オンラインイベント『著作権法50周年に諸外国の改正動向を考える ~デジタルアーカイブ、拡大集中許諾制度、孤児著作物対策~』【公開コロキウム】

登壇者 :山田太郎(参議院議員、自由民主党 知的財産戦略調査会 デジタル社会実現に向けての知財活用小委員会 事務局長)
     福井健策(弁護士(日本・ニューヨーク州)/日本大学芸術学部・神戸大学大学院 客員教授)
     生貝直人(東洋大学経済学部総合政策学科准教授)
     今村哲也(明治大学情報コミュニケーション学部教授)
     城所岩生(GLOCOM 客員教授/ニューヨーク州・ワシントン DC 弁護士)
     張 睿暎(獨協大学法学部教授)
     渡辺智暁(国際大学 GLOCOM 教授・主幹研究員)
開催日時:2020年9月16日 18:00~20:30
開催場所:Zoom ウェビナー

レポート概要

著作権をめぐる情勢はその時代における著作物のありかたと共に変化してきた。そしてあらゆるコンテンツのデジタル形式での保存が可能となった現代はその変化の渦中にある。本コロキウムでは、デジタル化が進む社会の中で現行の著作権法が抱える課題のうち、デジタルアーカイブ、孤児著作物に焦点を当て、これらの課題の対策として期待される裁定制度や拡大集中許諾制度について、欧州、米国、韓国の事例を参考に日本の今後の対応が議論された。紹介された事例に共通したのは、法制度およびその運用における手続きが時間・費用ともにコストのかかるものとなっているということだ。これにより孤児著作物の大規模なデジタル化が進まないなど、当初政策の中で掲げられた目標が十分に達成されていない。各国の事例から見えてきた課題を踏まえ、今後日本の制度を改善していく必要がある。

※山田太郎参議院議員の基調講演1については事務局長を務める自民党の「デジタル社会実現に向けての知財活用小委員会」での著作権に関する2つのテーマと14の課題を紹介しているため、ほぼ全文を掲載した。福井健策弁護士の基調講演2およびパネリストの発表については、当日の講演資料が本ページに公開されているため要約したが、パネル・ディスカッションについてはほぼ全文を掲載した。

資料

基調講演1:山田太郎

はじめに

自民党の参議院議員 山田太郎 です。どうぞよろしくお願いします。

自民党の知的財産戦略調査会の中に「デジタル社会実現に向けての知財活用小委員会」があり、著作権に関する全般を議論しています。私は、ここの事務局長を務めています。この小委員会では、デジタル化に向けて、著作権について何が問題で今後どのようにしていくべきかを話し合っています。どのような議論が行われているのか、本日の現行著作権法50周年の極めて重要な会議で、赤裸々に説明できればと思います。ボリュームのある話になりますが、私の持ち時間の15分の中で収まるように説明したいと思います。

小委員会での著作権に関する2つのテーマ

私の担当している小委員会の中では、著作権に関して大きなテーマが2つあります。1つ目は、『知財保護と活用のバランシング』です。ここでは、昨今話題になっている海賊版対策も取り扱っています。1年前にスクショができなくなるのではないかと話題になったダウンロード違法化やリーチサイト規制などについては、私が事務局長になってから、あらためて慎重な議論を重ね、その結果、今年の通常国会に提出した著作権法改正案は衆参両院で全会一致で可決されました。また、著作権侵害に関する発信者情報開示に関しても、昨年末から、海賊版対策のために、違法アップロード者について実効的な発信者情報の開示が行われるよう、総務省等と膝を突き合わせて検討を行ってきました。今年、木村花さんの事件があり、自民党内では、誹謗中傷の論点からも発信者情報開示制度が議論されていますが、今日は著作権の話ですので、著作権侵害に関する発信者情報開示制度の在り方を議論していることの紹介にとどめさせていただきます。

2つ目は、『知財の利用促進』です。ここでは、パーソナルデータの利活用と個人情報保護法との関係や、デジタルコンテンツ流通促進データベースの構築などについて議論を行っています。後ほど、城所先生からお話があるかと思いますが、経産省が行っているJACCサーチや内閣府や国会図書館が行っているジャパンサーチなども、必要な予算をきちんとつけてしっかり進めるべきだということで、その在り方についても話し合いを行っています。また、正規版コンテンツの流通促進やフェアユース等に関しても議論しています。

デジタル時代に、われわれ与党が何を課題と捉えているか

デジタル時代にわれわれ与党が何を課題と捉えているのか。テーマは2つあります。1つ目は、デジタル時代の現状認識です。そして、2つ目は、コロナ禍でのデジタルや著作権に対する捉え方です。

1つ目のテーマであるデジタル時代の現状認識に関しては、6点の課題があります。

1点目は、デジタルネットワークが、これまでの著作権法の前提全てを覆しているという問題です。現行著作権法ができた50年前には、デジタルネットワークは存在せず、複製物の爆発的な拡散といったコントロール不能な状態は想定されていませんでした。そのため、デジタルネットワークが出現によって生じた事態に対して、現行著作権法では対応できていません。著作権そのものの考え方が古くなり、新たに考え直さなければいけない状態にあると現状認識しています。特に論点となるのは、著作権の人格権としての側面と財産権としての側面をどう整理するかです。これまでは”私のものは私のものである”という人格権としての側面が非常に強く議論されていましたが、これからは”著作物はどんどん流通していくものである”ということを前提に、財産権としての側面から、流通した著作物に対する対価分配や管理をどうするかを議論していくことが重要になります。このように、デジタルネットワークの出現によって、現行の著作権法あるいは著作権が社会に合わなくなっているという認識を持っています。

2点目は、アマチュアの台頭の問題です。いわゆるユーザー生成コンテンツ、UGCが盛んになっており、アマチュアがプロ化し、プロとアマチュアの区別が難しい状況になっています。これまでの発想では、著作物の創作者や流通者はプロであり、それに一般の国民が利用者として接するというものでした。そして、プロの組織としての出版社や権利団体があり、それら対一般の国民という構図で著作権法の議論が行われてきました。しかし、アマチュア対一般の国民、アマチュア対プロ、アマチュア対アマチュアという構図も出てきました。また、作品の品質においてアマチュアがプロ以上であるということもあります。アマチュアとプロとの区別が難しくなったことによって、著作権の流通が複雑化していると認識しています。

