カンファレンス「クラウド活用による日本・アジアの経済成長」 開催レポート

カンファレンス「クラウド活用による日本・アジアの経済成長」 開催概要

日時:2019年12月18日(水)15:30-17:30
会場:イイノカンファレンスセンター Room B
主催:国際大学グローバル・コミュニケーション・センター
協力:Google Asia Pacific Pte. Ltd.
参加人数:80名

レポート

 

Summary

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)では、2019年12月18日都内にて、日本におけるクラウド活用の展開を議論するカンファレンスを開催しました。

基調講演では2019年10月発表のボストンコンサルティンググループによる調査レポートの内容を共有し、日本のパブリッククラウドによる経済効果見込みは約14兆円で、雇用創出効果として14.6万人見込まれることが明らかになりました。また、そのメリットはクラウドサービスプロバイダーだけではなくユーザ企業側にも多くあることが強調されました。特別講演には平井卓也衆議院議員をお招きし、日本のデジタル政策の全体像とビジョンをお話しいただきました。続くパネルディスカッションでは、田中邦裕氏(さくらインターネット代表取締役社長)、石井哲氏(みずほフィナンシャルグループ取締役執行役専務)、瀧島勇樹氏(経済産業省商務情報政策局情報技術利用促進課長)より、各立場からみたクラウドについてのコメントを述べていただき、“クラウドの費用対効果”、“デジタル人材育成”、“デジタル変革の先にある顧客価値” など、様々な議論を行いました。

パブリッククラウドをより効果的に促進するには、プロバイダーとユーザをはじめとして、様々なセクター間での「透明性の高いコミュニケーション」がより重要になってくると考えます。GLOCOMではそのハブとなるべく、引き続き本テーマの議論を進めていきます。

◆ プログラム ◆

15:30-15:35 ご挨拶
Barbara Navarro (Head of Google Cloud, Government Affairs and Public Policy ,APAC)
松山 良一(国際大学GLOCOM 所長)
15:35-16:05 基調講演「クラウドへの道程 APAC 主要 6 カ国の経済成長に向けた発進」
関根 正之(ボストンコンサルティンググループ DigitalBCG プリンシパル)
16:05-16:25 特別講演「日本のデジタル政策、とるべき未来」
平井 卓也(自民党 デジタル社会推進特別委員長 衆議院議員)
16:25-17:10 パネルディスカッション「クラウド活用による日本経済成長シナリオを探る」
パネリスト
石井哲(株式会社みずほフィナンシャルグループ 取締役執行役専務)
関根正之
瀧島勇樹(経済産業省 商務情報政策局 情報技術利用促進課長)
田中邦裕(さくらインターネット株式会社 代表取締役社長)
モデレータ
渡辺智暁(国際大学GLOCOM 主幹研究員・研究部長)
17:10-17:30 会場とのフリーディスカッション

 

◆ クラウドへの道程 APAC主要6カ国の経済成長に向けた発進

関根 正之(ボストンコンサルティンググループ Digital BCG プリンシパル)

日本のパブリッククラウドによる経済効果は5年間で約14兆円、5.1万人の直接の雇用創出効果に

今回の調査では、アジアパシフィックの6 カ国(日本・韓国・インド・シンガポール・インドネシア・オーストラリア)で1000人以上、日本でも200人以上から質問に回答いただき、6本の経済モデルを作成しました。分析の結果、パブリッククラウドによるアジアパシフィック地域6カ国の経済効果は2019-23年の期間で累計約50兆円に達すると期待されることがわかりました。また、雇用効果に関しては、42.5万人の雇用が直接的に創出され、120万人の雇用が影響を受ける予想です。

日本においては、同じく5カ年でパブリッククラウドが生み出しうる価値は、GDP押上効果として約14兆円、雇用創出効果として14.6万人となることが分かりました。また、日本のクラウド活用の特徴として、「メディアとゲーム」と「リテール」が先行しており、「金融サービス」と「公的機関」が続き、「製造業」は遅れているということが挙げられます。雇用創出効果の内訳は、5.1万人の雇用が直接的に創出され、加えて9.5万人の雇用が波及効果で生み出される可能性があります。

