
開催日時:2024年12月19日(木) 15:00~17:00
会 場 :国際大学GLOCOM HALL (港区六本木6-15-21 ハークス六本木ビル2F)
主 催 :国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)
協 賛 :アマゾンジャパン合同会社
当日の投影スライド(一部を除く)はこちらよりダウンロードいただけます。
国際大学GLOCOMでは、2024年夏から調査研究「ECの普及が企業と消費者にもたらす経済的影響」を推進し、全国10万人を対象としたアンケート調査をもとに報告書をとりまとめ、公表した。さらに、同調査研究の成果をインプットとしながら、日本の地方創生を目指す地域経済の活性化に向けて、どうすればより多くの中小事業者がオンライン販売に乗り出すことができるようになるのか、またどのような制度や政策、あるいは官民の連携施策が求められるかについて議論するシンポジウムを2024年12月に開催した。本稿では、調査研究の成果について解説した基調講演と、パネルディスカッションの内容についてレポートする。
基調講演「ECの普及が企業と消費者にもたらす経済的影響」
田中辰雄(国際大学GLOCOM 主幹研究員/横浜商科大学 商学部 経営情報学科 教授)
ECに関する調査研究の基本方針と意義
GLOCOMが2024年8月に実施した「ECの普及が企業と消費者にもたらす経済的影響」の調査結果について報告する。
本調査は、ECの普及によって企業および消費者がベネフィットを受けているかどうかについて、以下4つの問いから検証・考察するものである。
- ECは地域の中小企業の売上向上に貢献しているか。
- ECは地方経済にプラスの影響(雇用創出や生産性の向上等)をもたらしているか。
- ECは、地域の人材育成に貢献しているか。
- ECは消費者のウェルビーイングにどのように影響しているか。また、都市と地方による違いはあるか。
一見すると、ECが普及すればベネフィットがあるのは当たり前だと思うかもしれない。実際に、消費者の購買に占めるECの売上は増えている。しかし、国全体の小売り売上総額はそれほど増加しておらず、リアルの購買がECに置き換わっているだけという見方もある。従って、ECが貢献している度合いについては調査が必要だ。本調査はECの売上への関与について調べるという点で意義があるものである。
本調査は「企業編」と「消費者編」の2つの切り口からなる。「企業編」では従業員を調査対象とし、オンライン販売を始める前と後の状況を比較したデータを集めた。ECを実施する企業が売上を伸ばす事例は多くあるが、その企業がECを使わずとも売上をアップさせる可能性を秘めていたとすれば、ECとの関連性は薄くなる。そこで今回は、オンライン販売を実施していない企業との比較と、実施前後でどのような変化が表れたかを売上面および雇用・労働環境の観点から尋ねる。
「消費者編」も同様に、ECを利用する前後で買い物体験がどのように変化したかを調査した。直近1年間にECで買い物を始めた人を対象に、EC利用において感じるメリットなどを調べた。
調査は20歳以上の男女10万人を対象に、インターネットで実施。全国調査とあわせて、特定の地方の状況が理解できるよう5県(北海道・静岡・兵庫・広島・福岡)についてもデータを集めた。
【企業編】オンライン販売開始による売上の変化
オンライン販売開始前と開始後の売上の伸び率は、全国平均で1.61%増加した。一方、オンライン販売を実施していない企業では、マイナス0.12%という結果となった。その他の地域でも同様の結果となり、オンライン販売を開始すると売上が伸びることがわかる。
企業規模別に売上増加率を見ると、社員100人以上の大企業で1.4%、100人未満の中小企業で2.0%であった。中小企業の方がオンライン販売の効果が大きく、売上増加においても恩恵を多く受けている。
【企業編】雇用・労働環境への影響
