2016.10.27

OPINION PAPER_No.5(16-005)「超高齢化時代に適したキャリアの柔軟化を考える」

OPINION PAPER No.5(16-005)

超高齢化時代に適したキャリアの柔軟化を考える

高木聡一郎(国際大学GLOCOM主幹研究員/准教授)

我が国は、超高齢化により、社会保障から労働力、国内需要など、様々な側面で課題に直面している。一方、個人のキャリアに着目しても、年金支給年齢の引き上げや、それに伴う高齢期の就労問題など、課題が見えつつある。超高齢化、長寿命化が進んでいく中で、個人はどのようにキャリアをデザインしていけばよいのだろうか。また、企業はどのように対応していくべきだろうか。

◆ 長寿命化と就労期間の相対的短期化

少子高齢化の影響で最も顕著なものは、社会保障に関するものであろう。1965年にはおよそ現役世代9人で1人の高齢者を支えればよかった「胴上げ型」から、2050年には現役世代1.2人で1人の高齢者を支える「肩車型」になるとも言われる(財務省)(*i)。現役世代が高齢世代を支えるという賦課方式の年金を基本とする我が国の社会保障制度は、高齢化の影響を最も受ける分野であり、このままのシナリオでは、現役世代の負担は持続可能なレベルを超えてしまう恐れがある。

一方で、社会保障の問題は賦課方式のみに起因するとは言い切れない。図は、過去(農業中心社会)と現代(会社員中心社会)の就労期間を概念的に比較したものだ。

 

OP5-1
図 就労期間の短期化

 

農業中心社会の時代には、中学あるいは高校を卒業してすぐに生産活動に入るが、定年退職という制度がないため、健康なうちは働き続け、緩やかに引退していく。寿命が短かったこともあり、「引退」の期間は短く、生涯のうち少なくとも約6割程度は就労期間であったと推測される。

ところが現代社会では、知識経済化に伴う就学期間の長期化により就労開始が遅くなるうえ、会社員化に伴う定年退職の普及により、60歳(再雇用等で65歳など)までの就労となる。さらに、寿命が飛躍的に伸びたことも加わり、生涯に占める就労期間は4割から5割程度にまで短期化したと推測される。仮に年金制度が積立方式であったとしても、個人だけで人生の収支を合わせることは容易ではない。

その一方、高齢者は昔に比べて健康で、若返っているとする見方もある(*ii)。まだ十分働ける能力や体力があるにもかかわらず、定年退職等の制度により、強制的に「支えられる側」になっている状況がある。国際大学GLOCOMとパナソニック株式会社スペース&メディア創造研究所が共同で実施したアンケート調査(*iii)では、60歳以降に働くことを希望する人は約75%である一方、60歳以上で実際に働いている人は約35%にとどまる。また、60歳以上の人が就労を希望しない理由では、「仕事以外に時間を使いたい」に次いで、「年齢制限で働くところがなさそうだから」が多い。働く意欲はあるものの、年齢によって就労できない状況に置かれていることが分かる。

◆ 「終身雇用」の幻想

こうした中、高齢者の就労を促す取り組みは多く行われてきた。その代表的なものが雇用延長、再雇用であるが、課題も多い。前述のアンケート調査では、60歳以降に就労していない人の大半は企業の正社員出身であることがわかった。その中でも、特に課題を抱えているのは管理職経験者であり、課長、部長クラスであった人は、60歳以降に就労していない傾向にある。管理職になると労働組合を脱退する上、役職定年等で早い段階で子会社等に出向になるため、能力があっても高齢期に働けないという問題が生じている可能性がある。

その一方、画一的な雇用延長や再雇用に対する課題もある。変化の速い事業への適性や、上司であった者が部下になった際の組織運営に関する課題がある。また、変化の激しい現代では、そもそも、職業人生にわたって安定的に就労先の企業が存続するかという問題もある。

また、高齢者向けの職業のマッチング事業も行われているが、特に企業に長年勤めてきたホワイトカラー向けの募集は少なく、必ずしもこれまで培ってきた能力を活かせる仕事が見つかるとは限らない。

「終身雇用」という言葉には、職業人生全体にわたって生活の心配が無くなる代わりに、その企業に生涯仕えるという考え方が根底に流れている。しかし、上記で見られるように、長寿命化時代においては、「定年」はあっても、もはや「終身」とは言えない状況になっていることを直視する必要がある。企業側から見ても、65歳あるいは70歳まで、全ての従業員を雇い続けることを保証することは、産業の競争力や新規雇用時のリスクを考えると容易ではないだろう。

◆ キャリアの柔軟化を促す人事・雇用制度を

そこで必要になるのは、労働者自らがフレキシブルにキャリアを切り拓いていくことを阻害しないよう、雇用制度を柔軟化していくことではないだろうか。

例えば、一般的な企業は兼業を禁止しているところが多く、許可していても、本業とは全く関係のない仕事に限定していたり、本業で関わった知識を使えないといった場合がある。しかし、その人が長年にわたって培ったスキルや知識は社会全体にとっても貴重な資産である。企業も生涯にわたって雇用し続けることができないという前提に立てば、もう少し柔軟に兼業を認めても良いのではないだろうか。あるいは、もう一歩進んで「兼業禁止の禁止」という方向もある(*iv)。

また、培った知識を活かしつつ、柔軟にキャリアを切り拓いていくためには、新しいスキルを身に付ける必要がある。先述のアンケート調査でも、「資格の取得」、「起業のための資金づくり」、「知識・技術の習得」、「他企業での労働」、「個人事業の出来るスキルの習得」をしている人は高齢期の就労率が高い傾向が見られた。現役世代のうちから、キャリアシフトのための「学び直し」を進めることは、高齢期の就労にも有益であろう。(*v)

このような柔軟化が発展していけば、キャリアの複線化の可能性も拓ける。主となる企業で働きつつも、異なる仕事と収入源も持ちながら、年代によって主たる仕事をシフトしていくことができれば、全く新しいセーフティネットとなるだろう。そうした経験をもとに、シニア期に起業する人がいても良いし、そのような場として「シニアンバレー」と呼べるような起業支援の場や制度があっても良い。あるいは、経験や人脈をもとに、ベンチャー企業へ再就職するのも良いだろう。

◆ まとめ

重要なことは、高齢期の就労対策は、定年退職間際や、退職してからの施策では遅いということである。労働者が現役世代のうちに、様々なことに挑戦し、柔軟にキャリアを開拓していくことを阻害しない制度にしておくことは、収入と生き甲斐を求める高齢者、雇用延長を抱える企業、そして社会保障制度全体にとってメリットがある。また、貴重な人材を有効に活かすという点で、我が国の成長戦略にとっても不可欠なのではないだろうか。

*i 財務省HP http://www.mof.go.jp/comprehensive_reform/gaiyou/02.htm
*ii 秋山弘子(2013)「長寿社会とICT」、http://www.soumu.go.jp/main_content/000190764.pdfなどを参照。
*iii インターネットモニター6000人を対象としたアンケート調査。2016年3月実施。
*iv 青野慶久(2016)「「副業禁止」を禁止しよう」、https://note.mu/yoshiaono/n/nefbbb7f17981など。
*v 高木聡一郎(2016)『学び直しの方法論 社会人から大学院へ進学するには』インプレスR&D参照。

2016年10月発行

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