アジアパシフィック地域において、パブリッククラウドのCAGR(年平均成長率)は年率約25%と急速に成長しており、これは米国の18%、西ヨーロッパの19%を上回っています。市場規模としては、欧米比だと依然として小さいものの、その成長率には目を見張るものがあります。

 

経済効果の85%はユーザ企業側に発生

パブリッククラウドのユーザへのヒアリングにより、クラウド導入による重要なメリットは「顧客エンゲージメントとエクスペリエンスの強化」「より良いセキュリティとコンプライアンス環境」「チームの生産性向上」「市場投入までの時間短縮」「新製品やサービス立ち上げ能力」「コスト削減」と6つに特定されることがわかりました。また、ユーザは「売上増」「生産性向上」「ITコスト削減」、「セキュリティ向上」を効果と認識しています。

重要な点は、前述した経済効果の85%はクラウドサービスの提供者ではなく利用者であるユーザ企業側に発生する、という点です。また、この経済効果は各国の主要産業の規模に匹敵しています。日本においては自動車産業であり、毎年その2割程度成長すると見られ、これはとても大きい数字と言えます。

 

普及のためには「パブリッククラウドに関する理解不足」の解消が重要

前述のように可能性は見いだせているものの、69%の利用者は組織にパブリッククラウドを導入する際に困難を感じています。その理由としては、パブリッククラウドに関する理解不足、組織の内部的な課題が原因となっていることが明らかになりました。さらなる普及のためには、それらが解消されることが不可欠といえるでしょう。同時に、多くの人がクラウドに関連した新しいスキルを身につけること、そして、デジタル人材不足の解消が必要です。

※関連レポート
『Ascent to the Cloud: How Six Key APAC Economies Can Lift-off』
https://www.bcg.com/publications/2019/economic-impact-public-cloud-apac/default.aspx

 

◆ 日本のデジタル政策 とるべき未来

平井 卓也(自民党 デジタル社会推進特別委員長 衆議院議員)

DigitizationからDigitalization、そしてDXへ

クラウド政策の現況として、2018年6月7日のCIO連絡会議ではクラウドバイデフォルトを決定し、その調達について、未来投資会議で日本版FedRAMPを作ることを閣議決定しました。クラウドに関する不安点を一つ一つ解消し、現状のマインドセットをいかに変えるかが重要と認識しています。

クラウドを活用・普及する、これはすなわちDX(デジタルトランスフォーメーション)の重要なツールの一つであると考えていますが、これまでの日本においては、そもそもDigitalizationの意識が低かったのが大きな問題ではないでしょうか。これまでも、様々なデジタル化にあたっては根本のビジネスモデルから見直すことが必要でしたが、当時、手段としてのデジタル化だけになってしまったため、重要なビジネス的変革できなかったといえます。これから重要なのは、DigitizationからDigitalization、そしてDX(デジタルトランスフォーメーション)への意識をしっかり持つことだといえます。

 

IDなき日本からIDのある日本へ

また、日本のデジタル化で障害となっているのはIDがないままに行政サービスを行っていたことだと考えています。マイナンバー制度が始まった頃に、インドで同様の「インディア・スタック」が始まりましたが、そちらはうまく展開しました。違いは、カードを取り巻くアーキテクチャです。彼らは行政や民間サービスをカードに乗せており、大きな経済効果をもたらしました。一方、日本のマイナンバーはその12桁の数字を、特定個人情報に位置付けてしまいました。これによりその取り扱いが厳重になりビジネス展開への障壁となってしまいました。

巻き返しを図るべく、マイナンバーカードを基盤とした新たなアーキテクチャを作るために、マイナポイントなどを来年にローンチし、国民への理解を促したいと考えています。また、来年の個人情報保護法の改正を契機として、特定個人情報から個人情報へ格下げする議論を進めていきたいと考えています。

2019年から「デジタル手続法」を進めていますが、民間や地方自治体や政府が本当に使い易い手続きで進めるためには、基礎となる「IT基本法」を始めとした法律を変え、デジタル化を社会全体で進めることが必要だと考えています。

 