直近3年間にオンライン販売を始めた企業と、4年以上前にオンライン販売を始めた企業、そしてオンライン販売をしていない企業の従業員に対し、雇用・労働環境の変化を聞いた。従業員数の変化については、直近3年間にオンライン販売を始めた企業の全国平均はマイナス0.9人。月の労働時間はマイナス1.3時間となった。したがって、全国的にオンライン販売の開始をきっかけに、従業員数と労働時間が減っていることがわかる。一方で売上は伸びていることから、生産性が上がったと考えられる。オンライン販売の開始で生産性は上昇する。
ただし、4年以上前にオンライン販売を開始した企業では、プラス0.82人と雇用が増えた。このことから、オンライン販売の導入当初は無駄な人員を減らして効率化が行われるものの、生産性が向上して売り上げが伸びると、長期的には雇用が増えると解釈できる。
【企業編】獲得スキルの変化
企業の生産性向上に関連して、獲得スキルについても調査を行った。オンライン販売を直近3年間に始めた企業が獲得したスキルの数は、全国平均で1.79である。また、開始から3年以上の企業でも、継続してスキル獲得がなされていることが見て取れる。スキルの種類を見ると、デジタルマーケティング、ウェブサイト制作スキル、SNSを活用した広報宣伝、販売データ管理などが多い。オンライン販売を開始した企業は、開始していない企業に比べて多くのスキルを獲得している。
企業の調査についてまとめると、結果は以下の通りとなった。
- オンライン販売の開始により、売上増加率は全国で1.6%増える。
- オンライン販売の恩恵は都市部と比較して地方の中小企業の方が大きい。
- オンライン販売開始に伴い、労働時間は減少した。
- より少ない労働時間で売り上げを伸ばしており、生産性が上がった。
【消費者編】オンラインショッピング利用のベネフィットと生活への影響
消費者編では、過去1年間にオンラインショッピングを始めた人を集め、その便益や生活への影響について聞いた。
オンラインショッピングの便益①いつでもどこでも
いつでもどこでも買えるメリットについては、80%以上の人が実感している。購入品の分類を6つ(本・書籍、衣類、日用品、家電・パソコン、化粧品、飲食物)に分けて調査を行ったが、すべてのジャンル・すべての地域でほとんど差は表れなかった。オンラインショッピングの便益②早く手に入る(迅速な配送)
早く手に入ることもオンラインショッピングの大きなメリットだ。すべてのカテゴリ、すべての地域で約70%以上が早く手に入ることをメリットとして感じている。従来なら自ら家電量販店へ出向いて買い物をしていたところを、今ではスマートフォン一つで注文でき、迅速に配送される。すぐに買えるのが当たり前という認識が広がっているようだ。オンラインショッピングの便益③安く入手できる(価格低下率)
価格面では、「オンラインショッピングによって価格が安くなった」と答えた人にその割合を聞いたところ、全国平均で「3%~6%ほど安くなった」という結果が出た。これは送料を含めた価格であり、本来なら実店舗で買うよりも高いはずであるが、安くなった人が多い点は非常に興味深い。
一つの考察として、実店舗では商品の選択肢が少ないが、オンラインであれば様々な商品を見比べて、最も自分に合うものを探せるという違いがある。自分の要望に合う商品の中で一番安いものを見つけた場合に「安く買えた」と感じる人が多いと考えられる。オンラインショッピングの便益④バラエティの豊かさ
オンラインショッピングのメリットに、豊富なバラエティから買える点がある。地域・商品ジャンルによらず、利用者の60%以上が商品バラエティの豊かさを利点と感じている。
オンラインショッピングの便益⑤高品質な商品を入手できる
高品質の商品を入手できるメリットについても、多少のばらつきはあるものの、利用者の約50%がすべての商品カテゴリで「高品質な商品が手に入る」ことにメリットを感じている。
オンラインショッピングの影響①文化的な豊かさ
