2020.02.17

OPINION PAPER_No.30(20-001)「渋谷ハロウィンへの批判を乗り越え 社会のアップデートの契機にしよう」

OPINION PAPER No.30(20-001)

渋谷ハロウィンへの批判を乗り越え 社会のアップデートの契機にしよう

菊地映輝(国際大学GLOCOM研究員・講師)

◆ 「渋ハロ」への批判を乗り越えろ

近年、日本ではハロウィンが大きな盛り上がりを見せている。毎年10月後半になると、日本各地の都市でハロウィンに関連したイベントが開催されるようになった。その中でも、特に大きな注目を集めるのが「渋谷ハロウィン」(通称「渋ハロ」)である。渋ハロは、誰かが主催するイベントではなく、ハロウィン時期に渋谷に仮装した若者たちが自発的に集まって来て、ハチ公前広場やスクランブル交差点、センター街などの路上で自由に交流する社会現象を指すものだ。筆者は、ここ数年間に渡ってハロウィン時期の渋谷の街頭に立ち、街で繰り広げられるコミュニケーションを観察してきた。

筆者は現場に居合わせなかったが、2018年には、一部の参加者が軽トラックを横転させる事件が起きた。これを筆頭に、痴漢、喧嘩、路上ゴミ散乱など、参加者の逸脱行為が問題視され、悪い意味でこの年の渋ハロは世間を騒がせた。翌2019年は、前年に起きたトラブルを受け、6月に「渋谷駅周辺地域の安全で安心な環境の確保に関する条例」(通称「ハロウィン路上飲酒規制条例」)が渋谷区によって施行され、ハロウィン時期の路上飲酒が規制されたり、特定エリア内のコンビニなどに酒類販売自粛の協力が求められたりした。加えて、渋谷区は1億円以上の対策予算を投じ、路上への警備員配置なども行った。

それら取り組みが功を奏したのか、2019年の渋ハロは一部逮捕者を出したものの、特に大きな混乱は生じなかった。しかしながら、そうした対策をしてまで開催されるべきイベントなのかという批判の声がインターネット上で散見された。

筆者は渋ハロを現代の都市祝祭イベントとして肯定的に捉えている。その上で、渋ハロに寄せられる批判に対して、それを受け止めて自粛するのではなく、批判の原因になっている問題を克服することが、ひいては私たちの都市生活をより良いものにし、社会のアップデートにも繋がると考えている。本稿では、路上ゴミ散乱と路上飲酒規制の2つの問題を事例にそのことを考えてみたい。

◆ 路上ゴミ散乱の原因はゴミ箱不足か

ハロウィン後の渋谷の路上には、仮装衣装の一部や空き缶・空き瓶などのゴミが散乱し、街が汚されているという批判がなされている。この問題は、路上飲酒とも密接に関係しており、飲み終わったお酒の空き缶や空き瓶が特に目立つという指摘もある。

例年、ハロウィン期間中には、「ハロウィンごみゼロ大作戦」というプロジェクトが渋谷区共催のもとで実施され、ゴミを分別して捨てられるエコ・ステーションの設置や、ボランティアによるハロウィン翌朝のゴミ拾いへの支援活動なども行われている。そうした対策が行われているものの、渋ハロで生み出される路上ゴミの量には対処しきれていない状況が続いていたのである。2019年は、前述の路上飲酒規制の条例が制定されたことで、路上ゴミの散乱が軽減されたことが報告されているが、ハロウィン後に街が汚れるという根本問題は解決したとは言えない。

筆者が街で観察していて気づいたのが、渋ハロ参加者の大半は、手に持っていたゴミをその場にポイ捨てすることはしていないということである。彼らはゴミを自動販売機横の飲料用ゴミ箱や、事業者が出した回収待ちのゴミ袋の横にそっと置いていく(写真)。

 

2016年の渋ハロの路上ゴミ(筆者撮影)

 

そのように路上に置かれたゴミが、下を見て歩かない大勢の人々に蹴飛ばされるなどして街中に散乱していくのである。おそらく渋ハロ参加者たちは、街なかでゴミ箱を探しても見つからなかったために、ゴミ箱に準ずると彼らが思う場所にゴミを置いていったのだろう。

ゴミを捨てられるエコ・ステーションが用意されていることを先程紹介したが、センター街などの特に多くの人が集まる場所には設置されていない。これを改善し、人が多く集まる場所やその動線上にエコ・ステーションを設置すれば、路上ゴミ散乱問題は一気に解決に向かうのではないだろうか。

