COI-NEXT拠点横断クローズド・セッション「技術と社会の共進化~トランジション・マネジメントの視点から~」

2026年2月2日、国際大学GLOCOM六本木オフィスにて、東京大学の梶川裕矢教授をメインスピーカーに迎え、COI-NEXTプログラムに採択されている慶應義塾大学(鎌倉拠点)、名古屋大学(変環共創拠点、マイモビリティ共創拠点)の計3拠点による拠点横断クローズド・セッションが開催されました。本セッションでは、共創型プロジェクトの現場で培われた知見をいかに「知識化」し、持続可能な社会変革(トランジション)を先導すべきか、理論と実践の両面から深い議論が交わされました。

講演者: 梶川 裕矢(東京大学 未来ビジョン研究センター教授)

東京大学工学部化学システム工学科卒業、同大学院修士課程及び博士課程修了。博士(工学)。2012年4月東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科准教授。16年4月東京工業大学環境・社会理工学院技術経営専門職学位課程教授。19年4月より東京大学未来ビジョン研究センター教授。14年4月より名古屋大学イノベーション戦略室客員教授。科学技術振興機構研究成果展開事業「センター・オブ・イノベーションプログラム」構造化チーム委員。外務省「科学技術外交推進会議」委員。22年4月より科学技術振興機構共創の場形成支援プログラム「COI-NEXT」アドバイザー。主な研究テーマはイノベーションマネジメント、知識の構造化、行動の構造化等。

司会・問題提起: 董 芸(国際大学GLOCOM 主任研究員)
主要参加者:
 田中 浩也(慶應義塾大学環境情報学部 教授/鎌倉拠点プロジェクトリーダー)
 森川 高行(名古屋大学未来社会創造機構 特任教授/マイモビリティ共創拠点プロジェクトリーダー)
 有吉 亮 (名古屋大学未来社会創造機構 特任准教授/マイモビリティ共創拠点研究開発課題5リーダー)
 松田 亮太郎(名古屋大学大学院工学研究科 教授/変環共創拠点プロジェクトリーダー)
 宇治原 徹(名古屋大学未来材料・システム研究所 教授/変環共創拠点研究開発課題5リーダー)
 森下 裕介(国際大学GLOCOM 客員研究員)
 常盤 拓司(北海道大学 産学・地域協働推進機構 特任教授)

共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)は、大学等を中心として、企業や地方自治体・市民等の多様なステークホルダーを巻き込んだ産学官共創により、未来のありたい社会像をビジョンとして掲げ、その実現のため「バックキャストによるイノベーションに資する研究開発」とそれを支える「自立的・持続的な拠点の形成が可能な産学官共創システムの構築」を目指すものです。
●共創の場形成支援プログラム COI-NEXT
https://www.jst.go.jp/pf/platform/site.html
・慶應義塾大学COI-NEXT リスペクトでつながる「共生アップサイクル社会」共創拠点
 https://coinext.sfc.keio.ac.jp/
・名古屋大学COI-NEXT 地域を次世代につなぐマイモビリティ共創拠点
 https://mymobi.mirai.nagoya-u.ac.jp/
・名古屋大学COI-NEXT セキュアでユビキタスな資源・エネルギー共創拠点
 https://henkan.mirai.nagoya-u.ac.jp/

COI-NEXT拠点横断クローズド・セッション「技術と社会の共進化~トランジション・マネジメントの視点から~」

1. 趣旨説明:共創のノウハウを「知識化」し、次世代へ

冒頭、司会を務める国際大学GLOCOM主任研究員の董芸より、本企画の背景と議論に向けた「頭出し」が行われました。

共創の「ナラティブ」を構造化する

董研究員は現在、複数の拠点の運営メンバーとともに、拠点形成のプロセスで得られたノウハウやナッジ、成功・失敗の背景にある「ナラティブ(語り)」を分析する「共創型プロジェクト推進研究会」を推進しています。この活動の目的は、次世代のリーダーやURAが活用できる「推進ハンドブック」を作成し、大学主導の共創プロジェクトを効率的・効果的に進めるための共通資産を構築することにあります。

議論の頭出し:「PoC死」と「トランスフォーマティブ共創」

董研究員は、従来のシーズ起点やニーズ追求だけでは実証実験止まりとなる「PoC(概念実証)死」の課題を提示しました。これを乗り越え、社会システムを望ましい方向へと誘導する手法が、欧州等で研究が進む「トランジション・マネジメント」です。 董研究員はこの理論に基づき、新たな産学連携のあり方として「トランスフォーマティブ共創」について紹介しました。 これは、単に技術を社会に導入するのではなく、技術や対話を通じて制度や価値変容そのものを実現することを目的とした枠組みです。

この枠組みでは、経済指標以上に「行動変容」「ウェルビーイングの向上」「制度の変化」といった社会的インパクトを主要な成果指標(KPI)に据え、大学は未来のシナリオを可視化・言語化する「未来の翻訳者(インターメディアリー)」の役割を担うべきであると強調されました。

2. 基調講演:大学改革とトランジション・マネジメント

続いて、東京大学未来ビジョン研究センターの梶川裕矢教授より、基調講演「Transdisciplinary Researchと大学改革」が行われました。

講演者梶川教授及び慶應義塾大学(鎌倉拠点)、名古屋大学(変環共創拠点、マイモビリティ共創拠点)の3拠点からの参加者が議論する様子

アカデミアと社会の「新しい契約」

梶川教授は、大学の役割は、従来の知的価値創出、経済価値創出に加え、持続可能な社会への貢献という「社会との契約(ソーシャル・コントラクト)」を果たすことにあると述べました。そのため、研究のあり方も、専門分野に閉じたものから、様々なステークホルダーとの共創で社会に貢献する「トランスディシプリン(超学際的)」への進化が不可欠です。