文化的豊かさとは、例えば書店では出会いそうにない本に出会えたり、滅多に行かない地域の珍しい商品が注文できたというような、買い物を通じた体験の拡大を指す。オンラインショッピングによって文化的な豊かさを感じる人は、全国的平均でおよそ70%となり、他地域でも非常に多い結果となった。
オンラインショッピングの影響②暮らしの満足度
オンラインショッピングで暮らしの満足度が上がったかどうかについて尋ねると、「非常に上がった」「かなり上がった」をあわせて約40%を占め、「少し上がった」まで含めると80%にものぼる。この問いも全国で大きな差は見られず、普遍的な結果となった。
調査のまとめと成果
オンラインショッピングを開始して1年以内の消費者に対する調査をまとめると、以下の結果が得られた。
- オンラインショッピング利用の便益を全国でみると「いつでもどこでも簡単に買い物ができる(80%)」 「早く入手できる(70%)」 「より安く入手できる(60%弱)」 「商品バラエティの豊かさ(60%)」 「高品質な商品を入手できる(50%)」が確認できる。
- 生活への影響としては、「文化的な豊かさ(80%)」「暮らしの満足度(80%)」が確認できる。
- これらは、概ね商品カテゴリーや地域によらずに成立する普遍的な便益である。
当初は地域別で差が出ることを予想していたが、ほとんどの地域で同様の結果となり、どのジャンルの商品についても消費者はメリットを感じていることがわかった。
最後に、調査全体を総括して得られた成果は次の通りである。
- ECは地域の中小企業の売上増加率を約2%向上させる。また、都市部よりも地方でその効果が高まることが伺われた。
- ECは導入企業の生産性向上をもたらし、中長期的な雇用創出に寄与することから、地方経済にプラスの影響をもたらしているといえる。
- ECの導入時、また導入後も継続して従業員は新たなデジタルスキルを獲得している。このことから、ECは地域のデジタル人材育成に貢献しているといえる。
- ECは、都市部と地方に関わらず、買い物体験における便益を提供し、消費者の文化的な豊かさと、暮らしの満足度を向上させる。この地域に拠らない普遍的な価値とは、都市部と地方の地域間格差を消費生活の文脈において解消しうる点において、ウェルビーイングに寄与するものであると言える。
このことから、オンラインショッピングは地域間の格差を解消し、消費者が文化的に豊かな生活を送ることに一定の貢献を果たしていると考えられる。
パネルディスカッション「ECと関係人口から考える地域経済の活性化と循環」
西山桃子(株式会社西山酒造場 取締役 女将)
山形巧哉(合同会社山形巧哉デザイン事務所 代表)
藤田竜雅(経済産業省 中小企業庁 創業・新事業促進室)
伊藤将人(国際大学GLOCOM 研究員・講師)
渡辺智暁(国際大学GLOCOM 主幹研究員/教授/研究部長)★モデレーター
渡辺:はじめに、本日のディスカッションの論点を示す。以下3つの視点に沿って、それぞれの立場からぜひ意見をお寄せいただきたい。
視点① ECを使えば企業の業績が伸びる余地がある中で、中小事業者も含めてより多くの企業がオンライン販売に乗り出すにはどうすればよいのか。
視点② オンライン販売を広く促進するために政府ができること、官民と連携できること、今後の制度・政策面の課題について。
視点③ 関係人口とECとの関連性について。関係人口が都市と地方の経済的な循環を促せる可能性があるのかどうか。ディスカッションの前提知識として:「関係人口」とは
伊藤将人(国際大学GLOCOM 研究員・講師)
伊藤:関係人口とは、地域や地域の人々と多様に関わる人を指し、「観光客以上定住者(移住者)未満」と表現される。反復的かつ持続的に地域とのつながりを持つ、いわば「地域のファン」である。移住者・定住者という視点でカウントすると一人にしかならないところを、関係人口の切り口から見れば「一人が複数の地域に関わっている状態」となる。限られた人手で多数の課題に対応できるという文脈で、近年注目を集めている。
