーラム(Disinformation対策フォーラム)が作られて情報の共有がなされています。現在では総務省の報告を踏まえて、偽情報に対するフォーラムが民間主導の形で設置され、メディアの方々も含めて、議論が重ねられているところです。このように、まずは民間の話し合いが行われ、そのうえで政府による対応が構造的に必要な場合は行われるというような形になっています。これが豊かな情報政策への政策的対処かと私は思っています。

渡辺: 山口さんに伺います。山口さんも参加しているDisinformation対策フォーラムの議論にかかわってみて、思われたことはありますか。
山口: 基本的には宍戸先生のおっしゃる通り、自由な情報流通を維持する点は重要なことだと思っています。私は政策的な介入には慎重な立場です。
 例えばネットの匿名性が問題になることがあるのですが、対抗策としてネット実名制を敷いた韓国では、一般的な発信は委縮して減りましたが、悪意のある書き込みは割合的にみるとほとんど変わりませんでした。結局、全体の表現の萎縮を招いた割には効果が非常に限定的で、表現の自由を侵害しているという理由で最終的には施策は終了しています。私の研究によると、このような悪意のある書き込みをしている人は、その投稿が正しいと信じて行っている場合も多いので、実名になったところで問題ないのだと思われます。
 一方で、プラットフォーム事業者に対して強い規制を敷いた場合はどうなるかというと、違法的な書き込みがあった時に24時間以内に削除しないといけないというドイツのネットワーク執行法の例を考えると、これには2つ弊害があります。1つ目は違法性の判断がプラットフォーマーの一存にゆだねられていること。もう1つはオーバーブロッキングの問題が発生していることです。実際に調査でも、ドイツの投稿削除率は確かに高いのですが、これが本当に良い状態なのかはもっと検討していく必要があるといわれています。
 最後に、名誉棄損の厳罰化というような話もありますが、名誉棄損というものは線引きが難しく、一応定義はあるものの判断が難しいものです。そのような曖昧なものに対して施行してしまうと、20~30年後にそれが悪用されて言論統制になってしまう場合が考えられます。私は被害者に寄り添う法律がいいのではないかと思っています。今だとネットで誹謗中傷されて訴えたいと思っても個人情報の特定をして、その後損害賠償請求となるので費用も期間も負担が大きい。例えば発信者情報開示請求のハードルを下げる、裁判回数を減らすといったある程度自衛ができるような環境を整えることが大事だと思っています。

渡辺: 発信者側に規制をすることは表現の自由の観点から難しい、民間の取り組みに期待する必要がある、という話が主流ですが、これについてどう思われますか。
藤谷: 規制に関してはおっしゃる通りで、メディアとしては規制を全く望んでいませんし、表現の自由は非常に大切だと思っています。その上でメディアもソーシャルメディアの方に力を入れていて、記者が直接ソーシャルメディアを用いて発信していくことも一つの業務だとして発信していく活動を行っています。その中で注意しなければならないこととして社内でもガイドラインを設けているものは、自らの信頼性を失うことをしてはいけないということです。メディアとしての公正さ公平さを疑われるようなことを発信してはいけない、いくら個人の発信といっても新聞社の記者の発信と社会には見られるということは念頭に置く必要があるとしています。

アーキテクチャ改善の道筋 (話題提供:佐々木)

フェイクニュースや誹謗中傷から離れた話にはなりますが、昔は仕事場に行くと人は仕事モードになって仕事をして、家に帰るとほとんど仕事を考えませんでした。それが1990年代半ばからPCが家庭に入るようになり、人の気の持ちようの区分がされなくなりました。2010年代中盤になると多くの日本人がスマートフォンでSNSなどインターネットを利用するようになりましたが、集中せずにインターネットを使うようになってからはまだ数年しか経っていません。その間にタイムラインがユーザーを引き付けて長時間滞在させるうえで有効だということが分かるようになり、SNSなどで採用されるようになりました。そこで熟読する必要がある情報と簡便な情報、プライベートな情報と公の情報が混在しながら大量に出てくるようになっているのが現状です。

これは仮説ですが、これらの情報が出てきたときに人々はこれを落ち着いて処理する時間を取れなくなってきてしまっていると思います。その結果、誹謗中傷にあたるのかどうか、ニュースが嘘か本当かどうかをあまり考えておらず、人間の認知能力を超えてきてしまっているのではないかと思います。これが私の持っている問題意識です。