3点目は、著作物の流通量の問題です。デジタルコンテンツが爆発的に拡大するようになったことによって、流通する著作物の一つ一つを管理することができなくなっています。

4点目は、途中の媒介をしている存在についての問題です。かつてのテレビ・新聞・出版に代わる存在としてデジタルネットワークが広がっており、新聞や出版の急速なデジタル化も進んでいます。テレビニュースもネットニュースやネット動画という形になり、ほぼ全てがデジタルに移行しています。

5点目は、権利保護と対価還元の問題です。コンテンツのコントロールが難しくなってきており、権利の保護や対価の還元をどうするのかが課題となっています。

6点目は、権利侵害に関する問題です。著作権は、かつては、一般の国民が意識する必要があるものではなく、プロが理解していればいいものでした。しかし、現在は、違法アップロードや違法ダウンロード等、国民全員が著作権法に抵触する可能性がある状況になっています。刑事罰もあるので、犯罪者になってしまう可能性もある状態です。このように、著作権制度が全国民に関係する時代になっています。

与党自民党においては、これら6つの課題について対応していかなくてはならないという認識を持っています。ゴールは、デジタル著作権法というべきもので、現行法50年目にして著作権法を全面的に見直す必要があるのではないか、そのように考えています。

さて、2つ目のテーマであるコロナ禍のデジタルや著作権に対する捉え方に関してです。今回のコロナ禍を受けて、できる限り人と人の接触を避けるためデジタルの活用が検討されていますが、いろいろな局面において著作権法への抵触の問題が出ています。最初に議論になったのは、図書館の資料のデジタル送信やオンライン授業での著作物の利用等です。コロナ禍を受けたデジタル化の促進において、著作権法が阻害要因となっていることが相当な議論になりました。オンライン授業での著作物の利用等については、前倒しでいろいろな仕組みを作るなど、特別な措置で対処しましたが、抜本的に見直していかなければならない問題が多数あると認識しています。このコロナ禍のデジタルや著作権に対する捉え方には、8つの課題があります。

1点目は、著作権法はいわゆるオプトイン方式であり事前許諾が必要である点です。これまでの著作権法改正では事前許諾が必要であることを前提に、権利制限規定のパッチワークによる対応が続いてきました。その結果、百二十数条の著作権法が、複雑怪奇でプロですら理解が難しいものになっています。権利制限規定を積み重ね続けることで、今後のデジタル化への対処ができるのかは疑問です。フェアユース、クリエイティブ・コモンズなど、いろいろな出口はあると思いますが、いずれにしても、今のような権利制限の見直しだけでは対応できないであろうということが現状の課題です。

2点目は、冒頭にも話しましたが、デジタル時代の著作権法は、財産権の側面を全面に押し出して考えるべきではないか、人格権の側面は後退させるべきではないかという問題です。デジタルとして提供したものは、誰もが容易に一瞬で大量にコピーできる性質を持ちます。私のものは私のものであるという人格権の部分から、財産権に重きを置き、コンテンツは流通して初めて意味を持つという考え方に転換する必要があるのではないか、そのような議論も行われています。

3点目は、対価の還元が難しい点です。非デジタル時代には一つ一つ丁寧に著作物の管理が行えていたので、還元率は極めて高いものでした。しかし、デジタル時代は流通量が爆発的に増えているため、多少の抜けがあっても、全体的に相当な量が還元されればいいのではないかという考え方もあります。対価の還元に対する考え方も、デジタル時代には大きく変化するのではないでしょうか。

4点目は、報酬請求権化や拡大許諾集中制度が議論になっている点です。いわゆるアウトサイダーについて、その名称や取扱い方について検討がなされています。これは、次に述べる放送のネット同時配信においても議論になっています。私の小委員会で預かっているものですが、非常に難しい問題です。関連して、オーファンの問題もあります。孤児著作物です。裁定制度をどうしていくのか等が課題として挙がっています。

5点目は、放送とネット同時配信の問題です。今の時代、受け手からすれば放送とネット配信の区別が分かりにくいですが、放送は免許制で、放送法や著作権法上も放送局は特別な権利を持っています。放送は著作者隣接権等に関して優遇されていますが、放送と同一内容をネット配信する場合はどのように扱えばいいのか、ネットと放送のイコールフッティングをどのようにすればいいのか等、いろいろな課題が残っています。いずれにしても、ユーザーからすれば放送かネット配信かの区別はほとんど意識されなくなっている状況で、どのように著作権法を考えていくのかが大きな問題になっています。

6点目は、技術の問題です。福井先生の得意分野だと思いますが、AIによる著作物の利用、AIが創作した著作物についての権利の問題等です。2018年に著作権法30条の4が見直されましたが、その周辺で対応できていない課題はないのかも検討が必要です。また、ブロックチェーン、フィンガープリントなどのデジタルコンテンツの同一性を保証する技術が、知財の利用促進に活用できないのかも議論を行っています。

7点目は、新たに今年あたりから議論が始まったもので、データの所有権の問題です。EUのGDPRとの関係だけでなく、米中冷戦との関係でも、議論されているものです。著作物に対する権利どころでなく、データに対する所有権の問題ですので、話がさらに複雑になります。

8点目は、内外格差の問題です。デジタル時代では、著作物が、デジタルネットワークにより、国境を平気で越えていきます。国内法だけ整備しても、海外に対して国内法の執行ができないのでは、著作権侵害の被害をなくすことができません。この問題は、特に、海賊版対策において重要な課題となっています。