国土交通省の試算では、三大都市圏在住の約861万人、その他地域に居住する約966万人が関係人口とされている。近年はふるさと納税が盛んになり、多くの関係人口が「寄付」という行動によって地域を応援できる時代となった。直接その地域に行かなくても、地域とつながって応援できる・関われることが一つのポイントだと考えられる。
関係人口を促進する先進的な自治体の半数で「農林漁業の活性化」「地域産業の活性化」「新たな産業の創出」などの効果が現れており、75%の自治体が移住者の増加に対する効果も実感している。ECと関係人口との関連性で言えば、販売する商品の価値はもちろん、生産者と購入者とのやりとりによって地域への愛着が生まれ、応援・共感といった感情を抱くファンになる可能性も高いと考えられる。
あるアンケート調査では、地元を離れた20代男性の2人に1人、20代女性の4人に3人は三大都市圏で暮らしている。地元を離れた人のうち「地元に貢献したい」という思いを持つ割合は半数以上だという回答結果もある。また興味深いことに、どの地域も実際にUターンをする人が多くを占めると言われる。昭和生まれと比較すると、若い世代ほど地元に貢献したい思いが強く、その一つの手段として地元産品を買ったりふるさと納税をしたりしている。Uターンや地元出身者という関係人口の観点から見ても、ECの活用は一つの重要なキーワードになると思われる。
ECと関係人口は、人口が減少する中で様々な人が様々な地域に関わる際のきっかけになり得る。単に購入するだけではなく、長い目で見れば地域の人手不足解消や経済活性化にもつながる可能性がある。中小事業者がECに取り組む障壁と必要な支援について
渡辺:西山さんはまさに地方でECを活用した販売を行う事業者だが、具体的にどのような取り組みをしているのか、また取り組む中での課題があればお聞かせいただきたい。
西山:西山酒造場は兵庫県丹波で「小鼓」という清酒を作っている。創業1849年で170年以上の歴史を持ち、夫と私が6代目を受け継いだ。酒造は日本でも有数の伝統ある産業だが、それゆえに販売形態が固定化してしまっている。
日本酒を飲む人口は年々減少を続け、清酒の出荷量はピーク時の5分の1にも迫る状況だ。昔からある酒販店も大量に廃業し販路が狭まる現状を打破するため、西山酒造場では2008年からECでの販売を開始し、その販売数は着実に増加している。けれども従来の販売チャネルとのすみ分けや、丹波という地方で専門知識を持つ人材を確保する部分ではまだ課題が残る。
参考:西山酒造場ウェブサイト https://kotsuzumi.co.jp/
渡辺:確かに、地方の中小事業者にとっては人材確保や育成は事業の継続にも関わる重要な鍵だと考える。北海道でデジタル人材育成に取り組む山形さんは、この点についてどのようにお考えだろうか。
山形:私は北海道の森町という小さな町で生まれ育ち、地元の町役場で公務員としての勤務経験を経て、現在は高校生に向けたデジタル教育を行っている。その中で高校生と共に森町の地場産品をECサイトで販売する取り組みを行い、森町のファンを増やすとともに、高校生自身も森町の魅力を再発見できないかと模索している。
人材育成の重要性は多くの人が認識しているが、同時に人材育成ほど難しいことはないと実感する。特に森町のように人口が少なく、若者が外に出て行ってしまう自治体ではなおさらだ。そんなときに何か適切な支援を受けられれば、企業においてもスムーズに人材のスキルアップが叶うのではないか。
藤田:2024年3月、中小企業庁では「地域課題解決事業推進に向けた基本指針」を定め、自社の事業を通じて地域課題の解決を図りながら収益性を確保する企業を「ローカル・ゼブラ企業」と定義し、「ローカル・ゼブラ企業の創出・育成に向けた取り組み」を推進している。2017年にアメリカの女性社会起業家4名が社会課題の解決と経済性の両立を白黒模様に例えて「ゼブラ企業」という概念を打ち立て、日本でも注目され始めている。