想定される反論として、自分が出したゴミなのだからどこかに捨てるのではなく、自分で家に持って帰るべきだという意見が考えられる。確かに一理あるが、渋ハロ参加者は、キャラクターに仮装して街を練り歩くため、バッグなどの荷物を持っていないことも多い。また渋ハロでは、他の参加者と一緒に仮装姿で記念撮影をし、その写真をSNSなどで交換する人々も多い(*i) 。ゴミを片手に持った記念撮影は誰も望まないだろうし、片手がゴミで塞がりながらスマートフォンを操作するのも不便である。したがって彼らにゴミの持ち帰りを促しても、素直に従ってもらうことは期待できそうにない。

そもそも首都圏では、1995年に起きた地下鉄サリン事件以降、テロ対策の名目で街なかから次々とゴミ箱が撤去されている。また、家庭ゴミの持ち込みによる行政の過剰なゴミ処理コスト負担も街なかからのゴミ箱撤去の理由の1つになっているようだ。

こうしたゴミ箱撤去の流れを見直し、街なかにゴミ箱を日常的に設置することも解決策の1つだろう。特に近年はタピオカドリンク(*ii)など食べ飲み歩きする飲食業態が流行しており、街なかでゴミを捨てたいニーズは過去に比べて増加している。争点になるのは、テロ対策とゴミ回収・処理費用の軽減ができるかだが、それはICTを使用すれば解決できるかもしれない。2017年にKDDIと沖縄セルラーが行った実証実験では、センサーと通信機能が組み込まれたIoTゴミ箱が街なかに設置された。センサーがゴミ集積量を定期的に通知し、適切なタイミングでのゴミ収集が実現できる。そのため収集コストの低減が期待される。将来的には、入れられたゴミの種別を判別し、テロ対策に繋げることも検討されているという。こうしたゴミ箱が導入されれば、日常的に街なかにゴミ箱を設定しても大丈夫なのではないだろうか。

◆ 過剰な路上飲酒だけを規制する仕組み

2019年6月に成立した区の条例により、ハロウィン時期の渋谷路上では、お酒を飲む人の姿はほとんど見られなかった。しかし、祭りにはお酒がつきものである。渋ハロを都市祝祭として捉える筆者は、路上飲酒の全面禁止に、過度な規制という印象を抱く。

ここで問題を切り分けておきたいが、路上飲酒が問題なのではなく、過度な飲酒によって酩酊し、他者に迷惑をかけたり犯罪行為に走ることが問題なのである。そのため、規制の焦点は、アルコールを過剰に摂取させないことに絞られるべきであろう。

路上飲酒の全面禁止に代わる手段として、筆者が提案したいのは、アルコールパスポート(通称「アルパス」)の導入である。これは大学の学園祭などのイベントで既に導入されている仕組みで、未成年飲酒の防止とアルコール過剰摂取の抑止が期待される。イベント参加者は、最初に年齢が分かる身分証を提示しアルパス受け取る。お酒を購入する際には、その都度アルパスを提示する必要がある。アルパスにはアルコール摂取量を記入するマス目があり、参加者がお酒を購入するたび、販売員によってマス目にチェックが入れられていく。これによって一定以上アルコールを摂取した人には店舗側がお酒を売らないという対応ができるようになる。現行のアルパスは、首から下げるカードやリストバンドという形態だが、スマートフォンアプリ化すれば参加者の仮装を邪魔しないようにすることも出来よう。さらにスマートフォンアプリを通じて、ゴミ箱の設置場所や、迷惑行為に遭遇した際の対処方法などを案内できれば、より安全なハロウィンイベントを実現することも可能になる。もちろん、このような取り組みは、ハロウィンだけに限らず、オリンピック・パラリンピックなど多くの都市祝祭やイベントに適用可能だろう。

以上、本稿では渋谷ハロウィンに見られる路上ゴミ散乱と路上飲酒規制という2つの問題を題材に、その解決方法について検討した。批判のもととなる問題を乗り越えれば、私たちがより素敵なハロウィンを迎えられるだけでなく、私たちの都市生活がより良くなり、社会のアップデートにも繋がると筆者は考えている。それをきちんと論証するには、紙幅が足りないため、稿を改めて議論を続けることとしたい。

*i 松谷創一郎,2017,「都市のハロウィンを生み出した日本社会――需要される偶有的なコミュニケーション」吉光正絵・池田太臣・西原麻里『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学――女子たちの「新たな楽しみ」を探る』,201-25,ミネルヴァ書房.
*ii 2019年の渋ハロでは路上飲酒が禁止されたことで、アルコールの代わりにタピオカドリンクを手に持って歩く参加者の姿も観察された。

2020年2月発行

  • totop