また、最近の著作権に関する問題は、立法府による議論に起因するものだけでなく、司法判断に起因するものも増えてきました。スズラン写真リツイート事件最高裁判決やWinny事件一審判決などのような、私どもからすれば、時代にそぐわない判断によって、技術の開発・普及や社会のデジタル化が阻害されるという危険性があります。もちろん、立法府は司法判断に介入できませんので、そのような判断がされた場合には、早急に立法によって手当てをしていかなければなりません。

まとめ

最後にまとめです。現状認識と課題を確認したうえで、どのようにしていくかという基本設計の話です。つい先日、知的財産戦略本部で、デジタル時代における著作権制度・関連政策の在り方検討タスクフォースが始まり、いわゆるデジタル著作権を意識した議論が始まっています。出口は、戦略的にコンテンツ流通促進を図るための制度の整備です。フェアユースなのか、クリエイティブ・コモンズなのか。クリエイティブ・コモンズにも、営利・非営利の区分や改変禁止、作品限定等いろいろな課題があります。それぞれについて、アメリカ型を採用するのか、ヨーロッパ型を採用するのか、日本独自のものを模索するのかという課題もあります。まだまだこれから議論ではありますが、このような現状認識と課題を踏まえた上で、現行著作権法50周年のこの時期に、著作権法を新たに大きく見直していく作業に取り掛かっています。私からは以上です。どうもありがとうございました。

基調講演2:「デジタルアーカイブ・配信と『権利の壁』」福井健策

映像を配信しようと考えた場合、映像自体に加えて脚本、原作、音楽といった要素がその映像に含まれ、それぞれに著作権者がいる。俳優、ダンサーなどの実演家の著作隣接権は、ワンチャンス主義といって一定の場合は権利が消える特徴があるが、デジタル化やネット配信では許可が必要な場合も多い。音源の原盤権と呼ばれる権利も、複製とネット配信は許可をとる必要がある。例外規定も充実しているが、それでもフルの商用配信はどの例外規定も基本的にはたらかない。例えば、ドラマに出てくるダンスを曲に合わせて自ら踊り、その様子をアップロードすることが以前流行った。音楽原盤の権利処理が必要だが、これは作詞作曲と違って集中管理されていないので、個別にレコード会社に連絡を取り、音源利用の許可をとる必要がある。これはかなり大変な作業。そのほかにも権利では厄介な要素はあり、例えば複雑な保護期間の計算。その最たる例としてミッキーマウスの保護期間がある。大量の作品をアーカイブとして保存・公開したい場合、一つ一つの権利処理が大変で権利の壁が特に大きい。植木等が出演した洋傘会社アイデアルのCMは現在オーファン作品、権利者不明の作品となっている。私も裁定制度で処理したことがあるが、非常に大変だった。著作権以外でも、オンラインイベント、オンライン配信では肖像権は大きな課題である。

権利処理のコストをどう下げていくかがアーカイブや配信の課題といえる。そのための手段を挙げる。1点目、当事者の権利処理のスキルを高めることは非常に大事である。2点目、業界や団体をあげてのガイドラインの作成、パブリックライセンスの活用も鍵となる。3点目、権利制限の拡充も必要。少しずつ進んではいるが、反面、時代に対して宿命的に周回遅れとなって行く。4点目、オーファン作品の問題に対応するための利用裁定制度のさらなる改善も必要。裁定制度とは、権利者を探しても見つからないときに文化庁が代わりに許可を出してくれるという制度。しかし非常に使いづらく、改善はされているものの手続きに時間がかかるものになっている。特に、権利者が判明し、利用団体の資力がなくなった場合に備え、事前に使用料を算出し供託する必要がある点が負担。しかし実際に権利者が現れるのは1%程度であり、このようなレアケースのためにこれほど負担をかけるのは無駄に思える。5点目、権利や権利情報は集中管理されていることがとても重要だ。そのためには拡大集中許諾制度は決め手になると考えている。しかしその集中管理を行う団体は公益的な存在であるべきで、自らの権利を拡大するためのロビーイングを行うようなことはあってはならない。前提条件として、権利者の親睦および権利拡充をはかる団体と、集中管理を行う団体は分離されるべきだ。そして集中管理団体は透明で公正な運営を行うべきだ。6点目に肖像権の明確化が必要だ。私自身も理事を務めるデジタルアーカイブ学会では、肖像利用ガイドラインというものを提案しており、こうした民間の取り組みも鍵になる。

パネリストによる講演1:「欧州デジタル単一市場著作権指令とデジタルアーカイブの推進」生貝直人

著作権を中心に、2003年から2019年まで欧州がそのように取り組んできたかを説明したい。本日の本題であるデジタル単一市場における著作権指令(以下DSM著作権指令)には、いわゆるリンク税条項やフィルタリング条項といったかなり議論を呼んだ条項が入っているが、同指令は欧州の著作権法全体をデジタル時代に合わせていこうという大規模な改革パッケージであるため、教育やアーカイブに関わる部分で権利制限条項も様々含まれている。特にデジタルアーカイブとの関連では、文化遺産機関が、所蔵するアウト・オブ・コマース著作物を非営利目的でオンライン利用可能とするための拡大集中許諾制度と、それが機能しない分野での権利制限規定の導入を義務付けるという重要な条項が含まれており(8-11条)、同条項を中心に紹介をしたい。

このアウト・オブ・コマース条項がなぜ重要なのかを考えるにあたっては歴史をたどる必要がある。2003年に現在グーグルブックスとして知られるサービスの構想が発表されたが、これはヨーロッパではアメリカのIT企業がヨーロッパの文化を飲み込んでしまうのではないかという危機意識を呼び起こした。2005年にEU加盟国6カ国から欧州仮想図書館設立を求める書簡が出され、それに応える形で欧州委員会は「i2010: デジタル図書館」コミュニケーションを採択した。同年には当時のフランス国立図書館の館長が、いかに欧州が自分たちでデジタル文化の基盤を作っていくべきかという本も出している。