「ニッチ・レジーム・ランドスケープ」:社会システムを移行させる三つの階層

梶川教授は超学際的なアプローチの一つとしてイノベーションのために必要となる三層構造を解説しました。一つ目の階層は、様々な技術や事業が競い合っている「ニッチ」、二つ目の階層は、技術や事業の成否に影響する規制や産業構造等の「レジーム」、三層目はESG等の大きな社会潮流である「ランドスケープ」を指します。持続可能な社会の実現のためには新たな技術開発や新規事業創出・スタートアップの取組に加え、レジーム自体の再設計やランドスケープの提唱が不可欠であり、そのための新たなタイプの超学際的研究が必要であると述べました。

組織や社会を動かす「エピステミック・コミュニティ」

イノベーションや持続可能な社会の実現のためにはネットワークや協働が重要であるということがしばしば指摘されます。一方、梶川教授は、共創を機能させるためには単なるネットワークではなく、価値観やビジョン、知識や情報、有効性の基準(どこまでやれば十分か)やタスクを共有する「エピステミック・コミュニティ」へと進化させる必要があると説きました。また、エコシステムのオーケストレーターとして、「ステークホルダー間の価値の調整や設計」「新たなシステムに移行するための動的組織能力の構築」「ビジネスモデルの早期組み込み」「プラットフォームやトレーサビリティシステムの構築」という4つの機能の重要性を提唱しました。

3. 拠点間クロストーク:現場からの実践と切実なナラティブ

3拠点のプロジェクトリーダー(PL)らが、現場での葛藤と挑戦を共有しました。

  • 鎌倉拠点(慶應義塾大学):自治体サイズでのレジーム変革
    田中浩也PLは、鎌倉市を「分かりやすいレジームレベル」と捉え、研究者が「市民」の顔も持ち行政・市民と対話する手法を紹介しました。課題は、0から1を立ち上げる時の熱量を、10年という長丁場においていかに維持し続けるかという「モチベーションマネジメント」にあるとしました。
  • マイモビリティ共創拠点(名古屋大学):手作りの自動運転とルールメイキング
    森川高行PLは、移動問題を自分事とする「マイモビリティ」というマインドセットの重要性を説きました。大企業による自動運転とは一線を画し、地域住民が運営可能な「手作りの自動運転」を目指す中で、道路運送法などの「ルールメイキング」にも注力しています。また、有吉亮准教授からは、COIの成果を定着させるための中間組織の設立と、社会実装までの長期伴走(7年がかりの実装事例など)の重要性が共有されました。
  • 変環共創拠点(名古屋大学):研究者の価値基準と「モメンタム」
    名古屋大学の松田亮太郎PLからは、トップジャーナルへの論文投稿を重視する既存の評価システムと、COI-NEXTが求める「社会変革」の間で揺れる、一介の研究者としての切実な視点が提示されました。これに対し、宇治原徹教授は、社会の「モメンタム(勢い)」を作ることの重要性を指摘しました。経済価値だけでなく、地域の繋がりや環境価値といった「価値のマッピング」を多面化することが、多様なステークホルダーを惹きつける力になると述べました。

4. 総括討論:ランドスケープの構築と持続可能な評価システム

後半の議論では、システムの持続可能性をめぐり、さらに踏み込んだやり取りが交わされました。

ランドスケープのディベロップメント

森川PLからは、トランジション・マネジメントにおける「ランドスケープ(社会の大きな潮流や土壌)のディベロップメント(発展・構築)」を大学が担えるのか、という問いが投げかけられました。 梶川教授は、サイエンスに基づき政策提言や多角的な連合を通じてランドスケープ形成に貢献した事例(IPCC等)を挙げ、大学の役割を肯定しました。また、常盤拓司特任教授より、10年かけて「プレコンセプションケア」という概念を浸透させ、制度化・予算化というランドスケープの変容を実現した事例が紹介されました。

変革における動的なリソース配分

国際大学GLOCOMの森下裕介客員研究員からは、持続可能なシステムにおいて組織のどの部分が動的・柔軟であるべきかという課題提起がなされました。これに対し梶川教授は、「動的なリソース配分こそが肝要である」と応じ、持続可能性とは組織を固定化することではなく、状況に応じてリソースを配分し直す「ダイナミック・ケイパビリティ(変革能力)」そのものであると定義しました。

評価システムの刷新と「大きな旗印」

最後に、拠点の成功を測るKPIのあり方が議論されました。梶川教授は、拠点が直接責任を持てる「拠点ビジョン」のKPIと、社会全体で目指すべき「社会ビジョン」のKPIを峻別し、後者については達成が難しくとも「大きな旗印」として掲げるべきであると提言しました。松田PLや有吉氏からは、論文数以外の社会貢献を正当に評価できる「新しい価値指標」の定着が、若手研究者にとっての求心力維持に急務であると訴えました。

5. 結び:未来の翻訳者としての大学へ

本セッションを通じて、大学主導の共創プロジェクトが単なる「技術の開発」ではなく、社会のルールや価値観、そして背後の大きな潮流(ランドスケープ)そのものを「デザイン」する主体へと進化しつつあることが示されました。本会で得られた知見は、現在進行中の「推進ハンドブック」に反映され、日本の産学官連携を次のステージへと引き上げるための確かな資産として知識化されることが期待されます。

講演者及び主要参加者の皆様

※本レポートに掲載している図版には、NotebookLMを用いて作成した素材が一部含まれます。

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