米中型プラットフォーマーいずれとも異なるヒューマンセントリックなモデルを

マルチクラウドだけではなく、オンプレミスやパブリッククラウドをいかに調和させるかということが各省庁にとって課題ですが、政府に人材が不足しているのが現状です。また、ゼロトラストと呼ばれるものには、技術面だけではなく人の管理の問題も含まれ、日本には米国のようなセキュリティクリアランス制度がないため、それに代わるものも検討していく必要があるでしょう。

そもそも日本企業は自身の文化面からプラットフォームを作るという発想がなかったといえます。しかし、英語を使用する効率重視の文化ではなく、日本語を使う独自の文化として、安心感や信頼感を大切にする独自の文化があります。それを活かした形で、米中型プラットフォーマーいずれとも異なる、日本的なヒューマンセントリックな考え方をベースに、クラウドを含めた今後のデジタル化とビジネスモデルの議論を行っていくべきでしょう。

 

◆ クラウド活用による日本経済成長シナリオを探る

石井 哲(株式会社みずほフィナンシャルグループ 取締役執行役専務)
瀧島 勇樹(経済産業省 商務情報政策局 情報技術利用促進課長)
関根 正之(ボストンコンサルティンググループ Digital BCG プリンシパル)
田中 邦裕(さくらインターネット株式会社 代表取締役社長)
渡辺 智暁(国際大学GLOCOM 主幹研究員・研究部長)

◆論点1:それぞれの立場から見たクラウド

ユーザ:「オンプレミスとパブリックのバランス」

石井: みずほグループのクラウドという観点から言うと、パブリッククラウドについてはまだ途上という認識です。最近では外(他社)との協働が増えてきており、QR決済を始めとして顧客の決済に関する場面などでパブリッククラウドを使う場が出てきました。外のノウハウやプラットフォームを使いながら、‘みずほ’が顧客に対して見えない形でビジネスを進めることが一つのキーになってきています。
現在、みずほグループには7500のシステムがあり、その9割がオンプレミスです。計算上は7 割をパブリッククラウドにできることが明らかになりましたが、基幹系システムについては‘止めることができない’という実情があるため、必ずしもクラウドファーストではなく、最適な組み合わせでやっていきたいと考えています。また基幹系は耐用年数が長く、10~15年を超えるとなると自前の方が結果的に安くつく、という事情もあります。また、セキュリティの問題があり、たとえばIaaSでは設定のミスがあると翌日にはサイバー攻撃をされてしまったりします。この辺の部分をどのようにするかが課題で、バランスを取りつつ運用していきたいと考えています。

 

クラウドベンダ:「日本企業はデジタル人材を活用するケイパビリティを」

田中: 我々の世界でも、近年はAI需要が増えてきています。ディープラーニングで、データを集め、速いコンピュータを用意し、優秀なサイエンティストを集めればビジネスに勝つような時代になり、5年で売上が倍になりました。これが大きな波であり、これに乗ることが重要で、東証一部に上場できました。これからもデジタル化はまだまだ進むと考えられ、
DigitizationからDigitalization、DX(デジタルトランスフォーメーション)と流れが来ています。連絡手段にメールを使うというのはすでに過去の話となり、最近はLINEやチャットやメッセンジャーに変わってきています。文書をPDFで出力しているようでは古く、現在は構造化された文書をAPIで検索する時代になりました。
IPAの主催する未踏プロジェクトのプロジェクトマネージャーとして、20代のトップ層に対してメンタリングを行っていますが、明らかに彼らは新人類です。そうした人材がどれだけ活躍できるかが重要ですが、彼らは外資系大手企業に就職してしまう現状があります。日本企業が彼らを活用できるようなケイパビリティを持つ必要はあるでしょう。人材不足だけではなく、質の高い人材をどう活用するかが今後のキーであるといえます。

 