2008年にはヨーロピアナが公開された。ヨーロピアナは2020年現在では全欧州の5000万件以上のデジタルアーカイブに一括でアクセスでき、再利用することもできるプラットフォームである。これは様々な政策的、制度的な支援のもと進められている。その中心的な文書が2011年の「欧州文化遺産の電子化と公開、保存に関する欧州委員会勧告」である。この勧告には法的拘束力は無いが、各国が取り組むべき施策についての欧州委員会としてのスタンスを示した。その中に著作権保護対象資料についての記述もあり、特に当時成立間近だった孤児著作物指令の円滑な国内法化と、そしてアウト・オブ・コマース著作物のデジタル化の推進が含まれている。

これらの政策の一つの矢として孤児著作物指令が2012年に成立した。同指令では、ヨーロピアナなどの欧州デジタル図書館の構築を目的としていることが前文1に記されている。日本の裁定制度とは少し異なり、アーカイブ機関による非営利目的での利用を念頭に置いた制度枠組みを導入している。事後に権利者が判明した場合だけ補償金を支払う必要があるという仕組みであり、これは日本の裁定制度における事前供託金の部分的不要化のモデルとなった。

2019年に2011年勧告の定期評価レポートの最新版が公表され、それによると孤児著作物指令は入念な調査がハードルとなり大規模なデジタル化にはあまり貢献できていないという指摘がされているが、同時に、アウト・オブ・コマース著作物の利用促進に向けた施策が各国で進められていることも紹介されている。

2019年に成立したDSM著作権指令では、前述のようにアウト・オブ・コマース著作物の利用円滑化のための枠組みが盛り込まれた。文化遺産機関が所蔵するアウト・オブ・コマース著作物を非営利目的でオンライン利用可能とするときに、第1段階として拡大集中許諾制度を利用する。しかし拡大集中許諾制度は機能する分野が限られているので、それが機能しない分野では権利制限規定を設けることが義務付けられた。アウト・オブ・コマース著作物とは、通常の商業流通経路を通じて公に入手できない著作物と定義づけられる。アウト・オブ・コマース著作物にはポスター、リーフレット、トレンチジャーナル(第一次大戦中の軍隊同人誌)、アマチュア視聴覚作品など、最初から商業流通していないネバー・イン・コマースと呼ばれる著作物も含まれる。中古店で入手可能かどうかはアウト・オブ・コマースか否かの判断には影響を与えるべきではないとされている。

DSM著作権指令のアウト・オブ・コマース条項に至るまでも、様々な取り組みの経緯がある。2011年には欧州委員会の主導により、アウト・オブ・コマース著作物の利用円滑化に関する各国のステイクホルダーによる覚書が締結されており、それに基づく国内法実施例として例えばドイツでは2013年に、1966年以前に発行されたアウト・オブ・コマース著作物を文化遺産機関が非営利でオンライン公開できる仕組みを導入している。

デジタルアーカイブ促進のためには、他にも様々な政策的な手段が存在する。例えば公的な資金で成り立っている学術論文や研究成果はオープンに公開されるべきだという考えから、ここ10年程、欧州の各国では欧州委員会の勧告に基づいてオープンアクセスを促進する法改正が進んでいる。また、アーカイブ機関が公開するパブリック・ドメイン作品のデジタルデータも公の資金で作られている場合が多いので、広く社会に還元することを法制レベルで考える余地があるだろう。オープンデータ政策もEUレベルと欧州各国の双方で進んでおり、研究データや、政府機関以外でも公共性の高い事業体が持っているデータのオープン化を進めるための立法措置も行われている。我が国でもこれらの動きを参照しつつ、様々な政策手段を検討していく必要があろうだろう。

パネリストによる講演2:「英国の著作物の利用円滑化対策と日本法への示唆」今村哲也

2011年にイギリスではハーグリーブスレビューという報告書が出され、デジタル化時代に合わせた著作物の利用について10個ほどの施策が挙げられた。その中でも本日は孤児著作物に関するライセンス制度、拡大集中許諾制度、著作権ハブに注目する。また、EU孤児著作物指令の国内実施についても見ていく。

2014年にEU孤児著作物指令を国内法で採用したが、ブレグジットの影響で廃止される予定である。2014年に導入された孤児著作物に関するライセンス制度は運用されているが、手続きが大変であるという理由からアーカイブ団体の評判は悪い。拡大集中許諾制度は制度も作り、マニュアルも作成したが開店休業状態にある。その理由について集中管理団体は、EUの方での集中管理団体の規制についての議論がどうなるかを見定めてから実際に申請して運用する予定でいたからだと述べている。しかし、作った制度が使いづらかったのではないかという気がしている。イギリスはEUから離脱する予定でいるため、EUの制限なく拡大集中を設計できる可能性があり今後動きがあるかもしれない。著作権ハブはあまり良い評価を受けていない。

ブレグジットの影響を簡単に説明する。イギリスがEUに加盟している間にEUの著作権法体系を国内法に導入していたことから、法律の中に「EU」、「EEA」について言及した規定がある。これらを削除、修正する改正を行うための規則が制定された。孤児著作物指令に基づく制限例外規定は互恵的な制度であるため、廃止せざるを得ない状況にある。ただし施行日が2021年1月1日なので、移行期間中の交渉結果によって再度の規則改正の可能性も残されている。EU孤児著作物指令を国内実施した法律については廃止される予定である。これはこれまで孤児著作物指令に基づく国内法の規定に基づいてアーカイブを構築してきたアーカイブ団体にとっては悲劇である。現在イギリス政府は、国内で作ったライセンススキームの利用を検討するようアナウンスしている。

拡大集中許諾制度もハーグリーブスレビューに基づいて導入された。これは集中管理団体に権利を預けていない権利者の許諾も集中管理団体が出せるという制度である。こちらは開店休業状態にある。2017年にイギリスのCLAがこの制度の運用団体となることを申請したものの、EUの法的枠組みへの対応を理由に2018年に取り下げた。

イギリスでの孤児著作物への対応としては、今後イギリスの孤児著作物ライセンスを用いることとなる。イギリスの孤児著作物ライセンスの申請が全てオンラインでできるのは日本の制度にはない強みだろう。

