2019.03.11

OPINION PAPER_No.26(19-003)「個人化するイノベーションに対応した都市戦略が必要だ」

OPINION PAPER No.26(19-003)

個人化するイノベーションに対応した都市戦略が必要だ

高木聡一郎(国際大学GLOCOM主幹研究員/教授)

◆ 遠かった都市とイノベーションの関係

これまで、都市にとってイノベーションは重要な課題でありつつも、どこか遠い存在であった。確かに、「地域イノベーションシステム」や「クリエイティブシティ」などのキーワードの下で、いかに都市や地域におけるイノベーションを促進し、地域活性化につなげていくかという議論が行われてきた。しかし、特に行政の立場から見れば、イノベーションの主な担い手は企業であり、企業の内部で行われている活動はブラックボックスである。公的な視点からは、どのような企業や大学、研究機関を誘致するかという大枠の議論に留まり、直接的にイノベーションを促進する活動には踏み込めなかった面がある。

◆ イノベーションの担い手としての個人の浮上

しかし、この状況は変わりつつある。イノベーションの担い手として、個人が急浮上しているからだ。プラットフォームの普及によって、個人でもスマートフォンのアプリケーションを開発して提供するなど、世界を相手にビジネスを行うことが容易になった。また、シェアリング・エコノミーは、個人が持っている空いた時間、車、スキルなどの資源を互いに融通できるよう仲介している。シェアリングのプラットフォームは、決済のエスクローとユーザによる評価を組み合わせることによって、顔の見えない個人間での取引における信頼の問題を解決してきた。

また、そもそもテクノロジーによって情報が自由に流通するようになったことで、だれでも最先端の知識にアクセスできるようになり、一人で担える範囲が大きく拡大している。以前は数百人で開発しなければ実現しなかったソフトウェアの機能も、現在では数名で開発することも可能になった。

こうした技術的ブレークスルーの結果、世界中で起業する人や、フリーランスで働くことを選ぶ人が増えている。例えば米国では、近年フリーランスが急速な勢いで普及しており、5,730万人に達している 。これは総労働人口における割合で35.8%を占めており、米国のGDPのおよそ10分の1はフリーランスが支えている。特にフリーランサーは若い世代に多く、働いているミレニアム世代の47%にも上っている。

 

 

わが国においても、ベンチャー企業への投資が増加している。国内のベンチャー企業への投資は、2014年に727件だったものが、2017年には1,344件へと増加している 。ベンチャー投資自体は、過去に、より多かった時期もあるが、ここ数年はピッチコンテストやコーポレートベンチャリングが急速に普及しており、起業の裾野が大きく広がってきた点に違いがある。

そのほか、兼業・副業の推進という流れもあり、経済の担い手として、「企業」に代わって「個人」に着目する必要が出てきている。

◆ 産業の個人化に対応したコミュニティ

その一方で、すべての人がフリーランスとして働く場合、各個人が孤立してしまう可能性がある。特に在宅勤務は通勤の面では便利であるものの、一日中自宅に籠って仕事をするだけでは、対話による知識の創発という点では限界がある。また、人間にとって、コミュニティへの帰属意識も重要である。

そこで重要性を増しているのが、コワーキングスペースである。スタートアップ企業の創業者、フリーランサー、企業の従業員など、さまざまな人々がオフィスをシェアし、働くことができる環境が生まれている。コワーキングスペースはロンドン、ニューヨーク、シカゴなどの大都市で年率20%以上の勢いで成長しており、2018年初頭時点で世界に14,000箇所以上あるとされている(*iii)。

筆者も2018年11月にロンドンでコワーキングスペースの現地調査を行ったが、大手のコワーキングスペース事業者が運営しているところもあれば、ホテルのロビーを解放しているところや、コミュニティやリラックス感に特色があるようなものまで、多様なスペースが生まれていることがわかった。

しかも、コワーキングスペースは単なるオフィス空間のシェアだけではない。例えば大手コワーキングスペースのWeWorkでは、専用のアプリで他の入居者の情報を探すことができる。Webデザインができる人、データベース設計をできる人などをアプリから探し、居場所を見つけてすぐに仕事を発注することも可能だ。

コワーキングスペースは、単なる「シェアオフィス」ではなく、企業に代わる新しいコミュニティでもあり、労働市場にもなりつつある。異なる企業、業種、コンテクストの中で働いている人と日常的に接点を持つことができれば、それだけ刺激を得ることができる。また、働き方に関する価値観を共有する人々の間で仕事の融通を行えるという面では、コワーキングスペースは企業に代わる新しい組織とも言える。

◆ イノベーションのゆりかごとしての都市戦略が必要

コワーキングスペースの増加は、個人がワークスペースの面でも、仕事内容の面でも、企業内に閉じて働くのではなく、より主導権をもって自律的に働く社会への転換を示している。こうした個人化するイノベーションのプロセスをどうサポートしていくかが今後の大きな課題である。都市の視点からは、イノベーションをブラックボックスとして企業任せにするのではなく、積極的にサポートする仕組みが期待される。すなわち、都市そのものがいわばイノベーションの「ゆりかご」としての重要性を持ってくると考えられる。

事業規模が小規模化し、企業の垣根を超えたコラボレーションがより必要な社会では、どれだけ多様性を持った人が同じ地域で働き、容易にコミュニケーションを取れるかが重要である。こうした構造に着目した、新しいイノベーションの発信地となる地域が生まれてきている。

例えば、ニューヨーク郊外のブルックリン、ドイツの旧東ベルリン、ロンドンの東側、すなわちイーストエンドと呼ばれるエリアなどは、新しいイノベーションの中心地として急速に発展しつつある。

いずれの街にも共通するのは、大都市近郊にあった比較的貧しいエリアに、アーティストや起業家など、多様性と創造性に富んだ人材がコストの低さから集積し、彼らとそのエリア環境とが互いに刺激し合っていくことで、それらの地域がイノベーションの中心地として成長していく姿である。創造性を刺激する生活環境、心地よく交流を促す空間デザイン、低い生活コスト、鍵となるアーティストや起業家らの誘致などが組み合わさって初めて、そのような成長過程に入ると考えられる。

「デジタル・トランスフォーメーション」という言葉のもと、社会の仕組みやビジネスモデルを根本的に変革することが注目されているが、そのためにはこれまでの常識を疑い、まったく新しい価値観や社会の仕組みを構想する力が必要になる。

そうした思考は、アートや社会運動とも深く通じている。現代社会において提起すべき課題、解決すべき問題は何かといったことを考えるためには、普段のビジネスとは異なる視点を持った人材との交流も必要である。イノベーションを地域で推進していくためには、個に立脚した、多様な人材が集まり、交流できる環境が必要だろう。その一方で、発展に伴って地価が高騰し、多様性が失われる「ジェントリフィケーション」をいかに防止するかも課題である。

イノベーションの担い手が企業から個人にシフトする中、都市としてどのような人材を集め、相互作用を活性化させるコミュニティをどのように作っていけるか、新たな戦略を練る必要が出てきている。

*i Edelman Intelligence (2017) Freelancing in America: 2017.
*ii 一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター『ベンチャー白書2018』.
*iii https://allwork.space/2018/03/coworking-is-the-new-normal-and-these-stats-prove-itt/

2019年3月発行

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