政府:「DX の本質は顧客の価値の再定義」

瀧島: インディア・スタックが普及したのは明確な目標があったからでしょう。それは、地方にいることで物理的にインクルードされていない人を、デジタルによってインクルードしたいというもので、日本(のマイナンバー)ではそうした目標があったわけではなかったのが最大の違いです。このコンセプトに加え、補助金運用の適切な管理が期待されうまくい
きました。インドは補助金として数兆円を地方に交付していましたが、半分は適切に運用されていない現状がありました。デジタル化によってより適切な運用がなされることをユーザも期待していたわけです。このように、明確な目的をもったコンセプトとユーザへのメリットがあったので、インディアンスタックが成り立ったのでしょう。
DX(デジタルトランスフォーメーション)の本質は顧客に提供する価値の再定義であり、民間や政府自体もいま問われています。今エクスクルードされている人たち、地方、子供、高齢者など、属性としてわかりやすい人だけでなく、例えば小さい困りごとなど、細かい事象に対しても、行政がいかにサービス顧客価値を提供できるのかが重要であると考えています。公的財産、たとえばドローン、土地などすべてのものにタグをふり、それらがデジタル上で管理されて生活基盤となり、その上にクラウドが空気のように使われていくことを念頭に置いてDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めていく事が必要でしょう。

 

◆論点2:企業が競争力を強化するためにどのように活用していくべきか

新たなビジネスツールとしてのクラウド

石井: クラウドをどう使うか、という手段から入るのではなく、新しいビジネスや社会的な課題の中にどういった形で解決の道筋が作れるかということを考えるべきだと思っています。みずほでは、社会から何が求められているのか、どのように解決するのか、ビジネスの枠組みをどうデザインするのかについて、多様な人を含めて議論しながら内外で取り組んでいます。具体的には、銀行員だけではなくできるだけ外のプラットフォーマーとつながりながら、PoCをつくり事業化につなげていく試みです。そうした際、外(他社)の人たちと組む以上は、クラウドが重要になってくるだろうと考えています。

 

「合意なき期待」から「責任共有モデル」へ

田中: 社会人の不幸は、「合意なき期待」がその理由の大半であると考えています。クラウド活用も同様で、顧客と提供側で責任の合意が取れていないことが推進を妨げる大きな要因でしょう。一方、「責任共有モデル」があり、これは顧客と提供側が責任を共有することで、AWSでもよく話題に上がる非常に重要な考え方です。外資系のクラウドは障害が発生しても怒られないのに日系は怒られる、という話がありますが、これは日系か米系かの問題ではなく責任が共有されているか、また、合意できているかがポイントです。日系ベンダは、最初は「最後まで(クライアント企業と)添い遂げる」と言っているが、最終的には訴訟になる、ということもよくあるので良くない状況と言えるでしょう。
パブリッククラウドは複数のユーザでシステムをシェアしている状態なので、責任や要件をユーザとベンダ間でまずは明確にしておくことがとても重要です。ユーザ側は、クラウドの決定プロセスにおいて、ベンダときちんと話をして、責任をどの範囲でどちらが負うのか把握しておく事が重要でしょう。

 

◆論点3:政府が打つべき政策や取り組みは何か

政府が率先してクラウドファーストに

瀧島: 日本のGDP が600 兆円で、政府周辺は100兆円の産業なので、政府がクラウドファーストになることが大事だと考えています。データの種類によって保存する場所や冗長性・堅牢性・安全性を整理してクラウドファーストを実行していきます。まずは政府が利用することで、利用促進のために役立つのではないかと考えています。
政府全体の予算の中で4,000 億円はIT 総合戦略室が横串で査定しようということになりました。これが絵に描いた餅にならないように、アーキテクチャを書ききる、ということをまさにこれから取り組んでいきます。

「透明性の高い規制」と「国際協調」を

関根: IT 技術の中でもクラウドは規制の影響を受けやすいため、「透明性の高い規制」を作ることが普及に際しては重要です。また、ビジネスが日常的にグローバル化する中ではクラウドを使うと早いでしょう。よって、「国際協調」も重要です。国ごとに横展開するときに日本が他国と制度が違うと遅れをとるので、日本企業の国際展開という意味でも、制度自体を他国と協調する必要があります。

瀧島: 官・民・ユーザで責任共有する新しい「透明性の高い規制」のあり方を議論していきたいと考えています。規制はこれまでは、何か問題が起きて議題にあがり、政府として対応する手段として規制があったと思います。これからは政府が一方的に行うものではなく、デジタル時代における新しいルールとしての規制のあり方について議論していきたいと考えます。

 

発行人 松山良一
企画・編集 青木志保子
ライター  永井公成

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