イギリス政府はこの制度を作る際、2014年に「9100万件への孤児著作物へのアクセスを開いた」とするプレスリリースを出したものの、2018年10月時点では877作品について144件のライセンスが付与されており、想定していたほど利用されていない。その理由として、手数料が高いこと、権利者捜索にコストがかかること、商業的利用のライセンス料が高いこと、7年のライセンス期間が設けられており切れるたびに再申請する必要があることが挙げられる。

デジタル著作権取引所のような著作権ハブも上手くいっているとは言えない。その理由として、技術で対応しなくても既存の権利制限や例外規定やクリエイティブ・コモンズなどのオープンライセンスで対応できている、些細な対価しかもらえる可能性のない著作物の創作者に著作権を登録するインセンティブがない、コンテンツの代替性がある場合はわざわざ許諾を得る必要のあるものを利用しないといったことが挙げられる。

最後に日本法への示唆について述べる。孤児著作物に関するライセンス制度は、許諾権の行使に関心のある権利者に対しては意味があるが、許諾権の行使やライセンス料に興味がない権利者にとっては利用コストをゼロに近いものにしない限り利用価値のない制度になってしまう。拡大集中許諾制度はイギリスでは運用されていないので今後を注視する。著作権ハブの技術的な仕組みは面白いので参考にしてよいだろう。

パネリストによる講演3:「フェアユース規定の解釈で対応した孤児著作物対策先進国 米国」城所岩生

地球上のあらゆる情報を整理して、アクセス可能にすることを企業ミッションに掲げたグーグルは、ウェブ情報の次に書籍に着目した。2005年にグーグルブックスと呼ばれている書籍検索サービスを開始した。グーグルは書籍のデジタル化プロジェクトを「われわれの月ロケット打ち上げ」と呼び、目標達成までの期間をケネディ大統領の月ロケット打ち上げ計画にならい10年とした。プロジェクトへの推定投資額は2億ドルと言われている。

ヨーロッパはただちにこれに反応した。2005年にフランスの国立図書館長がルモンド紙に「グーグルがヨーロッパに挑むとき」という記事を寄稿した。これが当時のシラク大統領の目に止まり、文化相と国立図書館長のヨーロッパの図書館蔵書をネットで公開できるようにする施策の検を命じ、それがヨーロピアナとなった。ヨーロピアナは現時点で3700以上の文化機関から提供された、5800万点以上の文化的資源へのアクセスが提供されるまでに至った。

これの日本版であるジャパンサーチが8月に公開されたが、こちらはまだ327万点にすぎない。国会図書館のデジタル化も遅れており、デジタル化率も少なく、ネット公開されているものとなると54万点しかない。アメリカのデジタル図書館(DPLA)は4000万点以上をオンライン公開している。グーグルの日本語の書籍検索サービスも国会図書館の検索サービスを上回っている。これは国の文化政策上からも問題ではないだろうか。山田先生もこれを問題視し、今月に入って国会図書館のデジタル化に向けて提言を出しており、期待している。

EUの孤児著作物指令について。2012年にEUは孤児著作物指令を出した。孤児著作物を利用しやすくする指令発令前年の2011年に公表された指令案では、孤児著作物問題の解決策を6つ紹介している。その中で代表的なものが「強制許諾制度」と「拡大集中許諾制度」である。日本の裁定制度が採用している強制許諾制度についてEUは、「法的安定性は高いが、管理コストも高い。このため、大規模なデジタル化プロジェクトには向かない」として採用しなかった。

米国の制度について。ベルヌ条約加盟に伴う最大かつ孤児著作物にも影響する改正は方式主義の見直しだった。アメリカは方式主義を採用していたが、ベルヌ条約はそれを禁止しているため、著作権侵害訴訟を起こすためには登録が必要だったのを、改正後は外国人については要件とはしなくした。もう一つ大きいのが著作権保護期間の延長である。著作権保護期間を延長すれば権利者不明の著作物が増える。アメリカでは1976年の改正前までは公表から28年経過後に登録すれば権利をさらに28年延長できる制度をとっていたが、ベルヌ条約へ加盟するためにこの制度は廃止され孤児著作物を増やす要因となった。こうした反省から2000年代に入って孤児著作物を利用しやすくするための法案が何度か提案されたが権利者の反対でいずれも廃案になっている。

グーグルがこの間隙をついた形となったため官の失敗との批判も浴びた。グーグルに対して作家組合などが提訴したが、これに対してグーグルは、全文複製はデータベース作成のためのであり、表示するのは数行のスニペットであるためフェアユースであると主張した。作家組合はグーグルに蔵書を提供した大学図書館も訴えた。いずれの訴訟でもグーグルのフェアユースが認められた。名和小太郎氏は、グーグルのオプトアウトによる現行制度の組み換えは著作権2.0の提案であり、アメリカはフェアユースというオプトアウトの迂回路を拡張することによって著作権2.0が実現できると述べている。

著作権局は2015年に「孤児著作物と大規模デジタル化」と題する報告書を発表した。ここでも強制許諾制度については、日本を含む5カ国でこれまでに下りた許諾件数が1000件に満たないとして、高度に非効率で大規模デジタル化には向かないと結論づけた。報告書は拡大集中許諾制度を創設するパイロットプログラムを提案し、パブコメを募集したが、反対が賛成の5倍近くを占めたため立法を断念した。反対の理由は、フェアユースで十分対応できる、フェアユースをかえって狭めてしまうおそれがある、といったものであった。

日本の裁定制度は2009年に利用しやすくするための改正が行われたものの、それでも裁定件数は年間平均39件にすぎない。またNHKオンデマンドの例では、権利者の判明率はわずか1.5%にすぎない。国立国会図書館の近代デジタルライブラリーという明治期に刊行された図書をデジタル化する事業の中で、1冊あたり数千円、1名についても数千円、総額では2億6000万円近くかかったということで、コストが高い。

