2020.03.09

OPINION PAPER_No.31(20-002)「情報化社会の先にあるもの ~人類の円環的進化の考察~」

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OPINION PAPER No.31(20-002)

情報化社会の先にあるもの ~人類の円環的進化の考察~

青木志保子(国際大学GLOCOM主任研究員)

「複雑・多様・変化の速い社会」、情報化社会以降よく耳にする言葉である。果たして我々は今、どこにいてどこに向かっているのか。本稿では人類の歴史を遡り、現在の立ち位置の再考と、未来に向かって重要となる考え方について検討する。

◆ 上り続けてきた私たち

ヒトがチンパンジーの共通祖先と別れて自身の道を歩み始めてから(約800万年前)(*i)、二足歩行と脳の発達という相互作用が始まった。そして科学と技術(テクノロジー)を得た。科学は認知する世界を広げ続け、テクノロジーはヒトの欲求を叶え続けた。さらに社会という実質的世界も変化させてきた。

そして我々はホモ・サピエンス:‘賢い人間’となり(約200万年前)今に至る。社会は、小さなコミュニティによる原始社会に始まり、移動採集社会(紀元前2万年頃~)、定住採集社会(紀元前1万年頃~)、定住の拡大と農業社会(紀元前8000年頃~)、産業社会(西暦1750頃年~)、情報化社会(西暦1900年頃~)、そして現在に至る。

科学・技術・社会のそれぞれの進化によって、人が増え、物が増え、情報が増えた。これらは‘豊かさ’であり、実際に寿命やGDPといった平均数値は上昇、世界は良くなっている(*ii)。しかし現代に生きる我々は、同時にこれまでの生き方を考え直そうとしている。その要因は次の大きな2つの壁であると考える。

◆ 対峙する壁①人類の生存圏の危機

一つは人類の生存圏の危機だ。イギリスの経済学者エルンスト・シューマッハー(*iii)は「有限世界の内部における物質消費の無限の拡大は不可能である」と述べた。地球は有限である。増え続けた人口と必要とされるエネルギー、そして生み出される様々な物質に、地球は耐えられなくなってきている。スタートは公害という、比較的解決されやすいものだった。だがしかし、気候変動をはじめとして、問題はグローバルかつ複雑に絡み合う事象に至っている。

そして西暦2000年、ヒトが外部環境を変えうるほど影響を与える時代として、オランダの大気化学者パウル・クルッツェン(*iv)は「人新世(アントロポセン)」という概念を提唱した(西暦1950年頃からとされている)。地質学上、これまでその層に影響を与えるものは気候状態や火山活動などであったが、人がそれに匹敵する存在になったということである。

◆ 対峙する壁②可能性の多さ=悩みの多さ

もう一つは可能性(選択肢)の多さであろう。我々人類は長い歴史を通じて確かに豊かになり、個人としての可能性が増えた。

可能性とは何か。例えば、医療技術の進展で自身の健康を保てるようになった。共同体から自身を切り離すツールとしてのお金の誕生で、好きな時に好きなことをできるようになった。仮想空間の存在としてのインターネットの誕生で、好きな時に好きなことを知ることができるようになった。そして現在、働き方も生き方もますます自由になっている。我々は自分の人生を‘コントロール’できるようになった。

これは一見とても素晴らしいことに思えるが、常に自ら考えなくてはいけなくなったのである。長い間人類が頼りにしていた神や権威や慣習、さらには自然の法則から離れ、自らの責任で生きる自由を得た。代わりに、責任=不安を負うことになった。つまり冒頭で述べた「複雑、多様、変化の速い社会」という言葉の深淵にあるのは、‘あれもこれもできるけれど、どうしよう’という悩みに近い。

ドイツの哲学者カントは「啓蒙とは人間が自ら招いた未成年状態から抜け出ることである」と述べた。現在はまさに自ら作り上げた豊かさを、手に余る可能性を、どう調理していくのか、と問われている。

◆ 情報化社会、最適化社会、自律社会

対峙する2つの壁、いうならば‘散らかった部屋(物理的限界)で、何をしたらよいかわからない(可能性の多い)状態’において我々はどうすればよいか。

事実、いずれに対しても‘解決しよう’と取り組んでいる状態といえよう。前者に関しては、技術革新はもちろんのこと、ESG投資やSDGsといった経済・社会からのアプローチも行われている。後者に関しては、様々なシーンにおいて‘顧客基点でサービスを’提供することで対応している。解(製品、サービス)は一つではなく、欲しいものも人によって異なる。