渡辺: メディアに幅広い読者がいる中で伝え方の問題に直面していらっしゃると思うのですが、これは直感的にあるいは熟考を促しやすいなと考える例はありますか。
藤谷: 我々も最初にインターネット上での発信を始めた段階で、見出しの大切さを研究した時期はありました。現在のこのような情報があふれている環境では、サブスクリプション会員になってじっくりと読んでいただくということを意識してコンテンツを出しています。我々もコンテンツやオーディエンスとの向き合い方というものを意識して変えていく必要があるという点は常に考えています。

渡辺: 炎上を拡散させる人について調査をされたわけですが、冷静さを欠いた状態で情報に接したユーザーが拡散させてしまっているのではないかという話だと思うのですが、山口さんの研究の中でもそのように思いますか。
山口: 炎上は2パターンあると考えています。1つはものすごく粘着して複数アカウントで攻撃するパターン。これは考えなしにというレベルではないと思います。もう1つは、これは再考を促す仕組みで止まる人です。私の調査では炎上の中で何度も書き込む人は、炎上の中でも数パーセントのユーザーで、多くの人は1~2回書き込んで終わりのライトなユーザーです。このように思わず書き込んでしまう人に対しては、考え直しを促す仕組みで対応できると思います。
 もう一点、アーキテクチャの面で申し上げたいこととしては、「見ないで済む自由」というものが大事だと思っています。誹謗中傷のリプライ等を削除するとなると問題ですが、個人個人が見えなくするということは行ってもいいと思っています。誹謗中傷的なコメントかどうかというところは人工知能を用いてかなり判定できるので、それをレベル別に分けるなどして見えなくするフィルターのようなものを作ればいいと思っています。批判としては嘘を垂れ流している人に対して批判ができないだろうという問題はありますが、それは極少ない例ですし、引用RTで批判をすることも可能です。見たくない誹謗中傷は見ないで済む世界の構築が必要なのではないかと思っています。

メディア等の各ステークホルダーに求められること (話題提供:藤谷)

藤谷: 様々な情報があふれる中でのメディアジャーナリズムとして、きちんとした事実に基づいて発信をしていくことが大事だと考えています。その一例としてファクトチェックもあると考えていますし、メディアとしても取り組んでまいりました。この中で難しいと思うのは、フェイクニュースと一口に言ってもdisinformationなのかmisinformationなのかという違いもありますし、社会にインパクトがどれだけあるのかというところを見極める力がメディアにはまだまだ足りていないというところです。全てのデマに対応することはできませんが、これを見極めていくことがメディアに求められていくことだと思います。また、ディープフェイクのようにファクトだけを見ていくだけでは突き止められないところもありますので、デジタル技術を持つ方々との連携も必要だと思っています。

そして最終的には、良が悪を駆逐できるようなエコシステムを作ることが大事だと思っています。多様な視点からの議論をメディアとして見せていくというような、自分の嗜好に合ったものだけではない情報を見せる機会を作ること。そして様々な端末を用いて情報を取得できる今の環境であっても情報をしっかりと届けていく努力をしていく必要が、ジャーナリズムを追求していくうえであると考えています。ただ、難しい点もいくつかあります。メディアが取り上げることによってスピーカー効果を持ってしまう問題や、メディアそのものへの信頼感という課題もあると思っています。

宍戸: 情報環境が変容していく中で、各主体が環境全体の中で自らのポジションを理解し、自立して持続可能な形で発展していくことが大事だと思っています。マスメディアについては、取り上げることによる問題という点をおっしゃっていましたが、個々の事例よりも全体に対しての発信はメディアにしかできないと思いますので、それはマスメディアに担っていただくことが大事だと思います。
 メディアそのものがフェイクニュースだと批判されることについても、取材する中で真実だとして報道した内容をディフェンドし続ける姿勢をメディアが貫いているために、一部の人からフェイクニュースだと批判を受けている構造なのだと思います。ですので、真実が何かというものについてどのようにして接近しようとしているのか、違うということならば改めるという姿勢を見せていくことで、フェイクニュースへの対策となっていくのではないかと思っています。

執筆:大島英隆(国際大学GLOCOMリサーチアシスタント)

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