対応策として日本版拡大集中許諾制度および日本版フェアユースを提案したい。日本版フェアユースはこれまでに2回導入が試みられたが未だ道半ばである。日本版拡大集中許諾制度も日本版フェアユース同様、諸外国で採用している拡大集中許諾制度を日本向けにアレンジする。アメリカではフェアユースは「ベンチャー企業の資本金」とよばれるくらいグーグルをはじめとしたIT企業の躍進に貢献しており、今世紀に入って導入する国が急増しているが、導入国の経済成長率はいずれも日本より高い。また、米国、韓国以外は著作権法だけでなく産業財産権も含めた知的財産権を同一の官庁が所管している。

日本版拡大集中許諾制度も日本版フェアユースもオプトインをオプトアウトに切り替える改正なので難航が予想されるが、すでに欧米や韓国でその方向に舵を切っている。コロナ禍でダウンした経済を立て直すためにも避けて通れない改正だろう。経済立て直しのためには著作権法だけでなく産業財産権法も含めた知的財産法を一元的に扱う省庁の創設も提案したい。クールジャパン戦略推進を掲げて久しいが、パロディも未だに合法化されていないといった縦割り行政の弊害も解消できるのではないか。

パネリストによる講演4:「韓国における孤児著作物利用促進と拡大集中許諾制度導入の議論」張睿暎

韓国ではデジタルコンテンツの利用促進をはかるために何度も著作権法改正を行っている。2009年には国立中央図書館のデジタルアーカイブに関する規定を新設し、2011年にはいわゆるフェアユースの規定を新設している。2013年には国または地方自治体が業務上作成し公表した著作物、または契約により著作権を有する著作物を誰でも自由に利用できる公共著作物の自由利用の規定を新設した。2019年に国等が運営する美術館や博物館などの文化施設がその所蔵資料を分析、保存を目的として提供する場合は、孤児著作物であっても複製、公衆送信等ができる規定を新設している。2020年ではコロナによる遠隔授業関連で、教科用図書掲載著作物の複製・頒布・公衆送信に関する規定を新設している。立法面だけでなく技術面でもコンテンツ流通を円滑化すべく、「デジタル著作権取引所」構築事業を行っている。こちらは2007年から開始しており、著作物の権利管理情報の拡大と集約、著作物の検索から利用許諾までのワンストップ化、権利者不明著作物に関する情報の共有および法定利用許諾の迅速化を目的としている。運用開始から10年近く経っており、韓国著作権委員会が運営している。このデジタル著作権取引所を介して利用者が著作物の情報を検索し、その中で使いたいものがあればワンストップで利用許諾締結まで行える。もしこの検索の段階で著作権者が見つからなければ、法定許諾を申請できる。

著作権情報の収集・検索機能について。統合著作権管理番号(ICN)と呼ばれるものを著作物に発行している。このICNのメタデータには著作物情報、著作者・著作権者情報が含まれている。現在9つの分野でICN番号を発行しているが、いままでの累計の発行件数は2020年7月の段階で3740万件以上となっている。

オンライン利用許諾締結機能について。取引所で著作物情報を検索し、権利者を確認したらそのまま契約の申込みを行うことができる。契約書の作成と管理も取引所の中で行われる。現在このワンストップのオンライン利用許諾ができるのは音楽・言語・ニュースの3分野のみである。もっとも利用されているのが音楽の分野で、2019年の合計契約件数は5004件で、これらの契約により利用された著作物は11億5000万個であるとされている。イギリスの著作権ハブは零細な利用を対象としているが、韓国の著作権取引所はどちらかというと商業的なものをメインとしていることが違いであると言える。この取引所では利用許諾契約だけではなく、演奏権使用料やレコード二次使用料の徴収、授業目的補償金、図書館補償金の契約も行われる。

法定許諾機能について。こちらは著作権委員会の「権利者検索サイト」で行われる。このサイトで著作権者を探すことができるほか、著作権者は自分に配分されるはずの補償金を受け取っていない場合はその確認も行える。法定許諾の承認申請もできるため、著作権者探しの紹介の公告、承認申請の一覧、実際承認されたものの公告、補償金が供託されたものの公告、権利者が現れて実際に補償金を支払った事実の公告ができる。

孤児著作物の法定許諾の運用状況について。著作権者を照会した件数は8万8926件となっている。著作者が不明の場合に行う著作権者探し公告は累計で961件。このうち法定許諾利用承認申請件数は2020年8月現在累計で698件。このうち、利用が承認された件数、つまり補償金を供託した件数は累計で645件である。申請されたものが全て承認されるわけではないので利用が承認された件数が申請の件数より少ない。法定許諾を得るための申請には1件1万ウォン、日本円で言うと1000円程度の手数料がかかる。

韓国著作権委員会の公共著作物自由利用サイトでは、公共著作物約1600万件近くが誰でも無料で利用可能となっている。文化遺産については文化財庁の文化遺産ポータルというサイトがあり、約250万件の検索および閲覧が可能である。公共データポータルでは、公共機関が生成・取得して管理している4万件近くの種目公共データセットを提供しており、誰でも利用可能となっている。他に、2600万件の研究論文原文を無料で利用できるオープンアクセスサイトも公開されている。

拡大集中許諾制度について。近年OTTサービス(オンライン動画サービス)が普及している。これは放送に該当せず、自動公衆送信にあたるので事前の利用許諾が必要だが、実務的には権利者団体に事後的に使用料を支払う契約で処理をしている。しかし事前の許諾の有無や使用料の額について紛争が生じている。著作権法100条の映像著作物に関する特例により、ある程度の利用円滑化は確保されているものの、最近は映像の制作の環境は複雑化しており、韓国の映画やドラマが世界的にも人気で、海外の資本が韓国のコンテンツに投資をするという状況が増えている。著作権法100条の文言の解釈に争いが生じていること、隣接権者との事前の交渉が難しいという状況から、拡大集中許諾制度が代案として浮上している。拡大集中許諾は今度の著作権法全面改正の議題となっている。著作権取引所には多くの集中管理団体と仲介代理業者が参加しており、オンラインワンストップ契約ができるため、活用される可能性がある。