参考:地域課題解決事業推進(ゼブラ企業) | 中小企業庁
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/chiiki_kigyou_kyousei/index.html中小企業庁が実現したいのは、地域の内外の関係者とローカル・ゼブラ企業が協働で社会的インパクトの大きい事業を進める、エコシステムの構築だ。エコシステムの好事例としては、香川県三豊市の取り組みがある。
事業を推進する中では、ローカル・ゼブラ企業と域内外の関係者をつなぐ中間支援の機能を持った人や、専門的立場からデータ分析などでローカル・ゼブラ企業を支援する伴走支援者の存在も非常に重要となる。地域の皆さんに話を聞くと、例えば専門家を派遣して1年だけ伴走したとしても、「単年度ではできることが限られる」という声がある。ECにしても地域内外で協働した事業推進にしても、実践に移す現場の人々のスキルアップをどう支援すべきかについては、まだまだ検討の余地がある。山形:公的な支援はフェーズごとに様々だと考える。起業のための支援、継続性のための支援、上場のための支援など、どこを支えるかによってアプローチも違うのではないか。
西山:西山酒造場の場合、どのような支援があれば嬉しかったかと考えると、最初は補助金で金銭的な支援があるのが助かる。地方の中小企業がECに踏み出す際、数十万円のコストとはいえ大きな負担になる場合もあり、補助金は背中を押すきっかけになり得る。
ただ補助金は最初のみ効果を発揮するため、その後は1年だけでも専門家がいてくれると良い。補助金で背中を押した後、伴走して一定の場所まで引っ張ってもらえると、その後の事業の持続性も高まる。ただ、現状ではその後に次世代を育て売り上げを伸ばすフェーズの支援がなく、「資金・ノウハウ・人材育成」の3段構えでサポートがあれば良いと考える。デジタルツールはあらゆる垣根を越える
伊藤:「ECを開始して人手が足りないからデジタルツールを使う」という考え方もあるが、そのためには従業員のスキルアップが欠かせない。山形さんは高校生に対してデジタルリテラシーやデジタルシティズンシップの教育を実践しており、西山さんは地域経済の発展や自社の売上向上といった成果を出しているが、DXの教え方・学び方についての考えをぜひ伺いたい。
山形:私がデジタル教育に携わる森高校では、ECサービスを運営する大手企業が専門家を派遣してくださり、データ分析などを教わっている。プロの視点や知見を垣間見る経験は、高校生たちにとっても豊富な学びのきっかけになると思う。
一方で、インターネットの普及によって今や地方と都市、日本と世界の垣根はなくなりつつある。世界中がシームレスになる中で、どのようにしてECで売るのかが重要な課題となる時代が来るだろう。そんな未来から逆算して、今は何を教えるべきなのかを考える必要があるのではないか。西山:シームレスという視点は非常に共感する。民間と行政、地方と都会というカテゴリー分けをして課題にあたっていても、これからの時代は何も進まなくなる可能性が高い。西山酒造場では業界独自の古い販売経路を打ち破るためにECに進出したが、当時は非常に珍しく周囲からの反対もあった。それでも伝統産業の考え方に風穴を開けたことで、売上や生産性が向上し社内教育もうまく進むというように、地道に土壌が変わっていった。
西山酒造場は敷地内にある3つの登録有形文化財を活用し、宿泊や体験学習などの観光地化を進めた。現地を訪れるお客様が増えると、リアルのお客様がECのお客様になり、その逆もあり得ることがわかった。販売チャネルごとに仕事内容や考え方を変えることもなくなり、まさにシームレスな世界になってきたと実感している。渡辺:デジタルは人と人をつなぐものであり、色々な垣根を越えられるツールだからこそ生まれる視点だと考える。データ分析などの知見について、専門家の伴走支援を求める地方の中小事業者は多い。例えば大企業の人材で専門知識を持った人が地方の中小事業者に赴き、コラボレーションによって事業をより大きくするような取り組みも一つの方向性としてあり得るのではないかと感じた。