未来予測理論「SINIC理論」(*v)によると、現在は「最適化社会(2005~2024年)」にあたる。これまでの物質的豊かさを追求する「工業社会(1600年代からの手工業社会にスタートし、最終期は2004年頃までの情報化社会という長い期間である)」と、精神的豊かさを追求する初期である「自律社会(2025年~2032年頃)」の橋渡しの過渡期であるという。「最適化社会」とは、その両者の価値観がぶつかり葛藤しながら、個人と社会・人と自然・人と機械が最適なバランスを保ちながら融合していく社会とされている。

まさに今我々は新しい時代に向けた変容期にいる。

◆ 次世代サービスのキーは「意識の解放」

現在が、最適化社会という次の社会へ移行するためのいわば慣れの期間だとするならば、自律社会で重要となる価値を素早く(ただし抵抗なく)提供することが大切である。「自律社会」とは、「自分らしく生きている喜びを感じ、人間としての豊かさを享受する、『生の歓喜』を実現できる社会である」。(*vi)

生の歓喜を実現する、とはどうすればよいのか。筆者は‘自らの望みに気づくこと’=‘意識が解放される(軽くなる)瞬間を認識すること’が基点になると考える。よって、基本的には自己との対話が重要な行動になるだろう。瞑想の実践や哲学の再考が流行って久しいが、引き続きこの潮流は続くだろう。一人で行うのは骨が折れるため、他者の力を借りるコーチングやサード・プレイスもより広がるであろう。

自身の望みに気づくためには、ありすぎる物質と情報はノイズとなる。情報を減らし、環境を整え、意識の解放を生じやすくさせるサービスや技術が期待される。世界で評価される「こんまりメソッド」、星野リゾートが提供する「脱デジタル滞在」、サウナで意識を整える「サ道」など流行って久しい。サステイナブルな消費と暮らしが流行るのも必然であろう。

これら既にあるものは‘環境’を提供するものだが、‘技術’を用いてより内側にアプローチするものがあってもよい。例えばコミュニケーションをとる相手は他者というのが常識だが、(過去の)自身との対話、環境との対話、など、本来瞑想で行うものをテクノロジーがサポートする‘新しいコミュニケーションツール’があってもよい。

◆ ホモ・デウスか、ホモ・ルーデンスか

さらにその先を少し述べたい。SINIC理論では「原始社会」から「自律社会」の完成までを社会進化の1周期と捉え、2033年には人類社会の第2周期目となる「自然社会」がスタートをきるという。つまり、人類の円環的進化としての再スタート期である(図参照)。そして新たな円環のスタートにおいて生の歓喜の先に、‘ルーデンス(遊ぶ)’が一つの重要な概念になるだろうと筆者は考える。ルーデンスとは‘意識と心を解放し、そのうえで自らルールを定め、自身の命を最大限に輝かせること’(*vii)であると考える。

ハラリが唱えたホモ・デウス的世界では‘世界をコントールできる喜び’をより一層高めるが、ホモ・ルーデンス的世界では、同時に‘世界(自身の身体から高次なものを含む現在の環境)に対して委ねる安心感’が同居する世界に生きると考える。

どちら(どれか)になるかは、次の「自律社会」で‘自らの望みに気づくこと’がキーになる。どちらの世界も共存する可能性もあるだろう。いずれにせよ、我々は現在、次の時代を決める非常に重要なターニングポイントに立っているのではないだろうか。

 

 

図 人類の円環的進化と未来(*viii)

 

*i デイヴィッド・クリスチャン他監修(2017)『ビッグヒストリー大図鑑:宇宙と人類 138億年の物語』、河出書房新社。以降述べる人類史についても本書を参考にした。
*ii ハンス・ロスリング他(2019)『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』、日経BP
*iii F・アーンスト・シューマッハー(1986)『スモール イズ ビューティフル』、講談社、など。
*iv フロンガスによるオゾン層破壊の研究でノーベル賞を受賞。
*v オムロンの創業者、立石一真氏が1970年に提唱した未来予測理論。
*vi  立石義雄(2005)『未来から選ばれる企業 オムロンの「感知力」経営』、PHP研究所
*vii ホイジンガ(1973)『ホモ・ルーデンス』、中央公論社を参考にした筆者の定義。
*viii SINIC理論を参考に自説を加えたもの。

2020年3月発行

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