日本への示唆として、信頼できる包括的な権利情報データベースの構築は重要であると考えている。これについてはすでに文化庁でいくつかの取り組みが始まっている。著作権登録制度では、より登録のインセンティブを与え、手続きを簡素化する必要があるかもしれない。孤児著作物情報データベースや自由利用可能著作物情報データベースの拡大も必要だと思う。コンテンツ利用の円滑化については、利用の手続きを簡素化する必要がある。権利情報が確認できたとしても、利用許諾の手続きが煩雑では利用しづらい。拡大集中許諾制度の導入についてはすでに議論がされているが、例えば著作権の信託管理団体の業務がデジタル化されていないと、この制度は管理団体、利用者にとって負担になりかねない。このため法制度以外の面についての議論も重要だ。フェアユース規定については、韓国では引用など他の制限規定の予備的な抗弁として使われる傾向があり、米国のように大量のデジタル化事業や孤児著作物問題に対応する機能までは果たしていない。しかし、個人による小さな利用についてはフェアユースで対応できるという点では意義があると考えている。

パネルディスカッション

渡辺:一度本日の議論を捉え直したいと思う。アーカイブのように文化の継承のために作品を収集・公開することを考えると孤児著作物の問題は避けて通れない。アーカイブは孤児著作物だけではなく、パブリックドメインの作品なども扱っている。今後はさらにアウト・オブ・コマースの作品などより幅広く扱うにはどうするかといった議論が出てくる。一方で、デジタルアーカイブは大量の著作物の利用というケースである。そういった利用をこれからサポートしようと考えたとき、拡大集中許諾制度、フェアユース、著作物の契約促進を行う市場のような仕組みが重要になってくる。一つはアーカイブのような文化の継承のため、もう一つは著作物の流通の促進のための2つの問題がクロスしている部分が今日の議論の複雑なところである。
また、著作権をめぐる環境は大きく変わっており、著作者にもアマチュアのクリエイターが増え、事業者ではない人が著作物を利用する社会が技術的には到来している。しかし法制度的にコストが高いというのは今日のすべての発表で指摘があった。ポテンシャルとしては存在している恩恵を社会が実際に享受できるように法制度を変えることができるのか、またそうすべきなのかということが今日の議論のポイントであり、著作権法改正のひとつの課題であると言えるだろう。
それでは、私の方から質問をさせていただきたい。重要だが実現が難しいものを挙げるとしたら何を挙げるか。例えば、著作物の流通促進を図るような仕組みは本当にうまくいくのか、あるいは権利者データベースというようなものは長年日本でも政策としてもプッシュされてきたがまだまだ十分とは言えないのは、いろいろ難しさがあるからだと感じている。パネリストの方々のお考えをお伺いしたい。

生貝:アウト・オブ・コマースを含む取り組みなどは実現できるのだろうと考えている。各国の取り組みから学びながら制度設計していくことが重要だと思う。他方でデジタルアーカイブに関して言うと、お金の問題が難しいと感じている。デジタルアーカイブは市場だけで回るものではない。日本では平成30年改正で日本版グーグルブックサーチ条項ができ、すでに施行されているが、どこにも日本版グーグルブックサーチは存在しない。財政を含めた仕組みを考える必要がある。せっかく作られた制度も使われなければもったいない。

今村:著作物の利用については既存の様々な制度がある。著作権法の権利の利用の規定の歴史を見ていると、一度作られた制度が簡単に抜本的に変わることはなく、徐々に形を変えている印象を受けている。政策を進めるにあたってすでに存在する団体の利益との兼ね合いなどクリアしなければならない様々な課題が存在する。政策として進めればできるものも多いと思う。

城所:拡大集中許諾制度もフェアユースも、権利者団体の利益代表委員が半数を占める文化庁の審議会でコンセンサスを得ることは難しいと思う。海賊版対策の著作権法改正については昨年文化庁の政府原案を自民党が了承せずに見送られた。今年は山田議員の尽力で衆参両院とも全会一致で可決したので、山田議員の調整力には期待している。

張:先程、なかなか今ある制度は変えられないという話があったが、もし無方式主義でかつ著作権は許諾権ということは変えられないのであれば、権利情報を確認できるデータベースの構築は避けて通れないだろう。オンライン手続きで登録しやすくするとか、登録の費用を安くするといった、法律以外の面での利用の簡素化を図ることはできると思う。最近登場しているブロックチェーンを用いた権利の証明サービスを活用することもできると思う。権利情報データベース構築では、権利者に登録するモチベーションを与えることが難しい。韓国の著作権取引所は商業的に利用される著作物を持っている権利者に集中して信託管理団体を介して著作物情報の登録をさせている。商業的に利用されるもの、これから出てくる新規のものについて情報の登録を行っており、そこがイギリスとは少し方向性の異なる仕組みになった理由かもしれない。まずは著作物の権利情報が確認できる基盤を作り、それでも権利情報が確認できない著作物については裁定制度や拡大集中許諾制度を使うことになると思う。拡大集中許諾制度はしっかりとした集中管理団体の存在が必要であるが、まだ集中管理が定着していない分野がある。そういった分野では裁定制度が活用されるだろう。拡大集中許諾制度も裁定制度も、オンライン化などを通じた利用の簡素化が求められる。これが一番のポイントだと思う。

渡辺:制度は失敗することがある。制度が失敗しないように緻密に調査し、エビデンスを入手するようにすると、日本は他国に比べてもっと遅れて動くことになってしまう。どういうところでリスクをとるか、どの程度失敗を許容しながら進むべきなのかが非常に気になっている。この点についてどう考えているか。

今村:法制度を作ることについて失敗してはいけないと思う。著作権取引所のようなアイデアは、法制度を作るというよりも技術的な対応を行っていくという側面が強く、失敗がある程度許される。法律を動かすということはこれまでの権利を奪ったり、より自由にしたりする非常に大きな問題で、慎重に進める必要がある。イギリスの著作権ハブでは技術開発の部分は分離して動いている部分がある。技術的対応でできる部分は大胆にチャレンジして良いだろう。法制度の部分は既存の権利者などの利害を考慮しながら慎重に進まざるを得ないと思う。