西山:大企業は地方の中小企業をサポートできる資源を豊富に有しており、自社の利益だけでなく社会全体の利益を考えたとき、コラボレーションによって生まれる価値は高いと思う。今はそういった交流がなく、大企業と知り合う機会もない地方は格差を感じる場面も多いため、そういった機会があればぜひ活用したい。
藤田:大企業の話を聞くと、地方の事業者と何かを一緒にやりたい気持ちはあるが、地域への入り口がわからないのが現状のようだ。そこにハブとなる老舗企業や地方に根差す大企業、金融機関・自治体が入り、大企業と地方をつなぐパイプを作るのが行政の仕事だと考える。地域の特性がそれぞれにあり、一律化できない・最適解がない部分ではあるが、引き続き取り組みたい。
地域を身近に感じる「関係人口」を増やすために
伊藤:いま必要なのは、ECサイトを通した地場産品の購入をさらに促すことだと感じる。地方への貢献というとふるさと納税が一番に思い浮かぶが、ふるさと納税は欲しい返礼品で選ぶ例も多く、地域との強いつながりという意味では課題がある。それよりも日常的にECを通して地場産品の購入をする方が、地域経済への貢献度が高く反復性や持続性があり、地域との関係性も強固だ。私たちも日頃ECを利用する際は、購入先やどこで作られているのかを意識する機会を持つことが重要である。また、販売者側も、いま以上に地域のことを知ってもらえる、意識してもらえるような仕掛けが積極的にできるとよい。
地場産品などを購入する人を「非訪問型」と呼ぶとすれば、実際に現地に行く人は「訪問型」の関係人口と言える。例えば、西山酒造場の商品に触れてファンになり、現地の蔵へ見学に行くなどもその一つだ。訪問型の関係人口を増やすための仕組みづくりも、地域の中小事業者にとっては重要な取り組みになるのではないだろうか。西山:西山酒造場にとって大きな転機は、10年前の夏の豪雨だった。土砂崩れが発生して蔵や敷地内が広い範囲で被災したが、全国から色々な方がボランティアに来てくださったおかげで蔵が復興できた経験がある。それを機に私自身の人生観はもちろん、従業員や蔵人の考え方も大きく変化した。これまでは地酒メーカーとして「うまい酒を作る」のが目標だったが、それに加えて「地域や社会に恩返ししたい。酒蔵としてできる役割は何か」と考えるようになった。
今では西山酒造場で働くためにと移住する人もおり、若者を中心に「自分の人生を生きる」という強い意思を持つ人が増えたように感じる。従業員が一丸となって「地域のために」と働いている姿が広く伝わった結果なのかもしれない。ただ、一民間企業だけが頑張っても地域を良くすることはできないため、官・学とも適切に連携することが必要だ。伊藤:47都道府県すべてを訪れたことがある人はわずか数パーセントしか存在しないことから考えると、特定の地域に対するつながりができるのは非常に貴重な機会である。その先により強いつながりを作れる可能性が眠っている。
関係人口の観点から言えば、ECサイトの管理や販売などは複業人材(デュアルワーク)やプロボノの活用などを進めている都道府県もある。特定の地域を応援したいと思っている関係人口が自由に応援できる仕組みづくりが重要となるため、そこを中小企業庁で支援する方法もあり得るかもしれない。藤田:「地域のために」と積極的に活動する事業者の取り組みを広げるには、地域ごとの旗振り役が必要だ。しかし、現状では誰が先導するのか、どのようにして地域の方向性を決めていくのかという課題もある。コンソーシアムやコミュニティの構築などの環境整備をしながら、産官学が連携する体制をどう構築するのか、ぜひ中小企業庁でも検討を進めたい。