張:技術的な手当は重要だろう。デジタル化、オンライン化は法制度のサポートを含めやっていくことは重要だと思う。韓国での著作権取引所についても、フェアユースなどの法制度の改正と合わせて技術的な面でのサポートを行ってきた。日本における法改正は非常に慎重に行われる傾向にあるということは私も感じている。韓国の立法は良く言うとスピーディー、悪く言うと少し大雑把なところがある。そこは日本との違いが出てくる部分かもしれない。

生貝:張先生がいまおっしゃった積極的な動きというのは、特に急変するデジタルネットワーク環境の中ではこれまで以上に重要性を持つと思う。例えば個人情報保護法では3年毎見直しというものが法律の中に含まれているが、これは3年毎どころではなくその間に政省令、ガイドライン単位の改正が頻繁に行われている。デジタル環境では、国内だけでなく国外のプレイヤーがその制度を使って何をするかも考えなければならない。一度制度を作った後も、継続的に改善していくスタイルは必要だろう。変化する環境に適合するものを作るためのプロセスとして法というもの見ていく必要性がある。

渡辺:城所先生にお伺いしたいことがある。先生が推していたフェアユースは司法の柔軟な対応にある程度の判断を委ねることで環境の変化に対応していくとか、実験的な試みや試行錯誤を許す面があるように思う。そういった点への期待はあるか。

城所:先程の張先生の発表ではフェアユースが機能していないという感触だったが、韓国ではフェアユースを導入する前の訴訟だったが、検索エンジンについて最高裁まで争われ、最高裁は引用として認める判決を出した。一方日本では検索エンジンについての訴訟はなかったが、引用については昔パロディ・モンタージュ写真事件で最高裁が引用について厳しい要件を課したことがあり、司法にあまり期待できないという感触を持っている。立法が存在した上で司法に任せる必要があると思っている。

張:韓国のフェアユースについて少し補足すると、韓国ではフェアユースが大量のデジタル化や孤児著作物に関して適用される例がこれまでなかったということで、フェアユースが機能していないというわけではない。デジタルアーカイブなどは著作権法に別途の規定があるので、韓国のフェアユースでアメリカのように大量デジタル化に対応することは難しいだろう。個人の小さな利用についてフェアユースは機能していると思う。

城所:理解しました。日本と比べて韓国の裁判所は、引用を含め柔軟に解釈する印象を持っている。

渡辺:ZoomのQ&Aでいただいている質問から一つとりあげてお聞きしたい。「技術的には大胆にチャレンジという言葉があったが、ブロックチェーン技術が著作物管理やオンライン利用許諾についても役立つと思う。著作権法改正を検討するにあたってこのような動きや話はあるのだろうか」。著作権法改正の流れの中でブロックチェーンの活用の流れや期待するところはあるだろうか。

張:ブロックチェーンで権利を証明するサービスが出ているが、今の著作権法上、民間のブロックチェーン権利証明サービスに、文化庁の著作権登録と同じ効果を与えることができるかは疑問が生じるところ。アメリカでは著作権局に登録しないと侵害訴訟を提起できなかったり、法定損害賠償を請求できないという法律効果が与えられるが、ブロックチェーンを用いて登録しても公的な登録と同じ効果が得られるという状況ではない。今の法制度の中ではあくまでも補助的な機能にとどまると思っている。訴訟などでの権利証明の心証を与えることはできるかもしれない。

渡辺:最後に、今後の著作権法改正や制度づくりで大事だと思う点を挙げるとしたら何か。

生貝:今日発表したアウト・オブ・コマースやネバー・イン・コマースの著作物についてどのように考えるかは、今後の制度設計全体で重要な意味を持つと考えている。著作権は生きているが全く流通していない作品を、商業的に流通しているものと同様に保護する必要はどの程度あるのか。また、商業的なものではなく、個人が私的に作成したものなど、著作物の種類も多様化している。そのようなグラデーションに対応できる柔軟な著作権のアプローチとしてクリエイティブ・コモンズという仕組みがあるが、制度的にももっと考えていく必要があるのではないか。グラデーションに対応する切り口としてアウト・オブ・コマースやネバー・イン・コマースの概念を考えていく必要があると考えている。

今村:著作権はなかなか変わらないと思っている。著作権という不治の病を抱えながら著作物の取引をずっとやっていく必要があるのだろう。不治の病といっても様々な療法を行っていくことになる。諸外国のいろいろな施策例などを見ながら改善しつつ進めていく。先ほどエビデンスベースで政策を進めるという話があったが、エビデンスに対して聞く耳を持たない人たちもいるし、業界団体はエビデンスを蓄積するのが得意であるためそちらに有利な方向に進む可能性がある。制限規定を設けても契約でオーバーライドしてしまったら制限規定の意味がなくなってしまうといったことに対する規制や、刑事罰に対する歯止めなども行っていく必要がある。

城所:去年の海賊版対策の違法ダウンロード範囲拡大の改正では、政府原案に対してネット上で反発が起きたため自民党が見送った。万人が著作者であり利用者である時代なので、皆さんにも自身の声を発信し政治家に届けてほしい。

張:時代が変わってきているので、様々な規定の意味を再度考えていく必要性がでてきている。韓国でも今年に入って著作権法の全面改正を推進するという話があるが、その目的が「コンテンツ産業の育成」と「世界的な競争力」と非常にはっきりしている。著作権法の大幅な改正を行う際は明確な目標がないとまとまらないと思う。また、縦割り行政、例えば経済産業省と文化庁で似たような事業が行われるといったこともあるので、そこはしっかり連携する必要がある。コンテンツ関連、著作権関連のビジネス環境の変化が速いので、こういった議論の場をたくさん設けて意見をまとめることが必要かもしれない。

執筆:豊倉幹人

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