渡辺:関係人口の増加については今後も様々な切り口で議論を続けなければならない課題だと感じるが、今回は官民連携や企業のデジタル人材育成においていくつかの可能性が垣間見え、大変有意義な議論ができた。この機会をきっかけとして、今後さらに皆様との関係性や取り組みへの意識が深まれば幸いである。
要旨と考察
パネルディスカッションでの議論を踏まえ、ECのさらなる活用と地域経済の活性化に向けた政策や取り組みに着目して要旨と考察をまとめるなら、次のように言えるだろう*。
1. ECの活用と中小事業者の課題解決
ECは地方の中小事業者にとって販路を拡大し、収益を向上させる重要な手段のひとつになりうる。活用に際しては初期コスト、専門知識の不足、人材不足などが課題になることがある。これらを克服するためには、初期投資を支える補助金や専門家による伴走支援、そしてデジタル人材の育成が有効と考えられる。そうした個別企業の課題解決を超えて、取引先との関係や業界の土壌、地元関係者の体制・姿勢など、より広い範囲の体制・機運作りなどに取り組むことも重要である。
2. 地域経済活性化のエコシステムとEC
ECを通じて地場産品を広く販売することは、地方の産業活性化と地域経済の発展に寄与しうる。その一つの形として、ECを活用することで地域外の消費者との接点が増え、「非訪問型関係人口」を増やすことが可能となる。また、訪問・宿泊先など商品販売以外の価値を提供できる場合には、それが「訪問型関係人口」の形成にもつながり、地域経済とECが互いを強化する関係になる可能性もある。ECは単なる販売チャネルを超えて地域経済を支えるエコシステムの一部となり得る。
3.(考察) 越境性から模索する新たな地域のあり方と価値
ECには地域の内と外をつなぐ越境的機能があり、新しい販売者と購入者の関係をつくる。また、そもそもEC活用を推進するには、産官学民が組織を超えて連携しながら取り組むべきだとする議論にも越境性がキーワードとなるだろう。例えば、域外の人は、EC購入者としてだけでなく、観光客として、あるいはEC活用のノウハウ獲得や人材育成を支援する専門家として、災害復旧のボランティアとして、様々に地域に貢献し、地域で活躍することがあり、移住・就労するケースもある。また、このような地域外からの地域との関わり方の多重化を実現する上では、地域内の人々も従来の組織や役割、業界などを超えた連携が重要になるだろう。例えば、特定の産品の生産者が多角的に事業を拡げたり、あるいは近隣の様々な主体が連携して観光・訪問客にとっての魅力を高めたり、ショッピングや観光など、あるひとつの目的で地域に関わっている人が別の目的でも関われるようになったりするようなきっかけを作ることなどが挙げられる。
地域に関わる人の価値観・動機について柔軟に考えることも有効だろう。人はコストパフォーマンスのよい商品を探している時のような狭義の経済的価値の最大化を追及して地域に関わるとは限らない。地域への愛着や人の役に立つことの喜びなど、多様な価値がウェルビーイングにつながりうる。地域のスケールで言えば、経済的繁栄とは違った豊かさの可能性を模索することが有効だ、とも言えるだろう。その際には、異なる価値観や人生経験を持つ人々がコミュニケーションをする中から新しい価値を見つけていくような越境から生まれる地域イノベーションも期待される。
越境性とは、より抽象的には、地域内外を問わず、地域に関わるすべての人々が従来の組織・地域・役割・考え方の垣根を超えて、従来とは違う地域のあり方・地域に関わることの価値を模索することであり、ECや関係人口やステークホルダー間の連携といったキーワードがその模索の手掛かりになるようだ。基調講演ではECを導入することでオンライン販売を超えるDXが進む効果がある可能性が示唆されたが、組織を超えて地域内の連携や域外とのコミュニケーションなどをする際など、デジタル技術はさまざまな越境性を実現するうえで重要な役割を果たし得るだろう。
*上記の1.と2.の要旨はパネルディスカッションのログデータをもとにAIにより生成した結果をベースにしつつ大幅な加筆修正を行ったものです。